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夏休みに入って、授業はなくなった分レッスンはある。今日も今日とて『Ra*bits』のレッスン。ダンスパフォーマンスを主としてやるぞー!と言う声から、二時間ほどぶっ通しでの練習に、クーラーの効いた部屋ではあるが汗は止まることがない。そんな中楽曲を聴きながら、登良はふと空手の大会のことを思い出した。最近忙しくて道場にも通えてない事を思い出した。やばい。と一瞬雑念が入って揃っていた手がワンテンポ遅れた。取り戻そうと、何でもない顔をして、登良はそのまま躍り続けた。が、一度頭を過ったら、心配性の登良はそのままターンの方向を誤ったりなど、些細なミスが頻発してきて、なずなのストップがかかるほどの取り繕えない状況まで陥った。飲み物を買うのを手伝ってくれ、と言われて登良は罪悪感を覚えながらなずなの横を歩く。遠くでセミたちの喧騒が響く渡り廊下に人の気配がない。二つ分の足音を響かせて、登良の思考はぐだぐだになっていた。どうしよう、なにから言えばいいだろう?と考えて思考を巡らせていると、痺れを切らしたのかなずなが声をかける。

「なにかあったのか、登良ちん珍しくぐだぐだになってただろ?」
「ごめんなさい、一瞬空手の大会を思い出したら、そのまま思考に引っ張られて……」
「登良ちんらしいといえば、らしいなぁ。」

俺で止めちゃってすみません、と伝えれば、ちょうど休憩を入れるつもりだったし気にするな。となずなはカラカラ笑う。あとで道場に連絡を入れるので、休憩後は大丈夫です。と口を開くと、みんなで応援に行こうか、とか言われたが、緊張するので……。小さく言いながら登良は視線を落とす。大会の会場に『Ra*bits』のみんなが来たならば、と思考する。きっと光は賑やかになるのでそれを友也となずなが怒ってたりして、創が。と巡らせてると、なずなが先程の失敗を引きずっているのかと思ってか、たまにはそんな日もあるって、休憩後は頑張ろうな。はい。とやりとりしていると自販機にたどり着く。スポーツドリンクを人数分買うので、半分持つね。となずなから3本奪う。一つは自分用にするつもりで体操着のポケットに突っ込んで、のこりの二本を両手で持つ。自動販売機から出たところなので、飲み物が冷たくて動いてばかりいた体に心地よい。

「に〜ちゃん、ありがとう。気を使ってくれて。」
「みんなのに〜ちゃんだからな!」
「はやく、戻ろ。」

休憩後は何を主にした練習にする?と話をしていると帰り道はあっという間。すぐにたどり着いて、なずなにドアを開けてもらう。クーラーのきいた部屋に入ると、涼しくて汗をかいていた体が急に冷やされてくのを感じながら、登良はなずなの後ろを追う。

「みんな〜、お待たせっ、人数分のスポーツドリンクを買ってきたぞ!」
「に〜ちゃん、登良ちゃん、お帰りなんだぜ。」

光が手を伸ばしてきたので、登良は一本を手渡す。喉が乾いてるから!と光が一気に飲んでいく。お腹壊さないように。と声をかけて、創にも渡す。自分の手が空いてから、登良はポケットから一本取り出す。自分の体温ですこし温くなったスポーツドリンクは、疲れた体に染み渡るように感じ入る。登良は少しだけ飲んで、一度汗をふくために鞄からタオルを取り出す。そのついでにいつも行く道場の師範代に大会についてメールを送っておく。大将たちと手合わせをしてるのでそちらについては問題はないが、登良が出ようとしている大会は演舞の方だ。型からなにからと解釈なども含まれる。自分との対話の時間も必要になるので、大会期間が近いとやだな。と思いつつ文字を組み立てて送ってしまおう。きっとレッスンが終わる頃には返事が来るだろうし、と自分に言い聞かせて、メールを送ると。光がなにしてるの!と飛びかかってくるので、ちょっとね。と濁しておく。むむむ?と言いながら考えている様子なので、登良は光を悩ませておくことにしたが、光は考えるのを止めたらしく登良ちゃん、さっき俺、と居なかったときの報告を聞く。

「こうして、こうしてこうした!」
「えっと……こうして、これで?」
「そうそう、でくるくる回転するんだぜ!」

光が動くので、模範して倣う。逆立ちしてからそのまま回転。んで次は!というので、足でバランスをとって光の言う通りに動く。多少のふらつきはあるが、道場でも鍛練として逆立ちが組み込まれてたりしてたので、登良はそのまま飛んだりしてみる。おおっと光に言われて、俺もやってみる!と逆立ちからやりだす。二人の光景をみて、なずなはげんきだなと笑っていると、光のお腹が鳴った。

「ぐーぐーお腹がなってるんだぜ、パンちょ〜だい。おにぎりでもいいぜ〜」
「自由だな、お前は……練習に入る前に昼御飯食べただろ。パンもおにぎりもないから、食べたいなら購買に行って買うしかないぞ。」
「光くん、おからクッキーでよければ、どうですか?」

近所のお豆腐屋さんでおからが無料でおいてあるんです。ちょっとしたおやつになるかなと思って持ってきたので。と創が差し出し始めて、登良も二三枚貰う。ありがとう、と伝えると登良くんも召し上がれ。と言われたので、いただきます。と返事をしてから口にする。優しい味に舌包みを打っていると、みんなが笑ってて、登良はつられて笑う。

「『学院祭』に『Knights』と一緒に出たり【七夕祭】に出たりして大忙しだったからな〜。夏休みにはいってようやく落ち着けたって感じだ。とは言え、お休みいていられる状況でもないんだけどな。」

夏休み中も校外のドリフェスがあるし、それに向けて頑張ってる『ユニット』がほとんどだろ?
そういうので、登良はクラスメイトの話を思い出す。ユニット活動や家の手伝いなどでゆっくりできないと翠が言っていたな。とふと思い出した。夏休みが終われば、すぐにハロウイン系のドリフェスもあったはずだし。と兄の行動を思い出して、この夏が過ぎるまでは忙しくなりそうだ。と登良は思う。どうにかして自分の時間を確保しなくてはいけない。と算段を立てる。

「に〜ちゃん、俺たちもドリフェスに参加するんですか?校内の掲示板か、校内のSNSで、これから開催されるドリフェスについて調べましょうか?」
「校外のドリフェスはランク付けされてないから、失敗したとしても活動に制限されたりはしない。勉強の一貫として参加する方向で考えてたけど、みんなの能力向上を図りたいって気持ちもあるんだよな。」

おれたちは発展途上の『ユニット』だ。がむしゃらにがんばってここまできた。走り続けることも大事だけど、休むのだって大事なことだからな。そこで、提案がある。合宿、してみないか?
そうなずなが言う。脳裏に浮かんだのは夏休みに行われる道場の合宿だ。一日かけて組み手をしっぱなしになる合宿中に、滝行や百人組み手、蹴りの練習だとか無茶ぶりされることもあったのを思い出して、登良の口が無意識に尖る。いや、ここは空手の道場でもないし、と思い至って思考を払うように頭を振る。

「合宿ですか…部活動でよくある強化合宿みたいなものですよね。俺はいいと思います。」
「わぁ、楽しそうですね。えへへ、みんなでお泊まり嬉しいです」
「オレも合宿したいんだぜ、キャンプ合宿だぜ、きゃっほ〜い!」
「光、キャンプとは限らない。」
「確かにそうだな、でも、キャンプ場なら水辺もあるし涼しそうだな」

確かに、他にもいい合宿場所があいかあんずに聞いてみるよ。たぶん、あんずも学院に来てるだろうし。あんずのね〜ちゃんだな?わかった、オレが聞いてくるんだぜ!待った!そのまま飛び出そうとする光を登良は首根っこを掴んで阻止する。どうしたの?と聞かれて、登良は着替えたほうがいいよ。と伝えると、友也が手早くきせかえを行う。瞬く間に着替えさえて、光が手品でも使った?と驚いている。

「どっかの変態仮面と一緒にしないでくれ。演劇部で早着替えの癖がついちゃったんだよ」

ほら、人数が少ないから一人二役することもあるし……。オレも早着替えをしゅ〜とくしたいんだぜ、でも今はね〜ちゃんを探すのが先だな!じゃあいってきますなんだぜ!と声高に叫びながら、光が飛び出していった。元気だなぁ、なんて思いながら、登良はちびちびとおからクッキーの消費と、どっかで一回腹ごしらえしてから道場に行こうと判断する。

「あ、光!あいつを一人にさせるのは不安だから、俺も光を追いかけます!」

友也は、待てよ!と声をかけつつ早着替えを済まして、慌ててとびだしていった。残された登良と創となずなはどうしよう。を浮かべながら、帰ってくるまで休憩するか。というので、創はお茶を入れてきますね。嬉しそうに部屋を出ていた。熱いのによくやるなぁ、と小さく吐き出せば、登良ちん空手の道場には連絡をいれたのか?と問いかけられる。登良は、連絡待ちです。と伝えれば、登良ちんが人を投げ飛ばすとか想像しにくいな、となずなが苦笑する。やっぱり、と思うと同時に登良は俺は演舞が主なので投げ飛ばしません。と苦笑が混じる。よく言われているので、特に気にはしてない。できるのとやりたいのはちがう。それだけだ。

「演舞?」
「空手の型で優劣を決めるんです。芸術点的な。」

フィギュアスケートのような。と伝えると、なずなは想像できたらしく、あぁ、と納得した。でも、そういうのってすげぇな今度見せてほしい。というので、登良は道場に空手部に来る機会があればいくらでもやります。と返事をする。



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