04.木漏れ日も嫉妬する

「あっ」

名前が思わず漏らした声に、階段の数段下にいた由美が不思議そうに振り向いた。思った以上に慌てた表情をしていたからか、由美は心配そうにしている。

「どうしたの?」
「図解置いてきちゃった…」
「なーんだ。あたしの見せてあげるわよ」
「ありがとう、でも取ってくるね。高橋先生忘れ物に厳しいから!」
「そ。転けないようにネ〜!」

理科の授業は移動教室が多いというのに、特別教室棟は3年生の教室から遠い所にある。早めに移動しなければ授業開始に間に合わない可能性が高い。実験室で待ち構えている先生にねちねちと理詰めされる自分を想像して、名前は思わず身震いした。由美からの返事を最後まで聞くことなく、名前は急いで階段を駆け上がってゆく。

誰もいない教室の扉を開け、机の中から図解を持ち出した名前はまた小走りで今来た道を戻り始めた。授業開始まであと5分、これなら足の速くない名前でもぎりぎり間に合いそうだ。

1階に下りた名前が渡り廊下へと差し掛かった瞬間、強い風が足元をすり抜ける。中庭に面したここでは、時折ビル風のような風が吹きつけることがあった。名前は思わず目を細める。たなびくスカートを押さえたまま立ち竦んでいると、程なくして風は止んだ。乱れた髪を整えたことで再び明瞭になった名前の視界に、突然映り込んだ人の姿があった。

(あれって…流川くん?)

チャイムまであと数分しかないのに、どうしてここにいるのだろう。先ほどまで気がつかなかった彼の姿を偶然にも見つけてしまった名前には、流川がまるで風に拐われてやってきたように思えた。
流川は中庭のベンチの上で寝転がっていた。ベンチの寸法は彼の背丈ぎりぎりで、やや窮屈そうに感じられる。しかし、当の本人は気持ちよさそうに寝息を立て睡眠を貪っていた。風に邪魔されても起きる気配すらしない。よほど神経が図太いのか、それともマイペースなのか…。
入学して早々サボるなんて、どちらかといえば優等生の名前には信じがたいことだった。問題児で有名な由美ですら入学して1か月は大人しくしていたのに、なんてことを思う。
しかし、こうもしていられない。授業が始まるまで残り3分、名前には実験室へと急ぐ使命があるのだ。それに、起こしてあげるほどの間柄でもないし、これ以上関わるつもりもなかった。流川から目線を外し、名前が踵を返した、その時。

「ックシ」

背中越しに控えめなくしゃみが聞こえたせいで、思いとは裏腹に名前の足は完全に止まってしまった。ゆっくりと振り向いた先で、流川の美しい眉根が寄せられている。日陰になっているせいか昼寝には少し肌寒かったらしい。モゾモゾと動いて無意識に体を丸めた流川に、名前はむずがる赤ちゃんの姿を重ねた。

「〜〜っもう、」

どうしていつもこういう場面ばかりに出くわすのだろう。どうして彼はいつも自分のお節介心を擽ってくるのだろう。名前にはいくら考えてもわからなかったけれど、このまま放ってはおけなかった。風邪を引かれでもしたら寝覚めが悪いし、何より彼とともに部活をするのを楽しみにしていた彩子も悲しむだろうから。
抱えた教科書の上、畳んであるカーディガンを広げると、名前はそうっと流川の体にかけてやった。名前にはやや大きいその服も、流川にかけるとかなり寸足らずである。それでも何も掛けないよりマシだ。ひとつだけ、どうやって回収するかだけが問題だが、この調子だと名前が理科の授業を終える頃にもまだ寝続けている可能性が高いだろう。その時バレないように持って帰ればよいと名前は結論づけ、足早にその場を立ち去った。


その後名前は何とか移動教室に間に合い、説教は免れることができた。安堵で胸を押さえる名前に、由美が教科書を立ててこっそり話しかけてくる。

「名前、カーディガンどうしたの?」
「か、…置いてきたの」
「置いてきたぁ?」

訝しげな由美に、名前は曖昧に笑ってごまかした。あの流川に貸してきただなんて言えるはずもなかった。帰り道、由美と別行動しなければこっそり回収するのは難しいだろう。あまり…いやかなり・・・気乗りしないが、授業後に先生に質問して時間稼ぎでもしようかと名前は企む。しかし、その苦肉の策も虚しく、名前が中庭に向かった頃には流川の姿はおろか、カーディガンさえも忽然と消えていたのだった。


back
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -