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▼ ただより高いものはない

※ふんわりと無限列車ネタ有(知らなくても勿論読めます)

「なんかいっぱい貰っちゃったねえ」
「ま、俺の人柄だな」
「それだけはありえないと思うよ……」

 依頼主の脱走した飼い猫達を探し回った帰り道。かぶき町の外れにあるそこそこ大きなお家だったからか、予想より多めの報酬に加えて色んなお土産を持たされた。最後まで見栄を張りたかったのか、重たいものも含めてお土産は全て抱えるように銀時が持っている。
 ニヤついた新八くんと神楽ちゃんの顔を思い出しながら、両手が塞がった銀時のかわりに万事屋の引き戸を開ける。
 今日は暇だからお手伝いしようか、なんて話していたら、あれよあれよと猫探しに参加させられ、邪魔者は退散とばかりに二人きりの帰り道になってしまった。履物を脱いで静まり返った居間に入るのはなんだか違和感がある、いつの間にか定春まで連れていってくれたらしい。

「よっ……こらせっ、と」
「ジジくさあ」
「ウルセー、まだ二十代だっての」
「神楽ちゃんからしたら立派なオジサンだよ」

 手を洗ってそんな話をしながら、頂き物の荷をひとつずつほどいていく。お米におせんべい、お茶っ葉……、開けても開けても食べ物類が多いのは、やっぱり神楽ちゃんの話を聞いて孫のように可愛がっていたからだろうか。年寄りの二人暮らしだからと、次から次へとおもてなししていただいて、神楽ちゃんの魔法のように食べ物が消える胃袋を見て手を叩いて喜んでいたし。
 冷蔵の物をしまって、他の物を整理しようと思ったところで、ふと、珍しいものもあるなあと『玄米珈琲』と書かれたパッケージを手に取った。ノンカフェインでからだにやさしい、美肌効果、デトックス……、興味をそそられる文言に、つい時計と手元を見比べる。

「ねえ、三時は過ぎたけどお茶にしない?」
「茶ァ?」
「貰い物のお茶。あとおせんべいもあるし、遅めのおやつにしようよ」

 報酬を数えて珍しく封筒に分け入れていた銀時の背中に声を掛ける。いい加減お給料を弾まないと、神楽ちゃんはともかく、新八くんの背後の家計簿担当に怒られそうだもんね……、いや怒られるくらいでは済まないんだろうけれども……。
 苦笑いのわたしの物言いたげな目線を察した銀時が、サッと引き出しに封筒をしまった。そのままわたしの手から珈琲の袋を奪って興味津々に見始めたのをイエスと受け取って、お湯を沸かしに立ち上がる。

「玄米ねェ……、ノンカフェインでお子様や妊婦さんにも…………えっお前妊娠してんの?!」
「は? バカなの? そんな訳ないでしょ」
「だよなァ、あ、いや、だよなァ……」
「何、なんかあんの」
「いや何でもないデス」
「なに」
「…………この前酔っ払った時に、ホラ、あのお……したっけなァ、みたいな……」
「……」
「…………ゴム?」
「サイッッッテー」
「いやでもアレじゃん?! そっちだってノリノリだった訳じゃん!」
「ノッ…………てたかもしれないけどそれは義務でしょ義務! 責務! まっとうしろ!」
「ゲスな話に煉獄さんを出すんじゃねェ!」

 いつまで経ってもお湯を沸かせないまま、あーだこーだと言い争うこと数分。ヒートアップした銀時の手から珈琲のパッケージがぽろりとこぼれたのを合図に、ようやく終息した。

「……もう、とりあえずお茶にしよ」
「おー……」

 台所でお湯を沸かして待つことさらに数分。待ちきれずにおせんべいの封を開けてバリバリと食べる銀時のところに、安いマグカップを二つ置く。においは普通のコーヒーよりもやや香ばしくて、平たく言うと、まあ、焦げ臭い。
 そんなわたしの顔を見て、すぐに何かに気付いたような雰囲気の銀時は、スン、と手元のそれをひと嗅ぎして顔を顰めた。多分わたしも似たような顔をしていると思う。

「クサッ」
「こら、貰い物に滅多なこと言うんじゃありません」
「母ちゃんかオメーは……、てか、なまえもクサいと思ってんだろ」
「それは……まあ…………」

 並んでソファーに腰を下ろして、おせんべいを手元に持ってきながら言葉を濁す。でも良薬は口に苦し、なんて先人は言っているワケだし、もしかしたらこれを飲み続ければツルスベ肌を手に入れられるかもしれない。
 心の中でそう意気込んで、マグカップを片方手に取る。「乾杯でもする?」と聞けば、銀時もわたしに倣ってもうひとつを手に取ってくれた。

「じゃあ今日の依頼成功に、」

 乾杯。
 ごつん、と鈍い音が鳴って、二人そろって淹れたての玄米珈琲をひと口。いつもは神楽ちゃんや定春や、それでなくても騒がしい人がたくさん居る町だから、なんだかこんな穏やかなティータイムは素敵だなあ――

「「まっ……ずゥ!」」

 なんて物思いにふける気持ちを一瞬で吹き飛ばす程の苦味が舌先を突き刺した。いっそ喉まで突き抜けていくレベルで不味い。
 お行儀悪くぺっぺっと舌を出した銀時は、手元に残ったおせんべいをバリバリ噛み砕いて、それでも足りなかったのか慌てて台所に向かう。わたしも急いでおせんべいの封を開けて、いつもの五倍くらいのスピードで食べ進めた。あまじょっぱい、砂糖と醤油の美味しいハーモニーを掻き消す、びっくりするほどの玄米珈琲の苦み。せっかく淹れたとは言え、中身を飲み干すのは諦めて、いちご牛乳でお口直しをする銀時の背中に声を掛けた。

「わたしも飲みたーい」
「……」
「銀時くーん」
「……」
「……」
「……いちご牛乳?」
「この口でちゅーするよ」
「ドウゾ」

 他人にいちご牛乳を絶対に譲らない銀時も、玄米珈琲の前には無力らしい。コップに注がれたそれを飲み干して、なんとも言えない顔の銀時と目が合う。
 目は口ほどに物を言う。分かる、言いたいことは分かるよ。だってお家で出されたお菓子は美味しかったし、最初に頂いたお茶も美味しかったもんね。恐らく同じことを考えているであろう銀時の口から出たのは、まず深いため息だった。

「こんな不味いモン寄越してくんなっつうの!」
「びっくりするほど美味しくなかったね」
「人生で一番いちご牛乳がウメーよ、皮肉か?」

 空になった牛乳パックを洗って開きながら、また深いため息をついた銀時が、ふと、どこかに視線をずらして考え込む。
 何考えてるか分からない目を覗きこもうとすると、バッと勢いよくこっちを振り返った。そのまま驚くわたしの肩に手をやって、突然「行くぞ」と一言呟いた。

「行く? どこに?」
「メシだよメシ!」

 大股でリビングに向かったと思ったら、銀時は引き出しにしまったハズの封筒から何枚かお札を抜いた。いいのか。それみんなのボーナスなんじゃないのか。
 戻ってきた銀時は、わたしが口をひらく前にぺちんとわたしのおでこをはたく。札で。

「これは俺とお前の分」
「あっそうなん……えっ! わたしのも?!」
「どういう驚き?」
「いやてっきり銀時が奢ってくれるのかと……あだっ」
「甘ェ。甘栗むいちゃいましたより甘ェ」
「あれそんな甘かったっけ……?」

 二回叩かれたおでこをさすりながら、玄関に向かう背中を追う。今からご飯って、お菓子食べたばっかりなんだけど。ていうかそもそもご飯の時間でもないんだけど。

「どこ行くの?」
「ラーメン」
「幾松さんとこ?」
「なまえチャン、俺達の手元には何があると思ってンの?」
「?」

 ブーツを履きながらにやりと笑って札束を見せつける銀時は、大変教育によろしくない風貌だ。大人しく続きの言葉を待てば、自慢げな声色で「家系ラーメン」と呟かれた。
 家系ラーメン。そういえばかぶき町に新しく出来たんだっけ。味が濃くてこってりしてて、なのに二日酔いの日に食べたくなったりすると銀時に聞いた気がする。あいにくわたしは食べたことないけれど。
 濃い味。いちご牛乳でやわらいだと思っていた口の中が、ふいに、玄米珈琲の刺激を思い出す。……濃い味、か。

「オメーも行きたくなって来たろ」
「……ウン」

 想像したら、すっかりラーメンの口になってしまった。そういえばずっと猫探しをして結構カロリーも消費しただろうし、ご飯の時間ではないけれど、今日の朝ご飯はいつもより早い時間だったし。銀時と一緒に食べられるし。初めて食べるし。
 頭の中で色々と理由を付けて、早く玄関を出たそうな銀時の隣に並ぶ。行くか、とわたしの頭をひと撫でした手をとって、勢いよく引き戸を開けた。


【ただより高いものはない】
ただで何かをもらうと、代わりに物事を頼まれたりお礼に費用がかかったりして、かえって高くつくこと。(コトバンクより)


 お腹いっぱいの帰り道。上機嫌で調子に乗ったわたし達は、いつもは買わない高いアイスを片手に万事屋へと帰宅した。
 翌朝、帰ってきた神楽ちゃんにゴミを発見され、彼女の胃袋に見合う量を買わされることになったのは、また別のお話だ。

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