平次くんとトリップ設定



※なんかよく分からん爆発に巻き込まれる二人

 危ない。口に出すよりも先に手足が動いたのは、多分後にも先にもこれっきりだと思う。
 平次くんが爆発に巻き込まれてしまう――そう思って気づいた時にはもう飛び出していた。服部平次という人間が恐らく死ぬ訳はないと、冷静に考えれば分かったはずなのに、いざ窮地に立たされると考える機能が消え失せてしまったようだった。

「おまっ……!」

 何かを言いかけた平次くんに覆いかぶさった瞬間、ドォン、と大きな音がして頭上を爆風が吹き抜けた。宙に舞うほど吹き飛ばされはしなかったけれど、それでもその場にとどまれる訳もなく、向こう側の壁まで追いやられた。彼の後頭部に回した腕が壁に打ち付けられて、思わず呻き声がもれる。折れたかも。そう思ってじわりと涙が滲んでも、割れたガラスが雨のようにわたしの背中に降り注いでも、絶対に回した手を離すことは出来なかった。
 爆風と煙が落ち着いて、遠くの方で誰かの声が聞こえる。そこでやっとゆっくりと手を離そうとすると、凄い勢いで平次くんに腕を掴まれ起こされた。

「ドアホ!! 何してんねん!!」
「痛……!」
「あ、……スマン」
「んーん、いいよ。わたしが勝手に庇ったんだし」
「そっ……それや! アホ! 何で庇おうとすんねん!!」
「だって平次くんが巻き込まれそうでつい……」
「だってもでももあるかいな! 自分死にたいんか! オレはアンタに守られんでも――」

 そこまで言って口を噤んだ平次くんは、気まずそうに視線をおとしてわたしの腕をゆっくりと離した。

「……腕、平気か」
「ジンジンする。折れたかな? あと背中もドクドクする」
「はァ?! ちょっ……なんやこれ血だらけやないか!!」
「ははっ」
「何わろとんねん!!」
「平次くん怒ってばっかりだね」
「あっっったり前やろ!!」

 お互い危機的状況にアドレナリンが出ているのか、わたしはどんどん腕と背中の感覚がおかしくなっていくし、平次くんはどんどん頭に血がのぼっているようだった。その血、分けてくんないかな……。

「オレはなあ、アンタよりずうっと頑丈なんじゃ」
「え、う、うん」
「せやから、その……、アレや、守られる側とちゃうねん」
「そ……うなんだね?」
「だ〜……もう!! せやから! アンタがそんなに怪我する事ないっちゅうねん! ボケ!」
「えっ、悪口?」
「ちゃうわ!」

 遠くでわたしたちを呼んでいた声が段々クリアになってきた。コナンくん、蘭ちゃん、他の人の声もちらほら聞こえる。
 平次くんを呼ぶ声。わたしを呼ぶ声。
 わたしの名前を呼ぶ声。

「だって、わたしはもう死んでもいいけれど、平次くんはそうじゃないもの」
「!」
「わたしがわたしである証拠は、どんなに探してたってここにはないの。ホームズだって見つけられないよ?」

 へらりと笑ってみせたわたしを、平次くんのまるい瞳が真っ直ぐに見つめている。あちこちで燃える炎のように、その奥がゆらめく。
 戸籍のないわたし。居場所のないわたし。存在証明できないわたし。
 掬いあげてくれた平次くんには申し訳ないけれど、きっとわたしが死んでもこの世に何も起こりはしない。だけど服部平次が死んでしまったら、わたしなんかの脳みそでは分からない、きっと何かとんでもないことになるような気がするのだ。
 死にものぐるいで赤の他人を助けるような、幼馴染を死んでも守り通すような人だから。平次くんはこんなところで死んではいけない。

「――うな、」
「え?」
「『死んでもいい』なんて、死んでも言うな!!」

 わたしの両肩をがっしりとつかんだ平次くんがそう叫んで視界が揺れる。ゆらめいていたのは彼の瞳ではなくて、わたしの涙に覆われた視界だったのだとそれで分かった。
 腕が軋むとか、背中がやっぱり変だとか、死んでも言うななんてそれダジャレ? とか。頭の中でぐるぐると文字が駆け巡っては、今度こそ真っ直ぐ射抜く平次くんの瞳にそれらはすべて吸い込まれていってしまった。

「アンタはちゃあんと、ここに居るやろ」
「!」
「この肩も、オレを庇った背中も、アンタはここに確かに居てるやろ!」

 しっかりせえ。わたしの肩を揺らしながら平次くんがそう言うので、流れる涙も拭えないまま、黙って彼の言葉を待った。背中越しにわたしたちを探しに来てくれた人がやっと見えて、本当は今すぐにでもそっちへ走って行きたいのに、すっかり腰が抜けたように立ち上がれない。立ち上がることを許さないと言わんばかりに、平次くんの視線がわたしを縫い付けているようにすら思えた。

「オレが、」
「?」
「オレが何遍でも呼んだる。アンタの名前」

 熱い背中に手を回すことを躊躇って、平次くんが遠慮がちにわたしの腰へと手を回した。いよいよ腕の痛みを感じるようになってきたわたしは、彼の背中には手を回すことも出来ず、されるがままに、けれど少しだけ頭を平次くんの胸へと寄せた。
 鼓動を感じる。平次くんの、少し早い。
 いつもはネエチャン、なんて言って、たまにサン付けで呼んでくれる平次くんが、ちいさく、わたしの名前を呼んだ。
 それだけで、わたしは途端に死ぬのが怖くなってしまった。

「何遍でも言うたるから、死なんといてくれ……!」
「へ、いじ、くん」

 ああ、こんなことを言ったら、本当に今度こそ殺されそうな勢いで怒られるんだろうけれど。
 わたし今、幸せで死んでしまいそうだよ。


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