01.うつくしいひと

「はい、どうぞ。ご入学おめでとうございます」

胸元で黄色いリボンがはためく。些か緊張の面持ちだった新入生も、名前の柔らかな声にようやく表情を和らげて去っていった。その背中を見送りつつ、かつての自分もこうだったのだろうかとどこか擽ったい気持ちで思いを馳せる。桜まじりの風が、名前の横髪を優しく揺すっては通り過ぎていく。
うららかな春の光が眩しい4月初旬。名前の通う湘北高校では、入学式が執り行われていた。

「みんな初々しいね」
「2個下か〜、若いネ」
「私たちももう3年だもんね」
「受験生駆り出すなんて鬼だわ」

友人の取り繕わない言葉に、名前は苦笑いを零す。入学式の日というものは、基本的に上級生にとっては休日となるのだが、担任からお願いという名の指名を受けた各クラスの数名は、式の補助要員とならなければならなかった。名前達は不運にも、そのメンバーに選ばれてしまったのである。

「でもほとんどの子は受付済ませてくれたし、あと30分もすれば仕事終わりそうだよ」
「とっとと終わらせてクレープ食べいきましょ」
「うん!」
「――受付、いいすか」

不意に、艶やかな声が会話を割った。新入生だ、と名前は顔を上げるや否やはっと息を呑んだ。頬に影を落とすまつ毛の合間から、冷たく真っ黒な瞳がこちらを見つめている。気圧されるほどの美しさを携えた少年が、そこに立っていた。皆が言葉を奪われたように惚けていた。
永遠にも思えた静寂は、またもや落とされた彼の一言が切り裂いていった。

「ここじゃないんですか」

いち早く正気に戻った名前は、動揺を押し込めるように微笑み、どうにか口を開く。

「すみません、受付はここで大丈夫です。お名前をフルネームでお願いします」
「流川楓デス」
「流川楓くん…10組ですね。教室はこの先右手方向です。教室で点呼があった後、クラスごとに入学式の会場へ移動になります。引率の指示があるまでは教室で待機してください。こちら校内図と書類になるので、空き時間に目を通してくださいね。…リボンを付けるので、少し屈んでもらってもいいですか」

名前が促すと、少年――もとい流川は窮屈そうに身体を折り曲げた。整った顔がはっきりと見える位置にまで近づいて、名前は後退りしたい気持ちになった。いつの間にか冷たくなっていた指先で、何とかリボンを留めてやる。新入生を祝うはずの華やかなリボンも、流川の美しさの前では霞むようだった。

「…はい、どうぞ。ご入学おめでとうございます」
「うす」

ぺこりと会釈し去っていく流川の姿が見えなくなって初めて、名前は詰めていた息をようやく吐き出した。と、その途端に、固まっていた受付係の生徒達が騒ぎ出す。彼女達の瞳は一様に熱に浮かされていて、その勢いは凄まじいものだった。

「何アノ子!直視できなかった〜〜!」
「かっこいい…私ファンクラブ入るわ…」
「彼女いるのかしら」
「流川楓くんだって。名前までステキ!!」

確かに、と名前は思う。楓の名に負けないほど綺麗な少年だった。名前を知った今となっては、楓以外に相応しい名前などないのではないかと思うくらいに。

「名前、よく冷静に相手できたわね…」
「れっ…冷静じゃないよ!本人の目の前で動揺したら困るかなって…どうにか隠してただけで…」
「仕方ないわよ、あの顔なら動揺するでしょフツー。あたしなら隣に並ぶのもムリムリ!名前ならまだしも」
「本当、綺麗な子だったね」
「なぁに、惚れちゃった?」
「そんなまさか!あんなに綺麗だったらいろいろと大変そうだなって。目立つし、すぐに人気になりそう」
「あは、確かに。ファンクラブってのもあながち冗談じゃなさそうだものネ」

恋する乙女の力がすごいことなんて、名前も知っている。恋は盲目、恋路を邪魔する者は馬に蹴られるなんて言葉があるくらいなのだから。現に、流川を目にした女生徒達は皆一様に彼の話しかしていない。少しだけ怖くなった名前だったが、ふと思う。この先、流川と関わることはないだろうし無意味な心配だろうと。しかし、この後不思議な縁が結びつき、名前と流川はたびたび相見えることとなるのだが、そんなこと名前は知る由もない。

穏やかな春の日。彗星のごとく現れた「流川楓」という美しき存在は、まるで鮮烈な光のように人々の頭に焼きつき、簡単に拭い去られることはなかった。


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