SHORT | ナノ


▼ この恋仕立てますか?

※現パロ
※テーラーショップで働く攘夷組


 そういやァ、今日来るってよ。店舗裏の喫煙所から帰ってきた高杉が、バックルームに置きっぱなしの消臭剤を手に取ってぽつりとそう呟いた。何が、と聞き返そうとしたところでジュ、とアイロンが嫌な音を立てたので慌てて目線を手元に戻す。勢いの良すぎたスチームが、レダで作ったお気に入りのジャケットをじんわり湿らせていた。危ねェ。漫画よろしく五角形の跡が付くところだった。
 慌ててアイロンを離してジャケットを確認すれば、朝から気になっていたシワは随分マシになっていた。これなら店頭に立っても良さそうだ。一人でウンウンと頷いてアイロンのコンセントを抜く時には、もう既に高杉の独り言のことなどすっかり忘れていた。

「いい加減自分の家で掛けてこいよ、ソレ」
「出勤前は時間がねェの」
「アイロンぐらいすぐ終わンだろ」
「あーあ、どうせサラサラ君には俺の気持ちなんて分からないですよォ〜」
「……セットしてんのか、それで」
「ア?」

 フ、と鼻で笑ったヤロウはそのままロッカーを開けてダスターモップを取り出した。少し底の高いローファーのタッセルを軽快に揺らして、俺の横を通り過ぎる。心做しか髪もいつもより靡いている気がする。
 チクショウ、今朝は大爆発だったところからやっと小爆発くらいまでおさめてから来たんだぞ……、なんてカッコ悪い事が言えるワケもなく。開けっ放しのロッカーから無言でサラシを取り出して、黙々と店内の鏡を拭いていく。ふと、鏡の中の高杉のモスグリーンのニットタイが揺れて、そういえばアレ欲しかったんだよなァと入荷の日の事を思い出した。
 目の付け所が悔しくも似ている高杉にあの日は先を越されて、テメェの買ったモンなんか死んでも買うか! と啖呵を切って二番目に気になっていた新作を買った。リネン素材のソレは今日俺の胸でキッチリ締められているが、どうしても目線は高杉に向いてしまう。クソ、腹立つ。

「オイ、五分前だぞ」
「わーってるよ! レジ開けてろ開店報告すっから!」
「もう開けてる」
「……へーへー」

 いつの間にダスターをかけおわったのか、札束数える高杉は朝からムカつく態度ばかり。
 ヅラか辰馬とオープンから入るか、或いは俺一人でやるなら何の気兼ねもなく出来るところを。辰馬は一応この小さなテーラーのオーナーだから、今日もあちこち飛び回っている、らしい。経営に関しては頭の幾分切れるほうに任せっきりだから詳しい事は知らねェが。あーあ、ヅラの野郎何で今日休みなんだ。ふざけんな。
 レジカウンターに入って高杉の横に並び、朝イチ店に着いた時から付けっぱなしのパソコンで開店報告をクリックする。どうせこんな朝っぱらから仕立てに来るヤツなんか居ねェんだ、ぶっちゃけ俺今日居なくても良かったんじゃね?
 なんて考えていた十分後、今日初めてのお客様は意外にもすぐにやって来た。

「銀時、テメーの客」
「誰」
「あ、坂田さん! こんにちは……じゃなくて、おはようございます? ですかね?」

 恐らく物凄い仏頂面で振り返れば、随分と可愛らしい声がする。俺の顧客、しかもちょっと気にかけている女性のお客様だった。マジか。

「この前伺った時は坂田さんシフトに入ってなくて……、今日なら都合つくので来ました」
「そー……なんだ、ありがとなわざわざ」
「いえ!」

 表情筋を外ヅラにチェンジして横目で高杉を見る。店頭で陳列棚の商品を綺麗に揃えながら、俺を見てまた鼻で笑った。朝の言葉を思い出す、そういやァ、今日来るってよ。

「来るってこの事か……」
「あ、朝は忙しいですかね?」
「ん? いや、全然! むしろ暇だから三十分でも一時間でも付き合えるわ」
「一時間はちょっと、わたしが無理かも……」

 へらりとはにかんだ彼女――みょうじサンは、店員も客も男ばかりでむさ苦しいこの店の珍しい女性の顧客様だ。オーダースーツがかなり普及してきたとはいえ、女でバチっとキメる人はやはり男に比べればまだ少ない。既製品よりコストもかかるし。彼女も足繁く通う常連客というよりは、年に数回、シーズン毎に一着だけ作るという感じだ。

「この前のベージュのヤツなら、まだもうちっとかかるけど」
「あ、今日はわたしのスーツじゃなくて。メンズの小物を選びに来たんです」
「ふーん…………」

 おおよそお客様に対して発する相槌ではないことは重々承知である。ふーん、メンズの小物。
 テーラーと言っても、勿論ネクタイや革靴、ベルトや小物なんかも取り揃えているしメンズのワイシャツならオーダーも可能。その辺のチェーン店や雑貨屋なんかよりは良い物を揃えている自信はあるし、それをわざわざこの店で、しかも俺が居る時を狙って来て頂けるなら、そりゃあ嬉しい事この上ないけれど。
 メンズの、小物。心の中で繰り返す。

「わたしと同じ営業なので何かビジネス用品がいいかと思って」
「ネクタイとかそういう感じ?」
「いやあ、さすがにただの職場の後輩からネクタイ貰うのはどうなのかなと思いまして……」

 相手は歳上なわけね。ふうん。
 何貰ったら嬉しいですかね、なんて笑う彼女にうっかり喉まで言葉が出掛かる。君に貰ったら何でも嬉しいと思いますケド。

「ポケットチーフとかは挿す?」
「あー! 大事な商談の時はたまにしてるかもしれないですね」
「んじゃ、ちょうど暑い季節になるし、コレとか」

 小物売り場まで彼女を案内して、チーフスタンドをくるりと回す。フォーマルなシルクのチーフの横、リネンのそれを手に取って自分が今挿している物と入れ替えた。
 私情と売上は別。仕事はキッチリやる男なんだよ俺は。

「たまにしてるんなら多分ベーシックな白は持ってるだろうから。これならリネンでブルーで、涼し気なイメージも出るんだけど、どう?」
「わあ、素敵! あ、坂田さんが今付けてるネクタイもリネンですか?」
「……あー、ウン。俺はこういう仕事だから、さっきまで挿してたのは柄物だけど。みょうじさん達はそうじゃないから、こういうブルーの無地か……、あとはこっちの、メインが白でネイビーが縁どりされてる感じ」

 いくつか候補を広げて見せて、真剣に悩む彼女の横顔を見守る。あーあ、そんな職場の先輩にマジな顔で唸っちゃって。憎らしいったらないね。
 手持ち無沙汰になって自分のネクタイをするりと撫でる。この生地特有のざらついた感触が指の腹を刺激して、ザワつく俺の心中を少し落ち着かせてくれた。ちったあ役に立つじゃねえか、二番目のネクタイ君。

「やっぱり最初にオススメしてくれたこれにします」
「ん、かしこまりました。プレゼント用でいい?」
「はい! お願いします」
「すぐ準備するから、もう少々お待ちくだサイ」

 そのまま商品を持ってカウンターに入ると、パソコンで事務作業をする高杉にフラれたか、と呟かれた。ウルセーそんなんじゃねえ。どーだかな。二言、三言交わして在庫を調べるために立ち位置をチェンジ。どんなに憎まれ口を叩いていても、俺が在庫検索をかける間にヤロウはラッピングの準備を進めていた。腐っても社会人だ、やけに機嫌が良い気がしなくもないが。
 無事に見つけた在庫を見せて、お会計の案内をする。ラッピングのリボンの色を選んで貰って、店内ご覧になってもう少々お待ちください、なんて定型文を伝えると、予想外の返答が来た。

「あー……、見ててもいいですか?」
「ん? 店内? どーぞどーぞ」
「そうじゃなくて、あの、ラッピングしてるとこ」
「いー……デスケド」

 クク、と笑った高杉が入れ違いに売り場に向かう。カウンター越しの彼女も少しはにかんでから、あのう、とぎこちなく話し出した。

「実は、坂田さんにお伝えしたいことがあって」
「えっ何? 転勤とか?」

 選んだチーフと同じ水色のリボンを結びながら、平静を装って言葉を返す。これでもし、万が一、実は結婚するんですう、なんて伝えられたら俺は今日一日ポンコツとして働く羽目になるな……。まだ恋とすら呼べない淡い感情を、年相応のライフイベントにぶっ潰されるなんて流石の俺でもかなり傷付く。
 お渡し用の袋をカウンターの下から出しながら、一向に話を切り出さない彼女を覗きこむと、耳を赤くしてスーツのポケットから名刺入れを取り出した。

「これなんですけど、」
「名刺? みょうじさんの?」

 片手で受け取ってみょうじなまえと書かれた字面をなぞって、何気なくぺらりと裏返す。

「坂田さんにお渡ししたくて……」

 手書きの文字。何の文字列か理解するのに、たっぷり十秒はかかった。

「えっ…………え?」
「いや、迷惑なら全然捨ててもらって、あ、何ならやっぱり今ここで返却してもらっても」
「いや、いやいやいや、貰うよ貰うけど!」

 綺麗にお包みしたプレゼントを危うく潰すところだった。みょうじさんがこちらに手を伸ばしてくるので、慌てて貰ったそれを自分の胸まで引き寄せると、そうですか……、と彼女が俯いた。
 沈黙。会計もラッピングも終わった。あとはこの職場の先輩宛のプレゼントをお出口までお持ちするだけ。
 ていうか何、俺に連絡先渡すために出直して今日わざわざ朝イチ来たの? じゃあこのプレゼント誰宛? いや職場の男の先輩だろうけどソイツは一体何?
 喉に詰まりまくっているそんな疑問を全て飲み込んで、貰った名刺を自分の名刺入れにしまいながら、ついでに自分のソレも一枚取り出す。カウンターのペン立てからテキトーに一本取り出して、彼女に倣って俺も連絡先を書き込んだ。やべ、これ赤ペンじゃん。

「あー……よし、お出口までお持ちしますね」
「はっ、あ、はい。ありがとうございます」

 ありがとうございました、売り場で高杉が会釈する。それにはにこやかに返事するみょうじさん。
 出口まで来てくるりと俺の方を振り返った彼女は、とてもにこやかとは言い難い何ともぎこちない笑みを浮かべた。

「こちらお品物……と、コレ」

 プレゼントのついでにさっき書いた名刺を手渡すと、手元と俺の顔を見比べて、金魚のように口をパクパクとさせる。それから受け取った俺の連絡先を目の前で大事そうにしまうので、ちょっとくらっときてしまった。淡い気持ちにうっかり恋が芽生えそうである。

「本当にありがとうございました! あの、あとひとつだけ、」
「?」
「そのネクタイも坂田さんにお似合いで、素敵です……! また来ます!」

 逃げるが勝ちと言わんばかりのスピードで遠ざかる彼女の背中。お客様のお見送りのお辞儀をするのも忘れて、店頭でぽかんと口を開ける俺。右手が無意識にネクタイのノットに向かう。
 後ろからコツコツのローファーの足音が響いて、何もかも知ったような顔した高杉が俺の肩をポンと叩いた。

「部長が異動するらしいんで、部署を代表してプレゼント選びを任命されたらしいぜ」
「あっ…………そ」

 嘲笑うようにヤロウのネクタイが揺れたけれど、何だか急に色褪せて見えた。

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