ゼロと世界


顔の切り傷が塞がらなく化粧に不安がある状態で私はポアロへ向かった。コナンくんに貸した防犯カメラを返してもらうために。毛利探偵は釈放され、押収された毛利探偵事務所の物品が返ってきたらしい。
ポアロに入店する前に窓に普段は開いているカーテンが閉まっているのが見えた。今は営業時間の筈だが、ドアにはclosedのプレートが掛かっている。指定された時刻と場所は間違っていない。恐る恐るドアを開けると子供たちや毛利探偵一家、蘭さんの友人などがジュース片手に笑っている姿。中央に寄せられたテーブルの上はオードブルやホールケーキでカラフルに彩られている。今日はパーティーでもしているのだろうか。

「いらっしゃいませ。毛利先生お帰りなさいパーティーへようこそ」
安室さんはいつもと変わらないニコニコと営業スマイルをするが、いつもと違うのは頬に絆創膏があること。どうやら私よりも深く切ったようだ。
「あ、千代さん! 来てくれてありがとう!」
コナンくんも顔の絆創膏を残しながら大変良い笑顔を見せた。
「あの、パーティーとか、招待されてないのに来てしまってすみません。すぐ帰りますから」
パーティーのパの字もコナンくんの口から言われなかった。新しいケーキがあるからポアロ集合ね!、とこちらの都合も聞かずに強引に用件だけ言って電話を切ったのだ。安室さんといい電話は双方が喋ることが出来ることを考慮して、ついでに私の都合も考えてほしい、とその時は思ったのだが、今思えば『集合』という言葉に違和感を覚えるべきだったのだ。コナンくんの中身が小学一年生とは思えないのだから。

「違うんだよ! 心配してくれた千代さんにも来てほしいと思ったんだ。おじさんのパーティーって言ったら来てくれないと思って言えなかったんだ。ごめんなさい」
コナンくんは子どもらしく、猫被りにもみえる様子でそう言った。周りに聞こえる大きさの声だったので、今すぐに帰るという逃げ道を塞がれた。狡いぞコナンくん。
「そっかあ。あまり長い時間はいられないけど、いい?」
「うん!」

店の中央に引っ張られ、主役の毛利探偵に挨拶をした後、妃先生や蘭さんと少しお話しをした。毛利探偵と妃先生は仲睦まじく、何故別居中なのか分からないくらいだ。
安室さんとコナンくんがこのパーティーを企画したと聞いて何かあるのでは、と安室さんに視線を向けるがニコッと笑われるだけだった。
パーティーの開催時期的に安室さんは警察として報告書を出してひと段落した頃かと思われる。私より忙しいと思うのでちゃんとご飯を食べて寝ているのか心配だ。大きく切った肩の傷は頬の絆創膏が消えても完治しないだろう。喫茶店では飲み物を運んだり、それなりに力仕事が多いと思うのでバイトしないで療養してほしい。
安室さんを観察していると園子さんとコナンくんのお友達の少年探偵団にケーキを勧められ、前回見たものとは違う綺麗なショートケーキをひとつ皿に乗せた。それはジャムの代わりに真っ赤なイチゴが煌めいており、そもそもレシピ自体が違うものだと感じさせられた。
スポンジは前回より柔らかめの至って普通の、いや、ケーキ屋並みに美味しいショートケーキだった。
「美味しい……」
「でしょー! ケーキ屋よりずっと美味しいよね!」
「安室のにーちゃんのケーキはすごいよな!」
「普段は半熟ケーキになりましたが、これも美味しいでしょう!」
少年探偵団が口の周りにクリームをつけて自分のことのように話す。ケーキが子どもたちをこれほどまで笑顔にするのはすごい。
「そうだね。とっても美味しい。みんなが口の周りのクリームに気付かないくらい」
歩美と光彦と元太は顔を見合わせて笑い合った。

ケーキが乗っていた皿を空にしてすぐ、コナンくんから声が掛かった。
「ごめん、防犯カメラ上に置いて来ちゃったから一緒に来てくれない?」
「うん、全然いいよ」
「安室さんも来てくれない? 高いところにあって……」
「もちろん。毛利探偵、少し抜けます」
重いもんは男が持たんとな! 、と毛利探偵は言っている。防犯カメラはそこまで重くないです、とは言えず大人しく従った。
これは三人だけにされるってことか? 全然良くないな。
あれよあれよと二階にある毛利探偵事務所の中に連れ込まれた。防犯カメラは私でも取れる机の上に置いてある。どう見ても高いところじゃないし、安室さんは必要ない。
そもそも肩を大きく切った安室さんの傷が治ったとは思えず、ならば重いものを持ったらいけないのは怪我人の安室さんの方だ。

「これもお返しします。ありがとうございました」
安室さんが差し出したのは止血のために使った私のネクタイ。ご丁寧にクリーニングされビニールとタグが付いている。
私が鞄を奪って逃走したことはとっくに知っているようでネクタイを手に持ち、背後には取られないように防犯カメラが入った袋がある。
「ケーキ美味しかったです。半熟ケーキも食べに来ます。帰りたいので、返してくれませんか……?」
「それは良かった」
安室さんはニコリ、と口角を上げたものの目は全く笑ってない。ネクタイを掴む手がグッ、と力が入ったのが見えた。返してくれる気配がない。

「ねえ、千代さんは軍人なの?」
コナンくんが小学一年生とは思えない眼光を放ち質問した。
「違うよ。 軍人だったこともない」
「ほんとに? 自衛隊にもそういう機関があるってボク知ってるんだよ」
「私も知ってる、でも自衛隊でもない」
目線を合わせているコナンくんに襟を掴まれた。コナンくんは声を荒らげる。
「じゃあアンタは何者で何が目的で助けたんだ!」
「助けることが目的じゃダメなの? 私の目的は人を助けることなんだ」
「なら、教えてくれてもいいじゃねーか」
「ダメだよ。探偵だからって探ることもダメ。好奇心は猫をも殺す、知らぬが仏、私を調べる代わりにこの二つの諺を調べて。探偵さん」
こちら側へ踏み込んではいけない。例えそれが正義の為だろうが、踏み込む人数が少ないに越したことない。安室さんのような警察の人間ならまだしも私を探った結果はマフィアか犯罪組織しか出てこない。
コナンくんが嫌う幼子扱いと拒絶。申し訳ないと思う。
「そんな、」
「ごめんね」コナンくんが子どもであることを利用して、ごめん。
俯くコナンくんの話が終わったと見たのか、安室さんはコナンくんを無視して防犯カメラが入った袋とネクタイを持って探偵事務所を出た。外に来いと言っているのか。
安室さんとコナンくんの関係はいまいち分からない。

安室さんは階段の上、三階の踊り場にいた。壁に背を預けて、怪我をした方には何も荷物を持っていない。
「貴方の言う軍や組織はありませんでした。それらしき機関の名簿にもなかった。所属も階級も出鱈目だ」
安室さんは下に配慮したのか小さな、真剣な声と表情だった。
「既に脱会してる。そもそもこの世界では存在すらしない」
「存在したかのように話すことが上手いんだな」
「本当にあったことなの」
「上が、ゼロの色が合ってたら同行は必要ないと言ってしました。色があるんですか」
色はきっとホワイトスペルかブラックスペルを指している。他に番号を指す色はない。
「ホワイト、白だよ」
「驚いた、てっきり何もないのかと」
「ははは、ゼロにだって色はあるんだよ」
0番部隊の中で公に知られている隊員は白い制服。真六弔花はきっと含めない。

安室さんは階段を降り始めた。話は終わり。あとは帰るだけ。
ポストの前で止まった安室さんは私の背後にまわり、私の肩に触れた。そして、好青年の彼とは思えない欲を隠さない声で「全てを捧げて寂しくないか?」と言った。
「気安く触れるな」
乱暴に肩の手を払った。咄嗟に行ったことは未来の私が声を掛けられた時に言っていた言葉と一連の動作。普段はポーカーフェイスの安室さんは驚いていた。
「あっ、ごめんなさい。昔の癖で」
すみません、まだ傷も治ってないのに、と手を確認する。赤くなってなくて良かった。
「構いませんよ。それも確認事項のひとつでしたから」
「確認事項、ね」
あの未来を知る者が警察の上層部にいる。好ましいのか好ましくないのか、今は判断が難しい。ミルフィオーレ内で私がボンゴレの血縁者だと知る者は少なかったので、知られてないことを願うばかり。
「そんな元副隊長に伝言です。日本警察を選ばなかったことが残念だ、と」
安室さんは喫茶ポアロの好青年に戻り、爽やかな笑顔を作った。
「ふふふ。警察にいた世界もあったかもしれないよ」
渡された防犯カメラとネクタイを持って安室さんに手を振った。仕掛けられた盗聴機と発信機は毛利探偵事務所のポストに入れさせてもらった。しおりを挟む
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