公演!悲喜劇のロミオとジュリエットと俺-1

自分の机で予習をしていると、日々樹が前の席に座って俺を見た。じーっというぐあいに俺を見ている。めちゃくちゃやりにくいんだけど?同じクラスの面々がいっぱいいるから、何とかやってくれてるんだろうけど、残念なことに居ないんだよな。ぎろりと俺は睨むとこの麗人はにこりと笑って目を開いたまま夢でも見られてるのかと思いましたよ!と笑っている。

「なに?暇じゃないんだけど?」
「文哉くんに、我が演劇部の舞台を手伝ってほしいのですよ。」

俺が出ると金が動くのわかってて言ってる?ええ『Knights』の保村文哉くんにお願いしてるのです。あくまで事務所通さないつもり?もちろん文哉くんの事務所にも話を通してますし、『Knights』のリーダー代理にも話は通してますよ?
そこまで言われて俺はがくりと机に伏せた。じゃあなんでお前は俺に確認を取ってるんだ。そこまでなったら完全に仕事だろう。俺はため息をついて、事務所と鳴上君が許可出してるなら俺は拒否権がないよと告げると。それではじゃあ行きましょう!と俺の手を掴んで、駆けだした。待ってお前まだ授業残ってるはずだ。俺の抗議の声は聴かれず演劇部部室に突っ込まれた。はいどうぞ!と言わんばかりにソファーに投げ込まれて、瞬く間にお茶セットが目の前に広げられていく。

「日々樹、授業!」
「えぇ今日の最後の授業は前回のおさらいだと言っておりましたよ?」
「さも当たり前に言わないでくれる?」

俺は前回お仕事で公欠とってたの。あぁ、あとで今日のプリントをお渡ししますよ。と言われたが、お前は先生じゃないだろう。言いたいことを一気に飲み込まざる得ないのは、彼が五奇人、今や三奇人か。そんなのの一人だからだろうか、風を切っているというか、暖簾に腕おししてるというか、実感がどうもない。俺は今日何度目かわからないため息を吐くと、日々樹は怪しげな仮面をつけてアメジストの瞳をこちらに向けている。「今回の概要を説明したいと思います。書類ではどうも解説ができませんからね。」といいつつほら!と言机の上に背の高い書類の山を彼は取り出した。
たくさんの企画書の側面に油性ペンで塗りつぶしたような感じの白抜きの文字が見えた。おい紙の無駄使いだろ?とか思いながらも、その白抜きされた企画書の側面の文字を読み上げるリバース。ロミオとジュリエット。……。おい、どういうことだ?と俺は首を傾げる。
「今回のお話はですね。」そう言い切って説明を聞くが俺は頭を殴られた気がした。情報を全部ごっちゃになって殴られてる気がする。待ってくれ。塊で押してくるな。深海と意思疎通が取りにくいが、日々樹もなかなか取りにくい。むしろ奇人と意思疎通ができないと解釈した胃が…今はそれじゃない。解釈は解ったお前のやりたいこともわかった。まって、俺これどこに必要なのかわからなくて首をひねる。

「今回の舞台の演出と、繰り返しものですから補足資料として毎日の公演で配布する資料をかいてほしいのです。」
「演出?俺、プレイヤーはいけるけどコンダクターはやったことないぞ?」
「『助詞役』はひどく台詞が多いですからね。そのあたりのお手伝いをぜひ。」
「舞台に出ろと?」
「いまのところは部員たちの育ち具合に寄るでしょうね。毎日ベースは同じでも中身が違うのですから。それぞれ異なるような劇を繰り広げていくのですから。」
「繰り返しもの、だよな?」

えぇ、そうですよ。『ロミオとジュリエット/リバーシ』は複数の作家がそれぞれ『ロミオとジュリエット』を題材にして書いた掌編を寄稿したアンソロジーです。それを代表の作家が一つの大きな筋書きに沿って編み直し、構築したものですね。それを舞台化しようとして、かつての演劇部の部員が台本に仕立て直しましたが、文哉くんには一日分をかいてほしいのです。

「待って、俺の理解が追いつかない。なんで元のを使わない?」
「実は、お恥ずかしい話落丁してあったのです、一日分。ごっそりと。演劇科で講師をしている現役の作家でもあるひとの作品なのですが、どうも昔のですから原稿もありません。前と後の話をつながるように書いてほしいのです。なぜならコピー元も原本もないので。」
「だから、俺に書けと?」
「えぇ、文哉くんなら書けるでしょう?」

仕事なら書くけど。なぁ。とぽつりと吐き出せば、よろしくお願いしますね。日付は9日目です。いや、まってお前その落丁した本もなしにかけないぞ!俺はせめて一回は読ませろと吠えていると、演劇部員が顔を出し始めた。「では、今回の台本に焼き直したものを差し上げますから、さっさと読んでください」俺は日々樹の綺麗な顔を近寄られて、ぐっと詰まる。いや、お前の行動パターンが全然読めなくて意味が解らない。予想外の行動を処理する間に、俺はつい「あ、はい。」とか言っちゃう。ちょっとむかつく。台本を受け取った手前、俺は読むしかないので開き始めると、演劇部たちが俺に問いかける。

「保村先輩どうしてここに?」
「日々樹に連れてこられた。仕事しろってさ。」
「はい?どういうことですか?」

氷鷹と真白が首を傾げているのを見ながら、俺もつられてそちらに傾く。三人そろって右に首を傾げていると、ぱんぱんと手を叩いて注目と言わんばかりに鳴らした。

「はい、みなさんご静聴を。本年度の演劇部における春の【公演会】の題材は『ロミオとジュリエット』に決定いたしました。」
「またシェイクスピアか。よっぽど好きなんだな、部長」

私の好みというよりも、仕様上必然的にそうなってしまいますね。我らはプロの劇団ではないですし、演劇科の人材を含めて役者やスタッフの力量や個性経験もばらばらです。突然なオリジナル演劇を十全にこなすには何もかも足りません。お客様に感動をお届けすることなど、夢のまた夢。全ての人類が共通して感動するお約束があるからこそ、語り継がれてきた古典・童話・神話などを下敷きにするしか方策がありませんね。誰もが知っており、なおかつ先行作品が数多ある古典を題材として可能な限り。
このあたりで日々樹の話を聞くのが面倒になって俺は手元の台本に目線を落とす。冊子にして9冊。とりあえず1日目から読んで、ない9日目を飛ばして最終日に進むしかなさそうだ。穴埋めするには設定から補って矛盾のないように書かなければならない。芝居の経験はあるが劇はない。どうなるかわからないので俺は呟きながら本を読み進める。1日目の半分を読み進めたところで、台本が上に逃げてった。

「まず『ロミオとジュリエット』で重要な『ジュリエット』役から決めましょう!」
「…なんで俺も入ってる計算になってんの?」
「あなたも立派な芝居に生きる人なんですから、ここは後輩の後学ために立ち上がってみてはいかがですか?」

それが仕事だっていうならね。じゃあこれが台本です五分後にお願いしますね。と渡されて俺はわら半紙にコピーされた文字を目で追う。完全に古典の台本から抜き出されたものだ。俺は読みながら『ジュリエット』について思い出しながら文字を浚って頭に叩き込む。活字中毒の俺が頭に叩き込むのは容易だ。演劇部の面々はがやがやしながら記憶に叩き込もうとしているのも全く聞こえないぐらいに没頭していく。頭に全部叩き込んでふと顔を上げると、日々樹が五分の終わりを告げた。この一言を最初から。と新たな紙を一瞥してワンフレーズを一瞬で叩き込む。

「さて、文哉くん。今の最後の台詞からやってみましょうか。」

はいはい。と俺は返事をして、意識を切り替える。脳裏にはイタリアのヴェローナが浮かぶと同時に俺は意識に問いかける、お前は誰だと。俺がふと台詞を思い出して、これは『ジュリエット』じゃなくて『ロミオ』じゃないか、と判断を下す。すっと息を吐いたら古びた衣装の匂いが鼻についた。それでも俺は気にせず目の前の日々樹に眉をしかめて苦悶の表情を浮かべる。

「ヴェローナの外に世界は有りません、どこも全て苦界。煉獄。いいえ……地獄そのものなのです。ここから追放されるという事は、世界中から追放されるということであり、世界中からの追放は、結局死ぬ事と同じなのです。してみれば追放というのは死罪の美しき変名に過ぎない……死罪を追放と呼ぶことによって、貴女は黄金の斧で私の首をはねて、断命する。その切れ味、技の冴えを得意げに笑っておられるだけ。」

そこから視線を後ろに向けてハッとした表情を浮かべて声色を少しだけ変える。それから少し困惑してから、丁度いい位置にいた一年を見つめて、そこに言うように口を開く。私にとって敵なのは、あなたの名前だけ。たとえモンタギュー家の人でいらっしゃらなくても、あなたはあなたのままよ。モンタギュー。……えぇ?それがどうしたというの?手でもなければ、足でもない。腕でもなければ顔でもない。ほかのどんな部分でもないわ。ああ。何かほかの名前をお付けになって。名前にどんな意味があるというの?薔薇という花にどんな名前を付けようとも、その馨しい香りには変わりはないはずよ。
マイムで手元の薔薇を鼻によせて、すっと香りを楽しんでから柔らかく表情を変える。視界の端で日々樹がカンペを出してここから江戸っ子口調で。とか書いてるので、俺は日々樹に言われるのが仕事だと判断してそのまま乗っかることにする。眉を吊り上げ気味に声を張り、人格を上書きしていく。

「テメェ様だって、同じことだってだろうめぃ。ロミオ様ってー名前でなくなったってよ、あの神様みてーな姿はそのままだってー決まってんだろう。ロミオ様。なんてお名前を捨てちまって、血肉でもなんでもない、名前の代わりに、あっしの全部を受けてってほしいんでぇ!」

ほら日々樹一年と二年がビビってるだろ!と怒鳴りこむ前にカンペに続けて深窓の令嬢!と書いてあるので記憶している台詞を思い出す様に引出を開けて、眉を寄せて視線を動かして、誰もいない宙を見つめて手を伸ばす。切なげに瞬きを二つ。

「来てくださいな。優しい夜よ。来て……愛に溢れ黒く塗られた眉を持つ夜よ。私の夜を、ロミオを届けておくれ。……っていうか日々樹、無茶な設定を持ってくるな!」
「さすが腐っても天才子役ですねぇ。そう言いつつしっかり答えてくれるじゃないですか。」
「マジ疲れる。なんだよ江戸っ子のジュリエットって。っていうか最初のやっぱりロミオじゃん!」

とっさの判断はアドリブを行う上でとっても大事ですからね。文哉くんなら問題なくやってくれると思ってましたよ。花丸満点です、と演劇人から貰っても嬉しくない。もらってうれしいのは、業界よりも外部の声だ。賞レースだってなんだって同じ役者が決めてるわけじゃないんだからさ。

「見事にロミオもジュリエットも演じてしまいましたね。」
「日々樹がやれっていうなら全部仕事だし、やるしかないじゃん。」

絶対にできません。なんて俺言わないよ?と言ってのけると、氷鷹がしばらく考え込んでから、保村先輩のジュリエットに深さを感じた。とか言われる。…まぁ、小さなころはいろんなドラマに出てたので女装もしたしなぁ。スタントはまだやったことないけれど、っていうか『Knights』には必要ない要素だろ。役になりきるためにはどうしたらいいんでしょうか?と一年に聞かれる。俺はぐるりと視線を回してから、やりかたは人それぞれだからよく解んないけど、俺はいろんなスイッチを同時に切り替えるようにしてる。色々体験して煮た要素を引っ張ってくるのがいいよ。と適当なアドバイスをする。

「文哉ちんはやっぱりすごいのな、さすがは天才子役だな!」
「……仁兎がなんでいるの」

語気は問いかける音をせず、比較的能面つらしていた俺はうっすら眉間に皺が寄る。俺は放送委員で渉ちんに用事があったんだという。日々樹の仕事内容に興味のない俺は、あっそ。と言って思考を放棄して、また台本読みに戻るのだ。間の抜けた台本は、どうやって補てんするか考える。たぶんほかにもあったのから引っこ抜くことをせず俺に振ってくるのだから腹立たしい。うなりながら鞄の中から紙と書くものを取り出して俺はがりがりと設定を片っ端から書き出す。演出もしろといっていたはずだ、じゃあ俺はどうしたいかを考えながら、方向性を台本とすり合わせなければならないだろう。ぶつぶつと呟きながら、俺は作業に没頭しはじめる。賑やかなところで仁兎が俺に「不審者みたいにつぶやくよな、」と言ったらしいが俺の集中力はそちらに全然向かなかったのだ。


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