追憶 モノクロのチェックエイトと俺-1

朝目が覚めると行きたくないと思うのだけれども、ライブ一週間前だからと言い聞かせて俺は重たい体を起こす。ベット横に置いている鏡が真っ青な顔をした俺を映している。サイドボードに置いていたサプリメントをかろうじて胃に叩き込んで、制服に袖を通す。衣装を着るとパリッとするなんていうけれども、俺は着ると気持ちがだんだんなえてくる。ストレスがマッハで襲ってくる。本を読む環境がなくて俺のメンタルが馬鹿になるのだから、本の力は偉大だ。高校生で光り輝くアイドル!なんてそんなものはない。現実の芸能界は夢や希望で満ち溢れているものではないのだというのを俺はガキの頃から知っている。媚入り品行方正、計算されたかわいげない子ども。そんな裏側も知ってるのである程度、諦めてたりする。胃の中がどんよりしているのを感じながら鞄の中に必要なものを突っ込んで、家を出る。家族が心配そうにこちらを見ているが俺は見て見ぬふりをして学校に行く。うっすらくまもあるがどうせライブ直前の一週間さえ終わればまた家にいるのだからいいだろう。

「一週間の我慢だ。」

俺の気持ちは見上げた空のように濁っていた。雨は降る予定でなかったので、俺はそのままガーデンテラスで本を読む。教室で読んでいると奪われていったりするので教室も嫌いだ。テラスの木陰になる適当な椅子を陣取り途中で買った飲み物を傍らに置いて俺は読みかけの本を開く。この間呼んだばかりだったのだがふと読み直したくなって持ってきたのだ。そのまま本を開いて目を落とす、朝から学校に来てここで一通り本を読んだり図書室に言ったりして俺は時間をつぶしている。授業をうければいいのだろうけれど、どうもクラスに入るということができずに、こうしているのだ。どうせ休憩時間に本を読んでも、話をしようと本を奪われるのだから。本を読み終わり持ってきた本がなくなったので、図書室にでも一旦移動するかと考えて目線を上げる。大きな白い何かが風に吹かれて飛んで俺の足元に落ちる。
なにだ?と疑問を持って拾い上げると、真新しめの五線譜に殴り書かれた楽譜だった。なんでこんなところに楽譜が?と首を傾げながら、譜面を読む。どこかで書き映したものだろうか、途中で終わってる。書きかけで止めたのか、別の用事があって手を止めてる間にどこかに飛ばされたのか。なんて思いながら譜面を目で追う。聞きなじみのない音になりそうだな、とか、ぼんやり思っていると、ばたばたと足音が一つやってきて、少し離れた藪から青年が一人現れた。

「俺の名作がどこ行った!?」

音と共に俺と目線がばっちり重なる。
萌木色に近い新緑の瞳と雑に結んだような少しくらいオレンジ。背はふつうにあるけれど、比較すると低い目には位置するほうだろう。ネクタイの色を見ると同じ学年だった。そんな彼が、俺の手元を見て、それ俺の楽譜?と問いかけた。まぁ、俺が今拾ったところなので、彼のだろうかと判断して、これ君の?と差し出すと、俺の名作!と紙が一枚俺の手から消えて、会いたかったぞーと頬ずりしながら彼がポケットをごそごそと探す。一通り紙と再開したことに喜んだのか、俺の方を見て口を開いた。

「なあ、書くもの持ってないか?」
「カバンになら…」

ベンチに置いた汗をかいた飲み物をどかしてカバンの口を開いて筆箱を出す。シャーペンと消ゴムを渡せば、子どものような満面の笑みが帰ってくる。ついでに書きにくそうなのでクリップボードも貸そうかと声を掛ければ、いいの?と言われるが、シャーペンを貸し出してるので、それが返却されない限り俺は身動きとれないのだ。抜きもれていた原稿用紙に気づいて取り外して渡す。そのまま彼は足元の芝生に寝転がり鼻歌混じりに五線譜に書きなぐっている。楽しそうなので咎める気になれず、勝手にさせた。汚れても知らん。俺はあきらめてノートと下敷きをボードが代わりに使って次のエッセイの話をあらかた書き出すかと、ノートを折る。なにから書き始めるか、と思案していると俺の聴覚に鼻歌とは違う別の声が響く。何度か聞いたことのある声だな、と思いつつ目線を音の方に向けると、一人がこっちに何かを探すように歩いてきていた。なにかに気づいてか、目の前で寝ころんでいる彼に駆け寄って声をかけた。

「あ、れおくん!こんなところにいた!」
「んあ?セナ?」
「またこんな所で寝ころんで、いいかげんにしなよ。」
「だって、こいつからペンを借りたんだから離れたら駄目だろ」
「こいつにペンなんて貸さなくていいから!……って、あんた保村文哉?」
「……瀬名、泉君?」

昔にスタジオの移動中に何度かすれ違ったことのある顔立ちだが、まぁ幼少期の頃だったのでうっすらとしか覚えてない。その頃と違う顔つきは昔の面影を多少残している気がする。俺は首をかしげながら、瀬名泉を見る。本屋で置いてあったあの顔だ。

「なんだ、セナの知り合いだったか?」
「べっつに、昔の仕事で何度か顔合わせた位だよ。今、どこのユニットにいるの?」
「……なんだっけな。……オセロ?リア王?シェイクスピアだっけ?…人がとても多いけどユニットの名前は正直おぼえてない。」

携帯に連絡が来てたような気がするが、なんだったか。と考え思考を巡った。答えは思い出さないので、そのままでもいいかと俺は思う。名前を上げていくと、瀬名君は「たぶん俺たちと一緒のユニット?……名前は聞いたことあったけど、そんなに出会わなかったし違う派閥みたいだねぇ。」と言い切る。これを聞いて俺は瀬名君と一緒の団体にいたことに気が付いた。あんまり顔を出さずにライブ前の一週間にか顔を出さないのでよくは解らない。

「そうなんだ。あんまりユニットが好きじゃないから。どうでもいいんだけど。」
「ユニットが好きじゃない?」
「俺、じゃなくて俺の名前が欲しいみたいなだけだし。ライブ一週間前に顔出すだけで許されるぐらいに、固執されてないし。」

さっきまで座っていたベンチに腰を下ろして、ふっと息を吐く。レッスンは好きだけれど、休憩中まで勝手に土足でプライベートに入ってくるのが許せないのだ。俺にとっての食事が本。みたいな所があるので、ほっといてほしいのにそれでも俺のユニットメンバーはもっと食えだとか、踊れだとか好き勝手にのたうってくれるから俺のやりたいことの時間が勝手に持っていかれる。それが俺には耐えきれないだけだ。

「俺のところもいろいろあるの。……で、瀬名くん。こっちの人は?」
「れおくん。うちのユニットなら聞いたことあるでしょ?月永レオ。」
「あぁ、作曲に名前を見たことはたくさんあるけど。珍しい感じだったよね。レオって。」

そんな俺の言葉に反応してか、寝ころんで書き物をしていたはずの彼は大きく飛び上がって俺の目の前に立つ。キラキラとした瞳は俺をまっすぐ見てる。ドラマの撮影でもなかなか見ることのできないまっすぐさだった。そのまま俺の手を掴んで、俺を見る。お前いいやつだな!そんなつもりで言ったつもりもないし、思ったことを素直に言っただけだ。それでこんなに過剰反応してるのだから……もしかして、自己評価低い人?……いや、でもさっき俺の名曲が第一声だったからそんなこともないのか。

「俺はいいやつじゃないよ。俺は最低野郎だし」
「自己評価は高い方がいいんだぞ……あーえっと……」
「文哉、保村文哉。」

そうか、俺月永レオ!文哉!よろしくな。……綺麗な子どもみたいな笑顔だった。俺はその新緑の瞳が忘れられなかった。まるで、芸能界に入ったばかりの俺の目に似ていた気がする。あの頃の自分はどうやって立ってたんだろうな、とエメラルドがちりばめられたような瞳を見ながら俺は思う、ぼんやりとそんな昔を懐かしんで高らか、月永くんは俺の目の前でひらひらと手を振る。

「人の話を真面目に聞かないと駄目なんだぞー!」
「れおくんがそれを言わないの。」
「あぁ、ごめん。まぁ、そろそろレッスンの時間だから俺の筆記用具返してもらっていい?そのかわりボールペン上げるから。事務所のでよかったら。だけど。」
「ボールペンくれるのか!?いいやつだな文哉!」
「やめときなよ、この間れおくんにシャーペン貸したけど5分でどっかにやられたよ。」
「まぁ、事務所の宣伝のだし、ボールペン捌けるなら俺も嬉しいし。あげるよ。」

鞄から箱に入ったボールペンを取り出す。ノックする側のほうに事務所の名前が入ってるボールペンだけれど、まぁ、事務所に帰れば腐るほどあるので消費してくれるならちょうどいい。箱から出すとたまたま緑色。薄い黄緑みたいな胴色が、この月永くんの瞳に似た色だった。クリップボードと筆記具を受け取るついでにボールペンを渡すと、ありがとー!なんて元気なお返事一つ。よくできました。

「瀬名くんもいる?」
「物増やしたくないからいらない。」

そっか。と返事しながら、俺は筆記具を鞄の中に仕舞いこみ、瀬名くんも月永くんもそれじゃあね。と手を振る。難しい顔した瀬名くんと、さっきまで満面の笑みだった月永くんがむっとした表情を浮かべた瞬間、俺に飛びかかるように抱きついてくる。

「ちょ!!なにすんだ!」
「レオって呼ばない限り離さないぞ!文哉!」
「い、意味わかんないんだけど!?瀬名くん!こいつ、どうにかして!」

俺でもどうにかできないから、さっさと折れれば?とか言われて突き放される。瀬名くんにならってレオくん。とかいうと、くんもいらない!と駄々っ子のように俺に抱きついてくる。ちょっとまって首閉まってるから、という抗議の声も上げれず酸欠で俺は意識を飛ばしかける。真っ青になった俺が瀬名君の手で助けられてレッスン室に向かうのだが。完全に遅刻。それでもメンバーは満面の笑みで大丈夫だよ。と言ってくれたのだった。ちなみにこれが夢ノ咲での俺とレオとセナのふぁーすとこんたくと。とかっていうやつ。ほんとひどい目にあったよな。



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