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▼ エンド・オブ・ザ・デイ

 午前零時を回った時、雅治の電話はちょうど通話中になっていた。
 お誕生日おめでとうのメッセージを残してしばらく返信を待っていたけれど、それよりも先にわたしの眠気が来てしまった。朝起きて夜中の不在着信の通知にちょっと嬉しく思ったあと、画面の時刻を見て携帯を放り投げ、慌ててベッドから出た。

「なまえおはよう、今日遅かったね」
「おはよ、めっちゃ寝坊した……」

 始業三分くらい前、滑り込みセーフを決めてほっと一息つく。席にカバンをおろしてマフラーを外すと、走ったせいか十二月にもなってうっすら汗をかいていた。
 チャイムが鳴って担任が入ってくると、ぐるりと教室を見回して、一言。

「あれ、仁王居ない?」

 そういえば、と後ろの方の空っぽの席を振り向くと、確かに雅治は居なかった。

「連絡来てないけど、丸井知らない?」
「え、何で俺なんすか」
「テニス部だから」
「もう三年は朝練無いっすよ」

 先生にそう答えた丸井が、わたしの背中をちょんちょんとつつく。彼は次の席替えまでわたしの後ろの席だった。

「お前何か知らねえの?」
「知らないけど」
「そうなの? だってアイツ今日誕生日じゃん」
「いや、夜電話繋がらなかったし……」
「おい丸井とみょうじ、うるさいぞ」

 ひそひそ話してたら先生に怒られてしまって慌てて前を向く。朝のホームルームも終わりがけ、教室の後ろのドアが小さく音を立てながらゆっくり開いた。

「……おはようございマース…………」
「仁王遅刻だぞ」
「すんません……」

 いつも朝は眠たげな目を更に細くして、雅治がそろりと教室に入ってきた。周りのみんなにどやされつつ、先生が日誌に何か書き込む。

「今日頑張りゃ土日なんだから、仁王! 寝るなよー」
「はーい」

 雅治の気だるそうな返事を聞いて、先生がもう一限はじまるから、と去っていく。入れ違いで一限の授業の先生が入ってきた。げ、この数学の先生嫌いだ。

「みょうじ、」
「なに、もう授業はじまるんだけど」
「ごめん、夜電話してたの俺とレギュラーだわ」

 へらりと笑って丸井がそう言う。日直の号令に合わせて立った勢いで椅子を思い切り後ろにぶつけてやった。お前かよ。



 誰と誰が付き合ったとか告白したとか、マンモス校立海とはいえ噂は広まる時はあっという間に広まる。その中でもやっぱりモテる人っていうのは偏るわけで、男テニなんて特にその餌食だった。

「仁王すごいねー、お誕生日」
「……次から次へとお客さんが来るね」

 一応、昼休み。他のクラスには無闇に入らない、他学年の階には無闇に来てはいけない。ということになってはいるが、クラスの前はキャアキャアと黄色い声で溢れかえっている。少々困ったようにあー、とかおー、とか言う雅治の声と、クラスのみんなの囃し立てる声をバックグラウンドに、わたしは自分の席で友達とご飯を食べていた。

「なまえとしてはヤキモチ?」
「ちょっとあんまり大きい声で言わないで頂けますかね……」

 雅治とわたしは同じクラスだから、クラス内には何となく汲み取ってくれている雰囲気はあるけれど、さすがに全校生徒に広まるのは困る。あの廊下に集まった女の子達の痛い視線を四六時中浴びるのはごめんだ。それに、ヤキモチはどっちかと言えば丸井のほうにしていた。

「いいじゃん、もうあと数ヶ月で卒業だよ?」
「いやあ良くないでしょ。わたし後ろから刺されそう」
「それは言い過ぎ」

 けらけら笑いながらお弁当の卵焼きを食べていると、後ろで別メンバーとご飯を食べていた丸井が急に話に入ってきた。

「そういや俺、去年委員会入ってた時、これ仁王くんに渡してって手紙貰ったぜ?」
「え、やば。渡した?」
「渡した渡した。みょうじ知ってる?」
「なにそれ知らない……」
「浮気じゃん!」
「それこそ言い過ぎでしょ」

 初耳情報でわいわい騒いでいたところに、さすがに腹減って死にそうなんじゃけど……とお弁当を持って雅治が来た。丸井の机に包みを置いて、その辺の空いている椅子をがらがらと引いて座る。

「修羅場だ……」
「は? 修羅場? 何でじゃ」
「ね、なまえ」
「いや別に何もないけど」
「えっ怒ってるんか? 俺誰からもプレゼント貰ってないぜよ」
「えー! 勿体ねえー!」

 お菓子があったら俺がこっそり貰ったのに、なんて言う丸井にデコピンする雅治。今日の休み時間は、ずっと遅刻の理由だのお誕生日だのであんまり休めなかったらしく、いつもよりも美味しそうにお弁当を頬張っていた。
 そんな雅治のカーディガンをちょん、と引っ張って、わたしは今日やっと会話をした。

「おはよ」
「あー……おそよ」

 あーあ、言いふらしてやりてえ。不貞腐れたような丸井がそう言って、二個目の菓子パンの袋を開けた。



「はあ? そんなことで修羅場って言っとったんか」
「そう、わたしが知らなかったから」
「や、わざわざ言うことでもないじゃろ……」

 放課後。また月曜日ねー! と帰っていくクラスメイトを見送って、荷物をまとめて雅治の席に向かう。マフラーを膝掛け代わりにして喋っていたけれど、雅治の方が寒そうにしていたので貸してあげた。

「にしても疲れた。やっとゆっくりなまえと話せる……」
「モテモテですねえお兄さん」
「でもまだ好きな女の子から祝ってもらってないんじゃけど?」

 机に突っ伏した雅治が、上目遣いでわたしを見上げる。雅治へのプレゼントはちゃんと買ってあるし、明日は土曜日だから二人で横浜まで出掛ける予定だ。その時渡そうと思って、学校には持って来なかった。

「だって日付変わった時に通話中だったもん」
「根に持っとる……」
「雅治には怒ってないよ。丸井に腹立ってる」
「グループ通話だからあと数人は居るぜよ」

 すっかり人が居なくなった放課後の教室は、ストーブもとっくに切れているしとにかく寒い。わたしの冷たい指先に、同じくらい冷たい雅治の指先が触れて、ぎゅっと指同士を絡める。なまえ、と可愛い顔してわたしの名前を呼ぶので、思わず顔が綻んだ。

「ふふ、雅治、お誕生日おめでとう」
「ん、ありがと」

 雅治が机から起き上がって、手はそのままに唇をわたしのそれに重ねる。誰か居たらどうすんの、と言えば、先生以外なら誰でもいいじゃろ、とイタズラに笑ってもう一回キスをした。

「ね、今日の夜電話してもいい?」
「ええけど……何時ぐらい?」
「日付が変わる前くらい」
「おそ」
「いちばん最初にお祝い出来なかったから、いちばん最後にお祝いする」
「何じゃそれ」

 すっかり気の抜けた顔で笑った雅治が、左手を離して携帯を取り出す。どうやら夜の電話のためにアラームを設定してくれたらしい。ついでに時刻表示を見て、そろそろ帰るかあ、と呟いた。

「ほんとだ、塾行かなきゃ」
「内部受験なのに真面目じゃのう」
「雅治は最悪テニスで推薦があるでしょ」
「それはそうじゃな」

 名残惜しく手を離して席を立つ。貸していたマフラーを返してもらおうと思ったら、雅治がわざわざわたしの首に巻いてくれた。嬉しいけれど、ちょっとキツくて苦しい。
 座っていればあんまり変わらない目線も、隣に立つとぐんと上になる。どの角度から見てもかっこいいなあ、と結んだマフラーに顔をうずめた。

「そういえば、今朝の遅刻は寝坊?」
「遅くまで電話しとったからな……なまえも遅刻しそうだったらしいの」
「遅くまで誰かさんの電話を待ってたからの〜」
「やっぱり根に持っとるじゃろ!」
「え〜そんなことないよ〜」

 雅治をからかいながら廊下に出ると、教室の中よりうんと寒くて二人でぶるりと震えた。明日もこれくらい寒いなら、朝から出掛けるしあったかい格好して行かなきゃなあ。そんなことを呟いたら、隣から楽しみじゃな、と返事がきた。

 でも結局二人揃って電話で夜更かしして、デートがお昼からになってしまったのは、また別のお話。

・・・・・・・・・・

2020年、ハッピーバースデー仁王くん!

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