天花、冥闇をさす


「ねえ今日花火見に行こう?」

そんな事を***が言い出した。
松陽が御徒衆に連れていかれてから、ひと月ほど経った時だ。戦に出る準備を終えて、皆一様にぴりぴりとした空気を纏っている。漏れることなく、高杉も桂も、そして銀時も。なのに能天気な顔をしてどこで貰ってきたのか夜空に咲く綺麗な花火が大きく写った散らしを、両手で体の前に持って見せてくる。

「なに、どこで貰ってきたの?」

銀時が聞けば嬉しそうに早口になる。

「お昼にね市場に行ってきたらビラ配りしてる人がくれたの」

周りのみんなに見せるようにして最後は銀時の隣に座ると床に散らしを置いた。

「すぐそこの河川敷であるみたいだからね、行かない?」

散らしを覗けばこのご時世、屋台は出ないようで花火だけが打ち上げられるようだった。
縁起でもねェ。銀時は心の中で舌打ちをした。
打ち上げ花火といえば鎮魂、供養の為のものだ。
連れ去られた松陽がどんな扱いを受けているのか知る由もなく、命も危ぶまれているかもしれない。そう思うと進んで行きたいなんて口が裂けても言えなかった。

「俺行かねェ」

隣の***の顔が寂しそうにしゅんとした。

「そっか、…うん分かった」
「***、俺は行くぞ」
「俺も行く。お前のことだ辛気臭ェ空気変えようとしてくれんだろ」

横から桂と高杉が散らしを覗くと手にして場所を確認していた。
気がつけば殆どが***の意見に賛成らしく、松下村塾が焼かれて身寄りのない者たちが集まった小さな借宿に笑顔が溢れる。
土間に立つ女達も久しぶりにおめかしをしようなんて嬉しそうに言う声が聞こえてくる。その空気に自分が弾かれたような気がして銀時は黙って席を立った。
***の気遣いの心は高杉が言う前から気がついていた。でも、どうしても松陽の事が頭にあって、花火を見て浮かれるような気持ちにはなれなかった。



「ねえねえ、***。これはどう?」

借宿に身を寄せる身寄りのない女たちはひとつの部屋でおめかしに勤しむ。

「私はこっちが似合う気がするよ」

碌にお金もない。化粧道具はみんなで共有して使っていた。
***が差し出した紅を、女友達は自分の持ってるものと色を比べる。

「確かに、浴衣の色に合うのはこっちかも」

その横で女同士で帯や髪を結びあっている。ご好意で貸して貰っている場所だ。大きい鏡なんて無かった。
松下村塾が燃えてしまってからというもの女は半数以下に減り、残った女達も戦準備をする男達を手伝う為だけにここにいる。男達が出ていけば、別れることになっていた。
それももう近い。だからお互いに最後かもしれない今日の花火をめいっぱい楽しもうとしていた。

「***は、おめかししないの?」
「うん、別にいいかなって」

銀ちゃんがいない。特別可愛くする必要なんてない気がした。

「言い出しっぺがそんなんでどうするの」
「ほらほら、こっち」

手を引かれて背を押されて、数人に着物を脱がされると浴衣に着替えさせられ、髪も結び直される。それが終われば顔に白粉をはたかれ頬紅がするりと入れられ紅を引かれた。

「うん、おっけーおっけー」
「気が変わってくれるといいね」

なんの気が変わるのかよく分からなくて適当に「うん?」なんて相槌を打った。

狭い部屋に集まっておめかしをして暑くなった体を冷やすように後にする。時間的には夜の8時を過ぎていて借宿を出れば空には雲がなく星が輝く。夜風は昼間に比べると涼しく花火日和だった。
銀時にひと言声かけてから。そう思って捜すとすぐに見つかる姿。

「銀ちゃん、行ってくるね」

振り返った銀時からは返事がなくて、手を振って後にした。

通りを歩いて土手へと出る。これが最後の機会だとばかりに男女の組み合わせができると、***は1人になった。ぽつりとひとりで歩く。
友情よりも恋情。みんな薄情だ!なんて思ってるとあぶれた男達が***に群がった。

「え、いや、あの。みんなでみよう?」

よく知る男たちの本命は誰か薄らとだが理解していた。もうここにはいない女や、今他の男と歩く彼女達。無理をして私と2人になる必要性なんてない。

「えーっと、あなたは、伊予ちゃんが好きだったよね。あなたは…」

それでも引かない男たちには、そうやって1人ずつ名前を上げていくと顔を赤くして逃げていく。
次は自分の番かもしれない。そう思った男たちは散っていった。
逃げていくことないのに。一緒にみんなで花火を見たかっただけなのに。

「お前は男のプライドを小さいだけの見栄張りと思ってねェか」

輪の外にいた桂と高杉が逃げていく男たちに哀れな視線を送っているのに気がついて悪いことをしたことに気がつく。

「ごめん。でも、みんなこれが多分最後だからこそ、自分の気持ちには素直でいて欲しいなって。残った私を選ばなくてもいいでしょう?」

その言葉になんとも言えない呆れたような顔をして高杉は黙る。

「じゃあ残りもののお嬢さんは俺たちと見るか」

桂の言葉に小さく頷いた。
輪に入っていなかった男数人と桂と高杉。

「ありがとう」

差し出される高杉の手に手を伸ばす。
私だって詰め寄ってきた男達のことは言えない。だって一番一緒に見たかった人はここにはいないから。「俺行かねェ」そんなひと言で断られてしまったから。

ばちんっ!
そんな音がした。
目の前で高杉の手が叩かれる。何が起こったか分からなくてびっくりした。

「……っ、痛ってェな」

そんな高杉の声が聞こえると目の前が白い背中に遮られる。その背中が上下に揺れていた。はぁはぁと息を切らせて。

「なんだよ、来たくなかったんじゃねェのかよ。銀時」

高杉の言葉に答えることなく背中が振り返ると腕を引かれて、土手に並ぶ人混みの中に突っ込んでいった。

「ちょっ、と…!銀ちゃん?」

前の銀時が人混みを掻き分けてその後をなんとかついて行く。人混みが途切れたところでやっと立ち止まると振り返った。
辺りは暗くてどんな表情をしているのか読み取れない。
引かれてた腕を引っ張られると手のひらにころりと何かを乗せられる。暗闇の中目を凝らして指で輪郭を確認すると出かける前に付けた根付だった。大ぶりの花弁が開いた花に、房の着いた根付け。

「落としてったから…」

行かない。そう言ったのに。帰ってくるまで待って渡してくれても良かったのに。追いかけて持ってきてくれたことに少しだけ嬉しくなった。

「ありがとう」
「…ん」

その時だった。ひゅーっと曲導の笛が鳴る。その一瞬後に夜空に花火が咲いた。
感嘆の声が上がる。人混みは空を見上げてその綺麗な花に見とれていた。
それが後に何度も続くと沢山の花火が夜空を染めて明るくなる。
なのに***は空が見られない。銀時の手が腕を掴んで離さないから。ぎゅうと痛いくらいに握ってくる手を銀時はじっと見てくる。どうやらそれは花火を見たくないだけでは無いようで、何も声をかけられなくなる。
だからその手を反対の手でそっと包み込む。
ひゅーっとまた笛の音が鳴る。

「みんなが大きな怪我をしませんように」

どんっと音がして大きな花火が咲くのと同じタイミングで口にした。
そうすれば何を言ったのか聞き取れなかったようで怪訝そうな顔が向けられる。

「無事で帰ってきますように」

どん、ぱらぱら。
また同じタイミングで言葉にする。

「病にもかかりませんように」

戦場だ。不衛生にすると病も広がる。

「いつも笑顔を忘れないでくれますように」

辛いことがあっても、必ず前を向いて生き抜いて欲しい。

「それと、私がいること、忘れないでいてくれますように」

全部全部、花火の大きな音と一緒に空に向けて願いを口にした。
花火は人々の願いを込めて打ち上げられる。爆発する瞬間の力と光に浄化をする力があるとか、花を咲かせる瞬間に願い事をすると、花火が天に届くように願いが叶うなんて聞いたことがあった。
闇をこの花火が払ってくれますようにと。
だから、一緒に銀時と見たかった。

「来てくれて、ありがとう」

たとえ銀ちゃんが花火を見てくれていなくても、今隣にいてくれることを嬉しく感じた。



花火が上がり始める少し前。銀時は盛り上がる空気についていけなくて、外の空気に当たっていると***が出かける前に声をかけてきた。
振り返れば***は着物ではなく浴衣に身を包み、化粧をして髪は高く結い上げられている。
かわいい。純粋にそう思った。
くるりと後ろを向いて遠ざかっていく背中の帯は見慣れたお太鼓ではなく、蝶々結びが少し崩れたようななでしこ結びになっている。
いつもと違う装いに、それを誰に見せるつもりだと思うも行かないと言った手前どうすることも出来ない。銀時は黙って見送った。
出かけるみんながはけてしまってから家の中に戻る途中で何かが足に当たる。何かとしゃがんで手に取ると花弁の多い花に房が着いた根付の飾りが落ちていた。***の腰元にいつもあるそれをぎゅうと握った。
帰ってきたら渡せばいい。そう思って立ち上がると家の中に入った。
銀時と同じようにそういう気分になれなかった男達が部屋の隅で装備品などの手入れをしている。
なんだかその重い空気にもついていけなくて、根付けを手にしたまま再び外に出た。
手にした根付けを転がせば出かける前の***を思い出す。行かない。はっきりそういった時の残念そうな顔。それでも出かける前は楽しそうだった。
そう思うと足が勝手に花火会場へと向かっていく。
松陽のことを思うとやっぱりどうしても心に引っかかるものがある。でも今は手にある根付けが言い訳になるような気がしたから。

根付を渡して帰るつもりだったのに、戸惑う***を引っ張って見しった顔がない場所まで来ると引き返せなくなる。勢いとはいえ***を預ける相手を振り切ってきてしまったのだ。のこのこ戻って高杉や桂に頼むのは躊躇われた。ひとり残して帰るわけにもいかない。そう思っていたら花火が上がる。
続いてたくさん上がって花開くと***の表情が明るく照らされて浮かび上がった。
花火を見ることも無く俺を見ている。
そう思ったら無意識のまま***の腕を握る手に包むように触れられる。小さく笑うと花火のうるさい音の中、何かを口にし始めた。途切れ途切れで聞こえてる声に、何を言いたいのか分からなくて首を傾げる。それでも最後の言葉だけは聞き取れた。

「来てくれて、ありがとう」


花火が止むと静かになり耳がじーんとした。人集りも散って帰途につく。

「なに、言ってたの」

大きい音に遮られてほとんど意味をなさなかった言葉たちが、どうしても気になった。
***は悩む素振りをするも笑って答えてくれた。

「お願いごと」
「願い事?花火に?」
「うん」

花火に願い事。自分の考えとは真逆な言葉に、***がなぜみんなを花火に誘ったのか理由がが分かった気がして胸に引っかかったつっかえが取れた気がした。

「…なに願ったの」
「ナイショ。喋ったら叶わなくなるって言わない?」

そう言っていたずらっぽく笑う。

「それ、俺が叶えられるなら、聞いときたい」

***は目を見張ると、じゃあねーなんて考える素振りをする。

「また、みんなで花火見に来ようよ。今度は2人だけじゃなくてさ…、ね」

ささやかな願い。叶えられると思って、叶えようと思って銀時は頷いた。


2人して間借りしてる家に着くと外で待っていた高杉と桂の姿に銀時と顔を見合せる。

「心配かけちゃった、ごめんね」

駆け寄って2人に謝れば、高杉は機嫌が悪そうに舌打ちをした。

「おい銀時、俺になんか言う事ねェか」
「あァ?なんだよ」
「人の手叩き落としといて何言ってやがる」
「はっ、でけー虫がいると思ったんだよ」
「言うに事欠いて虫か。俺なんかより質が悪くて厄介な虫が偉そうに言うな!」
「んだと、やんのかコラ!」

目の前でいつも通りに掴み合いになりそうな2人に苦笑いをする。
そんな騒がしい声は静かな夜に響いていた。



♭23/10/26(木)

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