※シアターシャイニングでの設定
設定は同じですがオチをかなり変えてます。
苦手な方はお戻り下さいませ!
私には、婚約者がいる。
相手はこの村の村長の息子で、私達は政略結婚と言う形で婚約をした。彼の名前はマサフェリーさん。私は彼の事は嫌いでなかったし、むしろ私の中では好印象だったから婚姻も政略結婚という感じはしなかった。それは彼も同じだった様で、私に愛の言葉を紡いでくれた。その一言に私は胸を熱くする。この人となら、きっと幸せになれる。そう思っていた筈なのにそんな幸せはすぐに無くなってしまうんだ。
「あ、貴方は、だれ……?」
「僕はアイレスだよ。今宵の生贄に、君は選ばれたんだ」
今まで続いていた、赤い月の日に捧げられる生贄。ヴァンパイアに身を捧げその代わりに村を守ってもらう生贄に、私は選ばれてしまった。タイミング悪く開かれた扉の先に見えるのは、明日の結婚式の相手、マサフェリーさん。彼の驚き、悲痛に歪む顔を見た瞬間、やっと私は自分の状況を理解した。これはもう避けられない事なのだと。
生贄の塔に連れられた私は、怖いと思う反面、少しだけ落ち着いていた。マサフェリーさんには申し訳ないけれどこうするしか村を守れない。彼は私を助け出そうとしてくれたけど、村を捨てるなんて私には出来ない。生まれ育った場所をそう簡単に手放せる程、強くない。
「………名前、」
「!だ、だれ……っ?」
一瞬、消えるように呟かれた私の名前はすぐ闇に溶けてしまう。部屋を改めて見回して見ても、人の気配はまるでしないのに、私は先程の声が幻想には思えなかった。何より、その声に聞き覚えがあった様な気がしたから。幼き頃、まるでお伽噺に出てくる様な白い肌に冷たい手、整った顔、薄れてしまった記憶にある私の小さな恋心。
「私をずっと呼んでいたのは、貴方ですか…?」
偶に、夜中に声が聞こえる事があった。まるで愛しい人にかけるような熱を含んだ私の名を呼ぶ声は、先程の声と似ている気がしてならない。誰もいない部屋に少しだけ響く私の声。ふわり、風が舞った様な気がした。次いで私の背後に、やっと気配がする。振り返って見えたのは、幼き頃の想い出。
「……まさか、本当に君が生贄だなんて」
「貴方は、あの時、の……」
「俺の事、覚えててくれたんだね。嬉しいな………まさか、こんな形で会えるなんて」
私の目の前にいる人は、確かに昔会った事のある人、ウォーレンさんだ。老いもせず、あの時と何も変わってない。酷く怪我をしていたあの時私は彼を助けて、それ以来1回も会うことは無かった。何年も前の話なのに、どうして彼は美しいままなのだろう?過ぎる答えは、一つしかない。
「ヴァンパイア………?」
「ああ、そうだよ。あの時君が触れた手が冷たかったのは、俺が怪我をしていたからじゃない。俺が、ヴァンパイアだからだ」
「……………っ!!」
不意に告げられる真実に、空気が凍りついたような感覚がした。さっきまで落ち着いていた心臓は、バクバクと激しく脈打っている。思わず後ろへと下がる私を静かに追いかける彼は、私を壁へと追いやる。ヒヤリとした壁の温度を背中で感じると、もう私には絶望しか見えなかった。いや、最初から希望なんて………無かったのかもしれない。
「ごめん…………怖がらせて。こんなにも震えて、俺は自分自身が情けない」
「ど、どうして……そんな事を言うんですか……?」
「俺は君を、生贄から救う事ができなかった。アイレスに逆らえず、友の……人間の幸せを心から願う事すら出来ない。でも、君だけは違う」
流れるように私の頬に触れる指は、とても冷たかった。冷たい筈なのに、どうしてかその赤い瞳から目が逸らせない。やっと、君に触れられた。その一言が、私の心を震わせる。まるで愛しい恋人の様に囁かれる声が、私の脳に響き渡る。どうしてだろう、幼き頃の想いが、どくんどくんと湧き上がる。
「俺は君を、誰にも譲る事は出来ない。アイレスに血を吸われる事も、マサフェリーの妻になる事も………っそうなる位なら、俺が……名前の全てを、俺のものにしたい………っ!!」
「ぁっ、う、ウォーレン、さん……っ!!」
痛いくらいに掴まれた手首を引っ張られて、彼の胸にダイブする。はあ、と恍惚の声を漏らす彼に、私も何だかふわふわした気持ちになってしまう。私には、マサフェリーさんがいるのに。それでも私は、小さい頃の夢見た貴方にこうされることをずっと望んでいたのかもしれない。さらけ出す鎖骨に、彼の唇が近付く。拒めない私の身体はとっくに麻痺してしまった。私は、貴方のものになってもいい。
「ーーー君は、永遠に俺のものだ」
貫く刃に、嬉しい感情と快感が私を満たす。もう村も、あの人も、何もいらない。私には、ウォーレンさんだけ。
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