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▼ それがきっと愛のなまえ

※壮五さんが寮を出て一人暮らししている描写があります


「ごめん! 実はその日、仕事が入ってしまって……」

 電話口から、壮五くんのか細い声が聞こえる。
 アイドリッシュセブンの逢坂壮五は、昨今のアイドルブームもあって今や色んなテレビ番組に引っ張りだこだ。ラジオ番組もしてるし、自分で作曲にも励むようになったから、それはもう多忙を極めている。どれくらいかと言うと、世間様には内緒にしている恋人と、数ヶ月前から調整して合わせた休みも潰れてしまう程度には。
 彼の申し訳なさそうな声を聞いて、残念な気持ちをぐっと殺して了解の返事をした。勿論寂しい気持ちはあっても、それは仕事だ、しょうがない。それに、私にも私の生活があって、壮五くん程ではないにしろ忙しい日々が続いていた。

「気にしないで、って言うのも変だけど、でも、仕事頑張ってね」
「うん……ありがとう。埋め合わせは必ずするから」
「なんか、元気ない? 大丈夫?」
「そう? 最近忙しいからかな……?」
「寝れる時にちゃんと寝てね?」
「大丈夫、ちゃんと寝るよ」

 そこから更にひと言、ふたこと、言葉を交わして。通話を切るのが名残惜しい歳でもないのに、いつもどちらが切るか少し探ってしまうのが、多分、私と壮五くんの似ているところだ。そこからおやすみの挨拶をして、今日は私から終了をタップした。
 音の無くなった自分の部屋。テレビのリモコンの赤いボタンひとつで、多分彼の姿はいつでも見れる。それくらい見ない日は無いのだ。でもそれが無性に悲しくなる時がある。例えば、今とか。

「あー、だめだめ! 明日の準備しよ!」

 心の中の黒い靄を払うように大きく独り言を呟いて、仕事用の鞄に手を伸ばす。彼も本当にごめん、と消え入りそうなくらいに言ってくれたし、裏を返せば向こうもそれなりに楽しみにしてくれていてショックだったという事だ。うん。
 そんな考えが能天気だったと知ったのは、数日後に来たラビチャを見た時だった。



 鍵の音すら出さないよう、ディンプルキーをゆっくり差し込む。壮五くんの部屋に入るのは何も今日が初めてなわけではないけれど、持っている合鍵をこっそりと使うのは初めてだった。空き巣に間違われそうな挙動不審さで、おずおずと暗い部屋の中に入る。ラビチャを見て急いで来てみたはいいけれど、何を買って来ればいいかは分からないまま、とりあえず近くのスーパーで冷却シートやスポーツドリンクなんかを調達した。
 なるべく音をたてないように荷物を置いて、そっとベッドを覗いてみる。壮五くんは布団に丸まってぐっすり眠っていた。隣のサイドテーブルの上には風邪薬のゴミと、足元のカゴにはいつもより少しだけ溜まった洗濯物。キッチンの流し台にも使ったコップは置いたままだった。
 『ねつ、でたみたい』とそれだけ送られてきたメッセージへの返事に既読がつくことはなかった。体調が悪くなってから、すぐに連絡してくれたのだろうかと思ったけれど、この部屋に来てそうじゃないなと悟った。これは多分逆。限界まで粘って粘って、どうにもならなくなって瀕死になったパターンだ。
 壮五くんは大体の事はそつなくこなせるのに、人に頼る事にはいつまで経っても不慣れだと思う。そういう少し不器用なところが、愛おしいなと思う理由の一つなのだけれど、発揮するべきはここじゃない。
 とりあえず、額の汗を拭いて買ってきたシートを貼る。少し眉間にシワが寄ったけれど、起きる事は無かった。

「……もっと、頼ってもいいよ」

 そっと、小さく呟いてみても、壮五くんが聞いている訳じゃないけれど。
 例えば何か、ストレスの重さをはかる機械があるとして。私が仕事で嫌だと思う場面と、壮五くんが嫌だと思う場面では、きっと彼の方が重いのではないかと思う。だから私に頼れって言うのは随分可笑しな話だけれど、でも、私には想像のつかない忙しさだからこそ、もっと我儘してくれたっていいのに。多分、デートの予定を断る連絡をくれた時には、もう体調が良くなかったんだろう。本人が気付いていたかどうかは別として。

「ん……、あー……えっ……?」

 そんなことを考えながらサイドテーブルのゴミを片付けていたら、額の冷たさの違和感か、はたまた私の物音か、壮五くんが目を覚ましたらしかった。

「あ、ごめん、起こしちゃった?」
「いや……、いや、…………驚いた……かな?」
「かなって……。壮五くんがラビチャで熱出たって言うから、とりあえず色々買ってきたよ」
「あー……それは、申し訳ないな……」

 驚いたとはいいつつもまだ半分くらいしか目の開いていない壮五くんが、へにゃりと眉を八の字にする。ただでさえ辛そうな顔が更に辛そうだ。

「……申し訳ないより、ありがとうのほうが嬉しいかな」

 起きぬけの病人に向かってなんて事言うんだ、と頭の片隅で私が私を叱りつける。それでも、何だか言わずにはいられなかった。寝惚けているだけかもしれないし、私が頼りないだけかもしれないけれど。彼に不器用な所があるだけ、ただそれだけかもしれないけれど。十代の頃みたいに燃えるようなあつい恋じゃないからこそ、彼のペースでいいから、少しずつ、私に寄りかかって欲しいと思った。
 汗ばんだ前髪をゆっくり払って、シート越しにおでこを触る。あんなに冷たかった冷却シートは少しぬるくなっていて、大人になってからの熱って辛いよなあなんてぼんやり考えていたら、壮五くんの長い睫毛がぱちぱちと上下する。寝起きのきょとんとした顔も様になってる気がして、やっぱりアイドルだなあと思った。

「そう……そう、だね、うん、ありがとう。助かったよ」
「うん、どういたしまして」

 おでこに置いた私の手にそっと自分のそれを重ねた壮五くんは、力無く笑った。冷たいね、と私の手を火照る頬にスライドさせて目を伏せる彼に思わず見惚れてしまう。私よりもお肌がスベスベな気がする。そりゃ熱だからね、と返した時には、もう私の手の方が熱くなっていたんじゃないかと思った。

「埋め合わせ、」
「ん?」
「デートの埋め合わせするって言ったのに、結局僕が助けられてばっかりだな。情けないや」
「……もう、今は早く風邪治してくれた方が嬉しいよ」
「そうか……そうだね。頑張るよ」

 言ったそばからまたネガティブな発言を繰り返す壮五くんは、頑張って寝る事にしたらしい。
 けれどもう一度、小さくありがとうと呟いて私の手をそっと離すので、何だか名残惜しくなって行き場の無くした手を彼の頭に添える。そのまま寝息が聞こえるまで、やわらかい髪を撫でていた。

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誕生日と全く関係ありませんが、2021年お誕生日おめでとう壮五さん!

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