「名前、お願いです。こっちを向いて」
「………やだ、向かない」
布団を被ってこっちの様子を見られないようにしながら、背後にいるセシルにそう告げる。きっと今彼が猫の姿だったなら、垂れ耳になっていただろう。尻尾も元気をなくして下がっているに違いない。でも、だからって向いてなんかやらない。私が悪いわけじゃないんだから。
「ワタシ、名前が嫌がること、した?」
「……………、」
「名前……」
切なそうな声を出したって、ダメ。絶対、振り向いてやんないんだから。負けちゃダメだと心の中で一人葛藤しながら負けないように布団のシーツをぎゅっと握る。皺になっても、後で洗えばいいや。ここで彼を許したら、彼は私のもとから去ってしまう気がするから。
「名前、あの、…………あ」
「電話、鳴ってるよ。…出ないの?」
「えと、でも……ハイ」
戸惑いがちに電話に出るのが感じ取れた。その数秒後には、先程とは裏腹に明るい声が電話の相手に向けられる。……ああ、誰が相手なのか分かっちゃった。
「春歌!えっワタシに曲を??嬉しいです!!ワタシ、沢山歌います、ありがとう、春歌」
「……っばか」
耐えきれなくて零れた一言は、布団に吸い込まれて彼には届かなかった。ルンルン気分で会話を終わらせる彼に、もっと深くいうとその電話の相手が羨ましくて、黒いモヤが湧き上がる。嫌いにはなれない、だからこそ苦しい。それが彼には、何一つ分かってない。
「名前、聞いて下さい!春歌がワタシに曲を作ってくれました、ワタシ嬉しいです!」
「……そっか、良かった、ね」
きっと良い知らせをして私の不機嫌を消そうとしてくれたんだろう。今の私にはそれが地雷なのに。その優しさが辛いんだよ、セシル。お願いだから、気付いて。
「……っ!!な、にして、せし、」
「名前、ずっと悲しそう。ワタシがそうしたのなら、謝ります。だから、笑って?」
「な、にそ………れ…っ」
布団ごとセシルの腕に後ろから包まれて、すぐ後ろにセシルがいる。こんなの嫌って言って振りほどけば良いのに、身体が動かないのはやっぱり彼が好きだから。こんな訳の分からない王子様に恋しちゃったのが、いけないんだ。王子様と結ばれるには、春歌みたいな女神じゃなきゃ、ダメなの。
「……やだ」
「ワタシが、嫌い………?」
「違う……嫌いじゃ、ない」
「じゃあ、どうして、」
その続きは言わせないとでも言うように、今まで背けた顔を彼に向ける。目を見開く彼を無視して私を抱き締める腕を掴む。…こんな事するなんて、私って嫌な女かも。
「理由なんて教えてあげない、っだから分かるまで、分かるまで………傍に、いて。分かんないのにいなくなったら、嫌いになる」
「そんなっワタシが名前から離れるなんてあり得ません…!ワタシは、名前の傍にいます」
「それでも!!………約束、したい」
さっきは強気に出れたのに、今の私はまるで覇気がない。思わず俯きながら彼の服をきゅっと掴む。たしかに、セシルなら私の傍にいてくれるし、好いてくれてると思う。でも彼の歌は皆を惹きつける魅力のある歌だし、王子様だからなんかオーラも違うし、魔法とか使えるみたいだし、代わって私は平々凡々だ。春歌は、とても素敵な曲を作れるし……。
「分かりました、約束、します。それで名前が笑ってくれるなら、ワタシ何でもします!」
「ん………うん」
「ハイ、約束」
「?指……?」
「ゆびきり、です。約束、しましょう?」
「あ、えと…う、うん」
ゆっくりと小指を出せば、セシルが小指を絡ませる。ゆーびきーりげーんまん、とセシルがこの日本で覚えた歌を紡ぐ。楽しそうな声色に、私の心も少しだけ落ち着いて。やっぱり、彼には傍にいてほしい。
「ゆーびきった、……約束、守ります!」
「…絶対、だよ」
不機嫌な理由は教えられないけど、いつかきっと分かってくれますように。…でも、最終的に私が言ってしまう気も0ではない気がした。
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