65


「たいっへん、申し訳ございませんでしたっ!!!」

***は隣に立つ栗毛の男、沖田総悟の後ろ頭を掴むとそのまま前に押し倒した。
角度は90度。いや、それ以上だったかもしれない。


「たく、いってぇなァ。禿げたらどうしてくれんだよ」

後ろ頭を触りながらぶつくさと文句を垂れる沖田に***は今怒り心頭である。
何かと危ない見回りの仕事は総悟につけ。
そう言った土方の言葉は思い返すと面倒事を押し付けたかっただけなのかと疑いたくもなる。
見回りに出ればふらりと姿を消したり、怪しい奴を見つけたとなると直ぐにバズーカをぶっ放したり。やりたい放題だ。
先程頭を下げたのは不逞浪士を見かけたとバズーカをお店に撃ち込んだせいだ。無事に浪士達をお縄にかけられたのは良かったが。

「禿げろ!いっそ禿げろ!!」
「なに怒ってんですかィ」
「怒るに決まってんでしょ?!沖田くんの目は節穴ですか?周りを見て?」

そうして指さした先を自分で見て、うっとみぞおち辺りに痛みが走った。ストレスだ。完全にストレスだ。
こんな仕事ならまだ土方さんの顰め面を横に書類を片付けていた方がマシだったかもしれない。いや、多分、絶対にマシだった。

大体この修繕費はどこから出てくると思っている。国庫からだ。国民の血税だ。聴衆の視線はぐさぐさと突き刺さり、余りのことに居た堪れなくなる。
書類で見るのと現状を見るのとではスケールが違った。
なによりこの事態を起こした張本人は当たり前のことをしたとばかりに、あっけらかんとしている。
こんなことがひと月に数度のペースで続いている。
バズーカを撃っては建物を破壊する沖田の首根っこを捕まえては、建物の所有者に頭を下げさせる。殆どの場合は不逞の輩を捕まえられるが、その後の惨状にいい加減に***も参ってきていた。

「沖田くん、約束して欲しい」
「…、嫌でィ」
「まだなんにも言ってないっ!」
「言わなくても分かりまさァ。俺に撃つな、なんて無理に決まってんだろィ」

イタズラ小僧どころか悪魔のような笑みを浮かべる。

「止めたいならあんたが俺より目敏く浪士共を見つけて先に捕縛すればいいだけの話だろ」

ぐさり、そのひと言が刺さった。正にその通りだった。



「チェンジお願いします」

酷い有様の巡察から帰ってきて開口一番がそれだった。

「ノーチェンジで」
「は?!ノーチェンジ?!私の胃がぐるんぐるんしてぎしぎしして裏返ってしまいそうなくらいあるのにノーチェンジ?!」
「チェンジしても誰と組むつもりだよ。次のプランがない限り俺はYesチェンジとは言うつもりはねえよ」
「そこは!ほら」

土方を指さし、次に自分を指し示す。
書類仕事と一緒のメンバーでよくない?
そう伝えたい***のジェスチャーに土方の目が半開きになる。

「誰が総悟止めんだよ」
「それは、沖田くんが受け持ってるとこの伍長さんとか?」
「出来たら苦労してねぇんだよ」

今まで何のために土方が沖田と巡回をやっていたか。その理由を考えれば副長の言うことすら聞かない男が伍長の話しに耳を傾けるとは到底思えない。

「じゃあ私に出来もしない苦労をしろってことですか?」
「できる苦労だろ」

にやっと笑う土方にただでさえだだ下がりな気分が下がる。
話を聞いてくれることは無さそうだ。

「総悟引っ張って頭下げさせて回ってるんだろう?いやァ、俺は上出来だと思うけどなァ」
「居た堪れないだけです!あの観衆の中、謝る以外の選択肢がどこにあるんですか」
「お前のそういう姿勢は総悟との相性バッチリで俺はいいと思うがな」
「どこがバッチリ?!」
「凸と凹がいい具合にはまってんじゃねーか」
「ぼこぼこにされてるんです!」
「誰が上手いこと言えって言ったよ」
「上手くないしっ!どこが?!」

はぁぁぁ、なんて自分でも驚くぐらいの長い溜め息。
完全に遊ばれている。

「もういいです、分かりました。私が先に浪士共を捕まえればいいんですよね、(特に桂を)」
「え、なに?(特に桂を)ってなに?」
「ちょっとあれです、恨みを晴らさないでいられないので(特に桂を)です」

沖田の破壊行為の後に益がひとつもないのは桂だ。
沖田が破壊をする一方で、桂も爆弾を投げてくる。しかもするりと逃げて回るのでどんどん被害が拡がっていく。
思い返すだけで目眩がしそうになった。よろりよろける体を支えるために壁に寄りかかる。

「桂を捕まえたら!私を沖田くんと二度と組ませようなんて思わないでくださいね!!!」

捨て台詞のように土方に告げると部屋を出ていく。

「いやお前今日は外回り終わりだけど?!書類仕事こっちは?!」
「有給!沢山ある有給消化します!」

そのままに資料室へと駆け込んだ。
散々書類に書き留めてきた沖田くんのやりたい放題の後処理のファイルを手に取ると、一つ一つ確認していく。
いつ。どこで。何時頃。桂が出没したとされるものをひとつずつ書出していく。

キャバクラの呼び込み。キャバクラの呼び込み。蕎麦屋さん。ファミレスのウェイター。えっちなお店の呼び込…、

「あああああ!!!!」

見ても見ても逃走犯にしては緊張感のない仕事の選び方に我慢がならなかった。しかも何気に明るい時間帯が多い。

「馬鹿なの…?」

そんな馬鹿に翻弄されてる自分の現状を考えると涙が出そうになってくる。
これは何としても捕まえてひとこと言ってやりたい。忘れていることなども諸々含めて。

書き出したメモを握るとファイルを元の場所に戻し資料室を飛び出した。



書き出した場所を転々と回ると、案外その姿はあっさり見つかった。
あれこれ本当に私が不注意なのかな?ってくらい簡単にヅラに行き当たった。
ちょっといやらしいお店の前で大きな看板を持ってポケットティッシュを配っている。お店に見合ったぱりっとしたスーツを紳士然とし着こなす姿は様になっている。

ぼーっとしていた。あまりに簡単に見つかったことに驚いて。
ぼんやりと立ったまま桂を見ていたせいか、あちらもこっちに気がついたようで視線が合う。ばちっ、そんな音がしたかのように桂は弾かれるように手にした看板もポケットティッシュが綺麗に並んで入れられた籠もぱっと手放し、店の中に入るとそう待たずに着物に着替えて出てくると駆け出した。

え、逃げられた。なんで。
そう思うも自分の姿をみて阿呆さ加減に溜め息が出る。
白のブラウスに黒のベスト。黒いショートパンツに真選組のラインの入った上着。真選組の制服。完全にアウトだ。
だがせっかく簡単に見つけられたのだ。逃すわけにはいかない。
駆け出すと背を追っていた。


「おいっ!…、しつこいぞ!」
「そっちこそ、…諦めが、悪いぞっ!」

お互いにぜえはあ、息を切らせながら追いかけっこをする。大通りから狭い道へと入り、時には行き止まりの道も壁伝いに逃げる桂を必死に追った。

「ちょ、タイム!ほんと勘弁して、…なんなの、お姉さんっ!」
「タイムは…っ無し、!」

よれよれと壁際に寄って立ち止まる桂の腕を掴むも、べたん。足を思いっきり引っかけられて前のめりに転けた。
痛い。そう思う間もなく、掴んでいたままの腕に引き摺られるように、追いかけっこでへろへろの桂も、びたん。倒れ込んだ。

「はぁ、はぁ、貴様、やるではないか」
「なにそれ、なにめせん?…っあー、疲れた。今逃げるの、…なしだからね、」
「タイム、なしって言ったのは、貴様だろう。…あぁ、でも俺もさすがに、疲れた」

地面に寝転がって息を落ち着ける。
ふわり、風が通り抜けていくのに汗をかいた体が心地よかった。目を少しだけつぶってみたら懐かしい光景が思い出される。
出会った時のこと。

ねえ待って。ねえ、ここに用事があるんでしょう?
初めて声をかけたのはそんな言葉だった。
高杉が道場破りに何度も足を運んでくる度に、そっと道場を見に来るポニーテールの子。
銀時以外の男の子がまだ苦手で、どう接していいのか分からず途方に暮れていた時だったのに、生垣の向こう側に立つ桂に服装もよく見えず、てっきり女の子と勘違いした***は易々と話しかけていた。
後で桂が男の子だと知っても、普通に接することが出来た初めての子だった。

「ねえ、なんで沖田くんの時みたいに爆弾投げてこないのよ」
「は…?」

なかなか整うことのない呼吸に無理をおして一気に言えば、意味わかんないこと言わないでくれます?って顔をされた。
いや意味わからないのこっち。

「お姉さん攘夷志士をなんだと思ってるんです。追っかけてくるだけの人に対してばかすか爆弾投げてたらただの爆弾魔でしょうが。わかる?Do you understand?」
「いやあんたがDo you understand!心遣いはちまっと感じられたけど、沖田くんに対してはその心遣いはないの?All OKなの?」
「あれが相手ではこちらも臨戦態勢だ。最高のもてなしで反撃せねばなるまい」
「いや反撃せねばなるまいことなんて欠けらも無いんだけど。あんたが捕まればいいだけなんだけど?!」

本心は捕まってもらっては困るけど、少しくらいはお灸を据えるくらいの意味でぶち込まれてほしいとは思う。

「生物の生存本能的反射でこう、な、分かるだろ!それに先に撃ってくるのは向こうだ、俺に非は断じてない」
「誰に非がないって?街破壊しまくっててどの口が言う、この口ですか?」

むくりと起き上がると頬っぺをぐっと引っ張った。

「あででっ!!」
「痛いのは私の胃!」
「なぜお前の胃が痛む?なにやら良くないものでも口にしたのか」
「そうですね!あんたみたいな良くないもの視界に入れてるとほんと胃が痛む」

くそう、何言っても通じないのは分かってたけどこれは骨が折れるというか、くたびれ儲け。
でもくたびれ儲けでももう二度と沖田くんとヅラの追いかけっこを間近で見たくないし、その現場の後処理もしたくない。
額に手を当て溜め息をつくとポケットから手錠を取り出し、がちゃん。

「あ゛ァァァアァァァ!!なに?!何してくれてんのお姉さん!」
「逮捕。絶対今日は首に縄つけてでも真選組まで来てもらう。今日はほら、邪魔する攘夷党の人達もいないからね」
「冗談じゃない!俺はこれから仕事が……あ」

今気がついたとでも言いたげに頭を抱える。

「仕事ひとつ駄目になったではないか!」
「おっそ、え、遅くない?」
「貴様のせいだぞ!」
「先に逃げたのはそっちじゃない、私何もしてないよ」
「あんな所突っ立ってじーっと見られたら逃げたくもなるだろう!」
「私が見てたのが悪いと!?」
「あーそうですよ、お姉さんが悪いんです!だからとっととこの手錠を外してくださいお願いします!」
「いやです!絶対イヤです!」

反対の手も捕まえて手錠をかけた。
と思ったらかけようとした瞬間に腕を引っ張られて自分の腕に嵌っていた。

「ちょっとォォ!!何してくれてんの!?」

慌てて鍵を出そうとした。だかはたと気がつく。桂の視線が痛いほど突き刺さることに。

「なに、もしかして鍵出すの待ってない?」
「待ってない待ってない!早く外せばいいんじゃない?」
「誰がその手に乗るか!もういいこのままでいい!」

自分の手に嵌った手錠の鎖を掴むとぐいと引っ張って立つ。

「よく考えたらこれの方が逃げられないよね!桂さんって馬鹿なの?馬鹿でしょ!いや知ってたけどね!わーい!」
「あだだだだっ!腕にくい込んでる!痛い!オネーサンまって!!」
「観念してくださーい!自業自得ですからね!」

ずりずりと引きずって路地裏から出る。ここからが問題だった。
片手に手錠をかけ合う真選組の女と指名手配犯の桂小太郎。なによりも連れられるのは嫌だとばかりに反対方向に進もうとするのでどうみたって周りの目を集めてしまう。

「桂さん、大人しくしてくれませんかねぇッ!」
「いだだだだッ!痛い!削れる!腕が削れる!」
「ちゃんとついてきてくれれば腕は削れません」
「いーやーだー!」

なんだこの大きな子供感。こんなに頭の悪そうな人ではなかった筈だ。こうして暴れて隙あらばと狙っているのだと分かっていても、どうしようもないくらいの虚無感が襲ってくる。この視線を集める羞恥に耐えて如何にして真選組の屯所まで行くべきか。

「ね、桂さん知ってる?」
「なに?!何を!」
「私真選組、あなた攘夷党」
「そんなん言わなくてもわかるわ!でも紅桜の一件では見逃してくれたじゃん!」

意外な言葉に固まった。

「覚えてるの?」
「真選組に女の隊士。忘れたくても忘れられんわ」

ちょっとじーんとしてしまう。

「悪い意味で」
「一言余計!あの時は逮捕しなかったんじゃなくて、できなかったんです」
「そんなこと言って、組織の上には報告していまい。背を合わせて戦って絆されたんじゃないか。あ、そーだ。ちょっと付き合ってくれ。そうしたら真選組までついて行ってやらんでもないぞ」

何に付き合うの?!
そう思っていたらぐんっと引かれる手錠。
不意を突かれて体が桂の方へと傾いてぶつかる。と体が浮いた。

「は…、?ちょ、うそっ…!」

顔を上げたらすぐ近くにヅラの顔があって、足が頭と近い高さにある。お姫様抱っこだった。

「え、まって、」
「絆されてくれよ」

なにそれ。


「なんでそーなる!」

自由な方の手でテーブルをバシッと叩く。向かいの席に座った桂は無視をしてカウンターの向こうにいる店主らしき女性に手錠がかかっていない方の手を上げて

「蕎麦ふたつ」
「ここはラーメン屋、たく何回言ったら分かるんだい」

何度もした問答なのだろうか、店主もカウンターを叩いて返事をした。

ほんの少し前の自分をぶん殴りたい。
少しだけ、ほんのちょっとだけ昔に返ったみたいな気持ちになった。

「ご注文は?」

店主がお冷を持ってきてくれる。ちらりとテーブルの上に投げ出された手錠付きの腕を見て、***をというよりは制服をじっと見ると苦笑いをする。

「真選組の人も大変だね、振り回されて」

は、はずかしいっ…!
穴があったら入りたい。潜りたい。埋まりたい。誰かそのまま土をかけて埋めてくれ。

「あの、そのすみません。ごめんなさい」

前にたまに「税金泥棒」と言われた言葉が思い出されてテーブルに頭を擦り付けて謝った。
桂に付き合えば真選組に付いて来てくれる。なんてどう考えても嘘だ。牢獄を抜け出るなんてお手の物な逃げの小太郎でも面倒くさい事はしたくないだろう。なのに、されるがままにラーメン屋に入り座ってしまった。
絆されてくれって言われたけど、もともと絆されてる。状況的には胃は痛いが、一緒にいることは嫌じゃない。寧ろ少し嬉しいなんて、真選組に有るまじきことを思った。

「必ず、逮捕しますんで!」
「そうかい、頑張ってくれ。でもね、これでもうちの常連さんなんだよ、悪い人ではないしお手柔らかに頼むね」

力んで言えばからりと笑ってそう返す店主に、きちんと桂を見てくれているとがいることに、自分の事のように嬉しくなる。
大丈夫、ヅラもちゃんと現在いまを生きている。

「悪い人ではない、桂だ。その常連が蕎麦を2杯と注文をしているだろう」
「だからここはラーメン屋!」


ラーメンを一人前食べて次に向かったのは路地裏。

「なんの用事があってこんな所」
「知らないのか、ここは癒しの場所なんだぞ」
「確かに猫は癒しだけども…」

にゃーにゃー、にゃぁ、みゃあ。
足にまとわりついて来て背中や、頭を擦り付けてくる猫の集団。
餌付けをしている人がいるのか、人馴れしているようだった。

「んーっ、ごめんね。そこのロン毛のお兄さんが事前に教えてくれないから何も持ってないんだ」
「ロン毛のお兄さんじゃない、桂だ」

桂が何か言っているのを無視してしゃがむと頭を撫でればぺろりと舐められる。手に何か持っているの?そう言いたげに次々に猫が入れ代わり立ち代わり手のひらに顔を埋めては立ち去った。

「可愛いでちゅね」

なんて顔に似合わない声が横からする。見れば袂から煮干しの入った袋を取り出すと、ばさり。ひっくり返す。

「たーんとお食べ。その間にちょっとだけそのぷにぷにの肉球を触らせてくださいねーと」

ねちゃあとしただらしのない緩んだ顔をした桂が猫の前足を探る。
見てはいけないものを見てしまった。そんな気分になる。いや、知ってはいたけど、幼い頃に目を輝かせて猫の肉球に触れて、嫌がる猫に引っかかれても興奮していたヅラはなんとも言えないくらいに可愛かった。
煮干しの山から数本引き抜くと、猫ちゃんの目の前で振った。右に行って左に行って。とてとてとついてくる健気さに可愛くなる。ちょんっと鼻に煮干しで触れればぱくりと齧り付く。

「ふふ、可愛いね」

思わず可愛らしい猫の姿に擽ったくなると言葉が勝手に零れる。

「だろう」

それを拾ってくれる声に嬉しくなる。
もう一度横に顔を向ければ猫に頭の上に乗られ、鋭い爪に引っかかれても爛々と輝く顔に、変わらないその姿に笑ってしまった。

しばらく猫と戯れると、思う存分に堪能できたのか満足そうな顔で桂が立った。猫も煮干しが無くなったのと、お腹が満足したのか散っていく。

「さて、次へ行くか」

そう言って連れてこられたのは時間にはまだ早い夜の街。「かまっ子倶楽部」そう書かれたお店の正面玄関には準備中と書かれた札が下ろされている。
かまっ子倶楽部といえば、攘夷志士たちの隠れ蓑になっているオカマバーで***も名前を知ってはいた。あの白褌の西郷特盛がお店を経営していると聞いている。

「え…、何しにここに来たの?ま、まだ準備ちゅっ…!」

攘夷志士の巣窟にこの格好で足を踏み入れるのかと思うと背筋が冷えた。
ぐいと手錠が引かれて足が縺れる。倒れそうになる体を受け止められ、肩を掴まれて引き摺られた。

「そっちではない。こっちだ」
「ああ、あのさ、ちょっと落ち着いて!ここに私が入るってダメだと思う!」

というかなんで私はヅラに付き合ってるんだろうか。
ラーメンを食べ終えるまではお店に入ったんだし、店主の方にも悪いと思ったのと、巡察から帰ってお昼を食べていなかったのとで食欲には勝てなかっただけで、猫ちゃんは可愛くてそんな事は吹き飛んでいた。

引き摺られて連れてこられたのはお店の裏口。
遠慮もなく戸を開ける桂に思わずドアノブを奪うと閉めた。

「いやいやいや、ここお店の裏口!不法侵入!」
「何を言っている、俺はここのキャストだ」
「キャスト?!キャストって言葉の意味知ってる?」
「当たり前だ、」
「ヅラ子ォん!」

閉じたはずのドアが突然開くと中から人が飛び出してくる。くんっとまた手錠を引っ張られて、飛び出した人と桂の間に挟まれた。
全体的に濃ゆい顔が近づくとぎゅうと抱きしめられる。

「んもぅ!ヅラ子ったらなかなかお店来てくれないんだから」
「仕方あるまい、幾つも仕事をかけ持ちしてるんだ。だが今日はどうしてもと言うからヘルプの為に時間を空けてきた」

お前はなんで当たり前のように会話してんの!
ぎしぎしと体が軋む勢いで背中をばしっと叩かれ息が詰まる。

「それにしてはヅラ子、ちょっと痩せた?身長も、あれでも胸が…」
「そうだな、それは俺では無いぞ」

***の頭を通り越して後ろに立つ桂にやっと気がついたのか、体に回っていた手が離される。

「あらヤダアタシったら…、って」

じろじろと見てくると目の前の人は少し戸惑ったように頬に手を添えた。

「真選組のお嬢さんがなんの用かしら」
「あ、いえ、特にかまっ子倶楽部さんがどうとかではないんです。というかそもそも今は仕事中じゃないですし」

尻すぼみになる声を聞き取るように顔を近づけられて、厳つい男性の顔に施された化粧が目に入る。結構派手だとは思うも、それはそれで芸術的に感じられた。オカマだし、濃ゆいけど。

「じゃあプライベート?というかヅラ子と一緒にいるんだものね、ごめんなさいアタシったら」
「ごめんなさい私もこんな格好で」

なんという気まずい会話。
ヅラ子が気になるけど後ろに隠した腕に嵌った手錠を見られる訳にはいかない。プライベートじゃないじゃんって話になる。

「ごめんなさいついでに今日はヅラ子さん色々体調が良くなくて、キャスト?務められそうになくてお暇させていただきますね」
「ええっ!そんな困るわよ、だって今日人数少なくってパー子にまでヘルプ出してるのに」

ヅラ子に引き続いて出てくるパー子という単語に目を白黒させる。どんな源氏名だ。

「いやまあ、色々事情があってだな、あずみ殿。化粧は出来るかもしれないが着物の方がちと着替えられない状況で」

後ろに隠していた手が引かれるとじゃらりと鎖が音を立てて目の高さまで上げられる。

「あーーーっ!ちょっ腕が変な方向向いてる!痛いっ!!」

お互いの右手と左手が繋がれているせいもあって、前後に並んで立った状態で真っ直ぐ上に挙げられると肩から腕全体に痛みが走った。

「アンタたち何してんの」

すごい怪訝そうな目で見られた。




♭24/03/28(木)

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