付き合ってからもう何ヶ月か経って、とくにこれと言ったことはない。いや、ちゃんと私を好きでいてくれるのはよく分かる。ハグもキスもしたことはあるし、喧嘩もあんまりしない。至って良好、問題なしな現実。

だからだろうか。問題がないが故に、不安にもなる。相手はトップアイドルだし、こうやって今の関係になったきっかけも向こうなのに言葉では何もない。付き合え、と言われてはい、と答えた私も軽薄すぎたのかもしれない。あの当時は単純に彼が好きだったのだ、だから嬉しくて素直に頷いたら予想以上にいつの間にか熟年夫婦みたいな関係になっていた。

「………遅いな、」

定時で終わった私とは違って、彼の仕事はとても長く時間がバラバラ。時には驚くほど早い時もあるけど、それはそれ、これはこれ。でも今日はそこまで遅くならないって言ってたのに、もう22時を回っている。欠伸を一つ零しながら彼の帰宅を待つのも慣れたもので、既に仮眠も早めにとってしまった。後は彼が帰ってくるだけ、なのだけれど。

「あ、」

ガチャ、と鍵の音が聞こえソファーから立ち上がる。やっと帰ってきたと思いながら玄関まで行くとタイミング良く扉が開いた。開いた先にいた彼はあまり表情には出さずとも少し疲労感が見える。そうだよね、こんな遅くまで仕事だったんだから疲れるのは当たり前だ。お疲れさま、おかえり、と声をかけて荷物を受け取ろうと手を伸ばすと、遮る様に手首を掴まれる。え、と思った時には身体が傾いていて、彼の自慢の白いスーツが目の前いっぱいに広がった。

「か、カミュ………?」

「…黙れ愚民、空気を読まんか」

「え!?く、空気って……ごめん」


とりあえず訳が分からないまま謝れば、分かっていないだろうとまたお咎めがくる。じゃあ教えてくれればいいのにと思うけど、言葉とは裏腹に抱き締める力は私が苦しくない位に調整されている。素直じゃないなあと思いつつ音には出さない。荷物を受け取ろうとした手をカミュの背中に回すと、ピクッと身体が反応したのが分かった。

「…………疲れた」

「うん、お疲れさま。ゆっくり休んでね、すぐに紅茶出すから」

「当たり前だ。だがその前に、」

「お風呂だよね?さすがに学習したよ私、いつまでも愚民愚民呼ばわれされたくないからね」

「む…………」

珍しくカミュとの会話で有利に立った気分だ。背中をポンポンと叩いて元気出してーとあやせば子供扱いするなとほっぺを摘ままれる。痛い痛いと言えば痛くしているって、疲れててもSっ気は抜けないんですか貴方と言いたくなるも、ここは我慢我慢。そんな風に暫くぎゅっとしていると、どうやら満足したのか抱き締める手が緩まる。距離が開きお互い見つめ合うも、ここからキスに発展することはなく。そうなるのも分かっている私は今度こそ彼の荷物を受け取った。ちなみにアレキサンダーは私達よりも早く就寝中だから、ご主人が帰ってきたと飛びつく事はない。カミュがスリッパを履きリビングへと足を運ぶ、かと思いきや何故か立ち止まった。

「どうしたの?何かあった?」

「名前」

「はい?」

「愛している」

「え………………えっ!?」

不意に発せられた言葉に一瞬意味が分からなくて。単純な一言が私に衝撃を与えて荷物を落としそうになってしまった。カミュはまるで何も無かったかのようにそのままリビングへ歩いていくのを慌てながら待って、と彼の後を着いていく。今まで愛の言葉なんて更々言ってくれなかったくせに、こんな時にどうしてそんな言葉を言うのだろうか。いや、それよりも今の私の心臓がドキドキで壊れそうだ。顔は柄にもなく少しにやけてしまっているし、彼を追う足は今にもスキップを奏でる様に弾んでいる。

「ねえ、カミュ、もう一回」

「二度は言わん。それよりも早くそのだらしない顔を直せ」

「えー!良いでしょ、ね?もう一回だけで良いからっ」

「…………はぁ」

盛大な溜め息と共に、また視線が交わる。改めてちゃんと言われるんだと思うと、やっぱり勝手に上がる口角は戻すことは出来ない。いつでも準備万端で待っていたのに、「いや、止めておこう」とまさかのおあずけをくらってしまうことになった。残念だなあと思うも、既に一回はドキドキして貰ったからいっか、とタオルを出す準備をする。上着を脱ぎネクタイを緩める仕草は様になっていて、素直に格好良いと思った。

「私もだよ」

「………何がだ」

「私も、好き」

「!」

カミュが突然あんな事を言うものだから、私も釣られて言ってしまった。言ってから恥ずかしくなってきたけど、特に後悔とかはない。カミュの反応は、まるで外見は何もないような感じだった。でも今は一緒に暮らしてるから分かる、少し照れてる事くらい。だって風呂に行くって言ったくせに、紅茶を出せって言うしその紅茶に入れる砂糖の量はいつもより多い。カップを混ぜるスプーンも、音がカチャカチャと鳴っていた。

「……ふふっ、」

「っ今度は何だ、ふざけた様な顔をして」

「うーん、さっきのやっぱり訂正しようかなって」

「訂正だと?」

「私も、"愛してる"かなって」

「なっ…………!?」

ガタンッと大きな音を出してカップを置く彼は、まるで子供みたいで。今日ばかりは、こんなに甘くて良いのかななんて思ったけど、

「…………っやはり、風呂に入る」

……たまには、こういうのも良いなと思いました。





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