追憶 モノクロのチェックエイトと俺-7e

ただその瞬間からか俺はただ壊れた。思っていた未来と完全に違うものだったからか。現実とはひどく色のないものだと思う。敗北により俺のユニットは解体し、脱退していった先輩は『チェス』の後団体みたいなのを作って生きてるし、気付けばどこにも所属しない無所属。コロコロ振り回されて結局俺はただただなにもない根無し草になった。
毎日学校に連戦でライブがあった関係で無意識にくるようになったが、それ以外は相変わらず一人でテラスで本を読んだして時間を過ごしている。今日も今日とて本を読むためにいつもの席に座れど、レオたちは…いや、月永くん……彼らは来ることはない。
ちょっとさみしいけれど、これはこれでいいのかもしれない。俺の心はきっとこれ以上壊れることがないのだから。ふっとため息をついて、読みかけの本を開く。…風の噂を聞く限りに道中の道すがらの生徒の話を披露限り、月永くんがどうも不登校だとかなんだとか聞くが、根無し草の俺に彼らに関わる権利もなにも持たないのだ。
頭にどうも入ってこないのは、あの時のショックが深いからだろうか、ずっとおなじ行ばかりを目が滑る。進みたくないとも言っているような感じがする。胃の重たさを感じていると、手元に影が大きく伸びた。

「文哉。」
「……瀬名君……?」
「はい、だめ。」

俺の鼻を力強く握る。鼻を高くする方法として家の人に昔やられたことがあったが、こんな事をされるのは久々だ。ちょっと!と声を上げれど、はいセナ。でしょ?と彼はアイスブルーの瞳が楽しそうに歪む。俺はむっとした表情をしてから、離してよセナ。というと素直に俺の鼻は解放されて、セナは俺の向かいに腰を下ろした。アイスブルーの瞳が俺を捕らえる。それでも、ステージで見たような鋭さはない。今ここにあるのは穏やかな青い瞳だ。

「れおくんからきいたよ。今一人なんでしょ?うちにおいでよ」
「……せなく……セナは俺の名前が欲しかったんじゃないの?」
「なわけないでしょ?れおくんから話を聞いて俺は嬉しかったよ。れおくんのことを思ってくれる文哉が居て。」

今、ぎりぎりのところでれおくんは生きてる。文哉が居たから。文哉がれおくんがいいと言ったから。そして文哉が傷ついた。選んだからこそ傷ついた。だいぶ前から具合悪かったんじゃない?あんな先輩たちで。つらかったんじゃないの?だから倒れたんでしょ?
正解ばかりを踏み抜かれて俺は何も言えなくなった。正論すぎて俺は返す言葉もない。そうだ、俺のストレスとなってた先輩はもういない。俺はそんなやつは知りません。と顔ができる。それでもありがとう。と言われる覚えはない。俺は勝手に願って傷ついて全部を選びなおしただけだ。

「れおは、だいじょうぶなの?」
「ゆっくり時間をかけるしかない。それでも俺はこの場所を守らなきゃいけない。だから、文哉にも手伝ってほしい。」

俺たちを好きだというんだからむろん俺たちを選ぶのでしょう?と当たり前のように彼は言う。俺はセナから視線を下にずらす。俺はただ神輿に乗せられて勝手に話が進んでいるのを見ていただけだ。そうやってこの1年とすこし身を投げていた。完全に根を張る場所を無くして、どこに根を張っていいのかもわからずに俺は今を過ごしている。

「俺だから?それとも」
「保村文哉だから、俺の横でレッスンで踊っていた文哉だったから。完全に壊れる前に掬い上げたい想ってるよ」

真っ直ぐと照れもない瞳がまっすぐ俺を見た。真剣な青は、冷たくなくただ暖かい氷の青だ。今までレオはずっとこんな瞳を見てたんだろうし、セナは子どもみたいにキラキラ光るレオの緑を見ていたのだろうか、そんなことを考えると俺の目頭が熱くなった。俺になかった毎日が、抱きしめるかのような勢いでやってきている。情報を処理しきれない感じの俺に、セナがどう?わるくないでしょ?と笑っている。そんな二人の仲に俺が入っていいのだろうか?断る理由を探す様に俺は言葉を選び出す。

「……俺、本をずっと読んどかないと落ち着かないんだけど」
「れおくんがあんなのだし、最低限守ってくれてたらいいけど」
「読むの邪魔されるとストレスフルでしんどくなるよ」
「ある程度は許容してあげようじゃん」
「…………それに、」
「それに?まだなにか不服?」

俺がいいな。って思った。それじゃだめ?なんてセナに言われる。顔面偏差値が高いやつに言われると男でもなんかなるってほんとだったんだな。とか思いつつ、俺は一瞬たじろぐ。レオはそれでいいって言ってるの?と問いかけると、俺たち二人で出した結果だから全然。文哉は全体的に才能は高いっていうのは前にクソオカマとレッスンした時に思ったし、文哉が俳優として動いてるのは確かにちょっと下心あるけど、でも俺は等身大の文哉だから声をかけてる。俺が願えばれおくんが仕立ててくれるっていうし、そうなったら文哉っていう武器も欲しくなった。音楽を武器にするれおくんと文字を武器にする文哉で俺たちはもっと高みに登れる。
そこまで言われて俺は首を振っていいのか迷う。自己評価が低い俺にそこまで言われて、どうしようかと戸惑う。事務所は『ユニット』についてとやかく言うことはない。それでも俺は返事を悩みながら手元を見つめる。指を組んで両手の親指を添わせる。そうしているとじれったい!と声を出したセナが俺の手を掴んでまっすぐ俺を見た。

「何度も言わせるな!文哉。俺は俺たちは文哉が欲しい!俺が言ってる、それじゃたりない?」
「……ううん。瀬名くんとレオの手伝いができたらいいなって思うよ。」
「セナって言ったでしょ!」
「痛い痛い痛い痛い!!!!」

今日ドラマの撮影あったらどうすんだよ。鼻真っ赤にして撮影したくないよ!というと、事務所には確認して無いって知ってるし、事務所に問い合わせたらだいぶ具合が悪そうだったけど、文哉から名前は聞いたことあるし俺たちなら大丈夫そうだね。って事務所は言ってたよ?それでもだめ?じゃあ何だったらいい?言葉じゃないなら何がいい?

「……なんで、そこまで俺がいるの。」
「文哉がいるとれおくんが探しやすかった。それじゃたりない?」

……一番最初にセナ。と呼んだ時の話だ。覚えてたのは俺だけじゃなくて、目の前がゆがんできた。俺でいいなら、喜んで。なんていう言葉が出なくて、俺はただ子どもみたいに泣き出すのだった。嬉しくて、必要な言葉を必要なだけくれる彼らのために動いてみようって思えたのだ。ぐらりと首が動いて俺は今までの見えてた背がダブって見えた。どうやら寝ていたようで、まぁなんとも胸糞悪い夢だこと。椅子の上で舟をこいでたのらしく、首が痛い。

「ちょっと、文哉起きた?。」
「あーなに、セナくん…?。あ!!!痛い!!鼻はやめろ!明日撮影!真っ赤にしたら、怒られる」
「文哉がまた瀬名君。とか畏まって言うからでしょ!」

白と黒の盤面が俺の目の前に広がっている。朱桜くんがキラキラした目をして俺たちを見ていた。左手側にセナ。右手側に天祥院が座って二人でチェスをしていたようだ。俺は盤面をちらっと見て、だいぶ変わってしまった盤面を見てざっとの時間を憶測する。

「こんな所で寝たら顔浮腫むよ?」
「目は抑えてないから大丈夫だと思う―。まぁ。昨日撮影で家帰ったの朝方なんだから許してよ……寝てても。」
「ほら、カサくん文哉と一緒に先に行っててよ」
「保村先輩。Lessonしに行きましょう!」

いつのまにか居た朱桜くんの手を借りながら欠伸を漏らして席を立つ。昔の夢をみたのか多少心がちょっとぐらぐらしてるかも。後でセナ成分摂取したい。とか思いつつ、俺はセナに口を開く。

「ねえセナ。ありがと。」
「なに、今更」
「久々にいい夢じゃなかったけど、その中にレオが居たから。夢見させてくれてありがとう。」
「はぁ?なにそれ?」
「大丈夫、俺が壊れたのもレオが来ないのもセナのせいじゃないって俺が証明してみせるよ。」

どんな夢だったの。と天祥院が聞くけど俺は「応える義務はありません」と返しておく。ほんと飼い主にしか尻尾を振ってくれないね見事に番犬。なんて言いつつ天祥院が笑った。俺ははいはい、勝手に言って置いて。と言葉を出して歩く。そう、俺は二人のためにここを守っていこうと思ってるんだからいいでしょ。レオには夢のなかだけど会えたのだ。それでいい。会えたら俺は頑張れる。あの日々を思い出すだけで俺は歩いていけるよ。どんな轍だって作ってみせるよ。俺がどれだけ壊れてもそれでも守ってやるよ。どんな手を使ったって。今は三毛縞にしか任せることができないのが歯がゆいけど、薬は時間だ。きっと。
レオの目の届くように俺はここでアイドル活動と寸暇を惜しんでいろんなところで帰って来いってメッセージを送り続けてる。大丈夫セナが言ってくれたみたいに俺は言うよ。お前は歌じゃない。一人の人間だって。人間のレオが欲しいんだって。届いてないかもしれないけれど俺はレオにそうやってずっと発信してる。文字は教養で教養はコミュニケーションだ。音があれば世界は渡れるけれど作れはしない。だから言語が必要なんだ。文字は国境だなんていうけれど、そんあ国境すら破って世界中に届かせてやる。レオ帰ってこい。っていうメッセージを俺はずっと出している。俺を救ってくれた言葉があるように、きっとレオを救ってくれる言葉がある。それが俺だとは思ってはないけれど、きっと必ずレオを助けてくれるって信じてるから。俺が蜘蛛の糸じゃなくていい希望としての光と成れれば、萌しとなればいい。そしたらあとは俺と瀬名でゴリゴリ助ける。セナは優しいし。

「保村先輩?どうかなさいましたか?」
「ううん。なんでもない。過去が見えてげんなりしてるだけ。気にしなくていいよ。すぐに自分で自分を被りなおすから。」
「ご自分をご自分で被り直す?」
「そう、ほら、ナルくん……?ううん、鳴上君も凛月君もまってるんでしょ。急ごう」

そう、俺はレオが帰ってくるまで、レオが愛してる『Knights』でセナを守りながらここで生きていく。それが二人に対する今の俺のできること。だってそうでしょう?どれだけだって壊れても、俺は二人を守って生きてくって決めたから。メンバーが増えたけど、俺の守るべき根源はれおとせな。そう、大事な記憶を持ってる二人。大丈夫レオは絶対に帰ってくる。そうだ、帰ってこなきゃお話じゃない。俺が起こそうとしてるのは奇跡並みの事なのかもしれない、それでもいいよ。世の中すべて奇跡でできてるんだから。


/back/

×