傀儡の帝王





なずなにある程度説明を受けてドリフェスの支度をしていて、登良ちん今日は気を付けろよ。と言われたのは確か30分前だったと記憶している、なにに気を付ければいいのだろうか、なんて考えながらステージに上がると登良は言葉を無くした。黒と赤のきらびやかな衣装を纏った男がマイク片手に飄々と関西弁を手繰り話をしている。そんな光景が歪に映った。

「お客さん集めたり、必要経費を折半してくれたり、お世話になってしもたなぁ?ほんまおおきに!」

にっかり笑う男の両目の色が違うことに登良は気がついた。琥珀のような色合いと朝の終わり頃の晴れた青空のような青は、まるで硝子のように登良の目に映った。自分とは違う色を持ちながら、その世界にはどんなことが写っているのか気になっていると、壇上の彼は柔らかく笑んで次の話に切り替えようとしているようで、いやぁと語尾がのびている。

「んあぁっ、『Ra*bits』やと!?ってことは、んああっなずな兄ィ!?」
「うん、こういうことは言いたくないけど、お前はあんまりしゃべらない方がいいぞ。」

なずなが登良の後ろを通って、関西弁の男でなずなが呆れている。さっきの気を付けろ。は、いったい何だったのだろうか、二人の会話を聞いているとどうやらなずなと関西弁の男は知り合いのようで、始まる前から友也たちもちょっと興奮していた事を思い出した。仲良く話す二人を見ながら、今日のステージの詳細を思い出すように記憶の中を漁る。なずなを兄と呼ぶ彼は『Valkyrie』の影片みか、という男であるというのは覚えているのだが、その他については全く記憶がない。なんだっけな、なんて思い返していると怒った影片の声が耳に飛んできた。

「気安く話かけんといてっ!裏切りもん!おれはまだ、なずな兄ィのこお許してへんで!ふ、不愉快やわぁ!」
「に〜ちゃん。大丈夫?」
「あぁ、登良ちん。大丈夫ごめん、馴れ馴れしくて。昔馴染みだからて、礼儀を忘れちゃ駄目だよな。こっちも全力を尽くすから正々堂々と勝負をしよう」

仕方なさそうになずなが笑う。その会話の端々で、登良はなんとなく彼らが知り合いだった、又は何かの深い何かがあると察知した。幼い頃から兄から口には出さないように。と言われてたのを思い出し、影片となずなを見る。すこし晴れたような表情を浮かべたなずなが胸を借りるつもりで頑張ろうな。と登良にも話を振るので、登良はうつ向きながらも、小さく頷いて返事をする。この人難しそうな人だな、なんて頭の中に入れこみなおしていると手を口元にもっていきながら、もごもごと言う。「んん、そんな他人行儀な!寂しい!ううん、あかん!なずな兄ィは裏切り者やっ、敵やねん、そっちのちいこいのも可愛くしても騙されへんで!」……意外といい人なのかもしれない。
どうすればいいのかと、ステージ脇に視線を送ると、ほかのメンバーは恐る恐る顔を出して会話をしている。遠くで会話してるみたいで、きっと彼らも知らない関係性なのだろう。と思考を決定させると、友也に名前を呼ばれたので、影片に一礼してから友也たちによる。

「登良。あの人と知り合いなのか?」
「ううん、楽しそうに話をしてるな。って思って聞いてた。神秘的な人だなって思った。」

神秘的?と光が首をかしげる横で、創が以前に〜ちゃんが所属していた『ユニット』なんですよね。と言われて、登良のなかですっきり着地した。親しげななずなにもそれを寂しいという影片にも。どこかまだ大きな蟠りがありそうだと考える。だから、気を付けろ。と言うのだろうか。影片という人間性を理解はしていないが、根っこはいい人のように見える。どちらかというと、触れる方法が怖がりにもみえた。自分と似ている様に思えて、視線を落とすと、聞いたことのない声が聞こえた。ふと顔を上げれば、赤黒い衣装を纏った男が創と目線を合わせるように屈んで、何かを言っている。

「ひっ、う!?ななな何ですかこの人!顔が近いです!」
「こら!創ちゃんを怖がらせるなっ!喧嘩ならオレが買ってやるぜ!」

創とそれの間に光が割って入った。男は腰を上げて、喧嘩?とんでもない、わざわざ美しいものに傷をつけるのは愚挙というものだよ!芸術への冒涜だねッ、君は僕を侮辱するのかね!?怒りの混ざった声に、光は困惑する声が聞こえる。殴う様子はなさそうだが、手を出すべきなのか考える。大きく動くなら実力をもって排さねば、と男の行動を見る。ぶつぶつと何かを呟くのは聞こえるが暴れる様子も凶器を持っている気配もない。位置的に男の背中しか見えない現状に眉をしかめ、肩幅ほど開いて動ける準備をする。殴りそうならその手を掴んで征す。一瞬動きが止まったかと思ったがこれはやばい。と判断して、登良はその男の服の裾を一気に掴むために手を伸ばす。そんな瞬間、友也が思い出したように声を上げる。「『Valkyrie』のリーダー斎宮宗だ!」声を拾えば男の動きが止まって、登良は男と友也の間に立つ。

「呼び捨てかね、身のほどをわきまえたまえ。…おや?」

じとりと見られるのが言わなくてもよくわかったまっすぐ臆することなく登良はその斎宮宗を見る。その男は兄ほどの背丈を持って、影片に似たトーンの衣装を身に包み短い桃の色を優雅に笑って夜明けのような瞳が登良を見ていた。沈黙。構えの姿勢をとり相手の様子を伺えば、男がポツリと言葉を吐きだした。

「これは!仁兎の再来」

仁兎?にーちゃん?先ほど元々同じユニットだったと言っていたが、なにことかと様子を伺いながら、眉をひそめる刹那、反応するよりも早く斎宮が膝を折り、登良の顔を押さえる。反応の遅れた登良は捕まれた手をのけるように掴み返し、神経の多くあるところに指をたててみるが、斎宮は怯むこともなく、登良の目を見つめている。

「その相貌をよく見せておくれ!ペリドットのような綺麗な色をしているね!素材すら至高であるべきなのだよ!」
「放してください!」
「まだ声変わりもしてないのかと思える高いソプラノ。まさに芸術。原石でありながらもうそれは完成しているかもしれない!」
「に〜ちゃん!敵の親玉が登良を誘拐しようとしてる!!」

急所にあたる場所を掴むこともリーチの差で叶わず、蹴るにも相手膝を折ってるので届くことすらななわない。むしろ、近すぎて怖い。やばい。とか脳が判断する。衣装の上だろうがなんだろうが、暴れるしかないと結果をだしかけた時に、慌ててなずなが帰ってきた。べりっというような効果音が聞こえるほどに勢いよく距離がとって、構え直す。体制をなおさない登良を見て、斎宮を怒り無事かと問われるので、大丈夫。とだけ返す。二度目はさせない。そう伝えれば、暴力はやめろよ。と促されるので、登良はまっすぐ斎宮を見るだけに留める。ここで暴れてもドリフェスには悪影響しか与えないのは、火を見るより明らかだからだ。斎宮は、ふんと鼻をならして愛でていただけというが、愛でる以上に怖さが勝った。なずなが言っていた気を付けろ。はこれだったのかと無意識に理解する。かつて五奇人とも言われていた男。化け物みたいな兄、とおいていたが別方向にぶっ飛んでる人。登良はそう判断する。

「君、名前を教えてくれないか。」
「『Ra*bits』の、三毛縞 登良です。」
「三毛縞?あれの弟がこんなに愛らしい天使になるのだというのかね!」

なるのかね、と言われても事実は事実なので、登良ははい。とだけ返事をする。それ以外の誰でもないのだから、嘘を吐く必要もない。同じ色を持って同じ瞳の色を宿したあの兄は、何をしたのだろうかと考える気力もなくしていると、影片がお師さん。と斎宮に寄っていく。斎宮は小言を吐きながらも、舞台の中央にいる影片の方に歩みを向けるのを見て、ほっと胸をなでおろした。大丈夫なのか?と創たちが口々に言うので、登良は圧されただけだと会話をする。登良は返事をしながら、視線をなずなに向ける。中央から上手側に移動していあ斎宮は思い出したように足を止めてふりかえる。釣り上がった紫の瞳は、嬉しそうになずなに語っている。

そうだ仁兎、『Valkyrie』に戻って来るつもりはなないのかね、何ならこの子たちを手土産として持ち帰っても構わないのだよ。特にその三毛縞は。神が落とした奇跡だとも思える。さすがは仁兎だ、僕の好みを熟知している。君には、僕の魂をこめた。好みも何もかも。君は僕のそれを受け継いでいる。今日のこの舞台でそう実感するよ。あぁ良かった。仁兎はまだ僕のものだ。僕の操り糸のもので健気に人間の振りをしているだけだ。そういう滑稽な人形劇なのだろう、僕の腹話術で喋っているだけなのだよ。君は僕が君をそうしたように、この子たちを自分の都合よく慰めてくれるお人形として愛でているだけだ。同じなのだよ、君と僕は。
さぁ、手を取ってくれ。と言わんばかりに手を伸ばす。上手と下手と別れたこの距離に、彼は何を込めてるのかよくわからない。ちらりとなずなを伺うと瞳は沈んでいる。事情はよくは知らないけれど、これは立たねばならない。と登良は咄嗟に思った。体が同時に声が一緒に出ていた。

あなたとに〜ちゃんには何があったかわかりません。ですが、に〜ちゃんは人です。心持って泣いて歌って、笑って生きる立派なアイドルです。俺たちは誰かのものじゃない、自分自身の柱を持って生きてく人間です。あなたがそうやって言っても、に〜ちゃんはに〜ちゃんです。必ず俺がみんながそれを証明します。

「三毛縞のわりに偽善者のようなことを。」
「あなたと俺は別人ですから。」
「これ以上、舞台上で語り合うのも無益だね。その怒りに満ちてる顔もとてもよいが影片、レッスンは重ねていたね。」

主の指先を傷付けたお人形に、仁兎にお仕置きをしてやろう。新しい綿を詰め直して、美しい芸術品を迎えにいくとしようではないか。そう口を開いた斎宮の瞳が、三日月のように一瞬描いた。その視線を受けて、登良はぞわりと背筋が何かを通った気がして大きく身を一瞬震わせる。隣に居たなずなが登良の名前を呼ぶ。心配そうな赤が見えて、登良は眉を下げて「に〜ちゃんごめんね、勝手にでしゃばった。」と言えば、ありがとう。と小さく声が帰ってきた。登良はゆるく首を振って、俺はみんなが笑ってる場所がいいな、って思ってるだけだからごめんね。と小さく言葉を吐いて、舞台中央に飛び出した。



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