ぼくとスカウト ヴィクトリア 3e 





立っているのも疲れるので、ぼくは入り口近くのベンチで待機。何かあれば調整役と連絡役という役目を受けて、かれこれ数十分ほど人形遣いが入り口から動かない。ぼくの持ってきたメモ帳すらひったくってメモばかりを取って、頷いて理解して展示内容を噛み砕いている。先ほどからほうほうと言いながら、メモを取っている姿はまるで梟みたいに鳴いてる気がする。いや、みかがさっき言ってたからそう言うのだけれど。「君はカラスで、小鳥は鳥なのだから『Valkyrie 』にはお似合いだろうっ!」なんて啖呵切られてもぼくもみかも困るだけなんだけれども。まぁ、さっきまでくすぶっていた人形遣いにはかなりの良い刺激になっているようだ。

「素晴らしいね影片ッ、僕としては極めて珍しく君のことを褒めてあげよう!カカカ」

ほんなら褒めて褒めて〜とすり寄って怒られてるの。二人のやりとりが険悪にならないように見張りつつ、眠気防止のために新しい珈琲でも買おうか。と思考を飛ばす。百貨店だから、どこか見える範囲で店に入っても良いが、展示場の中に入られるとぼくも見ておく役目が果たせなくなるので、問題だ。つまり身動きができなくてここにいるわけですが。

「央にいさん。」
「おや、夏目くんと調整役とカミナリくん、だったかな?。おかえりなさい。」
「鳴上よ、晦先輩。」
「それは失礼、鳴上くん。覚えておくよ。」

宗にいさんは?と問われたので、指を指せば、入る隙間がなくなっちゃうヨ。と肩をくすめて笑っていた。まったくもう、と鳴上くんも同じように笑っている。学年があがってクラスが変わってしばらく過ぎるけれど、みかは上手にクラスに馴染めているようでぼくは安心したよ。今のぼくのクラスは、正確には学年は問題児ばかりいるからね。

「こっちが思ってるより険悪っていうか、インモラルな関係じゃないっぽくて安心してはいるけど、あぁしてると兄弟か親子みたいね。」

さっきまで鳥談義していたのを思い出して、ぼくはクスクス笑うと、調整役がどうしたんですか?というような目でぼくを見ていた。ぼくは、さっきまでの思い出し笑いだから気にしなくて良いんだよ。そう伝えてると、メモを取り終えたのか、ぼくたちにも中に入れと促してくる。せっかちだねぇ、と呆れてると、三倍で返された。まぁ、調子が良いのならぼくはとやかくいうつもりもない。座っていたら眠ってしまいそうなので、いい気分転換だと席をたつ。

「ボクらに構わずどんどん見たいものを見るといいヨ。宗にいさん。美しいものを見て、創作意欲を沸かせテ、スランプから脱出出来ればいいネ。」
「成る程、影片たちはそのためんい僕をわざわざ呼び出したのかね?」

人形遣いの投げ掛けた問いは肯定だった。見ているこっちもしんどいぐらいのヒステリックなのだから、無自覚とは恐ろしい。どうも見つけたのはたまたまらしいが、それもまた偶然であり必然なのだろう。満足げに頷きながらみかと会話を繰り広げているのは久しく見ていなかった気がする。いつも間にぼくが入って意識を疎通させるだけで骨が折れていたものだが、ほんとうに調子が良いらしい。そのままよくなればいいのだが、なんて思うぼくは都合のいい人間なんだろうね。

「おお麗しのヴィクトリア!絢爛豪華な女王の時代よっ、僕も願わくばこのような華やかなりし芸術の世に生まれたかったものだ」
「芸術は後世でこそ、ってやつなのにね。」

産業革命の時期、切り裂きジャックや白熱電球が導入された時代だという。過剰装飾だと思える華やかさは、視覚芸術とも言えるだろうあの時代は確かに人形遣いの好みにマッチするだろう。ふと、今度のライブのテーマになりそうな気がして、ぼくの表情もすこし歪んだ。この時代の女性用衣装はひどく幅がふくらんでいるものや重たいクリノリンかバッスルになるだろう。バッスルならまだ身動きがとりやすいがクリノリンまで作るとなるとコストがかかる。せめてペチコートになってほしい。フリルやなんだは良いが身動きがとれずにぶつけるのは嫌だし、楽器との相性もあるので交渉次第で多少は融通が効くかもしれない。がやるならスチームパンクによして欲しいが、まぁ無理なんでしょうね。そんな気がしてますよ。

「にいさん、にいさん。入り口付近の展示をみただけですえに感極まってるみたいだけド肝心要のメイン展示に注目するのをお勧めするヨ、これは一見の価値があル。」

怪訝そうに夏目くんをみて、思い出したようにこれは『名前のない人形』展だったね。と思い出したようだ。人形に関しては、と口を開きだしたので、ぼくはまだまだ時間がかかりそうだと辟易する。人形遣いの説明にシンパシーを得たのか、鳴上くんも同意をして話が賑やかになっているのをぼくは横目でみて、調整役がいるならぼくは必要ないのでは?なんて思考が頭をよぎる。がぼくの思考を悟ったのか、調整役はぼくの服の裾を掴んで首を横に振っている。駄目ですか。そうですか。

「ボクたちは空気を読んで引っ込んどくヨ、どうぞごゆっくり。いこう、央にいさん。」
「ぼくもですか?改めて休憩してくるので、人形遣い、満足したら連絡をください。ぼくは君を監視するのに疲れました。さっさとしないと今日の展示が終わってしまいますから、お早めにどうぞ。」

ぼくは人形遣いとみかのぶんのチケットをスタッフに渡して、中に押し込む。なんだかんだ言われたが、かれら家族にお話は必要でしょうに。さて、邪魔物はいなくなりましたし。夏目くんも鳴上くんも調整役もぼくの休憩に付き合ってくださいな。甘いものでも食べましょう。そう伝えれば、鳴上くんが百貨店でお勧めを教えてくれたので、ぼくたちは一時そこで休憩や調整役の買い物をしたりする。その間に、夏目くんは鳴上くんと衣装についての相談を持ちかけたりすると、調整役が目を輝かせて私が作るよ!とか言い出すので、君は君の仕事をしなさい。とぼくが釘をさす場面ができたりする。
二年が三人と三年が一人。ぼくは比較的しゃべらない方だから、場はもたない、とか思っていたが、どうも鳴上くんは喋りの気質を持っているらしく夏目くんは夏目くんで打てば響くような会話をしているので、ぼくはそれを聞きながら、本日のカフェインを再度接種する。しばらくそんな光景に相づちを打っていたりするとぼくの携帯が鳴り出す。どうもお高い買い物を即座にしたいらしくぼくにお金を借りようとしているらしい。
仕方ないので、ぼくたちは店を出て、展示会場に入れば彼らはまったく進んでなかったことにぼくは落胆する。

「なんでいつまでも入り口付近でこそこそ内緒話をしてるのよォ、あんたたち」
「これはぼくの予想もぜんぶ越えてたようですね。」

ぜんぶメモをとるぐらいまでは想定してましたが、ぼくもまだまだということですかね。がっくりと肩を落とせば夏目くんに慰められる。とりあえず、動き出したのであとは勝手に止まるのをまつだけだが、そこまでしておけばよかったとぼくは後悔している。

「君たちが足踏みしてるうち二、こっちは有意義な時間を過ごしていたんだヨ。ね、央にいさん。」
「勉強にはなったね。とくに人形遣いの扱い方については。」
「衣装作りを子猫ちゃんに手伝って貰えることになったし、ボクの抱えてた問題は解決の目処が立ったかナ?たまには寄り道もしてみるものダ」

欲を言えば宗にいさんにもさっさあと復活して衣装とか作ってもらいたいシ。とか本音がこぼれ落ちてるので、ぼくは軽くいいかけたがやめた。まぁ兄思いの末子なので、言うのも野暮だろう。ぼくも夏目くんに対してはその通りだし、楽器を触るのが怖い部分はあるが、そろそろ触らねばボクの指が錆びていきそうだ。弦楽器は触っているが、ライブをやるにはまだまだのところで燻っているのだから。ぼんやりと展示をみて、思考をライブに向けているとぼくの聴覚になんということだ。と人形遣いの声が飛び込む。視線を動かして人形遣いを探すと「ノン!何だいこれはっ、責任者を呼びたまえ!」なんて言い出している。

「どうしたんですか?人形遣い」
「あり得ない!脆く繊細なアンティーク人形を空調の真下に置くなッ!従業員の通り道にも近すぎるッ、ぶつかって壊してしまったらどうする!?」
「いや、ぼくに言われましても。ほら、騒がないように、人形遣い。この場所で君が手繰れる人形は手元の子だけだよ。」
「しかも人形と着ている衣装の年代が合致していない!」
「ぼくの話を聞いてもらえませんか?人形遣い。」

素体のまま保存されてなんとか言い出すので、ぼくは慌てて止めるが、夏目くんは笑いながら様子を見ている。そしてぼくにお金を借りようと人形遣いは口を開くが、金額を見てぼくはゾッとする。そもそもぼくだって基本はただの高校生だ、そんな大金を持ってるわけがないだろうに。諦めて自宅に連絡を入れて資金を得る!と言い出すので、ぼくは勝手にしてくれと伝えれば、小鳥は芸術がと言い出すが、ぼくは音楽専門の芸術家だ、三度の和音が、一瞬しか生まれない調和のハーモニーに芸術性を覚えるのであって、君の目に見えるものと一緒にしないでくれ。と思った。

「この場のすべての人形を買い取って保護しよう!一刻でも早く!」

そうしてスマホで、人形遣い自らの兄に連絡を入れ出すので、とりあえず近くの店員を捕まえて、一通りのあらましを説明して購入するには、と問いかける。鳴上くんは行きぴったりね。とかいうが、おそらくこれがぼくら『Valkyrie 』なのだから、仕方ない。どこまでも突っ走っていく斎宮宗を筆頭に、その後ろを走るみかと、すべての後始末をつけるためのぼくだ。

「こういうの慣れてはいけませんよ。きみはまだ若いのですから。」
「だいじょうぶよ、ほどほどが信条だから。」
「それは一安心。」
「にいさん。時代は変わってきているから、そのあたりは大丈夫だと思うヨ。」

ならよかったと、胸を撫で下ろすのも束の間、資金繰りが出来なかった人形遣いが怒鳴りながらみかに『Valkyrie 』の仕事について問いかける。予定がないなら詰めようと言い出すので、先程の店員を呼びつけて、一応の連絡先を受け取り直し、資金が調達できなさそうなので別ベクトルで購入できる手段を念のために探しておく。

「幸いにも小娘もいるし、仕事を回してもらえるように頼めるのだよ!」
「でも、お師さん。舞台に立つのは嫌になってるんとちゃう?せやからべつに予定は入れてへんよ、まずは資金を稼ごうと思って」

なかば兄ィと協力して校内アルバイトをする予定。そう言いたかったのだろうが、人形遣いがまだるっこしいっなんて大声をあげて資金を稼いでここで展示されている人形たちを救い出す。と言ってるのだから、いいのかわるいのか。ぼくには頭の痛い問題だ。

「人形遣い、取り敢えず先程の展示会の店員に話をある程度していますから、取り敢えず落ち着きましょう。回りの迷惑ですから」
「わかった、まずはもっと丁寧に保管してもらえるように頼むッ、忙しくなるよ影片、小鳥。」

全然わかってませんよね。と思うほどの声のボリュームにもう言ってもダメだと首を振る。取り敢えず今まで動かなかった人形遣いの食指が動いたのだ、内容がどうであれ今回は鳴上くんと調整役それから夏目くんに礼を言わねばならないだろう。ぼくは勝手にメモをまとめだしてイメージを書き上げている人形遣いをほったらかしにして、彼らにお礼を伝えると、中身の齟齬はあれどよかったね。という返事を頂くと同時にがんばってね。なんていう哀れみも貰った。うん、わかっているなら止めて欲しいが、二年生に頼むのはお門違いだろう。

あぁイメージが沸いてきた!無理解な大衆により粗雑に扱われ、見世物として陳列されているこの人形たちの悲哀を歌おう!それは今の僕たちの心情とも一致いているッ、次の『Valkyrie 』お舞台の内容が決まった!そして愚民どもが信奉する金銭という価値を得て、名も無きマドモアゼルの姉妹たちを救出する!一石二鳥だろうッ、引きこもっている場合ではなかった!
カカカと笑うのはいいですが、ほんと決めたら急なんですから。みかもそれに当てられて嬉しそうにしていますし、それはそれでいいのでしょうね。

『面倒くさい子だけど、今後も宗くんを見放さずに相手してあげてね、みかちゃん。央ちゃん。それに他のみんなも。』
「もちろん、お嬢さん。彼は我らのリーダーですからね。」
『世間的に価値がないって思われて、雑に扱われているあたしたちを。愛して大事にして生きる喜びを与えてくれる宗くんを。』

あたしたちのかわいい救世主を、どうか今後もよろしくね。日の当たる輝かしい世界を、青春を、一緒に駆け抜けてあげて。その先に、むかぁし、あたしが宗くんに与えて貰った光があるから。楽園が広がってる、誰もが互いに愛しあい尊敬しあって笑いあえる居場所があるの。でも、宗くんはあたしと同じで、とても壊れやすいから、どうか守ってあげて。自分では指先も動かせないあたしに代わって。あたしたちの友達を家族をこれからもどうか大事にしてね。
お嬢さんの声を聞きながら、ぼくはただ頷いて、彼の願いを叶えるよ。それだけ言うと、お嬢さんはおだやかな目をして、微笑んだように見えた。



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