確率
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その頃、結婚するには申し分のない教育委員会重鎮の娘、マコと付き合っていた。
もちろん俺には愛情などは存在しない。
常に英国紳士、柔らかな笑みをたたえ優しくエスコート、食事は綺麗な夜景の見えるお洒落な店。彼女に俺の本性が現れることはない。
帰国子女の僕は紅茶が好きで、取って張り付けた笑顔を見て女教師たちは陰でマイルド王子と呼ぶ。
すべてにおいて素の自分がどこにもいない。俺が、僕、でいる限り。
いつからかそれが当たり前で、上っ面だけ装えばいらぬ感情で面倒な事にならなくて済むから楽で、俺が翻訳家として顔出しをするようになってからはメディアや、パーティーへの出席が増え、その楽であった装いも疎ましくなりつついたが……
そんな俺にも唯一、僕の仮面を脱ぎ何も語らずとも心地よくいられる隠れ家的のバーがあった。
いつも通り特に愛想笑いに疲れた時などそのバーで静かに酒を傾けるのが好きだ。
誰の干渉もないからどこか気配を消し店に入って来たみょうじ先生も気にならなかった。
目線を向けたマスターはどこかホッとした表情で彼女を迎えた。彼女の口元は穏やかなカーブを描くも軽く頭を下げただけ、寂しそうな笑顔にどことなく惹かれた。
暫くしてマスターが何も言わず差し出すカクテルに軽く目を見張る。少し戸惑いながらもそれを口にし…美味しいとマスターに向ける横顔は泣いているようで
「May T sit next to you?」
『…ok』
の返事と彼女の声で、俺から声をかけていた衝動に初めて気が付く。
この場所で女と飲むのだけは違う気がしていたのに。隣にと声をかけた手前、オールマイティ受けで接する俺に対し、彼女の発した言葉に愕然、そして唖然を食らう。
『疲れない?』
……本当の貴方ってどこにいるの?
貴方を見せて、と深入りしない彼女とそのまま自然な一夜を共にした…
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