「名無先輩お先に失礼します!」


「うん。気をつけて帰ってね」


「はい!」


「名無し。今日は自主練習していくのは貴女だけみたいだから、戸締りお願いしても大丈夫かしら?」


「はい!お疲れ様です!」
次々に道場から出て行く部員たちを見送り、私は一人練習に戻ろうとすれば、「おー、邪魔するぞー」と入り口から聞き覚えのある声が聞えてきた。その声を認識するよりも先に周りから黄色い悲鳴が次々に聞えてきて、私の口からはため息がでた・・・・・
さよなら平穏な時間・・・・・せっかく一人で心落ち着く時間が過ごせると思ったのになんてことだ・・・・


「王逆くん・・・・・」
私はしぶしぶ道場の入り口へと行けば、頬を赤らめた部員たちが王逆くんを取り囲んでいたが、そんなこと気にせずに王逆くんは「おー、部活終わったか?」と言いながらずかずかと道場の中へと入ってきた。靴をちゃんと揃えてることや中に入るときに一礼する姿を見ると、さすが剣道部員。と感じさせられたが、それ所ではない。学年までで留まっていた噂がこのままでは部員たちまでにも広がってしまうではないか。平穏な日々が・・・平穏な・・・・


「じゃ、じゃあ、私たちさっさと帰るわね!王逆くんごゆっくり!」


「王逆くん頑張ってね!」


「王逆くん応援してるよ!名無しちゃんまた明日!」
次々に何かを察した顔した部員たちは颯爽と道場を出て行きご丁寧にドアまで閉めて行ってくれた。前言撤回だ。もう部員にまであの噂は広がっていたようだ。そりゃそうだ、学校一の人気者の恋愛沙汰の噂が広がらないわけがない。


「王逆くん部活は行ったの?」
ずがずかと奥まで進んでいく王逆くんに気になっていたことを聞けば「休んだ」とあっさりした返事が返ってきて思わずまたため息が出た。


「俺は練習なんてしなくても強ぇからいいんだよ」


「そんなこと言って、そのうち阿部くんたちに追い抜かれちゃっても知らないよ」


「あいつらがまともに俺の相手できるだけでも驚きだっつーのに、ありえねぇよ」


「『慢心は人間の最大の敵だ。』なんてシェイクスピアはよく言ったものだよ」


「はぁ?!あんなクソッたれの言葉なんて覚えてんじゃねぇよ!胸くそ悪ぃ!」


「そ、そんな言い方しなくたって・・・・・」
何故か親をシェイクスピアにでも殺されたのか?と思うぐらい急に怒り始めた王逆くんに戸惑いながら、もしかしてモードレッドとシェイクスピアには何か関係が?と疑問が浮かんだが、昨日調べた中にはそのような記述はなかったし、歴史に詳しいわけではないから定かではないが、そもそも時代も違うのでは・・・・


「そんなことよりお前は帰らねぇのかよ?」
弓道部員たちがみんな帰って行ったというのに、未だに弓と矢を握りしめて袴姿の私を見て王逆くんは首を傾げた。


「私は少し自主練習していこうかと思って」


「そうかよ・・・・。じゃあ、終わったら声かけろ。俺はここで見てるから」


「えっ?」
後ろに置いてある畳にどかっと座った王逆くんを見て思わず声が出れば、「なんだよ」と王逆くんが眉間に皺を寄せながら私を見た。


「てっきり、強制的に帰るぞって言われると思って・・・・」


「言ってもどうせ聞かねぇだろうが。それなら、お前の気が済むまで待ってた方が懸命だろ」


「・・・・ありがとう」
王逆くんの優しさに思わず感謝の言葉がもれた。そういえば、今日部活は休んだって言ってたけど、今まで王逆くんはどこにいたんだろう。もしかして、どこかで時間をつぶして私を待っていてくれたんじゃ・・・・・。なんて自惚れにも程があることが頭に浮かんだが、もし違っていたら恥ずかしくて今後顔向けができないと思い、王逆くんに聞こうと開いた口を閉じた。私の中だけで勝手に勘違いさせてもらおう。そうしよう。そんなことを考えながらもお言葉に甘えて気が済むまで練習させてもらおうと何本か矢を射れば、突然王逆くんが立ち上がった気配を感じた。恐らく飽きてどこかに行ったのだろう。と気にせず弓を引いて的に狙いを定めていたら、急に腕を触られて驚きのあまり矢を持つ手を離してしまいそうになった。


「お、王逆くん!?」


「いいから。そのまま離すな」
触れてきた犯人の名前を口にすれば、王逆くんは私の体を覆うように両手を重ねて手を動かした。体全体に王逆くんのぬくもりが伝わってきて、全然集中ができないし、なんなんだこの状況は!と頭を混乱させていると、王逆くんは冷静に狙いを定めて私の腕の高さを調節するために動かした。微調節を何度か繰り返した後ようやく「よし、離せ」と言われて、指示通り手を離せば乾いた音と共に的のど真ん中に矢が刺さった。


「えっ!すごい!王逆くん弓道もできるの?!」


「まぁ、なんたって俺はあの円卓の騎士の一人だからな。剣と槍と弓は一通りできるし馬にだって乗れるんだぜ」
王逆くんの円卓の騎士という言葉を聞いて昨日の夜調べたことを思い出した、歴史に興味がなかったせいか、あの有名なアーサー王伝説の登場人物であるというのにモードレッドという人物についての知識がなかったため、彼女のことを知るためにインターネットで検索をした。わかったことは、円卓の騎士の一人であること。アーサー王に対して謀反を起こしたこと。そのためにアーサー王に殺害されたこと。そして、男だということ。昨日見たモードレッドは確かに女の子だったけど、サーヴァントの性別はもしかすると変化があるのかもしれない。その事を王逆くんに聞きたいけど、昨日のあの感じからあまり性別のことを話すのは好きではない気がして聞きたくても聞けない。あとは、彼女の口から聞いたアーサーペンドラゴンの後継者という情報だけしか私の中にはない。


「騎士って何でもできるのね。もう一回、もう一回教えて!」


「おー、いいぞ!いいか。お前は矢を射る直前に右腕が、ばーってなるんだよ」
そう言って王逆くんがまた私の手に自分の手を重ねた時に道場のドアが開く音が聞えた。
あら、誰か忘れ物でもしたのかしら?と私と王逆くんは顔だけ入り口に向ければ、そこには見覚えのある女の子が立っていた。


「おら、お邪魔だったかしら」
ドアを開いたままの状態で私たちの姿をみたその子は含み笑いをしながら口元に手を添えた。


「い、いや、これは違うの!!」
明らかに今の私たちの姿を見ての言葉だと察し、瞬時に構えを止めて私の手を掴んでいた王逆くんから離れれば、王逆くんは怪訝そうな顔で私を睨んだ。


「ほんとに2人お付き合いなさっているのね」


「あ?お前誰だ」


「お、王逆くん!隣のクラスの綾瀬すみれさんだよ!」
明らかに苛立ちながらドアの所にいる女の子を睨みつけている王逆くんの腕を掴んで慌てて女の子の名前を教えれば何故か「知るかよ」と盛大に舌打ちをされた。


「驚いたわ。まさか、同じ学校にマスターとサーヴァントがいたなんてね」


「「!??」」


「昨日は私のランサーがお世話になったわね」


「てめぇ、あの三流ランサーのマスターか」
綾瀬さんの言葉を聞いてすぐに王逆くんは私を守るように前に立って片腕を広げた。昨日襲ってきたサーヴァントのマスターが綾瀬さんだったなんて・・・・綾瀬さんが私たちを殺そうとしたの・・・・?


「えぇ。そうよ。召喚してすぐに力を見せてくれるっていうから、適当に近くにいるサーヴァント一騎倒してくることを命じたらまさかあんなことになるなんてね」


「てめぇみたいな頭悪そうなマスターにはあの雑魚サーヴァントはお似合いだろ」


「なんですって!」


「ちょ、ちょっと王逆くん!」
綾瀬さんに食ってかかる王逆くんを止めようとしたが、王逆くんは溢れ出てる殺気を抑えようとしなかった。でも自分のサーヴァントが死んだってことは、綾瀬さんはもう聖杯戦争に関係がないはず、それならわざわざ私たちにあのサーヴァントのマスターだと伝えるメリットなんてないんじゃ。


「ちょうどいい。話があったの」


「話?」


「えぇ。私はサーヴァントを失ったけど、この聖杯戦争をまだ諦めていないわ。だから、欲しいの」


「え?何を?」


「念願の最良のセイバークラスのサーヴァントが」


「「!?」」


「っは。俺がてめぇのサーヴァントになるとでも思ってんのかよ」


「なってもらうわよ。一族念願の聖杯戦争の参加なんですもの。こんな所で脱落するわけにはいかないのよ」
鼻で笑って綾瀬さんを呆れた顔で見下している王逆くんに怯むことなく綾瀬さんは強い目を王逆くんに向けた。綾瀬さんは本気だ。本気で私からモードレッドをもらおうとしてる。


「ちょ、ちょっと待って。そもそもサーヴァントの譲渡なんてできるの?」


「えぇ。もちろんできるわよ。あら、譲ってくださるのかしら」


「・・・・・・。」
サーヴァントの譲渡ができるなんて考えてもいなかった。聖杯戦争の知識は昨日王逆くんから教えてもらったことしか私は知らない。綾瀬さんは詳しいみたいだけど誰かから教えてもらったのかな、そういえばさっき一族っていってたけど、綾瀬さんの家族はみんな魔術師なのだろうか。


「俺は名無しだけのサーヴァントだ。てめぇのものにはならねぇ」


「そんなの関係ないわ。貴女もほんとは聖杯戦争に参加なんかしたくないんじゃないの?参加なんてしなければ、戦いに巻き込まれることもないし、命を狙われることもない。なんなら、監督役に令呪を託すことでマスター権を放棄することができるのよ?」


「えっ・・・・・」
私だけのサーヴァントだと言い切る王逆くんの言葉なんて聞いていないように綾瀬さんは王逆くんの隣にいる私に優しく語りかけた。話し方も表情も優しいのに何故か話しかけられた瞬間に背筋がぞわっとした。恐怖だ。私は今綾瀬さんに恐怖を感じているんだ。マスターの資格を放棄・・・・もし、私がそんなことをしたら、今綾瀬さんにサーヴァントの譲渡を拒んだとしても、王逆くんは聖杯戦争に参加し続けるために別のマスターのサーヴァントにならなきゃいけないんじゃ。


「てめぇな!余計なこと言ってんじゃねぇよ」


「あら、聖杯戦争で生き残りたいなら私みたいな優秀なマスターの方がいいじゃない。見たところ彼女の魔術回路は少ないみたいだけど、ちゃんとサーヴァントに魔力供給なんてできるのかしら?あら、不思議。右腕に魔術回路が集まってるのね」
近づいてきた綾瀬さんがしゃべりながら私の肩に手をおけば、私の体に緑色の線がいくつも現れた。なんだこれは。また変な現象が起きた。


「あったり前だろ!昨日だって名無しに魔力をもらってお前の雑魚ランサーを倒したっつーの!」
王逆くんはすぐさま綾瀬さんの手をはじき「離れろ」と肩を押した。お、女の子になんて乱暴なことを・・・と冷や冷やしていれば、当の綾瀬さんは何とも無い顔をしていた。


「そ、そんなはずないわよ!貴方と彼女の間に魔力経路なんて・・・・・あ、あった。でもこんなのストローで吸うみたいなものよ?!ほんの少しずつしか供給できないじゃない!」


「え、でも昨日は手を握っただけでちゃんと」


「それって・・・・・もしかすると、それは貴女がずっと溜めていた魔力が一時的に溢れただけじゃないかしら」


「でたらめ言ってんじゃねぇぞ!」


「でたらめなんかじゃないわよ!現に貴方が一番わかってるんじゃないの?!どうせ昨日私のランサーのやられた傷なんてまだ癒えてないんでしょ」
そう言って綾瀬さんが王逆くんの服を思い切りめくれば、お腹には包帯がぐるぐると巻かれていた。あれは王逆くんがモードレッドになる前に付けられた傷・・・・・王逆くんは元気に過ごしていたからそんなこと気づきもしなかったけど、もしかすると、今日部活を休むと言ったのもこの傷のことがあったからじゃ・・・・・・でも、なんでモードレッドになってから付けられた傷は治ってるんだろう。


「触んじゃねぇよ!こんなもんあと1日あれば治るつーの!」


「待って、王逆くん!今魔力を送ってあげるから」
昨日のように王逆くんの手を握り祈りをこめても昨日のように光が生まれることはなかった。


「なんで・・・・・昨日はちゃんと・・・・あ、王逆くんサーヴァントの姿になって!あの姿なら」
もしかしたらモードレッドの姿になれば回復も早くなるんじゃ!と思い王逆くんにそのことを伝えれば何故か悲しい顔をして私のことを見た。


「名無し。悪ぃがあの姿になれねぇんだ」


「えっ?」


「昨日何度も試したがあの姿にはなれなかった」


「貴方受肉したわけじゃないのよね?不思議なことも起きるのね、人間がサーヴァントになるなんて」


「てめぇには関係ねぇよ!」


「恐らくサーヴァントの姿になれないのは単なる魔力切れでしょう。彼の場合、サーヴァントでいう霊体化が今の貴方の姿って所ね。その傷だって私がマスターになって貴方に魔力を送ればすぐに治るわよ。これでよくわかったでしょ?彼女が貴方のマスターだとこの聖杯戦争では生き残れない」
私がマスターだと魔力を十分に送れず王逆くんはモードレッドの姿にもなれない。もちろんこの姿のままでは他のサーヴァントと戦うことなんてできない。私は完全に王逆くんの足手まといになってる・・・・・王逆くんは今他のマスターを選ぶことができるのに、選ぼうとしない。うんん。優しい彼のことだ、きっとこの先自分から他のマスターを選ぶことなんてないだろう。


「綾瀬さん、さっき言ってた魔術回路って何?」
先ほどの綾瀬さんの言葉の中出てきた知らない言葉を尋ねれば、綾瀬さんに呆れた顔をされた。


「貴女何も知らないの?魔術回路っていうのは、魔術師が体内に持つ、魔術を扱うための擬似神経のことよ。この本数が多ければ多いほど優秀な魔術師なのよ。その本数が貴女は少なくて私は多いって話をしているの」


「綾瀬さんはそんなのも触っただけでわかるんだね」


「綾瀬の一族は元々医療魔術に特化した一族で今まで聖杯戦争が起きても補佐に回されるばかりで、一族の中からマスターに選ばれた者はいなかったのよ。だから、今回私がマスターに選ばれたことは一族の念願でもあるの、それなのに昨日あんなことになってしまったから・・・・」


「そんなのてめぇのせいだろ。俺らには関係ねぇ」


「そうよ!だけど、私だってこんな所で終わるわけにはいかないのよ。だから、貴方がどうしても欲しいのよ!」


「何度言われたって俺はお前のサーヴァントにはならねぇよ!」


「綾瀬さん」


「なに?貴女もなんか文句言うつもり?最下級の魔術師のくせに」


「てめぇな!」
ずっと王逆くんと言い合いをしていた綾瀬さんがその流れで私のことを悪く言ったのを聞いて食ってかかろうとした王逆くんの腕を掴んで止めた。


「王逆くんのこと大事にしてくれますか?」


「は?」「え?」
私の問いかけにずっと言い合いをしていた王逆くんと綾瀬さんは動きを止めて声を揃えて私のことをじっと見つめた。


「自分が死ぬことになろうとも、彼だけは助けてくれますか?聖杯戦争に勝ち残って彼の願いを必ず叶えてくれますか?」


「お前何言ってんだよ。それじゃあ、まるで・・・・」


「それを約束してくれるなら、私はマスターの権利を放棄します」


これがきっと私たちの最良の選択だ。