私ばっかり好きって言ってて
診断メーカーのお題より、本編後設定の2人。くっつくまで。








「はぁ…」
町の外れにある小さな家。その庭で真っ白なシーツを干しているマイカ。今日の空は輝かしい程の青が広がっていて、気持ちのいい風が彼女の深紅の髪を揺らす。絶好の洗濯日和だというのに、その心には薄っすらと雲がかかっているようだった。


「大将ー。マイカ、またあの症状出てますけど…?」
「……」
その姿を見ていられないとでも言うような視線をアレクセイに送るのは、フレンからの書類を届けに来ていたレイヴン。玄関口から見えるマイカの後ろ姿には、ダングレストに居た頃のような元気さは感じられない。彼女のあのような姿を見たのは今回で2度目であった。



***



星喰みを倒した後、アレクセイとマイカは一時は大罪人として評議会側からの極刑を求められる騒ぎが起きたのだが、星喰み打倒を含むこれまで功績をヨーデル皇帝含め多くの関係者が直接見ていたこともあり、恩赦という形で制限はありつつも晴れて自由の身となった。騎士団からも外された2人は下町の外れにて新たに住む家を探していたのだがマイカの要望により同居することとなったのである。

『一つだけ我儘を言うならば、これからも貴方の側にいたいのです』

愛の告白のようにも受け取れる彼女の言葉を、その時の顔をアレクセイは忘れることが出来ない。その願いを了承した時の彼女は、表情が一変し本当に嬉しそうな顔をしていた。親衛隊時代にはほとんど見ることのなかった笑顔に最初は驚きを隠せなかったが、いざ生活を始めても、その笑顔は変わらずアレクセイへと向けられていた。
しかし、暫くして彼がいないところで溜め息をつくようになった事を知ったのはレイヴンがきっかけだった。その日も今日と同じような洗濯日和で、シズクからマイカ宛の手紙を届けるべく家に来たレイヴンは庭先でマイカの姿を見つけた。
「おっ、いたいた。マイカ…ん?」
「はぁ…」
乾いた洗濯物を取り込もうとしている彼女だが様子がおかしい。レイヴンの存在に気づいていないようだ。もう一度声をかけてみる。
「マ・イ・カ・ちゃーん?そんな大きな溜め息吐いてどったの?」
「えっ?!レイヴン??!いつからそこに…!」
「さっきからずっといたわよ…。で?元気なさそうだけど何かあった?」
「別に何も「っていう時は大抵何かある時だからよく問いただしてください、ってシズクから頼まれてるから引き下がるわけにはいかないのよね
「シズクの野郎…!」
「上司想いな部下を持てて幸せだねぇ」
「それはお互い様でしょ」
「で、何があったの?」
「……」

問いただしてみるが無言を貫くマイカ。だが、態度を見た感じだと絶対に口には出さないというよりは、言ってしまっていいのだろうかと迷っているような素ぶりだった。
「おっさんが口が固いのは、長年付き合いのあるマイカなら知ってるでしょ?だから、ね?」
「……う。じつ、はね…?」


それからポツリポツリと話してくれたのだが、ざっくり要約すると【私の存在がアレクセイの迷惑になっていないか】という事だった。彼女がアレクセイに恋慕を抱いていた事はなんとなく知っていた。だからこそアレクセイの運命を変えるなんて事を成し遂げられたと、今ならよく分かる。
そんな彼女が初めてアレクセイに一緒にいたい、と自分の願いを伝えたのだ。その願いは同居という形になって今に至るわけだが、一緒に住んでいるだけで恋も2人の関係も特に進展がないというのが現状なのだろう。実際、マイカが、アレクセイに告白した訳でもないのだから仕方がない事なのだが。


「…ってことがあった訳ですよ!たいしょー、あんたマイカの事、実際どーおもってるんですかぁー?」
「シュヴァーンお前、先ほどの回想で口が固いと言ってなかったか?」
「俺はシュヴァーンじゃなくて、レイヴンですぅー!!」
「分かったから、一度そのグラスを机に置きなさい」

その日の晩、レイヴンはマイカに断りを入れた上で半ば強引にアレクセイを飲屋街へと連れ出した。個室にのある店に彼を押し込んだかと思えばその勢いで酒瓶を数本開け、今に至る。レイヴンは完全にできあがっており、元上司であるはずのアレクセイに容赦なく言葉をぶつけていく。

「はいはい、置きましたから大将はちゃんとおっさんの質問に答えてちょーだい!…あんた、本当はマイカの気持ち知ってるんでしょう?」
「……」

アレクセイは自分のグラスを手に取ると、カラカラと砕かれた氷が回るように揺らす。その酒の色はマイカの瞳のような琥珀色をしていた。

「あんたらはもう少し気持ちに素直になってもいいと思うんですがねぇー。お互い長い間苦労して来た訳だしさ」
「…私は彼女に自分の同じ罪まで被せてしまった愚か者だ」
「マイカはそんな事気にする女じゃない。むしろ大将の罪を分けあえる事に喜びを感じちゃうような子よ」
「それでもだ。私は彼女の横にいる資格はないのだよ」
「それ聞いたらマイカ、きっと泣いちゃうかもね」
「……」

それからは終始無言で片付けるように残りの酒を喉に通し、店を出た。
別れ際にレイヴンに引き止められる。
「別にあんた達の恋のキューピッドやりたい訳じゃないですけど、マイカが元気ないと俺達も周りも調子狂っちゃうんですよ。だからさっさと解決してくださいよ」

そんじゃ!と右手を上げて普段と変わりない揚々とした足取りで帰っていくレイヴン。反対にアレクセイはマイカの状態を聞いてしまった今、どう接すればいいのか悩み、重い足取りだった。


空は真っ暗闇で日付も変わった頃。静かに玄関の扉を開けると、奥の部屋から小さく足音が聞こえてくる。
「おかえりなさい…!」
いつもと変わらない笑顔で迎えてくれるマイカ。こんな時間までわざわざ起きて待っていてくれたのだろうか。
「ただいま」
「飲みに行かれたとの事ですがご飯は済まされました?」
「あぁ」
「でしたらお風呂の用意が出来てますのでどうぞ。タオル置いておきますね」
「ありがとう」
「いえっ…!」
少し頬を赤くしてタオルを取りに行こうと背を向けるマイカ。アレクセイの手は無意識にマイカの手首を掴み、彼女を引き止める。
「アレクセイ様…?」
「マイカ」

お互いが名前を呼び、しばらく沈黙が続く。
次に口を開けたのはアレクセイだった。
「お前は、私といて幸せか?」
「…っ!」

驚きで目を丸くしたマイカは、アレクセイを見るなり何か言葉を出そうと小さく口を開く。しかし、言葉が上手くまとまらないようで段々と視線が下へと下がっていった。

「私、は…」
「ザウデの件でお前には私と同じ罪を被せてしまった、これ以上未来のある者の邪魔にはなりたくないのだよ」
「アレクセイ、様…」

アレクセイの言葉を聞いて、マイカの声はどんどんと弱々しいものとなっていく。

「…違うな。そういう事を言いたいわけではないんだ」
「?」

突如手首を掴んでいたアレクセイの手が離れる。アレクセイの真意が読めず、表情を伺おうと少しだけ目線を上げる。

「確かに君に対して罪悪感があるのは確かだ。だが、もし君も私と同じような考えであるならば、そのような事は気にせず自分の道を歩いて欲しいと…!」

アレクセイはきっと私の事を本気で心配している。だから先ほどのような強い言葉になってしまったのだろう、と今のマイカには容易に理解できた。
マイカは自分の気持ちを素直に伝えようと改めてアレクセイに向き合う。彼女の態度の変化にアレクセイの纏う空気がピリリと冷たいものに変わる。

「私はあの時、『貴方の側にいたい』と言いました。それが私の幸せであり、唯一の望み。…でももし、別の場所で貴方が幸せでいられるのなら私は潔く身を引こうと考えておりました。ですが……」

そこで一呼吸置いて気持ちを落ち着ける。今なら大丈夫。きっと、これが最初で最後のチャンスだと。

「気付いちゃったんです。自分の気持ちに」

一呼吸置いて心を落ち着ける。アレクセイも一字一句聴き逃すまいと目の前のマイカに集中する。

「…お慕いしております」


瞬間、マイカの身体の自由が効かなくなる。顔が炎のように真っ赤な彼女がアレクセイに抱き締められていると気付くのは数拍遅れてのことだった。

「……!」
「ありがとう」

ポツリと彼の口から溢れた感謝の言葉。今のマイカにはそれだけで十分だった。

「アレクセイ様…!!好きです。好きなんです、貴方のことが、この世界に来る前からずっと……!!」
「あぁ」

長い間心の奥底に封じ続けていた言葉が溢れて止まらなくなる。離さないで、とばかりにぎゅっとしがみつく彼女をあやすかの様に背中をさする。その優しさが更にマイカの心の枷を溶かしていく。

「泣かせるつもりはなかったんだが」
「これは、喜びの涙、だから。いいんです…!」

普段見ることのないこの強がりはきっと、この世界に来る前の本来の"マイカ"なのだろうか。そんな事を思いながらしばらく抱き合っていた。


***


それ以来、マイカがため息をつくことはなくなった。はずなのだが、今のマイカは前と同様に溜め息をついている。レイヴンは恐る恐る目の前にいる男に尋ねた。
「大将、まさか喧嘩中?」
「そんな訳がないだろう」
「ですよねぇー」
「何か心当たりはないんですか」
「ない……」
2人の性格からして、喧嘩すればどちらかが家を出ていくだろう。しかし、喧嘩をしているわけでもなく、アレクセイに心当たりはないという。それならば。
「それじゃあ、おっさんは用も済んだし帰るわー!!!!」
「待て!シュヴァ……!!」
逃げるが勝ち。
これ以上恋の面倒事はたくさんよー!とばかりにレイヴンは猛ダッシュで帰っていった。今まで見たこともない俊敏さだった。


「さて」
頼りになるはずだった元部下は退散した。アレクセイは一度書斎へと戻り、レイヴンから受け取った書類を置く。そして縁側から庭の方へと出た。シーツのはためく音で足音が聞こえていないのか、マイカはこちらに気づく素振りもみせず、干し終わった洗濯物を眺めている。そのままマイカに近づくがやはり背後に彼が居ることに気づいていないようだ。これが親衛隊時代ならば気配を感じただけですぐに振り返るなり、戦闘態勢を整えるなりしていたはずだ。2人の今の環境が関係だけでなく感覚すらも変えていくのだろうか。

「マイカ」
「!」

名を呼ぶと同時に、後ろからそっと抱きしめる。マイカは咄嗟のことに身体を強ばらせたが、アレクセイだと分かった瞬間、その身から力を抜いた。マイカはアレクセイの顔を見ようと首をこちらに向けようとするが、アレクセイが彼女の右肩に顎を乗せたことでそれを阻止する。

「アレクセイ様……?」
「悩みがあるのなら言いなさい」

腕の中でマイカの身体が微かに揺れる。

「私に言えないのであれば他の者でもいい。言えた義理ではないが、一人で心に溜め込むのはもうやめなさい」

前回の時のように強い口調にならないよう、注意を払って言葉をかける。暫くしてマイカが身体ごとアレクセイに向き合おうとしたので、腕を離し自由にしてやる。アレクセイに向きあったマイカはほんのり頬が赤くなっており、表情は不安そうな顔というよりは拗ねているような表情に近い。子供っぽい、と言えばきっと本人に怒られるだろうが、ここまで次々と表情を変えてゆく彼女を見たのは始めてだった。

「何を拗ねている」
「拗ね……?!!別に拗ねてなんか!」
「誰が見ても拗ねたような顔をしているぞ。原因はなんだ?」
「……だってアレクセイ様が」

アレクセイにマイカは顔を逸らしながらポツポツと続ける。顔の赤みが先程よりも強まっているのは気のせいだろうか。

「私が好きって言ってから、まだ一度も”好き”って言ってもらってない、です……」
「……」
「私ばっかり好きって言ってて、ズルい」

確かに、アレクセイが今まで愛の言葉を直接口にしたことは一度たりともなかった。あの時でさえも、ありがとうとしか言っていなかったと記憶している。互いの気持ちを伝え合うことが長続きのコツだと昔誰かが酒の席で語っていた。当時は黙って聞き流したことを今となって後悔することになろうとは。
その時、庭を一際激しい風が駆け抜ける。近くに干してあったシーツが大きく風に煽られる。

「マイカ」
「はい?……ッ!!」

シーツが二人を白の世界に包み込んだ瞬間、アレクセイとマイカの距離は一度だけゼロとなる。
アレクセイは愛している、と耳元で囁くと顔を離した。風はすぐに止み、元の風景に戻った庭には顔を茹でタコのように真っ赤にしたマイカと、顔に少しだけ嬉しさを滲ませたアレクセイが立っていた。

「満足か?」
「ズルい。そういうのほんっとうにずるいですよ……!」

マイカは悔しそうにアレクセイを睨みつける。そんな彼女に今度はアレクセイが溜め息を付かんばかりに言い返す。

「ズルいと思うなら、君もその様付けで名前を呼ぶのはやめなさい。もう上司と部下という関係ではないのだろう?」
「……!」

思いがけない指摘に目を丸くする。彼女自身全く気にもしていなかった部分だった。もしかしたらずっと気にしていたのだろうか。

「ちょっとずつ、頑張ります。…ア、アレクセイ」

仮にも目上である人間を呼び捨てにしてしまうのが申し訳ないというのが表情からよく伝わって来る。こういう彼女だからこそアレクセイは惹かれたのかもしれない。だがマイカには悪いが、頑張って慣れてもらうしかない。その代わり、自分からは精一杯の愛を君に示そうと一人心で誓ったのであった。




















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