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▼ 放課後アオハル譚

 何で俺がコソコソせんとならんのじゃ。そう思いつつも、体育館の冷たいコンクリートの壁にぴたりと背をつけて俺は一歩も動けずにいた。

「みょうじって仁王と付き合ってんのマジなの?」
「……誰に聞いたの?」
「風の噂? みたいな」
「そんな噂あるんだあ」

 否定も肯定もしないなまえにもどかしさを感じつつも、相手の男の顔をこっそりと覗き見る。見た事あるような無いような、生徒数のバカ多いこの学校だから知らなくても勿論しょうがないが、自分の知らないところでなまえが呼び出されるほど人気があるのは少々気に食わん。
 大体、今日からテスト週間で部活が休みじゃから『放課後は横浜まで出て遊ぼう』と言い出したのはなまえの方じゃ。それがホームルームが終わってクラスを覗いたらどこにも居らんしメールも無視。あちこちそれとなく探していたらやっと遠くに見かけて、急いで後を追ったらこれじゃ。

「じゃ、じゃあさ、仁王と付き合ってないなら、俺と付き合ってくれない?」

 ……本当に、何で俺がコソコソせんとならんのじゃ。

「え、それは……ごめん」
「そっ……か、……お、試しとかでも、ダメかな?」
「うーん、うん、ダメかな」

 かなって何じゃ、かなって。ダメじゃろ、はっきりダメじゃ。
 相手は振られたショックでちょっと動揺しているようだが、なまえの顔はそれはもうめちゃくちゃ面倒くさそうな雰囲気がダダ漏れで、不謹慎にも嬉しくなる。けれどもこの一回であっさり引き下がる訳にもいかないのか、あれこれと聞き出そうとする男と、益々面倒くさそうななまえ。これは俺が出ていって、漫画みたいに『俺の彼女に何か用か?』とでも言い出すべきなんかと思ったところで、なまえが漸く折れたらしい。

「じゃあ、やっぱり好きな奴居るの?」
「うん、居るよ。付き合ってるし」
「そ……れってやっぱり仁王?」
「だったらダメなの? その仁王と付き合ってたら」

 面倒くさいを通り越して怒り気味のなまえの口調に、相手は何やらもごもごと口篭る。機嫌の悪い彼女とデートするのはちょっと嫌じゃなと思う自分と、俺と早くデートに行きたくてイラついてるんかと思うと嬉しくなる自分とが居て、なまえの衝撃発言を脳みそがワンテンポ遅く受け取った。

「アイツ、テニス強いらしいけどチャラついてるし愛想悪いし……、みょうじ、どこがいいワケ」
「えー、顔とか?」
「……え、」
「この後用事あるから、もう行っていいかな? ごめんね」

 体育館裏にポカン、と口を開けた男がふたり。なまえから『ごめんね!ちょっと友達と喋ってた、今どこに居る?』と返信のメールが来ても、しばらく彼女の声が頭の中で響いていた。



「あー、なまえチャン?」
「なに雅治、変なの」

 電車の中でくすくす笑うなまえは、さっきと打って変わってご機嫌な様子だ。唇には薄ら色がついているし、普段学校で見かける時よりもスカートが少し短くて、ドキドキするし可愛い。
 可愛いのに、さっきの言葉がぐるぐる頭の中を駆け巡ってしまう。
 横浜駅に向かう車内は、まだ大人の仕事終わりには早い時間で比較的空いている。パッと見、見慣れた制服がどこにも居ないことを確認してから、俺は恐る恐る隣に座るなまえの手を握った。

「……放課後、呼び出されてたのう」
「えっ何だァ、知ってたの?」
「んーまあな」
「ちゃんと断りましたよー」

 けらけら笑って俺の手を握り返すなまえは、やっぱり嬉しそうな顔。可愛い。勿論可愛いけれど、他にも好きなところはたくさんあるわけで。

「それも知っとる」
「……すっごい自信」
「そうじゃなか、たまたま見かけたんじゃ」
「覗き見? シュミ悪〜」
「……」
「マジでどうしたの雅治、ほんと変」

 俺を覗き込む目も、重力に負けてさらりと流れる前髪も、マメだらけの俺の指に絡むほっそい指も、そりゃあ好きじゃ。こうしてデートを楽しみにしてくれていることも、男テニは何かと派手だからあんまり他人に言わないように! と恥ずかしそうに付き合い始めに言われたことも、なまえの好きなところを指折り数え出せば体の指だけでは足りないというのに。
 顔て。
 自分自身、そりゃあ悪くは無いと思っとる。周りには幸村みたいな美形も居るし、同じクラスで丸井と喋ってても確かに周りでキャア、なんて黄色い声が上がっているのは薄々気付いとる。しかしまぁなまえが俺の顔が好きだというのは入学した頃に知り合ってから初耳じゃ。何か……、なんかもっと、あるじゃろと思ってしまう、なんて女々しい思考回路。

「いや、なまえがな、」
「わたしが?」
「俺の顔がそんなに好きとは思わんかった……」
「はァ? 顔?」

 キョトンとするなまえに素直に告白現場に出くわした事を話せば、ちょうど横浜の乗り換えのアナウンスが流れる。
 繋いだ手をぐい、と引っ張られて、とりあえず降りよう、と言われるがままなまえの後を追うかたちで電車を降りる。人波を黙々と縫って進んでいくなまえは少しにやけて、ほんのりと耳たぶが赤かった。

「わたしが雅治の顔が好きって言ったの、そんなに気にしてたの?」

 改札を出てフラフラと目的も無く歩き出したところで、ようやくなまえがそう言って俺を見上げた。

「まぁ、一番目が顔て……とは思ったナリ」
「馬鹿だなあ。めんどくさかったからテキトーに言っただけだよ」

 あっけらかんとそう言い放ったなまえは、喉が渇いたとぐいぐい俺の腕を引っ張る。相槌打ってスタバに向かってつま先を向けつつも、じゃあどこが好き? とは決して口には出せない自分を呪った。

「それにさあ」
「ん?」
「勿体無いじゃん? わたししか知らない雅治のカッコイイところを人に教えちゃうの」

 へらりと笑ったなまえは、そのまま照れ隠しみたいに俺の腕にぎゅっとしがみついて、スタバはあっち! と声のボリュームを上げた。
 あー、もしかしたら俺もどこがいいって聞かれたら咄嗟に顔って言うかもしれんな。
 ニヤける口元を空いたほうの手で必死に隠してなまえの横に並んで歩く。性格も仕草も勿論好きでも、俺を見上げる顔も照れた顔も可愛い。そしてこれは、俺だけの特権。

「例えばどこがカッコイイんじゃ? ん?」
「……雅治、急に意地悪になった」
「ふてくされた顔も可愛いぜよ」
「あー! これだからイケメンはやだ!」

 可愛いと言われて恥ずかしそうななまえは、新作奢ってくれたら考える、と呟いた。ハイハイなんてテキトーに返事して、俺の頭の中はどうやって彼女から次のワードを引き出してやろうかですっかりいっぱいになってしまった。

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