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▼ きみはかわいいプリンセス

「ブン太くんもそのうち分かるよ」
「何が?」
「実家の有難み」

 久しぶりにお邪魔した一人暮らしのなまえちゃん家。コンビニで買ってきたものを一旦冷やしておこうと冷蔵庫をあけたら余りにもスカスカだったから、ちゃんと飯食ってんの? と聞いてみたらそう返事がきた。実家の有難みかあ。弁当とか汗臭い洗濯物とかは、まあ、確かに。
 お一人用の小さな冷蔵庫に飲み物を入れつつ、そっとドレッシングの向きをくるりと変えてみる。あ、賞味期限三ヶ月も切れてら。

「んーでも、俺、たまに自分で飯作るぜ?」
「あはは、確かに、ブン太くんのご飯美味しいもん、ねっ!」
「あっ!」

 何気なく相槌打ってたからバレてないつもりだったのに、俺の手からするりと缶が抜ける。しゃがみこむ俺の後ろにはいつの間にか部屋着に着替えたなまえちゃんが、ちゃぷちゃぷと缶――缶チューハイを揺らして立っていた。
 見上げると少し怒った顔が目に入って、膨れた頬に手を伸ばしたらそんな事してもダメだよ、と窘められた。さらりと流れた横髪が手の甲を掠めてくすぐったい。

「お酒はダメでしょ」
「……店じゃねーじゃん」
「店じゃなくても未成年です」
「ちぇっ」
「てかちゃんとジンジャーエール買ったじゃん」
「それはワンチャンなまえちゃん家のお酒で割れるかなって」
「マセガキめ」
「つめてっ」

 俺のおでこにコツンと缶チューハイを当ててけらけら笑うなまえちゃんは、ブン太くんも着替えたら? と部屋の奥を差す。差すと言っても、両手は酒とジンジャーエールで塞がっているので、足で。さっきまでスキニーで隠れていた白い足が、惜しげも無く晒されている事に思わず生唾を飲み込んだ。
 いやいや童貞じゃあるまいし、とは思いながらも、そーするわ、なんて返事しながら立ち上がる時にそっとその足を撫でてみる。可愛い声が出るかと思いきや、フツーにくすぐったいと言われて終了した。ちぇっ。
 のそのそ部屋まで移動して、彼女の洋服が入ってる棚の一番下の隅っこ、明らかにサイズの違うTシャツとハーフパンツを出す。お世辞にも綺麗に畳んであるとは言えないけれど、代わりになまえちゃんと同じ匂いがする。最初は人んちの匂いだったのに、いつの間にか俺の匂いにもなるんだろうか……なあんて。ぶんぶん頭を振って邪念を払っていたら、なまえちゃんに何してんの? と呑気に突っ込まれた。

「ほらほら早く乾杯しよ」
「俺はジュースじゃん」
「美味しいからいいじゃん、ジンジャーエール」

 まだ飲んでないのに何だか上機嫌ななまえちゃんの横に座って、渋々ジンジャーエールの蓋をあける。隣からはプシュ、とプルタブをあけるいい音がして、急にジンジャーエールのペットボトルがおもちゃみたいに見えた。

「――でね、ちょっとそれが嫌だったんだよねえ……」

 気付けばすっかり饒舌に、話題は職場の愚痴になっていた。

「でもね、違う」
「違う?」
「久しぶりにブン太くんが来るからこんな話をしたかったワケじゃないんだよね〜……」

 ああ、それで今日はやけにご機嫌だったのか。
 少しにやける俺の横で、ぐでんと机に突っ伏してなまえちゃんがそう呟く。俺の知る限りでは酔いのバロメータ的に結構キてると思うけれど、まだまだ飲み足りないのか缶に残ったアルコールを一気飲みして勢いよく机に置いた。自分で置いたクセにカツン! と鳴った軽い音にびっくりしている所は、可愛くもあり危なっかしくもある。
 別に職場の愚痴でも何でも気にしないし、俺は俺で部活の事だのテストの事だの話すから、多少ネガティブな内容でも気にしないっつーか。どっちかと言えば、外でもこんなに無防備に酔っ払うかどうかの方が気になるワケで。まだ半分くらいあるジンジャーエールを横目に、細いなまえちゃんの髪にするりと指を通す。

「なまえちゃん?」
「んー?」
「くる?」

 そのまま頭を撫でて目を合わせると、気の抜けた笑顔でもぞもぞとこちらに擦り寄ってきた。猫か。
 すっぽりと俺の腕におさまるなまえちゃんの頭を撫で続けながら、これでも酒が飲める歳なんだもんなあと溜め息が出そうになる。恨めしいワケでも悔しいワケでもない。ただ何となく、歳の差というものを考えてちょっと憂鬱になるだけで。
 体格は俺の方がいい。当たり前っちゃ当たり前だけれど、高校に上がってから特に成長期になったし。なまえちゃんは俺から見れば小さくて可愛い。でもやっぱり隣に並んだらオネーサンに見えなくもないし、『弟居たっけ?』なんて言われた事も、まあ、正直ある。それでもやっぱり、俺の胸に熱くなった頬をくっ付けてへらりと笑うなまえちゃんは、誰がなんと言おうと愛おしくて守りたくなる。

「職場でもさー、こんなに酔う?」
「まっさかあ。あんまりたくさん飲まないようにしてるよ」
「家飲みだと進むモン?」
「それもあるし、ブン太くんと居るってのもあるし」

 ぎゅっと俺に抱きつくなまえちゃんがあんまりにも可愛い事を言うから、思わず顎をすくってキスをする。アルコールの匂いがして少し眉間にシワが寄ったのを見逃さなかった彼女から、不味い? とからかわれた事にムッとしてもう一回してやった。

「子どもはこんな事しねーだろ?」
「あー、はいはい、しませんしません」
「……コノヤロー」

 くすくす笑って今度はなまえちゃんが腕を伸ばして俺の頭を撫でる。口悪く返事したクセに撫でられるのが気持ちいいなんてちょっとカッコ悪くて、細い体ををぎゅっと抱き締め返した。ちょっと苦しい、と呻くなまえちゃんはそれでもご機嫌な様子で、俺もつい頬が緩む。
 あーあ、俺も酒が入ってりゃ、勢いに任せてこの無防備な彼女を押し倒せるのに。
 結局また元通り、日頃の鬱憤を吐き出すなまえちゃんに相槌打ちつつ理性と葛藤。ホント、俺って良い彼氏じゃん? と思うけれど、そっと手を伸ばした缶ビールはやっぱり彼女に取り上げられた。チクショー、いっそのこと、記憶なんかなくしちゃえ。

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リクエストより「丸井くんが歳上彼女を甘やかす」
リクエストありがとうございました!

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