09.熱さえも奪うほどに

「というワケで、その桜木花道ってのがバスケ部に入ったんですよ!」
「そんな経緯があったのね」

部活休みの2人は、放課後、学校付近のファストフード店に足を運んでいた。ようやく落ち着いた彩子がズズ、とドリンクを啜る様子を見ながら、名前もポテトを口に運ぶ。席に着くや否や、怒涛の勢いで話し始めた彩子に名前はしばし圧倒されていたので、ようやく食事にありつくことができたのだ。
話を聞くに、どうやら新入生のオトコノコ――桜木花道が入部するにあたって、一悶着あったらしい。名前はバスケ部部長である赤木とは選択授業が同じであり、何度か話したこともあったが、そこまで熱心に部活に打ち込んでいることは知らなかったので少し驚いた。桜木と赤木の相性がどうであれ、赤木が桜木を認めた事には変わりない。これからバスケ部が良い方向に進むのを祈るばかりである。

「いやァ、それにしてもおっかしー!まさか赤木先輩が…」
「もう…あんまり笑っちゃ可哀想でしょ、彩子ちゃん」

彩子はあの・・厳格な赤木に起こった出来事が可笑しくてたまらないらしい。話の途中で何度も思い返してはニヤニヤと笑っている。名前は当然部活だったのでその場面を見ていないが、話を聞いて赤木に同情せざるを得なかった。観衆の中でそんな状況になるなんて、思春期のオトコノコには耐えられないだろう。

「それで今アタシはマンツーで桜木花道に基礎教えてるんです」
「そうなのね。でも、それは赤木くんがそれだけ彩子ちゃんを頼りにしてるって事だよ」
「それはコウエイだけど、桜木に手かかってちゃ他の仕事が回らなくて!」

確かに、たったひとりのマネージャーである彩子が桜木にかかりきりになってしまうと、他の業務を行う人がいないのは事実だ。そして、その状態は桜木が基礎を身につけるまで続くだろう。彩子は4月の部活動勧誘期間に、選手だけでなくマネージャーとしての部員も探していたようだけれど、上手くいかなかったと名前は聞いていた。

「ねェ、名前先輩、お願いです!アタシの手が空くまでヘルプに来てくれませんか!モチロン、先輩の部活とか用事がない日だけでいいので、このとーりです!」

両手を合わせてこちらを拝む可愛い後輩を見て、名前は快く頷いた。

「部活がない日でいいなら、大丈夫だよ。バスケのルールはあまり知らないけど…準備とか掃除ならできると思うから」
「ホントですか!?ありがとうございます、名前先輩ダイスキ!」

スキンシップの激しい彩子を、慣れたように抱きとめる。かくして、名前はバスケ部の手伝いをすることになったのである。


次の日。赤木には彩子が話を通してくれるということで、名前は直接体育館に向かっていた。本当は彩子と共に行きたかったけれど、生憎彩子は他の準備があるとのこと。
体育館付近では、たくさんの生徒たちが入り口や窓から中を覗き込んでいた。昨年までの名前の記憶には、体育館にギャラリーが集まっている場面なんてほぼなかったので、余程例の流川や桜木に見所があるんだろうと、ひとり納得する。

「ちょっとごめんね」

名前が入り口に屯している女生徒たちに声をかけると、振り向いた彼女らはぽかんと呆けた。その隙に間をすり抜けて、体育館に足を踏み入れる。力強いドリブルの音と、熱のこもった声。名前の部活とは正反対の環境に、若干気圧されながらも、名前は口を開いた。

「こんにちはー」
「あ!名前センパーイ、来てくれたんですネ!」
「彩子ちゃん、こんにちは」
「オウ、苗字。今回はすまないな」
「来てくれてありがとう。本当に助かるよ」
「赤木くん、木暮くんも、お疲れさま。力になれるかはわからないけど…よろしくお願いします」

見知った後輩と同級生の姿を見つけ、名前はそっと小さく息を吐いた。改めて挨拶をして気恥ずかしさにはにかむと、赤木は力強く、木暮は優しく頷く。

「赤木、せっかく来てくれたんだし、みんなにも挨拶させた方が良いんじゃないかな」
「ああ、そうだな」
「え!いいよ、そんな大したことじゃないのに」
「マァマァ、そう言わずに!」

遠慮する名前の肩を掴むと、彩子は体育館の中程へ連れて行く。途中で流川と目が合い、名前は小さく笑みを浮かべたけれど流川の表情が変わることはなかった。
赤木が、練習を中断し部員たちを1列に並ばせる。突然現れた楚々とした美人に、一部の部員たちはドギマギしている。赤木の仰々しい紹介を受け、彼らは名前に大きな挨拶とお礼の言葉を返してくれた。名前はそこまでしてもらうつもりではなかったので、より一層頑張らねばと内心気合いを入れ直した。

練習再開後、名前が彩子から説明を受けていると、彼女の背後で赤い影が何度もソワソワと動いた。彩子は敢えて無視をしているようだったけれど、名前の視界にはちらちらと入ってくる。遂には目があい、困ったように名前は微笑んだ。

「…彩子ちゃん、」
「コラーッ、桜木花道!邪魔するな!」
「いっ、イヤイヤ、邪魔なんてそんな!」
「あ…!この子が桜木くん?」

赤いリーゼントが不良然として目立つけれど、名前にはそこまで悪い子には見えなかった。それにしても、随分と良い体格の持ち主だ。名前は赤木や彩子が期待するわけだと納得した。もちろん、手はかかるだろうけれど。

「なんと…!この天才のことをご存じで!?」
「ふふ、うん。彩子ちゃんからいろいろと・・・・・聞いてたから」
「いやーー!照れますなァ!」
「褒めてないっつーの」

頭に手を当て照れ笑いする桜木に、肘打ちする彩子。なかなかどうして、いい関係性かもしれない。名前は普段、後輩らしい彩子しか見たことがなかったけれど、こうして先輩らしく振る舞っている様子を見て、何だか嬉しくなった。

「桜木くん、赤木くんに相当期待されてるみたいね」
「そ…そうでしょうか!?」
「うん!こうして彩子ちゃんに付きっきりで教えるよう頼むなんて、早く一人前の選手として試合に出てほしいからだと思うよ」
「ひょっとして…ナマエさんはこの天才桜木のファン…!?」

名前の言葉に、ますますやる気を出したらしい桜木は凄まじい速さでハンドリングの練習を再開した。単純で可愛らしいと笑っていると、突然名前の背後から長い影が落ちた。振り向いた先、流川がじっと名前を見下ろしている。その瞳には不満がありありと見えるけれど、思い当たりのない名前は首を傾げるばかりだ。

「どあほう」
「な、なんだキツネ野郎!」
「1つ教えといてやる。おめーのじゃねェ」

そこまで言うと、流川はやや強引に名前の肩を引いた。思いがけずよろけた名前の背中が、流川の胸に当たる。

「先輩はオレのだ」

しんと静まり返る体育館。唖然とした顔の部員達と、変わらない表情の流川。そして――巻き込まれた名前は、顔を両手で覆ったまま上げられなかった。まさかそんな勘違いされるような発言をするなんて、と困り果てていたともいう。

「チョット、名前先輩はアタシの先輩でもあるんですけどォ?」
「知らん」
「ナマイキめ!」

その後、どうにか正気を取り戻した名前を、流川は休憩時間の度に目で追っていた。どうしてここまで懐かれたのか、決定打を知らない名前は困惑しきりだったけれど、当の本人の流川は満足気であった。


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