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▼ 青いリンドウの鐘が鳴る

 どんなに彼に興味がなくても、バスケットボールに詳しくなくても、文化部だろうが学年がちがかろうが、この高校に居る以上青峰大輝という男を知らずに過ごすのは多分無理があると思う。それが同じ学年の、同じクラスなら尚更だ。
 携帯の液晶画面の中に映るその四文字を見つめて、わたしはため息をひとつ零した。そっとポケットにしまってお茶を飲むためにキッチンに向かう。明日から学校なんだからしゃんとしな! とお母さんがわたしのお尻を叩くけど、無視して麦茶をがぶ飲みした。そんなこと、言われなくたって分かってる。

「宿題ちゃんと全部やってあるんでしょうね?」
「小学生じゃないんだから! ちゃんとやってあるよ!」

 本当はまだ数学の問題集が数ページ残ってるけど、ここ数日同じことばかり聞いてくる親に口ごたえしたくて思わずそう言った。そして夏休みの間、数回交わした彼とのやり取りを思い出す。アチィ。外出てたの。おう。バスケか。いやセミ取り。小学生かよ。
 八月三十一日、夏休みの最終日は青峰の誕生日でもあった。
 絶対やってないだろうな、宿題。でも今頃それを見かねた桃井ちゃんが面倒見てるのかもしれない。そんなことをぐるぐる考えながらリビングのソファーにだらりと寝そべる。今この家でクーラーがきいてるのはこの部屋だけだった。
 おめでとうくらい言うべきなんだろうか。いや、べきというよりは言いたいというか、でも特に何のプレゼントもないのにそれだけメッセージを送るのもな……。掃除機の音をBGMにしてあれこれ考えていたら、ぽろりとポケットから携帯が落ちて――

『……もしもし』

 さっき嘘をついたわたしへの罰と考えるべきか、神様からのチャンスと捉えるべきか。ちょうどさっきまで開いていたその画面は、落ちた衝撃で誤操作を起こしたらしかった。

『おい、みょうじ?』
「あ、わ、ごめん青峰」
『……なんかうるせェんだけど』
「えっ、と、掃除機かな?! ごめんね」
『何で謝んだよ』

 お母さんの怪しげな目線を背中に受けながら蒸し暑い廊下に出る。電話口の向こうで相変わらず気だるそうな青峰は、で何か用? とぶっきらぼうに言い放った。
 ポケットから携帯落として勝手に電話掛けちゃった、とは言えるはずもなく、ぐっと拳を握って腹を括る。もうどうにでもなれ。

「青峰、今日誕生日でしょ」
『おー』
「おめでと」
『サンキュ』
「……」
『……』
「…………そんだけ」

 その先のことは何も考えていなかったにしても、アホすぎる。青峰よりアホだ。話が終わってしまった。これじゃあ青峰だって気まずすぎるだろ。
 無言が続くことにもクーラーのない暑さにも耐えきれない。だらりとこめかみから汗が流れる。いっそ電話を切ってしまおうかなんて思っていたら、彼は思ったより上機嫌なのか、機械の向こうでちいさく笑い声が聞こえた。

『そんだけってオマエ、……ハッ、そんだけかよ』
「……わるいか」
『何かねえの、誕プレ』
「はぁ? あるわけないじゃん」
『ア? 何でだよ、俺だぞ』
「何様だよ」
『アオミネサマ』

 あっけらかんとそう言った彼の言葉に、思わずぽかんと口があいた。なんだコイツ。そう思いながらも、頭の片隅ではそういう奴だよなあなんて納得してしまうから、なかなかどうして青峰大輝という男子のことを憎みきれない。
 惚れた弱み、みたいなもんなんだろうか。

『あー、じゃあオマエ今日ヒマ?』
「ひ……まだけど、一応」
『一応ってなんだよ、何かあんのか』
「……いや何もない」
『なら宿題写させろ』
「え」
『全然やってねーんだよな、流石に原澤に怒られるわ』
「いやそれ原澤先生だけじゃないでしょ怒るの……」

 多分ほぼ全教科の先生が、君に対しては言いたいことが山ほどあると思うよ。そう思っても何だか呆れてため息しか出ない。わたしの予想は的中してしまったけれど、まあ正直なところ、だろうな、としか思えなかった。
 それでも頼まれれば悪い気はしないし、本当は勿論自分でやるべきものだけれど、……うん、先生達には悪いがちょっと嬉しいと思ってしまっている自分が居る。

「てか桃井ちゃんは?」
『なんかテツんとこ』
「誰」
『……良い奴?』
「いや知らんが……」

 だらだらと他愛もない話をしながら、自分の部屋に行ってトートバッグに筆記用具を詰め込む。勉強場所は駅の近くのファミレスになった。図書館は喋れないし、マジバはテスト前に店員さんに怒られたことがあるのであんまり行きたくない。本当は少し青峰の家に行けないかなって期待もしたけれど、今日の主役はわたしじゃない。そんな贅沢は言わない。
 じゃあ支度するから三十分後ね、なんて言って切ろうとしたら急に呼び止められた。

「なに?」
『あー……みょうじ?』
「えっなに」
『マジで誕プレねえの』
「ないよ! なんかごめんね?!」
『じゃあアレだ、付き合え』
「は? だから付き合うんじゃん青峰の宿題に」
『……』

 わたしって何でこいつのこと好きなんだっけ。誕生日おめでとうを伝えるためだけに悩んでた数十分前の自分がますますアホらしくなってきた。
 もう切るよ、なんて平然を装って電話を切って。それでも慌てて服を選んで、涼しいリビングで前髪を直して眉毛を描いた。ニマニマと物言いたげなお母さんにテキトーに声を掛けて、家を出て待ち合わせの駅に向かう。
 何よりも本人が目印になる青峰から、付き合えの本当の意味を聞く頃には、わたしの前髪はすっかりぺちゃんこになってしまっていた。

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2021年、青峰くんお誕生日おめでとう!

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