ぼくとスカウト ヴィクトリア 2 





肯定も否定もされなかったので、一瞬だけ眠ってしまったがそのぶん目が覚めた気がする。カランカラン。なんて小気味のいい音で我に帰れば、落ち着いた雰囲気の喫茶店。店内隅っこの方で、みかとみかの仲が良いお友達。それから調整役がそこにいた。
ぼくが目を覚ましたからか人形遣いはぼくを下ろして、ずんずん店内を歩いていく。ぼくはその後ろをあくびを殺しつつ進む。調整役の前につくと同時にテーブルを叩きつけて、睨みを効かせている。落ち着きなさい、人形遣い。他のお客に迷惑ですから一度座ってから話をしましょう。背中を叩いて、みかたちの隣のテーブルに押し込む。みかは人形遣いが怒っていることに動揺しているのが伺える。

「嬉しいわぁ、そんなにおれが誘拐されたと思って心配してくれたんやね」
「勘違いしないでほいしね、この出来損ないめ。」

夏目くんが裏道や近道に精通していたから、何て言うが人形遣いがかなり本気で走っていたのを知っているぼくは笑いを殺す方に必死になる。夏目くんが察知してか、ぼくの脇腹に肘を入れるが、なるほど痛い。そしてしれっと挨拶をしている。みかがなっくんずるいと訴えて夏目くんはしれっとしている。みかも夏目くんも仲がよさそうで安心したよ。とりあえず椅子に座って人数分の飲み物を適当に頼んでおく。夏目くんがいろいろご高説たまわってるのを聞き流しているとあっという間に飲み物がやって来る。人形遣いと夏目くんに冷たい紅茶、ぼくは冷たい珈琲だ。
適当に配膳していくと、人形遣いの手元にお嬢さんがやって来る。

「カミナリさん、何を飲んでるノ?」

はて、彼はそんな名前だったか、月永くんのところの子だと覚えてるが、やはり違うみたいで、どうも話を聞くかぎり今回の狂言は彼の知恵らしい。二年生同士の会話を聞きながら、ブラック珈琲で喉を潤していると、人形遣いにねむれなくなるのではないか、なんて言われたが、町中で眠るような凛月さんみたいなことはしません。ぼくを何だと思っているのか、人形遣いには常々問いただしたい。どこでも眠るような野郎ではぼくはないんですよ。

「あんまり刺々しいと友達が出来ないわよォ、夏目ちゃん」
「成る程、確かに『ちゃん』付けで呼ばれるのは嫌だネ。忌々しい幼少期を思い出したヨ。先程の発言は非常に失礼だったので謝罪しようカ。」
「囀ずるな、小僧ども一体何だって僕をわざわざ呼びつけるような真似をしたのかね?冗談にしては悪質なのだよ、誘拐とは。」
「まぁね、それはぼくも賛同するよ。お師さん絡みのみかなんて、赤子を捻るよりも容易いのだからねぇ。」

なかば兄ィ、ひどいわ。おれかて、ちゃんと情報は…。そこで止まるから君はまだまだなんだよ。みか。うんうん頷いて同意しておくが、人形遣いが慌てているのもなかなかの姿だったよ君も。そしてややこしくなるから君は親の特定をやめなさい。ぼくの代わりに夏目くんが全部説明するからぼくは水飲み鳥のようにひたすら頷くだけなんだけれども。一通り説明が終わると、鳴上くんが「こうしないと『お師さん』は来てくれないと思ったのよぉ。」と言ってくれる。が、人形遣いはどこか不満げである。それでもうちの子が、と挨拶をしてるあたりは成長したのではないかとぼくは思う。

「どういたしまして、どこかの誰かさんたちがお世話をしてくれてないから、単なる友達のアタシが仕方なく、ね?」
「育児放棄をしてるとでもいいたいのかい?」
「あらやだわ、そんなことを言ったつもりはないけど」
「ま、まぁまぁ、怖い顔をせんといて〜、仲良ぉしよ?」

ぼくたちと鳴上くんの顔を交互に見合わせるので、ぼくは営業用に笑っておくが、人形遣いは不満げな顔をありありと出している。誰のせいでアタシが美しい顔をしかめてると思ってるのよみかちゃん?そもそも君がさいしょからどこにいても不足ない真人間なら、僕たちも気を揉まなくて済むのだけど?んあっ、なぜかおれが叱られてる!なかば兄ィ!
おやおや、旗色が変わったようすで、そんな光景がおかしくてぼくはひっそり笑えば、「まぁ、みんながこんなに呑気にしてるってことハ、たいした用事じゃないんだろうネ。」そう夏目くんがいう。念のために同伴して損したかモ。愉快なやり取りが見られて笑えるけど。と葉末の子がしょげてそうなので、あとでここの飲み物ぐらい奢ってやろうと心に決める。この時点で彼も巻き込まれているのだからね。

「そうだ、それを確かめなくてはいけないね。話が逸れていた。君たちはどういう了見で、この僕を呼び出すような真似をしたのかね?」
「ちょっと、お師さんに、見てもらいたいもんがあるんよ」

みかがそういって、一枚のチラシを取り出した。近くの百貨店でやっている企画のチラシのようで、人形遣いが一枚ひったくったので、ぼくは裏面の細かい文字で詳細を確認するや否や、行こう。と人形遣いが言い出した。タイトルだけを確認すると、きっとこれは一日コースだとぼくはこの瞬間に悟った。



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