早乙女学園を卒業してから何ヶ月か経ち、私にも仕事が回ってくるようになった。事務所を何回も行ったり来たりの状況に有難く感じながら、最近では先輩との接点も増えつつある。

「あ、」

今日も朝早く事務所に行けば、そこには先輩の寿嶺二さんがスタッフの方と話している姿がある。たしか、一十木くんと一ノ瀬くんの指導係?だっけ。同じ早乙女学園の仲間でありライバルだった彼等は、今は先輩から直接指導を受けているらしくとても羨ましく感じる。来栖くんとかセシルくんは、大変だって言ってたけど。

それよりも。今は前にいる先輩に挨拶をするべきか会釈だけで通り過ぎるか悩みどころだった。挨拶しなければと思うけど、スタッフさんと盛り上がってるみたいだし、会釈だけで気付かれなかったら後でどうなるか分からないし……あああどうしようもうすぐ寿先輩の所まで来ちゃう!!

「ん?おっねえねえ君!もしかして名前ちゃんじゃない?」

「えっ!?そ、そそ、そうですけど、ああっお、おはようございます!!」

やっぱり挨拶しようと思って先輩とスタッフさんの元に近付けば、話が纏まったのかよく分からないけど何故か寿先輩と視線がバチンと合う。慌てて挨拶をすれば「うん、おはよっ!」と語尾に星マークでもつきそうな感じの挨拶を返された。近くにいたスタッフさんは一礼して去って行き、残ったのは私と寿先輩だけ。個人的にお話をするなんて滅多にない機会だ、神様ありがとう!今日占いが一位だったのがさっそく効果を発揮したのかななんて思ってしまった。

「名前ちゃんの曲聞いたよー!この前ちょっとテレビで流れてたよね?ぼく思わずテレビ食いついちゃったよ!」

「あっほ、ほんとですか…!?ああありがとうございます!寿先輩にそう言って頂けるなんて恐縮ですうう…!!」

「あははっそんな固くならなくて良いって!トッキー達の友達なんでしょ?ぼくの事は、気軽に嶺ちゃんって呼んじゃって!」

「ええっ!?そそそそんな事許されません!!」

首をブンブンとこれでもかと振ってそんな事出来ませんと言う。対して寿先輩は気にしなくていいのにーぷんぷん!と頬を膨らませている。…そういえば、前に一十木くんに話を聞いた時寿先輩の事を嶺ちゃんって呼んでた!!いやでもあれは彼の性格上あり得る話だ。となると、えっとたしか一ノ瀬くんは……寿先輩って呼んでた!!でも彼が嶺ちゃんと呼んでいるのは想像がつかない。目の前にいる先輩の様子を見る限り、嶺ちゃんと呼ぶのが彼にとってご機嫌になる方法なのだろう。色々と試行錯誤をして結果、辿り着いた呼び方は嶺二先輩とありきたりな名前呼びになった。

「んーまあ良いかな!嶺ちゃんって呼びたくなったら、いつでも呼んで良いからね。今度一緒に仕事出来たら良いね、それってなんて運命的!そう思わない?」

「れ、嶺二先輩とお仕事が出来るなんて夢のようです!!そうなれるように、私もっと頑張ります!」

「うんうん、元気の良い子は好きだよ!じゃあもうぼく行かなきゃ。あ、ぼく寿弁当もやってるんだよ。ランランがくれってしょっちゅう言うんだもん、ぼく一応アイドルなのにね?」

「そうなんですね、寿弁当もやってアイドルも……凄いです。あっお話して下さってありがとうございました!お仕事、出来るように頑張るのでこれからもよろしくお願いします!って、うわわわ!?」

「ああ、だっ大丈夫名前ちゃん!?」

思わずお辞儀をした瞬間、バサバサと音を立てながら腕に持っていたファイルの中身が飛び出す。大事な書類がと思う以前に、寿先輩の邪魔をしてしまった焦りのせいで書類が全然取れない。あああ床の静電気で上手くとれないー!と慌てていると、嶺二先輩がしゃがみ込み書類を取り始める。

「れ、嶺二先輩、気にしないで下さい!すぐ纏めるんで嶺二先輩はお仕事にっ」

「なーに言ってるの名前ちゃん!この位時間のロスにもならないよ。さあさあ、ササッと纏めちゃおう!」

「れっ嶺二先輩〜っ!!」

本来ならば号泣ものだが、今はそんなこともしていられない。急がねばと書類を集め、やっと最後の一枚になった瞬間に訪れたんだ。今日一番の運が。

「「あっ」」

書類に触れた手の上に、嶺二先輩の手が重なった。一瞬だけどしっかりと触れ合った箇所が熱を持ち始める。嶺二先輩はごめんね、とすぐに手を引っ込めたが、私は未だやばいやばいと色々いっぱいだった。咄嗟にいえ!大丈夫、です、と返事をして最後の一枚をファイルに入れ直す。これで全部拾い終わったと立ち上がり、改めて御礼を言おうと顔を上げる。するとそこには、さっきスタッフの人と話していたりテレビで見る様な彼とは違う顔があった。顔を赤くして、困った様に眉を下げ、ウロチョロと視線が彷徨っている。仮にも貴方はアイドルだろうと思うのに、何を期待しているんだろう、私は。

「あ、ありがとう、ございました……。っお仕事、頑張って下さい!!」

「ん、あー、うん。名前ちゃんも頑張ってね。名前ちゃんとやっと話せたし、ぼくもうバリバリ働いちゃうもんね!」

「わっ私も!嶺二先輩とお話が出来て良かったです!!私もバリバリ働きます!」

「!そ、そっか!!いやー名前ちゃんにそう言って貰えるなんてぼく嬉しいなあ、うん、嬉しい」

「え、あ、私も嬉しい、です………はい」

「………うん」

………何だ、何だこの空気!まるで中学生、いや高校時代の青春ストーリーみたいな甘い空気。今すぐ此処から抜け出したい、いややっぱりもうちょっと堪能していたい、いやでもトイレに篭りたい!!ごちゃごちゃになる思考なんてまるで表情には出さず、私達は見つめ合う。結局、嶺二先輩を呼びにきたスタッフさんが来て私達は解散した。まるで一日の運以上に運気を使ってしまった気がするけど、私は嬉しかった。

「ぼくやっぱり、彼女と仕事がしたいな」

「あの、寿先輩と一緒のお仕事、やりたいんです。出来る事、ありませんか」

そんな私と嶺二先輩の接点は、此処から深まる。お互いが知らない場所で、スタッフの方に告げていた言葉は見事後日通る事になった。私だけが一方的に申し出たと思っていた仕事が、嶺二先輩からも申し出ていた事にお互いが気付きもせずに。嶺二先輩と一緒のお仕事が出来るまで、後もう少しーー。






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