「りゅ、龍也先生、今お時間空いてますか…っ!」




そう言って先生に頼み事をしたのは1.2時間前の話。今の私は日向先生に付き添って頂きながらピアノの指導を受けている。運良くSクラスに入る事が出来て、先生と少し仲良くなって、こうして個人的に付き合って貰えるなんてまるで夢のようだ。あくまでもそれは、先生にとったらただの一生徒に過ぎないのかもしれないけど。

「…よし、とりあえずそこまでだな。今の所はもう少しシャープに決めるといい、後半は優しく指先で奏でるように。シンコペーションももう少し意識した方が良いな。分かるか?」

「は、はい!此処はシャープで、後半は優しく………シンコペーション意識……」

「大ー丈夫だ、急がなくていい。まだ時間はあるんだからな」

「でっでももう沢山指導して頂いて、先生をそこまで拘束するのも悪いです!はい、メモ出来ました!」

楽譜に書き込んだ内容を先生に見せる。先生は薄く微笑みながら私の頭を撫でながら気にしなくていいのにな、と零す。たしかにこの後はフリーだって言ってたけれど、残っている仕事だってある筈。出来るだけ早く終わらせなきゃとは思うも、やっぱり好きな先生とは少しでも長くいたいのが現実だった。

「先生、あと此処見て頂いて良いですか?ペダルのタイミングが難しくて………」

「おう、良いぜ。じゃあそこ、弾いてみてくれ」

そう言ってまた指導が続く。沢山の指導を貰ってあっという間に時間が経っていた。おかげで悩んでいた箇所は解決し、曲の完成度は見違える程になった。龍也先生は嫌な顔なんて一回も見せないで私に付き合ってくれて、感謝以外の何物でもない。メモし終わって先生に御礼を言えば、気にすんなと頭を撫でられる。

「お前は真面目だし理解が早いな。他の奴らもそうなると良いんだが……お前に教えるのは結構楽しいんだからな?」

「え!?あ、そう、ですか……!?うえ…う、嬉しいですけど、私真面目なんかじゃないです……」

「何言ってんだ、実際そうだろ?個別に来て、しっかり学んでる。可愛い生徒だよお前は」

「……………」

「苗字?」

先生から紡がれる言葉は私なんかには勿体無さすぎる言葉なはずなのに、どうしても物足りなく感じてしまう。これ以上期待しちゃいけない、相手は先生だし、そもそもこの学校は恋愛禁止だから問題外だ。ここまで近づけただけで十分、最初はそう思っていた。でも先生はいつも優しく教えてくれるし、時には厳しいけど絶対出来るって励ましてくれる。そんな優しさに甘えてたら、抜け出せなくなってしまった。でも今勢いでこの想いを伝えてしまえば、今まで少しづづ近付いた距離は離れる、いや、多分無くなる。それならこのまま隠してしまえば良い、何でもないと言ってまた難しい所を質問すれば、先生も疑問に思わない。

「っ大丈夫です。先生は気にしないで「苗字」え、」

「そういえば、この曲は新しいやつだよな。……誰の曲だ?」

「え……?それは、どう、いう」

「いずれはこの曲も、誰かが歌うんじゃないのか。このメロディーは、BGMとかじゃないだろ?」

「あ………あ、の…っ」

突然される質問に、すぐに反応する事が出来なかった。何とか返答しようにも、何て返せばいいのか分からない。先生のまっすぐな視線に耐えられなくて俯けば、答えてくれと言いたげに頭にあった手が下がり頬に辿り着く。先生の手に私の体温が移ってしまいそうで、思わずギュッと目を瞑る。言わなければ、このまま。

「この、曲、は………せんせいに」

「?」

「先生をイメージして作って、龍也先生に、歌詞をつけて貰いたくてそれで………先生の為に、練習、頑張ってました」

ああ、ついに言ってしまった。でも不思議と心は落ち着いていて、さっきよりずっと楽な気分になったのは間違いない。どうせ言わないままグダグダこの分からない関係を続けているより、ハッキリさせた方が良いとでも勝手に脳内が思ったのかもしれないなと、冷静に分析する。全部、先生のために。少しでもいいから私の事を考えてほしいって、それだけで頑張った。これで早乙女先生に言われたって仕方ないし反抗する気もない……って、それは両想いにならないと意味ないか。どうせ先生は私の事は一生徒としかーーー。

「え………!?せん、せ、」

「っ………そう、だったのか」

今、何が起こったの。どうして先生は自分の口元を手で覆っていて、さっきの私みたいに視線を逸らしているの。私は、どうして手応えを感じているの?予想外の出来事にまた先生の名前を呼べば「今はダメだ、」と頬にあった手が今度は私の目元を覆う。真っ暗で何も見えないけど、先生の手は私のドキドキと同じくらい熱い。どうして、どうして。先生は私なんか恋愛対象として見てくれないって、そう思っていたのに。急に来たチャンスのような希望が、私の思考回路をダメにする。このまま期待しても良いんですか、先生。勘違いしても、大丈夫なんでしょうか。

「……先生、龍也先生。この曲に、歌詞をつけてほしいです。トキヤくんやレンくんなんかに負けない位、とびっきり甘い歌詞が欲しい、です」

「苗字……」

「ダメ、ですか………?」

手応えを感じたとしても、やっぱり私の思い違いかもしれない。強気に攻めてみても突き放されるかもしれない不安を抱きながら、先生に尋ねた。少し経って手が下ろされ、先生と視線が交わる。

「………ああ、分かった。あいつらよりも凄い歌詞、書いてやる。それまで待ってくれるんだよな?……もうこの曲は他に譲れなくなる。お前と、俺だけの曲に」

そう言って私を見つめる瞳は獣みたいにギラギラしてて、背筋がゾクっとしたと同時に胸がキュンとした。もう後戻りは出来ない、先生も分かっているんだ。先生と私は、この曲で繋がっている。ついさっき見た可愛い先生、今見た獣の様に恰好良い先生、どうやったって、私はこの人以上に好きな人は当分出来そうにありません。また更にハマって抜け出せない事を、私は知っていてまたハマっていく。深い所まで。





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