目が覚めたのは朝方だった。いつもと景色が違う。狭い小部屋に私物が少しとそこに敷かれた布団の上に眠っていたはずなのに。上等な布団に横になり、隣には何故か楼主が眠っていて、太い腕が体に絡みついている。
首をめぐらせるとそこは普段小部屋とは襖で隔てられた楼主の部屋だった。
なんでこんなことになっているのか、昨晩眠りに落ちて手酷く抱かれたのは自分の部屋だったはず。腕から抜け出そうとするも体に回された腕はがっしりしていてなかなか抜け出せそうにない。
仕方なくそのまままたまぶたを下ろせば、昨日の楼主とのやり取りが思い出される。
“お前をここの遊女にするのはやっぱり止めだ”
ずきりと胸が痛んだ。何が悪かったのだろうか、またお座敷のお客さんから苦情が来たのだろうか。やっぱり切見世に移されてしまう。入れ代わり立ち代わり、よく知りもしない男達に足を開かなければならない。それは辛い、苦しい。
なにより、楼主の立派なものを根元まで咥え込んでしまった。楼主の言うように壊れてしまったかもしれない。でも壊れるとはどうなるのか、がばがはとはどうなるのか。そう思うと恐る恐る手が秘所にのびる。
「なにやってんの」
伸ばした手を楼主の手に掴まれた。
「疼くの?手伝おうか」
股の間に器用に足を入れられ着物の裾を捲った指がすりと秘所をなぞる。
「ちがっ、こわくて」
「あ、俺の全部咥え込んだから?」
頷いても指は止めてくれなかった。
むくりと刺激に顔を出す女芯を指がかする。
「んっ、やっ、あさから、やめて」
「朝じゃなけりゃいいの?」
「だめ、え」
「ココはダメそうじゃないけど。ほらぬるってして指が入る」
言葉通り指が1本差し込まれる。
「大丈夫、壊れてないから。ちゃんと加減したから。試しに俺の指しめつけてみ?」
体の向きを変えられて向き合う形になると親指の腹が女芯を押し潰して、指の腹がお腹側をすりすりと擦る。
「あっ、い、ちゃ、…っああ」
指を食い締めて簡単に上り詰めてしまう。
「ほら大丈夫、がばがばになってない」
「よかった。仕事、できそうで…」
ぼろり、涙が溢れる。切見世に移されても大丈夫。ちゃんとやれる。
「何言ってんの。お前には遊女やらせないって言っただろ」
「うん、切見世に移されてもちゃんと楼主さまに教わった通りにするから」
目の前の顔がすごく不機嫌になっていく。
「なに、またお前に切見世に移すとか言ったやついんの。今度こそ吐け、誰だその女は」
「え、楼主さまが昨日」
「は?、俺が昨日?」
驚きに変わった表情は、なにかに思い至ったように笑う。
「ああ、お前をここの遊女にはしないって言ったから」
「…そう、です」
「そう、おまえもしかして俺に手を離されて切見世にやられるのが嫌であんなにいやいやしたの?苦しいの我慢してでも俺に手を離されるの嫌だった?」
切見世に移されるのが嫌だったけど、手を離されるのも嫌だったのだろうか。少しだけ考えて、そうなのかもしれないと思った。やっぱりひどいことをされても、ここでは頼れるのは楼主さましかいなくて。あの熱に浮かされた夜も突っぱねてしまったけど、ぐずる私を宥めて薬を飲ませてくれた。額に手拭いを乗せてくれた。そこに、絆されなかったと言えば嘘になる。
だから楼主の言葉にゆっくりと頷く。
「安心しろ。お前を手放すことはしない。突き出すこともしない」
手放さないということはこの見世にいられる。でも突き出さないということは客は取らないということになる。
何が駄目だったのか、なにが楼主にそう言わせているのか分からなかった。
「なにがいけなかったんですか…」
「全然なってない。俺が触れれば嫌がって、男を誘うことなんてひとつも出来ない。そんなお前が遊女になれると思うか」
言い聞かせるように耳元で吹き込まれる言葉に辛くなる。受け入れようと変わろうと努力をしたのに。
「だからお前は一生俺にだけ足開いてろ」
何を言われているのか分からなかった。
「ここにハメんのは俺のだけ」
手でお腹を撫でられる。
「お前のバカみたいに快楽に弱い部分をさらけ出すのも俺だけ」
するりと頬を撫でられると腕がかき抱くように背に回される。
「分かったか」
普通の男に言われれば腹を立てる言葉たちなのに、楼主の言葉は甘い蜜のよう。花街を知ってしまえば、ひとりの男だけに体を許すことがどれだけ難しい事かよく分かるから。
でも、どう足掻いても私はこの人に買われてここにいる。
そう思うと近づく体を押し返していた。
「私の借金は…」
「お前はそう簡単に年季は明けねェし、突き出さねェから誰かに身請けされることもねェ。買った俺に尽くせ」
どろりと甘い蜜が焼け付くように心を蝕んだ。
それは永遠に、死ぬまでここで楼主に飼われるということ。
「い…いや、わたしはどんな形でもいい、ここを出たい」
年季を明かして、借金を返し終わって、何歳でもいい、花街を出ていきたかった。
「どうやって返すの?俺はお前を他の男に抱かせる気は無いよ。酒を注ぐのも笑いかけるのも全部ダメ」
その言葉が所有物を誰にも取られたくない。そんなふうにも聞こえてしまった。絆されてしまったからこそ、優しい部分を知ってしまったからこそ、自分は物でしかない、そう思うとたまらなく悲しくなる。
「借金いくらか分かってる?買った時の金額から膨らんでんだけど」
「……え」
「お前自身はさほど高い買い物ではなかったけど、身一つだったし。着物も化粧も、日々のご飯も全部俺もち。どうやって返す」
目の前が真っ暗になる。この男に飼われるしか道がない。
「お、お願いします!いや、わたしはここを出たい」
「…は、何言ってんの?」
「わたしは、ちゃんとお金を返して自由になりたい!」
「だめ、お前は俺のためにここに、いないとだめ」
「んっう…、っ…や、んんっ」
出たい!いやだ!こんな不自由な花街にずっと楼主の所有物として縛り付けられるなんて絶対に。
そう言いたいのに言葉は全て楼主の口に飲み込まれる。
「はっ、あっ、いやぁ!」
足を掴まれて体を上向かされると覆いかぶさってくる。
割れ目を指で押し上げられ、あらわになったそこを熱がぬるりと擦った。楼主のものからどろりと零れた先走りがずるずると擦り付けられると、女芯を熱が何度も潰す。
この熱をお腹の中にいれられる、はめられて何も分からなくなるくらいまでに気持ちいいところを叩かれて擦られる。いやだ、そう思うのに、ぞくぞくとした痺れがお腹の奥を疼かせる。
「こんな体でどうやって外で生きてくんだ」
楼主の言葉通り、なんてふしだらなんだろう。自分の体のことなのに受け入れ難くて涙が溢れた。
「俺に躾られといて他の男に足開くの?俺以外の男に、ここ明け渡すのかって聞いてんだよ!」
「──っあああ!」
一気に突き入れられる熱に息が詰まる。
「そんなの許さねェから、逃がさねェから」
楼主の気持ちがわからなかった。借金を返せと言ったはずなのに、どうせ返せないから代わりにここにいろと言う。
「んっ、あっ、あ、そこ…っやだ」
「いいの間違いだろ。お前のいいところ、知っててちゃんとそこをこうやって、抉ってやれんのも俺だけ」
ぎゅうぎゅうと嬉しいとばかりに熱を食む体に嫌なはずなのに、体を支配する多幸感が心の内にも侵食してくる。
「ああっ、だめえ…っあああ、やめてぇ」
「孕め、孕んだら諦めんだろ」
孕め、その言葉に背筋がぞくりと粟立つ。
「今日から中出しのあとの薬なしな」
「あっ、や!いやだっ」
楼主の子供を孕む、そう考えると確実に逃げられなくなる恐怖に頭が占められる。粘膜を擦るあついものから逃げるように体を動かすも、足を掴まれ上から押し付けるようにうちを抉られれば無駄に終わった。
肌がぶつかる音と繋がった場所から溢れるみだらな水音が止まない。
奥を叩かれると目の前がちかちかしだして頭の芯が痺れる。
「大丈夫、いつもと変わんないから。ここに少し多く注ぐだけだから」
まるでもうそこに命が宿っているかのように楼主の手がさすってくると、ぐうと押された。ただでさえ大きな楼主の熱が外側からも圧迫されることで内側を強く擦りあげる。
「***、いけ」
耳元で囁くまるで支配するかのような声。
吐息と一緒に吹き込まれれば、頭の中まで染み込んで体が勝手に反応する。体に力が入ってつま先が丸まる。
「あ゙ああっ!ひっ、……いっちゃ、いっちゃだめぇぇ!!」
限界まで膨らんだ熱がぱちんっ!と弾けるとぎゅうぎゅうとうちが収縮して熱を搾り取るように動く。いってしまった。だめ、やめて、そう思うのに楼主の熱がずぷぅっと押し広げてとんっと奥まで入ってくる。
「ああああっ、や、め、……!」
「く…っ、いい子…」
どくりとはねる熱がびゅうっと奥にかけられる。
いつもと同じ行為なのに、避妊の薬をくれないとかけられた言葉が恐怖を生む。
「大丈夫、俺がちゃんと囲ってやるから」
髪を撫でる手は優しいのに、怖いと思った。
とても身勝手で横暴な行為。
「や、おねがい、薬を飲ませて」
全て出し切った熱を楼主は抜くと近くの棚を漁りポトリと顔の横に粉を包んだ紙を落とす。
「こっちなら飲んでいいよ」
視界に入る見慣れたそれは避妊をする薬ではない。
なんで、どうして、楼主さまはこんな仕打ちをするのか。全く分からない。
「飲まねェの、飲ましてやろうか」
深く達した体は拒みたくても拒めない。
クスリと水を含んだ口唇が押し付けられるとどろり、流し込まれる。
「あ、あ、…っああっ、やだ、やだぁ」
何もされてないのに目の前がちかちかして光が飛ぶ。きゅうとうちが収縮して勝手に達すると、どろりと蜜と出されたものが垂れた。
それを楼主の手が掬うとずぶずぶと中に指で戻される。
「ひっ、あ゙あ……っいく!っああ」
足を閉じることも出来ず、ぐにぐにと中に白濁としたものを戻しては擦る指がきもちいい。ぱちぱちと小さい光が弾けては体が震えて、気持ちいいことしか分からなくなる。
「はは、いきっぱなし。可愛い。ここぐってするとお前潮吹くよな」
「だめ、だめぇ…っ、ひぃあああ!」
お腹の側をぐうと押されて強く擦られると誘われるように足が痺れてびしゃりと秘所が濡れる。
「上手」
頭を撫でる手がふわりと髪を梳く。心地いい。
触れる口唇がちゅうと啄んで舌がぬるりと差し込まれればもう何も考えられなかった。
格子の嵌った窓から日が差し込む。日はオレンジ色に染まり山間の向こうに沈もうとしていた。
やりすぎた。意識を失ってぐったりとする***の体を風呂場で清めたのは先程のこと。小部屋の布団の中で今は休ませていた。
俺が囲ってやると言ったのに、嫌だと言われた。
手を離されるのは嫌なのに、囲われるのは嫌。金をその身で稼いで借金を返す必要は無いと言ったのに、遊女でありたいと言った。その理由が分からなかった。
どんな女だって知らない男達に足を開いて受け入れるのは苦しいことな筈だ。なのにそれを選びたいと言った。それを選んで、尚且つ自由になりたいと言った。
***の言う自由が分からない。
俺の手元で客を取らないという選択肢が何故***にとっては自由ではないのか。
外を知らない俺には分からない。
そう思うとまた、たまらなく不快感が心を占める。
あいつは自由を知っている。俺の知らない所で他の男を受け入れて幸せになる方法を知っている。きっと俺にはしてやることはできない方法で、外の男は***を幸せにできる。
俺には囲うしか選択肢がない。なのに、***に嫌がられた。だったら無理やりにでも繋ぎ止めるしかなかった。
なによりこの不快な感情の正体が分からない。
こんなにひとりの女に執着してみっともなく感情をぶつけて。まるで春本に出てくる「恋」とか「愛」とかいうのに似ている気がする。そんなものは女が男を誘って離さないための言葉だと嫌というほど知っているのに。
だったらこの感情になんと名前をつけようか。
頭をめぐらせれば思い至る言葉。怒り。
俺はきっと***に怒っている。他の男の為に綺麗に装って話上手になって、最後は閨に誘うことに。もうしなくていいと言ったのに。
なにより俺の差し出した手を***は取らなかったから。
ばしり!襖が楼主の手によって音を立てて開かれる。
その向こうに眠る***の姿があった。
大股で近寄るとびくりと横たえられた体が跳ねた。
「起きてんの…?」
黒い髪の間から***の目が見える。ゆっくりと開かれたまぶたには光る涙。瞳にはいつもの燃えるようなものはなかった。
「楼主さま、お願い。わたしをここから解放して」
掠れた声と涙が零れ落ちる。
「お前はもう俺の女だ」
「どうして、…私なの?」
どうして***なのだろうか。これだけ女に囲まれているのに、***以外の女にこれほど固執したことはない。
他の女と違う事と言えば***が幼い頃から花街しか知らない女ではなく、外の世界で育った女だという事だけ。
「お前がお前だったから」
言葉にすると腑に落ちた。
遊女として使えない***を買ったのは、自分の知らない世界を知っている女に興味が湧いたからだったのだと。
真っ直ぐにものを伝えてくる瞳に心惹かれるものがあった。花街で育った女にはない、思った通りにならない手を妬くところが面倒だと思いつつも、何故かいじらしく感じたのだ。
そうやって俺が***を知っていったように、他の男も***を知ってゆくゆくはその体を愛でると思うと堪らなく不愉快だった。だからこの腕の中に閉じ込める。
***という花を育てたのは俺で、花を咲かせ蓄えた甘い蜜を啜る権利があるのは自分だけなのだと。
「悪いな、諦めろ」
***の目が悲しそうに伏せられた。
「もう少し眠れ」
涙の流れを止めるように指で拭う。けれど後から後から溢れてくるから、なんの意味もなさなかった。
格子の向こうの日が沈む。夜は、花街の時間はこれから。
通りに明かりが灯され客引きの声が聞こえる。笑い声が響く。
花に囲まれ男たちは夢を見る。
なのに楼主は手の中に閉じ込めたはずの花に、満たされることのない感情を持て余しどろりとした感情を抱いた。
♭2023/08/19(土)