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▼ ぼくのわたしの自慢のアイドル

「そういやブン太、なんかみょうじが怒ってたぜ?」
「は? なまえが? なんで?」
「いや、それは流石に知らねえけどよ……」

 ジャージから制服に着替えながら、不意にジャッカルがそう切り出した。ちょうどシーブリーズもうすぐ無くなるなァ、なんて呑気に考えていたところだったからうっかり手が滑って、キャップがカラカラと床を転がる音がする。

「ほれ、落ちたぜよ」
「サンキュー。んでなまえ、ジャッカルに何か言ったのかよ?」
「んー何か、最近クラスの女子と仲良すぎるみたいな?」
「なまえって誰すか? 丸井先輩」
「あれじゃろ、今日女子に囲まれて何か喋っとったから」
「はァ?! アレはなまえにあげるプレゼントの相談だっつうの!」
「じゃあそれを勘違いしたんじゃねえのか? とにかく怒ってたぜ」
「ねー! 無視しないで下さいよ!」
「みょうじは丸井の彼女でI組だ、赤也と同じでゲームが好きだぞ」
「柳、マジ余計な事言うのヤメテ。あと赤也、なまえじゃなくてみょうじ先輩な」

 ほぼ空のシーブリーズで赤也の頭を小突けば、ちぇっと口を突き出して不貞腐れる。男がそんな顔しても可愛くねェっつうの。
 三年になってクラスが離れたなまえはジャッカルと同じクラスで、こうして時々ジャッカル経由で俺の知らない話を聞いたりする。でも大体はこんなこと喋ってたとか古文の授業で寝てたとか、そういうのばっかり。それでも仲は良い、はず。今日も一緒に帰る約束をしてるし。でも、その親密度をもっと上げるためのサプライズプレゼントの相談を怒られてちゃ世話ねェや。

「おや? 皆さんまだ着替えておられるんですか?」
「さっさとせんか!」
「ふふ、赤也、部室の鍵閉めちゃうよ」
「部長! 何で俺だけ!」

 汗臭いジャージをしまって、真田の一声で三年達はさっさと荷物を持ち始める。一人ちんたらしてた赤也は慌ててシャツを羽織った。もたもたボタンを留める背中をお先に、と叩けば仁王も同じように赤也の横を通り過ぎる。ラケットバッグを背負いなおして空いた手で携帯をひらくと、なまえから『校門で待ってるね』と連絡が入っていた。
 赤也を追い出す真田と鍵をこれ見よがしに指でクルクルと回す幸村くんの背中を見ながら、頬の汗を拭いつつさりげなく袖のにおいを嗅ぐ。うん、まあ、汗臭いけど多分キョヨーハンイ。

「わりい、先に帰るな」
「おう、また明日な」
「あー! さてはさっきのなまえサンっすか?!」
「お前はみょうじ先輩だろぃ!」

 横に居たジャッカルに声を掛けたつもりだったのに、この地獄耳。
 いかにも興味津々ですみたいな顔した他のメンバーにもひらひら手を振って校門まで急ぐ。柳生まで聞きたそうな顔してらあ。仁王や柳もだけど、特に幸村くんに根掘り葉掘り聞かれたら俺は隠しておける自信がない。いや、別に隠さなくてもいいんだけど、何ていうか、うん。もしこれで喧嘩とかしたらあんまり言いたくねェし。アイツ等が追っ掛けて来る前にさっさと学校から離れよう、後ろから聞こえる、今度紹介してくださーい! っつー赤也の声を無視しながらそう思った。

◇◇

「なまえ! わり、待たせた」
「あ、お疲れ様〜」

 遠くからでもわかる目立つ髪色に手を振ると、ぶんぶんと大きく手を振り返してくれる。テニス部の練習が他の部活よりも遅くて一人でぼうっと待ってる時間が長くても、ブン太がこうしていつも急いで来てくれるからわたしはちっとも嫌じゃない。
 全然、嫌じゃないのだけれど。
 今日はその時間がいつもよりも凄く長く思えて、後ろを振り返ってからわたしに声を掛けたブン太に、何だかちょっといらっとしてしまった。

「遅くなってごめんな」
「ううん、それよりどしたの? なんかキョロキョロして」
「ん、いーや、何でもねえ! 帰ろうぜぃ」
「……うん」

 俺、汗くさくねえ? なんて笑うブン太にそんなことないよと返事をして、さっきまでラケットを握っていた手をとる。ぎゅっと握り返してくれた指は、少し骨ばっててところどころかたい部分があって、同い年でも男の子なんだよなあ、なんて今更だけどそう思った。
 そう、男の子。だから、彼女じゃなくても、クラスの女の子にちやほやされたらやっぱり嬉しいんだろうか。
 いつもならクラスで起きたこととか、桑原くんのこととか部活のこととか、たくさん話すことがあるのに、今日は何だか途切れ途切れでどことなく落ち着かない。それは、移動教室の時に通りがかったB組で、楽しそうにしているブン太とクラスの女の子達を見てしまったからな訳で。
 わたしの方にはそういう理由があるけれど、ブン太もどこかソワソワした様子だから、やっぱりわたしに後ろめたいことでもあるのかと思ってしまう。つい手に力が入ってしまって、それに反応したのか先に話を切り出したのはブン太の方だった。

「あー、なまえ?」
「うん?」
「なんか……その、怒ってたって聞いてよ」
「……うん」
「別にアレ、いつもクラスの女子と仲良くしてる訳じゃねーよ? 今日はたまたま盛り上がっただけで」

 たぶん桑原くんに聞いたんだろうけれど、その言い訳の仕方はどうなの。そう思う反面、手を握ったままあたふたと色々説明してくれるブン太を見ていたら、さっきまでのいらついた気持ちがすっと和らいでいく気がした。
 女友達が多いことは知っている。去年は同じクラスだったから、休み時間どんな感じで過ごしているかも、まあ何となくなら分かる。だから多分、わたしが心配するようなことは無いんだろうけれど、それでもやっぱり不安になる。ブン太のことをよく知っているつもりだけれど、彼の人気のこともよく知っているつもりだから。

「じゃあ、そんなに盛り上がって何の話してたの?」
「そっ……れは、ひ、ひみつ」
「わたしに言えない話なんだあ」
「そうじゃねーよぃ!」
「じゃあ何?」
「あー……いや……、なんつうか、お、まえの話?」
「……は? わたし?」

 あーもう、この話はおしまい! と大きな声でブン太が言う。立ち止まってぐっと顔を近付けて、分かったか?! とふくれっ面で言うので、顔が近いやらビックリしたやらで小さく分かったと呟けば、ブン太は満足そうによし、と笑った。
 ……はぐらかされた気がしなくもない。

「そういや今度練習試合ウチの学校ですんだけど、見に来るか?」
「えっ、うん。行きたい、いつ?」
「再来週? の日曜かな。あ、でも、二年の切原っつー奴の応援はすんなよ」
「なんで?」
「なんでも」


 どことなくもやっとしたまま帰ったその日の二日後、ブン太が朝練終わりにI組まで来てみんなの前でわたしにプレゼントを渡してくれた。それから桑原くんが、実はクラスでプレゼントの相談をしてたことと、後輩の切原くんがわたし達の帰り道の後をつけようとしていたことを教えてくれた。
 言うなよ、なんて照れくさそうに笑うブン太に嬉しくなってつい抱きついてしまって、そこからしばらく、クラスメイトや同じ学年でからかわれるようになってしまったけれど。
 まあ、いっか。

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