07.あなたの手を引いた

今日の3限目は別室で行われると日直から連絡があり、名前は由美とともに視聴覚室にやってきていた。前回の授業の終わりがけ、先生が洋画は英語のよい勉強になるのだと力説していたから、おそらくそれを観るのだろう。いつもの座学よりはずいぶんと気楽に受けられそうだ。

「今日何観るのかなぁ」
「さぁ?オモシロイなら何でもいいわ」

準備されてあるプロジェクターを見て呟いた名前に、由美はさほど興味のないような返事をした。それどころかもう机の上に伏せ始めている。観る気ないな、と名前は口をへの字に曲げて由美を突ついたが、軽くあしらわれてしまった。
手持ち無沙汰な名前は、頬杖をついて真っ新なスクリーンを眺めた。ほとんどのクラスメイト達は席に着いており、先ほどの名前と同じように今日の授業内容について興味津々で話している。

授業開始5分前、予鈴のチャイムが鳴りはじめた。教室の前方の扉が開かれたので先生が来たのだろうと何となしに目線をやって、名前はひっくり返りそうになった。すらりとした体躯の少年――流川の姿が見えたからだ。途端に騒つく教室。昨日の光景を思い返して名前は恐る恐る周りを見やり、そしてひっと息を呑んだ。獲物を狙うような数多の熱い視線。これはさすがの流川も避けられまい…。しかし、当の本人は不思議そうに首を捻っている。次いで、鷹揚な動作で教室表示のプレートを見た後、教室の中を見渡した。

「誰かに用事かしら?」
「話しかけてみようよ…!」

涼しげな瞳は浮き足立つ女生徒達も、呆気に取られている男子生徒も通り過ぎて――名前の元で止まった。ばちりとぶつかった視線。名前は咄嗟に目を背ける。偶然目があっただけ、自分でないはず。そう考えても、名前の心臓は何か予感でも感じとったかのようにドキドキしている。恐る恐る視線を戻すと、また目が合う。それどころか流川がこちらをじっと見つめているような―ついでに周りの生徒からも凝視されているような―気がして、名前は生きた心地がしなかった。名前は存在感を消すように息を殺したが、願いも虚しく流川は名前の席へとやってきた。仕方なく名前は昨日のように、流川を連れて廊下に出た。また後で質問攻めだろうな、なんてことを考えながら。

「…」
「…」
「…」
「あの…流川くん?」
「…先輩」
「え?」
「の、先輩」

先輩の先輩。つまり名前は、「彩子の先輩」として認識されているらしい。間違いではないけれど、それなら普通に先輩だけでもいいのではないだろうか。恐らく、彩子に言われたままをそっくりそのまま受け入れたのだろうけれど。変なところで素直だなと、名前はなんだかおかしく思えた。

「どうしたの?私に何か用事…なわけでもないよね」
「はい」
「それとも私のクラスの誰かに用事?」
「…ちげー」
「じゃあどうしたの?」
「移動教室」
「え?」
「英語…移動教室って言われたから」

そう言われて、名前は目を丸くした。今気がついたが、確かに、流川は英語の教科セットを片手に持っているようだった。

「えっと…確認だけど、次の授業は英コミュ?英表?」
「英表」
「英表ね。英コミュならここで合ってるけど、英表ならここじゃないと思うな…1年生なら2階の角教室じゃないかな」
「…角キョーシツ…」
「…」
「…」
「…案内してあげるからおいで」

このまま別れては、流川は絶対に授業開始までに角教室へは辿り着けないだろう。名前は流川を連れて行ってやることにした。この時点で名前には、流川は傍若無人の少年というよりもむしろ放っておけない子どものように思えてきていた。人前で関わるのはちょっぴりごめんだけど、こうして助けてあげる分には仕方ない。

視聴覚室から角教室までは1分経たずの距離だった。あっという間に目的の場所につき、流川は顔には出さないが感動していた。

「ここが角教室。覚えておいてね」
「うす」
「あ…流川!探したぞ…!」

教室から顔を出した男生徒が、慌てたように流川の名を呼んだ。言葉を交わしている様子を見るに、ただのクラスメイトではなく部活のチームメイトでもあるようだった。安心した名前はそのままその場を去ろうとしたが、思いがけず流川に呼び止められた。

「…先輩」
「え?」
「アザした」
「…ふふ、いいえ。次の移動教室の時は遅れないようにちゃんとクラスの子について行くんだよ」

名前は視聴覚室への戻り道を駆けながら、先ほどの小さく頭を下げた流川を思い返した。後輩らしいその姿が少しだけ可愛く思えて、気づかないうちに名前の顔には笑みが浮かんでいた。


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