君は永遠のファントム



「相澤くんとはセックスしないよ」

 昔、名前にセフレが複数いたときに俺に言ったセリフ。それを何年越しかに聞いた。

 その台詞を聞いた後、俺たちはセックスした。
 特有の気怠さに包まれながら俺たちはベッドの上に寝転がる。
 名前は俺のベッドでシーツを手繰り寄せた。

「いつもこんなことしてんのか」
「いやいや。休養してからしてないから」
「昔はしてたのか」
「まぁでも、ずっとしてなかったから実質処女だよ〜」
「ふざけんな」
「いいじゃん。そしたら喪失がさっきの行為で、ハジメテが相澤くんだよ〜」
「もう黙れ」

 手元にあったクッションで名前を軽く叩く。
 名前はそのクッションを受け取って枕にした。そういう意味ではなかったのだが。

「でも私のこと、そういう意味でも好きだったでしょ」

 ニヤニヤ笑うその顔がムカつく。
 こっちがどんな思いをしてきたか知ってて言ってるのか。俺がずっと名前のこと好きだと知ってたのか。
 それなのに急に寝たりして、ふざけんな。

「……分かってんなら――」
「え、何?」
「分かってて揶揄ってたのか。セックスも、――嘲笑う為に俺と寝たのか」

 喋りながらどんどん声が大きく荒れていく。乱暴に感情をぶつけてしまいたかった。

「違う。そんなつもりなかった。ごめん。ただの冗談のつもりだった。もしくはカマかけただけ」

 は? カマかけたって俺の気持ちに気付かなかったのかよ。
 休養前はこんな冗談言わなかったし、真面目な奴だったのだ。
 名前は休養してから急に適当な奴になった。それが確信に変わる。
 名前は変わってしまった。それでも魅力を感じる自分にイライラした。

 戯れに蹴れば名前は大袈裟に身をよじる。

「痛い痛い! 蹴らないで! 痛い! ごめんって!」
「ふざけんな!」
「好きだったの!? ごめん知らなかった! 蹴るのやめてよー」
「適当なこと言ってんじゃねぇ!!」
「ほらあれだよ。合理的虚偽?」
「どこが合理的だ。単なる虚偽だろうが」

 二、三回蹴ってから蹴るのをやめれば、何とも言えない空気が流れた。カチ、カチ、とアナログ時計の秒針の音が部屋に響いた。

「相澤くんが、私のこと先輩として好きだって知ってたから寝なかったの。憧れてるって言われたのがずっと嬉しかったのね。幻滅されたくなくて。まぁ、酒癖も知られてたし、寝ちゃったけど」
「今は幻滅されてもいいのか」
「うん。私は憧れるようなすごい人じゃないし。ヒーローもお休み中の無職だし」
「幻滅なんてしてない」

 名前は目を見開いて何度か瞬きをした。

「……ちょっと待って意味わかんない」

 名前はクッションをグーで叩いた。ポフポフ音が鳴る。名前の髪がクッションの上で飛び跳ねる。

「ヒーローの苗字先輩に憧れたんだ。プライベートにはそもそも憧れてない」
「いや復帰しても前みたいにはなれないって」
「それでも、幻滅しても、俺は名前に執着し続ける」

 自分の髪が落ちてきて、視界を遮る。
 髪をかきあげたら落ちてきて、もう一度髪をどかす。名前のおかげで綺麗にされた髪はさらさらしていた。

「訳わかんないんだけど。さっさと捨てなよ私なんて。私、相澤くんに新しい連絡先教えなかったんだよ。連絡絶とうとしたんだよ。酒癖悪いとこ見せたりもしたんだけど」

「好きなんだよ。ヒーローの名前もヒーローじゃない名前も、現在進行形で」
「訳わかんないよぅ……」

 名前はシーツに顔を埋めた。シーツからはみ出た耳は真っ赤に染まっていた。

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