かよわいあの子の月曜日
朝の通勤時間帯の電車ってこんなに混んでるんだ。満員電車はすし詰めで、周囲からぎゅうぎゅう押される。カーブに差し掛かれば体勢を崩しちゃうし、立ってるだけでも超大変だ。みんなこれに耐えてるなんてすごい。自分がこれから耐えられるのかな。

今日は入学式だから、明日も明後日も通学のために電車に乗らなきゃいけない。雄英高校は国立というだけあって、車通学が認められていない。バスって手もあるけど、電車の方が早いから電車を選んだ。
学校の最寄り駅で何とか電車から降りた。外の空気は美味しい。普段そう思うことはないけど、電車の中で苦しかったせいでそう感じる。
電車は遅れずに到着した。遅刻はしそうにない。
改札を通って道に出れば雄英生と保護者らしき人がほとんどだった。

その中に見知った人を見つけて、息が止まった。
かっちゃんのお母さんとお父さんだ。その隣にいるのは多分かっちゃん。
しばらく会わないうちに背が伸びて男の子って感じになってるけど、多分かっちゃん。同じ電車に乗っていたのだろう。

かっちゃんとは幼馴染で、小学校の同級生だった。私は中学は私立の女子校に進学したから、かっちゃんと中学校は別れたけど、携帯で連絡だけをしていた。

雄英のヒーロー科を受けるって言ってて、かっちゃんなら受かると思ってた。結果は教えてくれなかったけど、受かってたんだ。
私は普通科だけど雄英高校受けるなんて一言も言ってなかった。中高一貫校だったけど、大怪我して長期入院。そのまま出席日数が足りなくて高校に上がれなかった。怪我も入院もかっちゃんには言ってない。かっちゃんは私が中高一貫に行ったって知ってるから、多分雄英にいるとは思ってない。
気付かれて話しかけられたらちょっと気まずい。
だからかっちゃんご家族と近付き過ぎないように距離をとって、すみません気付きませんでした、と言い訳できるようにしていた。

今、親が一緒にいなくて良かった。親同士仲がいいし、親たちは会っていたみたいだから絶対に声をかけてた。
入学式ギリギリに来る親がかっちゃんのご両親とかち合わなければいいなとか、私はすごく失礼なことを考えてる。多分親同士は知ってるだろうけど、かっちゃんには伝えてなければいいな。

進学出来なかったって言ったら理由を聞かれる。そうしたら怪我したって知られてしまう。
怪我の原因は、銀行強盗にタックルされただけなんだけど、時期が中学3年の夏の終わりだった。たまに連絡してくれるかっちゃんの受験勉強の邪魔したくなかったし、それを言ったら、「頼れよ!」って叫ぶだろう。
かっちゃんは優しい。私が困った時は助けてくれるし、個性が発現しなくて“無個性”って揶揄われた時は相手をとっちめたし、転んだ時は心配して手を差し伸べてくれる。
かっちゃんは私にとってのヒーローで、雄英にいるってことは多分ヒーロー科で、ヒーロー免許を取るだろう。そうしたら、みんなのヒーローになる。
私はヒーローの邪魔になりたくない。だから、自立できるように頑張ってる。
入学式の間もずーっとかっちゃんに注目していて、上の空だった。先生方や来賓の話は全然覚えてない。
かっちゃんがA組で、入試でいい成績を取ったんだなぁ、とかかっちゃんを観察していた。必死だったけど、後から思えばかなりキモかった。
教室に移動して、色々書類やら教科書やら受け取って説明を受けると、改めて自分が雄英にいることが実感出来た。教師はヒーローばかりで、普通科の生徒の普通の科目もヒーローが教えるらしい。これはちょっと、すごいな雄英。

私のクラスは終わるのが遅かった。廊下では話し声がして、はしゃぐ声が聞こえてくるのにホームルームは終わらなかった。
かっちゃんとかちあわせなくて済みそうだ。最寄り駅が一緒なので同じ電車に乗りたくない。

朝より随分と重くなった鞄を持って教室を出たら、扉の横にかっちゃんがいた。かっちゃんは私に気付いていた。そして待ち伏せしていた。
目が合って、気まずくて目を逸らしたら肩をガシッと掴まれた。

「オイ、何で言わねーんだよ」
「いや、あの……」
「何で雄英にいるんだよ。高校あったろーが」

何で言えばいいんだろう。かっちゃんには言いたくないけど、面と向かって「かっちゃんには言えません」とか言えない。
黙っていると、かっちゃんは舌打ちして、私の手首を掴んで強引に歩かせた。
かっちゃんの歩幅は大きくて、私は早歩きで、少しだけ走った。
それに気付くと速度を緩めてくれたけど、手首はちょっと痛かった。
人気のないところに着くと、かっちゃんは止まった。周囲を確認すると、小さな声で話し始めた。

「個性のせいか」
確かに私の怪我は銀行強盗の個性のせいだけど、言えない。
「……これから全部守ってやる。お前を傷つける奴全員ぶちのめしてやる。だから、――」
「だめ! 大丈夫だから。私は、大丈夫だから」
「うるせえ! お前が個性使わなくても大丈夫なようにしてやるって昔言っただろうが!」

大声を出してハッとしたかっちゃんは周囲を見渡して、すまねぇ、と謝った。
かっちゃんは私の個性のせいで何かあったのかと考えていたんだ。
私は戸籍や先生たちには個性のことを話してあるけど、無個性として扱ってもらった。実際に個性の発現も遅かったから、無個性で隠し通せた。それ以外で知ってるのは、かっちゃんと両親だけだ。
私の個性は他人の未来に干渉すること。遮るものなく他人の目を見れば相手の未来を予知して、洗脳してしまう。何故か石化してしまう人もいる。
イレイザーヘッドのように発動する時を制御出来ればいいんだけど、私の個性は常時発動している。個性の種類では異形型と同じ分類に入る。
目を見た相手を石化させたり、洗脳したり、未来を知ったりしてしまう。
だから視力はいいにも関わらずコンタクトをつけているし、予備の眼鏡も携帯している。
裸眼では外に出られないし、日常生活も難しい。もし人混みに裸眼でいたら、私は大量の他人の未来を知って脳がパンクして、他人は石になるか洗脳される。
あと、理由は分からないけど、条件が重なれば私の血は動物を殺す。多分人も、殺す。
利用されることを恐れて、隠すよう両親に教わった。父はメディア界で名を馳せていたし、母は元ヒーローだったから、色々見てきたんだと思う。

「大丈夫だよ。 かっちゃんはヒーローになるんでしょ! 私は邪魔になりたくないんだよ! それに、進学出来なかったのは私の個性のせいじゃない」
「じゃあ何だよ!」
「出席日数が足りなかった」
「いじめられてたのか?」
「違うって。かっちゃんが心配するようなことじゃ――」
「それは俺が決める。全部話せ」

私はいつの間にか壁に追い詰められていた。かっちゃんがドン、と私の顔の横に手をついて、顔が近づけられた。
私は原因を話した。回復が人より遅いだけで、長引いただけだと。入院が夏休み中だったら進学出来たし、いじめられてもいない。進学基準の出席日数が厳しいだけ。それに、個性は一度も使ってない。
かっちゃんに心配されないように、嘘はつかないけど、いいところしか話さない。守ってもらう必要はないし、転んでも自力で何とか出来る。守ってもらわなくて大丈夫なんだよ、って伝えた。
かっちゃんは私が小学生になるより前からずっと私を助けてくれた。高校生になってまで助けてもらいたくなかった。
話せば話すほどかっちゃんは何故か少しシュンとなった。

「陶子一人守れなくてヒーローになれるかよ」
あれ? そう来るの? 私は守られなくても大丈夫なんだよ?
「だから必要ないって言ってるでしょ!」
「個性使えないくせに何言ってんだ!」
「かっちゃんだって外で使える個性じゃないでしょ!」
「お前は訓練でさえ使えねーだろうが!」

話しているうちに、かっちゃんも雄英受かったって言ってくれなかったな、とか思い出した。地元の市立から雄英行ってやるって意気込んでたくせに。
「てか――」

私の声は届く前に止められた。
教師はパンパン、と手を叩いた。

「はーいそこまで。新入生たち喧嘩はやめろ。さっさと帰れ」
「すみません!」
私は咄嗟に謝った。私は早速かっちゃんの邪魔をしている。
「ほれ、靴箱はあっちだ。迷うなよ」
「はい」

廊下を走るのはダメだし、私は歩き出した。かっちゃんも歩き出す。そして当然のように私の隣にいる。
あれ、もしかしてこれは帰路が別れるまで一緒に帰るのかな?

気まずいのと、先生の前で喧嘩できないのもあって校舎を出るまで黙っていた。
そういえば、かっちゃんと話すときにちょっとだけど上を向かなければならなかった。
小学校の頃は私の方がほんの少しだけ背が大きかったけど、かっちゃんの背はとっくに私を抜かしていた。体格もいいし、私を掴んだ手も大きかった。

「そう言えばかっちゃんって背高いよね! 同じ制服なのに、かっちゃんは体格いいからかっこいいし!」
私もかっちゃんも頑固だから、また同じ話になったら、絶対喧嘩になってしまう。かっちゃんは私には手を絶対に出さないけど、口論もしたくない。

「別に普通だろ」
そっけないなかっちゃん。私は黙って帰る雰囲気に耐えられそうにないからペラペラと話してしまう。

「私より背高いよ。女子校だったから、男の子の平均がどんな感じなのか分かんないしさ。てか、よく私が分かったね。しばらく会ってないし、身長とか伸びたし」
「そんなん、分かるだろ」
「そう? ママには大人っぽくなったね、って言われたんだけど、見えない?」
「それでも分かるに決まってんだろ」
「そっか。すごいね」
「また同じ学校だな」
「かっちゃんはヒーロー科だけどね。今年もとんでもなく倍率高かったんでしょ? やっぱり実績あって、オールマイトの出身校だと高くなっちゃうのかなぁ」
「お前もそれなりの倍率の中受かってるんだろ」
「まぁそうだけど、普通科は勉強だけだから」

取り留めのない会話。口論という口論にならずに済んだ。
電車の中でもちゃんと会話は続いた。
互いの最寄り駅に着いた時、かっちゃんはちょっとした爆弾発言をした。

「そういや、明日何時の電車に乗るんだ?」
「え? 遅刻しない位の、確か──」
「一緒に行くぞ」
「なんで!?」

ヒーロー科って朝早かったりしないのか。そうだとしても一緒に行く理由は最寄りが一緒位しか思いつかないけど、かっちゃんって寂しがりやでもなく、一人で行動出来ないタイプでもないのに。

「どうせ満員電車苦手だろ」
「そうだけど、かっちゃんも好きな時間に行きたいでしょ」
「はぁ? ヒーロー科ってそんな特別じゃねーぞ。お前は通勤ラッシュを避けて超早い時間に行くのか?」
「それは多分無理」
「じゃあ決まりだ」

勝手に決めないで、と言いたかったけど、言ってしまったらまた喧嘩になるからやめた。それに、頑なに拒否するとかっちゃんのこと嫌ってるとか避けてるとか思われるかもしれない。
かっちゃんとは相変わらず仲良くしたかったから、私なぎこちなく頷いた。
かっちゃんがどうして私にこだわるのか分からない。小学校の高学年の頃には一緒に遊ばなくなっていたし、中学だって離れた。お互いに友達もいる。
もしかして、新しい環境に不安だとか、知り合いがいないとか?
かっちゃんに限ってそんな訳ないか、と自身の考察を否定した。
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