06.無機質なまなざし

ホームルーム前の、少しだけ賑やかな朝の教室。昨晩放送された流行りの恋愛ドラマについて名前が友人と話していると、クラスメイトから声がかかった。

「なあに?」
「2年生の子が呼んでるよ」
「え?」

彼女の指さす先で、教室の前の扉から顔を覗かせた彩子がひらりと手を振っている。こうして彩子が訪ねてくること自体は珍しくないけれど、思い当たる用事がなくて名前は首を捻った。クラスメイトにお礼を告げ、彩子の元へ向かう。

「名前センパーイ、おはよーございまあす!」
「おはよう彩子ちゃん。どうしたの?」
「いやァ、ウチの部員がお世話になったんじゃないかって…連れてきちゃいました

にっこり、素晴らしい笑顔の彩子。名前は嫌な予感がして1歩足を引こうとしたが、それよりも早く現れた人影に足を止めざるをえなかった。騒つく教室の様子を背後に感じて、急いで扉を閉めて彩子ともうひとり――流川を廊下の隅へと引っ張りよせる。周りの目を気にする名前とは正反対で、彩子は注目されるのに慣れっこだったし、流川にいたっては興味もないし気づいてすらいないようだった。
戸惑いを誤魔化すように横髪を耳にかけていると、流川が徐に見覚えのあるクリーム色の洋服―昨日名前が一方的に貸したカーディガンだ―を差し出した。次いで小さく頭を下げた流川に、状況を理解した名前は焦る。傍若無人と称されるくらいだから、最悪の場合には「何こんなもの勝手に掛けてくれてんだ」なんてことを言われても仕方がないと思っていた(名前は若干、流川のことを酷い方向に勘違いしている節がある)。そんなわけで、なるべく本人とは関わらず、今度彩子伝いで回収してもらおうなんてことを考えていたので、まさか本人が直接教室に来るなんて予想外だったのだ。

「アザした」
「あ…い、いいえ」
「コラ、ちゃんと自己紹介くらいしなさいよ」
「1年の流川楓す」
「流川、くん。わざわざありがとう…私は3年の苗字名前です」

名前は何とか微笑んだけれど、仲の良い彩子から見れば緊張で強張っていることはすぐにわかった。流川も流川で、洋服を返したらそれで終わりだというように興味をなくしている。彩子は流川に、部活以外でも頼れる人を作って欲しかったのだが…そう上手くいきそうもなかった。かなりもどかしさは残る。しかし、これ以上名前を困らせるのは彩子も望まないので大人しく引き下がることにした。

ふたりの姿を見送り、ほっと胸を撫で下ろした名前。彩子に引っ張られたとはいえ、わざわざ借り物を返しに上級生の教室までやってきて頭を下げた流川は、思っていたよりも悪い子ではなかった。少なくとも、傍若無人という言葉は適さないようだ。認識を改めた名前はそのまま教室に戻ろうとし、目に入ってきた光景に思わずぎょっとした。教室の窓に何人もの女生徒が張りつき、こちらの様子を伺っている。その勢いは止まらず、名前が話を終えたのを見るや否や、肩につかみかかるように怒涛の質問責めをした。

「苗字さん流川くんと知り合いなの!!?」
「ねえいつの間に知り合ったの?」
「朝から見てもカッコイイ…」
「あの隣にいた子ってもしかしてカノジョ!?」
「名前ちゃん、ワタシに流川くん紹介してくれない?!」
「あっズルイわ!わたしも!」

入学式の日にはいなかった子まで流川の名前を知っていることに名前は心底驚いたが、一方であの美貌があれば当然かと納得もした。しかし、それにしてもどうしよう。名前が戸惑っていると、ちょうどよいタイミングで由美が登校してきた。何も知らない彼女には名前が責め立てられているように見えたらしい。

「コラァ何してんのよ、名前イジめんな!」

由美の威嚇でクラスメイトは蜘蛛の子を蹴散らすように去っていった。

「大丈夫?名前」
「うん、ありがとう」
「勢いすごかったものね」
「ほんと…」

この数分で10歳ほど歳をとったような感覚だ。力なく微笑む名前に、由美は輝かしい笑みを浮かべる。

「そ・れ・で?何があったのか話してくれるわよねえ??」

こうなった由美は離してくれない。それでも、先ほどのように大勢の女生徒を相手にするよりはいくらかマシだし、由美は彼氏一筋で流川に浮つくような人でもない。名前は移動教室の際の出来事から今朝の出来事まで、洗いざらい由美に話して聞かせた。

「ナルホドねー」
「朝から心臓縮まっちゃった…もう接点ないと思ってたから」
「マァでも、世話焼きの名前のことだし。この先関わらないなんてムリだと思うわよ、あたしは」
「そんなこと…」

否定の言葉を並べようとした名前だったが、知らず知らずのうちに世話を焼いてしまっている自分の姿を思い出して、口ごもる。案外由美の指摘は的を得ているのかもしれないと、この先が少し怖くなった名前だった。


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