「Life of 1 day」

朝、目覚まし時計が鳴る。
手を伸ばして時計を掴み時間を確認したら、ノロノロとベットから降りて、カーテンを開けてから、リビングに移動。
リビングのカーテンも開けてから、顔を洗う為、洗面所に移動して、顔と服に着替える。
台所に移動して、朝ごはんを作ろうとした時、
まだ眠そうな大吾が起きてきて、挨拶をしてきた。

「おはよう」

「おはよう大吾さん」

挨拶を済ました大吾は、洗面所に移動して、顔を洗ったり、髪をいつものオールバックにしたり、Yシャツを着たり、ネクタイを締めたりして、仕事の準備を始めているだろう。
その間、ご飯の準備をする。
ある程度準備をした大吾は、リビングに移動して、椅子に座るのを確認すると、新聞と珈琲を出す。

「朝御飯ちょっと待ってくださいね」

「あぁ」

てきぱきテーブルに朝御飯の用意をしていく私は、最後に箸を置くと、席に座る。

「さぁ!食べましょう」

「あぁ」

いただきますの挨拶をして食べ始める。
美味しそうに、残さず食べる大吾を見ると、つい微笑んでしまう。
朝御飯を食べ終わった頃、丁度仕事に行く時間になっている。スーツの上着を着てから、玄関に移動して靴を履く大吾。

「行ってくるな」

「はい。行ってらっしゃい」

「今日もここに来るんだよな?」

「はい」

「今日は少し遅くなる」

「分かりました」

「行ってくる」

「行ってらっしゃい」



大吾さんの背を玄関で見送った後、その背中への名残惜しさに一息つくと私はリビングへと戻った。
卓上に並ぶ一つ一つ増えていく大吾さんとのお揃いの食器を取り下げながら、ドラマや漫画でよく見るような新婚生活中の新妻のようだとぼんやりと思う。
職場へ赴いた彼に想いを馳せつつ家事をして、夕飯には何を作ろうかと献立を考えて過ごす。
そうして多忙な一日を終えた彼が「ただいま」と一言帰ってくる姿を想像しただけでつい口元が緩んだ。
実際には外出したばかりの大吾さんが帰るのはまだ随分と先だというのに、ある意味でとても幸せな時間がなんだかとても嬉しくて、まさしく想像通りの一日を過ごそうとしている自分に準えたことで急に恥ずかしくなって、一人で照れた。
そんなくだらなくもありきたりな日常の中に新たな楽しみ方を覚え、気が付けば私は上機嫌で皿を洗い終えていた。

ついでに洗濯や掃除を終えてしまおうと寝室へ行くと、さっきまで大吾さんが着ていた寝巻き代わりのTシャツが残されているのに気付いて手に取ると、ついほんの出来心で襟元を鼻先へと運んでいた。
温もりは随分と前に失われたようだけど、残り香は大吾さんのそのものだ。
本人がいない間にこんなことをしているなんて、とても背徳的で不健全な気がしてきた。
なんだか悪い事をしているようで気が引けるけれど、これを洗濯するのは後回しにしてしまおうか。
そんなことを考えながら軽く掃除を済ませ、洗濯機を回したものの、結局はそのTシャツを洗濯機に放り込むことができずにソファの背に引っ掛けておいてある。


「……もうこんな時間なんだ」


ふと時計を見ると針はすでに正午を過ぎていた。
軽く身支度を整えて所用を足すことにして外出したが、大した用事でもないので為すべきことはすぐに終わってしまった。
お昼のピークも過ぎたしどこかで食事でもしよう、そういえば近くに評判の洋食屋さんがあったはずだ。

少し歩いたところで目当ての店はすぐに見つかったが、まずは外に掲げられたランチメニューの黒板を下調べ。
すぐ横に置かれたメニュー内の写真を見ても“本日おすすめ!”と題されたオムライスが手頃な値段でとても美味しそうだ。
そのまま店内に入り注文し、しばらくしたところでメールの着信が鳴った。

相手は真島さんからだった。
送られてきたのは添付写真のみで本文には何も書かれていない。
どういった了見かと開いてみると、すぐに意味がわかって思わず笑みが溢れてしまった。
なぜか隠し撮り風に撮られた、オムライスを頬張る大吾さんが写っている。


「“なんや可愛いもん食ってるからってめっちゃ恥ずかしがっとるわ”」


続けて送られてきたメールにはにこにことした絵文字付きの一文とおまけの写真。
ほんのりと赤い顔を隠しながら真島さんに対して怒っているだろう姿の大吾さんがなんだかとても可愛くって、その写真がちょっと手振れている感じがまた面白い。
そうこうしている間に私が注文したオムライスが美味しそうな香りと湯気と共に運ばれてきた。


「私もランチ中ですよ……と」


真島さんへの返信ではなく、大吾さん宛にオムライスの写真を送ると、間を空けずにすぐに電話が鳴った。
随分と盛り上がっているらしく、なんだか受話器の向こう側が騒がしい気がする。


「……悪いな、変な写真送りつけちまって。真島さんが食おうって言うから……あっ」

「嘘はあかんで、選んだんは六代目やからそこんとこ間違わんといてな」

「あはは、随分楽しそうですね」

「名無しが作ったオムライスの方が美味いってめちゃくちゃに惚気とったわ……なんや、まだ話しちゅ……」


なんだか半端な所で通話を切られてしまったようで、騒がしかった耳元が急に静かになって機械音だけが残る。
もう少し大吾さんの声が聞きたかったのに、受話器を奪い返すことが出来なかったらしい。
電話の向こうで受話器を取り合う姿が容易に想像出来る上に、多分通話を切ったのは大吾さんだ。
そうして私が食事を終える頃に、真島さんからもう一通のメールが着た。
食事を終えて外に出たのだろう。
「“フォローは任せた”」という短い一文と共に、大吾さんの背格好の写真が添付されているけれど写真からもご機嫌斜めなのが伺えた。


「一緒に居ないのに同じものを食べていたなんて、私は嬉しかったですよ。今日も大吾さんのおかえりを待ってます、一人は寂しいので早く帰ってきてくださいね」


よし、これで送信。
フォローにも何にもなっていないかも知れないけれど、これで少しは機嫌を直してくれるといいな。
遅くなるって言われていたけれど、早く会いたいのは本当の事。
焦らせたようで悪かったかな、なんて思うも送信してしまったので後の祭りだ。

そうして店を出た後はぶらぶらと宛も無く歩いた。
本当は所用が済んだらまっすぐ自宅に帰ろうと思っていたのだけれど、朝何気なく「今日も来るんだよな」なんて大吾さんに甘えられて肯定した挙句、待ってますなんて言ってしまったんだから帰らなきゃ。
だけどどう時間を潰そうか、帰りは遅いって言われたんだった。

このまま真っ直ぐ戻るのもなんだと、ぼんやりと路面に並ぶ店先のウィンドウショッピングをしながら歩いていると、可愛らしく装飾された看板とガラス越しのぬいぐるみと目が合った。
こんな所におもちゃ屋さんなんてあったんだ、いつも通り過ぎていたのに全く気が付かなかった。
吸い込まれるように店内に入ると圧倒するほどのぬいぐるみが飾ってある。
どうやらおもちゃ屋さんではなく、ぬいぐるみ専門店だったらしい。
所狭しと並ぶ沢山の種類の動物達、同じ種類の動物なはずなのにどれも若干顔が違っていて見ているだけで楽しかった。
店内の奥に行くとぬいぐるみにしては少し大きめだけど、持ち上げてみると抱きしめるには丁度良さそうなサイズのぬいぐるみがいくつか置いてあるのを見つけた。


「キミ、どことなく大吾さんに似てるね」


手に取ってぬいぐるみ相手に話し掛けるだなんて宛ら不審者のようだけど、つい口に出さずにはいられなかった。
優しげで薄暗い瞳のくまのぬいぐるみの手をパタパタと動かしているうちになんだか愛着が湧いてきてしまって、気付けば私は店員さんに声を掛けていた。
自宅に持ち帰るだけなのでラッピングはしなくていいと告げたのに、折角だからと可愛らしくまとめてくれて店を後にした。
持ち歩くには少し大きい買い物をしてしまったので、そのまま最寄りのスーパーで夕飯の買い出しを済ませて家路に着いた。



___



大吾さんの自宅に戻り食材をあるべき場所にしまうと、購入したぬいぐるみを早速出した。
見れば見るほど可愛くて、抱きしめてふわふわとした感覚を楽しんだ。


「大吾さんは一体何時になったら帰ってくるんだろうね」

「名無しがいるからきっと早く帰ってくるよ」

「そうだといいね」


クマのぬいぐるみ相手に話掛けて遊ぶ、十分にいい歳を重ねた自分を客観的に想像して苦笑いが漏れたがやめられない。


「そうだ、ちょっと待っててね」


ぬいぐるみをそっと置いて立ち上がると、ソファの背に掛けたままにした大吾さんのTシャツと休日には身につけているネックレスを手に戻った。
ぬいぐるみにTシャツを着せ、ネックレスは首に掛けた。
ついでに彼がいつも使用している香水を軽くひと吹きすれば完成だ。


「よく似合ってるよ、かっこいいね」


そうして抱き締めるとまるで小さな大吾さんを抱いているみたいでますますおかしくて、本物の彼が帰宅する時間までの待ち遠しさばかりが募る。
そんな大吾さんが帰ってきそうな時間までは程遠く、時計の針は幾分も進んでいない。
夕食の準備をするにはまだ早く、やるべきことは済んでしまったししばらくはぬいぐるみと過ごすことにしよう。
ぬいぐるみを抱いたままソファに座り、雑誌を読んでいるうちにどうやら寝てしまっていたらしい。

情けない事に、帰宅した大吾さんに肩を揺すられ声を掛けられて目が覚めた。


「遅くなってすまなかったな・・・。
名無し・・・。」

優しく起こされて、目の前には愛しい人。
そして自分の腕の中には即興で作った愛しい人・・・ではなく、クマのぬいぐるみ。

「ご、ごめんなさい!
私ったらつい寝ちゃって・・・。」

慌てて抱きしめていたクマを自分が寝ていたソファに置いて、夕飯のために立ち上がって怒っているだろう大吾さんの顔を見上げて、驚いた。

怒っていると思っていたのに、何とも言えない顔をしている。
お昼に真島さんから届いたメールに添付されていた、あの顔に何となく似てなくもない。

私をクマとを何度か目で往復して、小さく吹き出した。

「俺の代わりか?」

その言葉にハッとした。
着せていたTシャツと、彼の香りのするクマ。

誰が見たって、大吾さんの代わりだと丸分かりだ。

今度は私が顔を赤くする番だった。

「そ、その・・・。
お買い物に行ったら、何となく・・・似てる・・・かなぁ?って・・・。」

「俺にか?」

怒ることなく、楽しそうに口角を上げている意地悪な顔はちょっとやそっと誤魔化そうとしても、誤魔化すことは出来ない事は今迄の経験上とても身に染みて分かっている。

少し口を尖らせて。
意地を張ってみたいけれど思いつく言い訳も何もなく。

ちらりと上目遣いに見上げて、素直に頷いた。

「すぐにでも会いたくて・・・。
今日も夜は逢えるって分かっていても、やっぱり寂し」

最後まで私の気持ちを伝える事は、抱きしめられて出来なかった。
ぬいぐるみとは比べ物にならない程、大吾さんの香りと体温を感じる。

ゆっくりと味わうように重ねられた唇にも、大吾さんの温もりがある。

「まあ、俺がいない間だけなら・・・抱いててもいいけど・・・。
程々にしてくれよ。」

小さく笑う声が耳元で聴こえて、私は小さく頷いた。



「・・・でないと、クマ相手にヤキモチ妬きそうになるからな・・・。」

大吾さんの呟きをこっそりと聴いて、見えないようにこっそりと笑った。

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