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練習が終わってそそくさと別れて、登良は一人別の空き教室を借りた。合わせたのだが、どうも一人だけ外れている気がして、完全下校時間を超えても問題ないように宿泊の申請も出した。
音もない沈黙にどこか背筋が撫でられてしまう気がする。どこか寒くも感じるのでさっさと今回の音をかけて、楽譜を握る。踊りもないからこそ、音を重要にして一音一音確かめていかねばならないだろう。そう判断して、シンセサイザーのある部屋をとったのだ。
チューニング音を鳴らしてそれと同じ音を伸ばす。ブレない音を出して喉を鳴らして音を移動する。誰ならどう歌うのかを考えながら、主旋律を歌う。
中心となるならば、誰にも寄せないほうがいいのだろうと思いながら歌を乗せる。深海先輩は、海のようにそして神秘的に歌っていたし、影片先輩は愁いを帯びた歌い方をしていて、創はまっすぐと綺麗に歌っていた。どこかに寄せるわけにもいかず寄せるとどこか違和感を覚えるので、別の方向で立って寄せてもらう必要があるわけだ。一通り歌ってから、思考にふける。
曲の解釈と周りの歌声と合わせて見るとどこまでもこのユニットは歪にも見える。頭を抱えながら歌っていると、ノックの音が聞こえた。ゆるゆると視線を向けるとそこに斑が立っていた。慌ててドアのカギを閉めるのだが間に合わず、扉を開けたばかりの斑に飛びつく姿になってしまった。

「なんだあ?甘えたさんかなあ?」
「違う!鍵を閉めたかった!!」
「そうだったか!勧天喜地!登良くんはおにいちゃんと一緒でうれしいんだな!」
「逆!!寄りたくない!離れろ!!」

顎に一発入れて、斑から距離をとる。誰も来ないと思って鍵を開けっぱなしにしたのが、悪かったのだ。この兄はどうやってこの情報を持てたのかと色々思考を回してみたがいろんなユニットのメンバーが噛んでいる以上情報はどこからでも行くのだろう。と結論はすぐに理解できた。
悩んでいるようだから、と連絡を受けてな様子を見に家に帰ったんだが、登良くんがいないから探したんだぞお!こんなところで練習をしていたのか。だとか斑は大体の経緯を語って、ママが練習の手伝いに来たぞ!と結論まで提示してくれた。

「奏汰さんやみかさんと合わせにくくて困っているんだろう?」
「みんなで合わすと違和感しかなくて、俺がもっとどこかの点に寄せようと思って。」
「本当にそれでいいのかな?」

よくはないかもしれない。だけれども、ほかに対応できる代替え案は今から提示なんてできない。ならば、どうするべきなのかと思考を巡らせる。

「答えが出ないんだろう?」
「自分で出します。」
「今回は難しいと思うぞお?」
「それでもだよ。自分で出さなきゃ宿題じゃないよ。」
「でもだ。今回はアカペラだろう?ユニゾンで魅せるのが今回のライブの要だろう?秘匿にするのも美徳ともとれるが、その実はよくないものだぞ?」

そうだけど。でも、宿題として今回交渉したものだから。手を出さないでほしい。そう伝えるけれども、きみはまだ完全には学んでいないようだと言い切られた。今まで兄の下で学んでいたのがそれでは。と言い切られたような気がして、まなじりを吊り上げた。

「何。」
「俺は、朔間さんのこともあって手を貸していたが、これだと見込みはないと判断するしかないなあ。」
「どういうこと?」
「自分一人でできると思っているなら大間違いだということだ。もっと頼ることを覚えなさい。」
「……目の前のやつがなにも頼っているところを見たことないけど?」

確かに、お兄ちゃんだから弟には見せられないところもあるんだが。まぁ、一本取られたな!と斑は大口笑って肯定する。カラカラ笑っている様子に、声を荒げていらないからいったん出てって。そう叫ぶように放って睨めば、斑はやれやれと言わんばかりに首を振り、部屋を出ていった。
乾いた音を立ててドアは閉まり、足音は遠くに消えていく。
斑に対して言い過ぎたとは思わない。兄はいつもこうだった。人の心をかき乱すようにして消えていく。なにだったんだと言葉を吐き捨てても、部屋には何もない。登良は深いため息をついて、今回のライブの音をかけて一人歌う。明日情報を収集しなければいけないと判断して登良は夜遅くまで練習を重ねた。心はすこし曇りを残して夜中まで続いた。これ以上やるべきでないと見切りをつけアラームを設定し眠りについた。
借りた教室の片づけをしているといつもよりも遅い時間になってしまったので急ぎ足で教室に入ると、友也と創が話し込んでいる姿を見つけた。二人も登良の姿を見つけて、朝の挨拶をかけてくれたので、そちらによることにした。

「登良大丈夫か?なんだか上の空っぽいし。これから『Ra*bits』のレッスンだぞ?体力持つのか?」
「うん?ちょっと寝不足だけど、大丈夫だよ。」

考えすぎて寝れないこともよくあるし、平気。そういってのけるが、足取りはふらふらしていると友也は指摘をする。練習が夜遅くまで練習をしたが、あまり良くなく進展はない。

「また悩んでたのか?」
「ううん。コソ練」
「えぇっ。登良くん。内緒で残ってたんですか?」
「色々やってみたかったから…。途中で兄が来て全部ごちゃごちゃにされけど。」

遠い目をしている登良に憐みを覚えたのか、友也も創も登良に合掌してから、でもさ。と友也が言葉を言う。

「そういうのって、メンバーに言うんじゃないのか?」
「俺の問題だし…自分の力不足を痛感したから練習したかったんだ。」

俺、歌は得意じゃないし。『ワタカル』は、創も、深海先輩も、影片先輩も、みんな。歌の上手な人ばかりだから、俺が二倍も三倍も練習して丁度になると思っているから、ごめんね。俺がちゃんとしっかりしてなきゃ、あの『ユニット』は厳しいと思ってるんだ。だから本番までは集中して夜はレッスンしたいんだ。そう言い切る登良に創は一人は大変ですし、僕も手伝うと申し出るが、登良は断り切れずに折れて許可を出したが、そのあとに逃げてしまえばいいかと思う登良はさっさと机で眠ることにした。まだまだ眠く眠りの世界に入るのは早かった。だが、この登良の背後で創はこっそりと動き出したのだった。




『Ra*bits』のレッスンが終わった後、登良は友也と光に捕まった。振りを改めたいから教えてほしいだとか、歌を一緒に合わせてくれと言われて登良はそれにつきあった。そんな間に創の動きは素早かった。今日が金曜日であったこともあってか、そのままみかを捕まえて、奏汰を探して行動して、そして『ワタカル』全員が狭い空き教室に揃い一泊の申請まで創は出していた。
登良が光と友也と別れるころに、奏汰みか創が登良を迎えに来た。

「登良くん、迎えにきたで〜。」
「……はい?」
「いや、創くんから登良くんが練習したいからって手配したんやろ?」

みかが言うのを聞いて、登良の視線は光と友也を見た。一瞬二人の体がぎくりと動くのを見て、創に頼まれたな。と瞬時に理解した。光は嘘をつくのが下手なのは知っている。へたくそな口笛を吹きながら、よそを見ているというよく見るべたべたにしらを切っているので、そんな二人から視線をそらした。

「登良くん?」
「創は。やっぱりすごいね。ありがとう。」
「どうしたんですか!?登良くん?」

…きっと、兄の言いたかったことが理解できた気がする。一人で動くなと言いたかったのかもしれない。嫌いな兄に言われて反発する気持ちもあった。どこか兄の手のひらの上で動かされているような気がして、複雑な気持ちになった。突っぱねてしまった手前、あの兄はなにというのだろうか。メンバーが先を歩き出すのを見ていると、後ろを歩いていないのに気づいた奏汰が、一度笑ってから登良の前に立った。

「とら。がんばりやさんですからね。いっしょにがんばりましょう。ともにたたかう『ひーろー』なんですから。」
「し、深海先輩?」
「はい、なんでしょう?」
「ごろつきをみならいすぎです。」
「身近な参考例ですからねぇ。何をしてなくても比べられる相手ですし…」

登良が眉尻を下げると、わかってない。なんて言われ、脳天にちょっぷを一つ。甘んじて受けてから、みかと創を追いかけるために登良は急いで鞄に中身を詰め込みだし後片付けをすると申し出てくれた友也と光に礼を言って、奏汰をひっぱりながら部屋を飛び出した。教室を出たときに、友也が登良を呼んだ。

「なに?」
「登良、ごめんな。」
「次、したら怒る。」
「わかってるよ。お前を怒らせるのがこの学年で一番怖いって。」
「光も、友也もありがとう。じゃあいってくるね」

ほら、行きましょう深海先輩。そう手を引きながら、あとで創に礼を言わないといけないと思いながら、歩いていると後ろから声が聞こえる。

「あれときみはちがうのですから、せおうひつようなんていりません。あれはひとりですけど、きみにはたくさんのひとがいるでしょう?」

そう言われて、一瞬足が止まった。どこか柔く心を撫でられている気がして、応援されているような気にもなって熱くなる目頭を押さえてから大きく息をついて何事もないことを装いながら暗くなった廊下を歩く。心の端にともる不安を見せないように登良は今回の歌を歌いながら歩く。それに沿うように奏汰の音が乗る。近くにいる気配だけがあるのが安心して、暗い廊下を歩いていると、創とみかに追いついた。二人とも、電気のついてない部屋の前で不思議そうな顔をしていた。

「あ、登良くん。」
「どうしました?」
「いや、とってた部屋に来たのはええんやけど、部屋の中から物音がしててな。物盗りとは思わんねんけど。ほら、うちセキュリティ厳しいし、でもな。怖くて様子見しててん。」
「とら。」
「わかってます。こういうことするの一人しか一人しかいないので。」

呆れながら、登良はドアに向かって歩き出す。創やみかが危ないと止めるのだが、俺はこういうのに慣れてるし、そういう教育も受けてるから大丈夫。と言って、ドアを蹴り破る勢いで入るといたずらが見つかった子どものように笑ってごまかす斑がいたので、問答無用で部屋から追い出してから、四人で練習を開始した。



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