つばくらめ*1



秋風が涼しく肌を撫でる。ふるりと身体を震わせながら銀時は太い樹冠の幹に背を、枝に足を預け瞼を閉じたまま木漏れ日に当たっていた。日が出ていないとそろそろ寒い季節。昼間の陽の光を浴びておかないと耐えられそうになかった。
瞼の裏に差す光が遮られ暗くなる。薄らと目を開ければ木の葉の向こう、空を鳥が渡っていく姿が見えた。渡り鳥だろうか。そんなことを思っていれば陽を遮る鳥の姿が大きくなってくる。一気にそれは近づいてくるとすぐそこまで迫ってくる。
思わず体が動いていた。両手を伸ばして受け止めると重さに耐えきれずに枝から足が滑って一緒に地面へと落ちた。なんとか腕の中の存在を体で包み込んで守ると盛大に打った臀部に痛みが走る。

「…ぅ、痛ってぇ。つーかなに、天女ですか?」

そんな軽口を叩いて腕の中を確かめると、綺麗な黒髪に藍色の着物を纏った女。言葉通り天女かと思うも、背中には翼が生えていた。光の加減で紺色にも見える黒い翼。その片翼の付け根が深く切り裂かれ、赤い血を滴らせていた。べったりと手につくそれに顔を顰めると女が降ってきた空を見上げる。何かに襲われたとしか思えない。元凶を探そうと視線を巡らすも先程まで空を渡っていた鳥の影も見えず、からりと晴れた青い空だけしか見えなかった。
銀時は警戒を解くと、女を抱き上げて巣穴へと足を運んでいった。

なんの鳥の妖なのか。
よく見ると翼の他にも酷い傷があって、意識がないうちにと着物を脱がせて手当をした。黒い髪によく映える白い肌に思わず指を沈みこませて柔さにふるりと身震いした。こんなことをしている暇じゃない。血で汚れた着物を着せ直すのも躊躇われる。自分の着物に袖を通させると寝床に寝かせた。
自分にしては甲斐甲斐しく世話を焼いた方だと思う。眠る女の口に少しづつ水を垂らして喉を潤わせ、傷の手当をして。なのにかれこれ3日は目を覚まさずに寝床を占拠して、女は魘されていた。傷のせいか酷い熱が出て体を縮こまらせて、ふうふうと息を荒くしている。
横に同じように体を横たえると九つある尻尾を女の体にふわりと被せた。少しでも楽になれば良い。
それから更に5日。甲斐甲斐しい手当もそろそろ限界が来そうだった。常に尻尾を女に被せるのにも体力を使う。やめたい。そう思うのに、だいぶ熱が引いてきて少しは楽になってきたのか、尻尾の位置をずらした時に顔に触れてしまって擽ったさに女の顔が緩んだ気がした。
更に1日。もうダメ限界。頭の片隅でそう思うと、世話でろくに眠れていないせいで瞼が落ちる。ほんの少し寝ていたようだ。意識が飛んでいたことに慌てて目を開ければ、うつ伏せで顔だけこちらを向けて眠る女の目と目が合った。
ん、…目?目があった?起きてる。
そう気がつくと、びっくりして耳と尻尾がぴーんと逆毛だってしまった。
それに女も反応したようで目が丸くなると体を起こそうとして、自分の体を覆う尻尾に気がついたのか固まる。

「あー、…っと寒くねェ?お前渡り鳥、なんの鳥?怪我どう?まだ痛ェよな。無理して動かなくていいから。あ、別に取って食おうとか思ってないからね、いやちょっと触ったけど、違う意味では美味そうだなとは思ったけど、頭からバリバリ食ったりしないからね!」

思わずペラペラと口から転がりでる言葉に慌てて手で口を塞ぐ。
逆に怖がらせちまう。

「暖かい、です。あの…私ツバメで、南の方に渡るはずだったんですが、大鷲に襲われて」

思い出したのかふるりと震える女にそっと尻尾を撫でるように動かした。

「悪ィ、嫌なこと思い出させちまったな。つーかごめん、あれこれ聞いといて返答待たないのよくねーと思うけど、ちょっと寝ていい?、いい加減しんどくって。そこ水もあるし木の実もあるから好きな様にしてていから」

眠気が飛んでいったかと思ったが、女が目を覚ましたことに安堵したのかふっと襲ってくる眠気。早口で告げると落ちる瞼に全てを任せて銀時は眠りに落ちた。


真っ白いもこもこの塊だと思った。
耳をぴーん!と立てた顔なんてすごく可愛らしくて思い出すと頬が緩んでしまった。本能的に危険を感じて自分が捕食される側の妖だとは分かってはいても、記憶に残る大鷲の強襲からこうして助けて貰ったのだろう事実が、ツバメの女、***の警戒心を解いていた。
何より「寝る」と言ったのに、***の体を暖めるために翳された沢山ある尻尾は未だ退くこともなく暖かい温度を伝えてきてくれていた。
毛並みは立派で色は綺麗な銀色。珍しい野生にはない色だと思った。自分の紺がかった黒とは比べ物にならないくらい美しい。
そっと手のひらを尻尾のひとつに伸ばして触れるか触れないかくらいで手を動かせば、ふわりとした心地良さについ夢中になって片腕を動かしてそのフサフサ感に癒される。
あまり大きく腕を肩から動かすと刺すような痛みが走ってしまうので、ゆっくりと小さく。白い塊は起きる気配もなく、たらりとよだれを垂らして暫く眠りに落ちていた。
水も木の実もあると言ったが、上手く体が動かない。起き上がるのは難しそうで出来ることはなさそうなので見える範囲で周りを見た。全体的に白い塊しか視界に入らないのだが、どこかの巣穴のようだった。少し物音を立てる度、毛並みのいい耳がぴくぴくと動くのが気になってしまってつい見入ってしまった。大きい男の妖だけれど、すごく可愛いと思ってしまう。***はもふもふの尾を一尾掴んでまた目を閉じた。
次に目が覚めた時は喉がカラカラで、でもどうしても動けなくて伸ばせる手を目の前でまだ眠る男を揺り起こした。


「体、ゆっくりでいいから起こせるか。俺も手伝うから」
「はい、ありがとうございます」

揺り起こされた銀時は***の体を支えて抱き起こす。痛みに顰められる顔に、支える場所を変えて何とか体を起こさせた。
座ると少し辛そうだが、体を起こす時よりも幾分か緩まった眉の間にほっと息をつくと瓶から柄杓で掬った水を自分の片手に注ぐ。
ふわりと水が手のひらの上で玉のようにまるまると浮かんだ。妖の力だ。
***の元に戻ると手を傾ける。薄く開いた口に押し付けると、こぷりと水が女の喉へと滑り落ちていく。
手にそっと手を添えられて、んくんく、と喉を鳴らして飲み込む姿に餌付けをしてる心地になった。

「もっといる?」
「…くださいますか」
「いいよ、つーか名前は?」
「あ、すみません、まだ名乗ってませんでしたね。***です」
「***、俺は銀時ね」

もう一度汲んだ水を***の口元へと持っていく。水を得た魚のように嬉しそうに口にした。

「それから、別に敬語いらねェから。銀時でも銀さんでも銀ちゃんでも何でもどうぞ」
「じゃあ、銀時さん。助けてくださってありがとうございました」
「敬語、癖?」

なれない呼び方に、こそばゆくて耳がぴこぴこと動いてしまう。

「そうですね、私そんな長く生きてないですし、妖力もあまりないので」

ツバメは集団行動をとったり、単独行動をとったり様々だ。

「そう、そんな生きてないの」

ぶかぶかの銀時の着物から浮かび上がる体のラインは確かに男を誘うほどの艶っぽさや色っぽさは無い。だが、黒い髪によく映える白い肌は銀時の視線を奪った。なにより触った時、すごく吸い寄せられた。かぶりついて白い肌にたくさん痕を残したいと思うほどに。

「体、つらいだろ。楽になるまでいていいから、横になって寝とけ」
「ありがとうございます。元気になりましたら、お礼をさせてください」
「…ん、考えとく」




♭2023/11/03(金)


次>>
(1/3)




×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -