ゼロと病院


安室透は病院にいた。肩の傷は深く、通院を余儀なくされているためだ。それ故にポアロのシフトを調整した安室は、江戸川コナンに会えていない。そもそも、沢田千代と風見裕也との食事会に江戸川コナンを呼ぶことに不安を感じていた。彼女の仲間を同席させるのではなく、江戸川コナンを要求したことは、彼女なりの譲歩なのだろう。江戸川コナンは沢田千代を信用していない。その上彼女が江戸川コナンに何をするか予想がつかない。


安室透は病院内のコンビニエンスストアの飲料コーナーにいた。ガラスの扉を手前に引くとヒヤリとした冷気が身体をなでた。
「あれ、安室さんだ。やっぱり怪我がひどいの?」
病院内のコンビニエンスストアで安室透は話しかけられた。声のした方を向くと、江戸川コナンがいた。彼は片手にペットボトルを持っていた。
「コナンくんじゃないか、病院に何か用かな?」
安室透は江戸川コナンの質問には答えずに質問で返した。
「この間転んじゃって、念のために検査を受けたんだ」
「それは大変だ。怪我は大丈夫かい?」
「うん、なんともないって」
「良かった。安室さんは──」
コナンは安室の怪我について訊ねようとしたが、聞き覚えのある女性の声によって遮られた。
「安室さんとコナンくんじゃない! 久しぶり!」
安室透と江戸川コナンに声をかけた沢田千代は手を振っていた。足首まであるダボついた薄手のコートを着ていた彼女は彼らに近付いた。
「あなたも病院に?」
「そうそう。さっきお見舞いでゲームしてたらさ、負けちゃって。罰ゲームとしてお菓子を買いに来たんだ。発売前のゲームにどうやって対策を立てればいいんだって思うんだけど」
「え? 発売前のゲームって?」
「あれだよ」
沢田千代が指差した先にはゲームのポスターが貼ってあった。ポスターには発売日は明後日と書いてあり、コンビニ特典まだあります! と手書きの文字があった。
「どうして!?」
沢田千代は周囲を確認してからコナンの背に合わせるようにしゃがんでヒソヒソと小声で話した。
「そのゲーム会社の社長がお見舞いで持ってきてくれたんだ。コナンくんもやる?」
「いいの!? 行きたい!」
コナンは目を輝かせた。サッカーゲームの新作で毎日のようにCMが流れていたそのゲームを買うために店舗特典を見比べて予約までしていたのだ。
「待ってください、お見舞いと言いましたよね。誰が入院していますか?」
「私だけど」
沢田千代は自分を指差し、だから気にしなくていいよ、と笑った。
「えーーー!?」
江戸川コナンは驚いて声を上げた。足首まであるコートは下に着た入院着を隠すためだった。
「ちょっと、その荷物貸してください」
安室透は沢田千代が持っていたコンビニの袋を奪った。安室透の手に渡った後も小さな抵抗をするように、沢田千代は持ち手に指をかけたままだった。
「平気だよ。入院とはいえ様子見だし。てか安室さんも怪我してるよね! 今日それで来たんでしょ!?」
沢田千代は袋を引っ張ったが、安室透の手から離れることはなかった。
「入院はしてませんよ」
「じゃあ何針縫いましたか」
安室透は目を逸らし、少ししてから口を開いた。
「見舞い人が病人に買い物行かせるなんて……」
江戸川コナンも沢田千代も話題を変えたと気付いていたが、指摘することらなかった。
「そうかな? せっかく来てもらったのに何も用意してないのも悪いし」
「まったく」

病室は個室だった。真っ白な病室に二人は驚いた。壁一面いや、部屋中に所狭しと並べられた白い花によって壁は見えなかった。窓は開いているが、それでも花の香りがした。
二人の様子に気付いた沢田千代はああ、これ、と花を一輪手に取った。
「ああ、花を部屋いっぱい単位で贈ってくれた人が約一名いるの。気にしないで」
沢田千代の視線の先には真っ白な人がいた。白い髪に白い服を着た男の左目の下には三つ爪の入れ墨があった。
「白蘭さん、マシマロ買ってきました。それから、うちのチームの助っ人に入ってもらう江戸川コナンくんと安室透さんです! 次白蘭さんが負けたら遠慮なくパシらせてもらいますから!」
「なるほど、キミらが……。ボクは白蘭、よろしくね」
「よろしくお願いしまぁす」
「千代さん、僕は──」
ニコニコしたコナンくんとは対照的に安室さんは帰ってもいいか、と言いたげだ。
沢田千代は二人の前に缶ジュースを置いて手際よくコントローラーの準備をしていた。
「え、まさか安室さんゲーム弱かったり」
「しませんけど」
安室透はついムキになって被せ気味に言った。
「だよね! はい、コントローラー。一応動作確認は済んでるよ」
コントローラーを構えた白蘭、千代、コナンは笑顔で安室がコントローラーを握るのを待っている。
「ゲームは子供も大人も関係ない。彼らは強そうだ」
白蘭はコナンの笑みを見てそう言った。そして自分以外のチームメイトをNPCに設定した。
「お手柔らかにお願いします」
しぶしぶコントローラーを手に取った安室に、じゃあはじめまーす!、と千代が最後の決定ボタンを押した。



「弱い。弱すぎる」
沢田千代はこの場にいる誰よりも弱かった。コナンと安室が勝利に導いたものの、千代はNPCにコントロールで負けた。チームとして負けた白蘭が出て行った病室で申し訳なさそうにしていた。
「このゲームは苦手で──」
「これ、僕らが学生時代の頃にもあった有名ゲームと似てる箇所もありますよね。触ったことないんですか?」
安室がゲームソフトのパッケージや説明書を開いてここはこれ、これはこういう風に考えるとやりやすい、とひとつひとつ操作のコツを解説している。
「いやぁ、こういったタイプは苦手で。でも得意で強いのもあるよ!」
「なら、どういったゲームが強いのか聞きたいですね」
病室の棚にはゲームソフトが並んでいた。中には目の前にあるハードには対応していない別の会社のゲームもあった。足元には様々な据え置き型のゲーム機がありなるほど、と安室は納得した。
花に気を取られて気付かなかったが、病室にしてはゲームが多すぎるのではないか、とコナンは思っていた。
「家でやり込んだものとか、あとは自分たちで作ったゲーム」
千代はこれとこれは学生時代にやったことある気がする、といくつかのゲームを指差した。それは大人数でワイワイと、とCMで流れていたものだった。他にも誰もが知っている人気ゲームから初めて見たものまで様々ゲームのパッケージを見比べていた。
コナンがゲームソフトを一瞥して口を開いた。
「自分たちで作った? それって白蘭さんと作ったってこと?」
コナンの言葉に千代は顔を上げてゲームソフト選びを一旦中断した。
「まあ、そうなるね。そればっかりやってたよ」
正確には白蘭さんだけでなく、正一くんもいて、彼らと作ったものだ。
「へぇー。どんなゲーム?」
「戦争のゲームだよ」
「戦争って」
コナンくんの顔が曇った。一瞬にして和やかな雰囲気にヒビが入った。仲良くなれたと思っていたのだが、意外にもコナンくんのガードは堅く、容易に警戒心を解いてくれない。
「チェスや将棋もそうでしょ? 元々ボードゲームだったんだ。ハマった私たちがパソコンで遊べるようにしたの」
「へえーー! すごいね。いつ作ったの?」
子どもであることを利用し、演技で出される猫なで声。これには食事に来てもらうことは出来ないかもしれない、と思った。
「前の大学時代に」
詳しく聞こうと安室が身を乗り出したとき病室の扉が大きく開いた。
「たっだいまー! はい、ポテチとチョコレートだよー」
「わーい! ありがとうございます!」
ガサゴソと音を立てながらコンビニの袋の中の菓子が机の上に並べられる。ゲームのコントローラーを置く場所を残して所狭しとチョコレートやポテトチップス、マシュマロ、ジュースの缶が置かれた。周囲の花が病院特有の匂いをき消し病室とは思えない雰囲気になった。
「気になってたんですけど、あなた食事制限はされてないんですか」
ジュースの缶を傾けた千代はポカンとした。
「え、食事制限? あったっけ」
引き出しの中から書類と束を取り出してパラパラめくった。お目当ての書類を見つけて他の紙を引き出しに戻す。コナンと安室は千代が読んでいる紙を覗き込んだ。
「なさそうだよ。病院食も普通食だし」
ポテトチップスを一枚つまんで食べた。コナンくんは私が食べないとお菓子に手を伸ばさない。安室さんは缶ジュースを一気飲みしたのみ。その後はどの菓子にも手をつけなかった。
「それじゃあ二回戦やる? 多分だけどさっきより上手くなってると思うから」
「でもさー。千代さんはこのゲームじゃダメダメだよね。千代さん以外の人も上手くなってるんだよ。次勝つのは難しくない?」
「うっ。痛いところを突くねコナンくん」
胸を押さえて苦しそうなポーズをした私にコナンくんは満足げに笑った。
「だから白蘭さん! ハンデちょうだい!」
コナンくんは掌を天井に向けて両手を差し出し首を傾げた。ね、おねがーいと追加で言うことも忘れない。
「うん、いいよ。何がいいかな」
ルールを変えるか、難易度を変えるか、別のゲームを追加するか。
白蘭は指を立てながら一つ一つ提案した。
「千代さんのだけ難易度を変更してくれればそれでいいよ」
コナンくんはニカッと笑った。安室さんは微笑ましくコナンくんを見守っていた。
「コナンくん……」
そんな、そこまで下手くそに見えているの? 言いたいこともあったが実際に下手なのは事実なので何も言えなかった。
「さっさと始めましょう。これが終わったらすぐに帰らないと」
「あ、引き止めてごめんなさい。なるべく早く終わるように頑張るね」
「秒殺してやりましょう」
安室さんは挑発的な笑みを浮かべた。

ゲームの結果は私たちの圧勝だった。
安室さんは椅子から立ち上がり帰り支度をした。
「そうだコナンくん。今度千代さんと食事に行く予定なんだが、一緒に来てくれないか?」
「えっ、どうして? 二人っきりなら邪魔しちゃ悪いよ」
その言い方では二人だけで行くように聞こえるが二人っきりではない。顔を赤くしてえっえっ、と私と安室さんを見比べるコナンくんは可愛かった。
「彼女、コナンくんがいないと行きたくないっていうんだ」
「どういうこと? 喧嘩でもしたの?」
コナンくんは私と安室さんが付き合ってると思ったのかもしれない。私たちは喧嘩するほどの仲ではない、多分。
「喧嘩してないよ。美味しいご飯にコナンも誘いたいだけだよ。怪我してるときは美味しいもの食べなきゃ」
「ああ、そういうこと」
怪我をした人を誘ったのだと納得したようだ。実際には少し違うのだけれど。
「それじゃあ、まあ今度」
「バイバーイ!」
「お見舞いありがとうございましたー!」
安室さんがドアを閉めるとコナンくんは花を一輪手にとった。
先ほどのような子どもらしさは影を潜め、鋭い眼光が見えた。
「どうしてこんなにたくさんの花を贈ったの? この花はダリア。白いダリアの花言葉は──」
「裏切り」
私も近くから白いダリアを一輪手にとった。裏切り以外の花言葉は覚えていない。
「え?」
「赤のダリアを貰ったときに知った花言葉。そうでしょう?」
ねぇ、と白蘭を見た。彼は違うんだけどなぁ、と零した。
「千代さん、白のダリアには「感謝」って花言葉があるんだ」
「そうなの?」
「うん。所々にある小さな花の花言葉も感謝だよ。そうでしょ? 白蘭さん」
「うん。千代チャンに教えてくれたキミにも贈らないとね。ありがとう」
白蘭さんはコナンくんの頭を撫でた。コナンくんはまんざらでもない顔付きをしていた。
「そうなんだ。ありがとう、コナンくん」
「どういたしまして。僕、そろそろ帰らないと夕飯に遅れちゃう! 白蘭さん、ゲーム遊ばせてくれてありがとう! 千代さんもお大事に! さようなら」
時計を見たコナンくんは慌ただしく帰った。
「さようなら」
手を振った。ドアが閉まると騒がしかった病室は一転して静寂が訪れた。ゲーム音もしない。病室には大量の花と白蘭と私がのこされた。
「ねぇ、白蘭さんは何に感謝してるの? 心当たりがないんだけど」
手元にある花を注意深く観察し始めた。答えてくれなのならそれでいい。
「カプセルを壊さないでくれて、ありがとう。サンプルから得られるデータを楽しみにしてたんだ」
「そう。よかった。どういたしまして。それから、お花をありがとう。ほんとうに綺麗ね」
白蘭は花をひとつ手にとった。そしてくるくると弄ぶ。
「そうだろう? 僕が選んだんだ。美しい花で花占いはどう?」
「やめとく。散らすなんて勿体無い」
千代はそう言って手元の花を花瓶に戻した。
窓の外には真っ赤な夕焼けが広がっていた。夕日は病室を照らし花も赤く染まっていた。
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