小説 | ナノ


▼ デュース・スペードと一緒に歩みたい(TWST)


「なまえ、お前、また髪色変えたのか」

アッシュグレー、ピンクハイライト、ベージュのグラデーション。髪色を変えるのは好きだ。美容院に入る時と出る時で、なんだか違う自分に変身したような気がするから。もっとも最近は、変な目で見られてしまうから、街にある美容院には行けてないけれど。

「うん。どう?可愛いでしょ」
「……まあ」
「……ね、デュース。また喧嘩したの?」

その言葉に、目の前の彼ーーデュース・スペードは眉間に皺を寄せた。美人が凄むと迫力がある。そんなデュースの綺麗な顔は、今は口の端が痛々しく切れている。いつもポケットに入れているハンカチでそれを拭えば、デュースはいてえ、と小さく呟いた。

「オレのシマで暴れてるヤツを見過ごすわけにはいかねーだろ」
「それはそうかもだけど」

デュースのことは、エレメンタリースクールーーいや、それ以前から知っている。ずっと同じ街に住んでいるのだ。小さい頃のデュースは、なんだか女の子みたいだったから、わたしはいたく気に入って、毎日遊ぼうと誘っていたらしい。デュースは真面目すぎるから容量が悪くて、エレメンタリースクールの宿題はいつも一緒にやっていた。そんな彼が、少し危ないことをし始めたのは、ミドルスクールに入学してからだった。

夜空みたいな色の髪は、脱色したおかげで太陽光に眩しく輝くようになった。男の子にしては白い肌には生傷が増えた。小さい頃には女の子と勘違いしていたほどに綺麗な顔は、血をたくさん滲ませるようになった。変わったばかりのデュースは、なんだか寂しそうな目で、わたしを見ていたのを覚えている。

わたしはデュースが好きだった。友達として、男の子として、1人の人間として彼を好いていた。だからどうしても一緒にいたくて、どれだけ彼の周りの人が怖くても、わたしはデュースの後ろをついていった。デュースもそれを望んでいたように思った。

「いいんだよ、んなことは。なあ、マジカルホイールに乗らないか。今日はいい風が吹いてる。絶対気持ちいいぞ」
「わたし今日ヘルメット持ってきてないよ」
「ふふん、見てろよ」

得意げに笑ったデュースが、出でよ、と小さく唱えた。夜空にきらきら粒子が微かに舞う。綺麗だ、そう思ったとき、空気を切り裂く重たい音がした。ガラン、やら、ドカン、やらと、すぐ足元から。

「……これ、ヘルメット?」
「…………くそ、また大釜だ……」

思わず声をあげて笑ってしまったわたしを、デュースは不満そうな顔で見ていた。それも少しのことで、すぐに彼も吹き出して笑いだす。
ーー幸せだ、と思った。短く切ったスカートから出た脚が冷たくても、ブリーチをしたあとに頭が痛くなっても。美容院のスタッフさんに、あの子はミドルスクールの学生なのに、と冷たい目で見られていたって。デュース以外の友達が、離れていったって。

「もっかい魔法見せてよ、デュース」

彼がわたしの隣で笑ってくれるなら、それが一番うれしいことだと、心の底から思っていた。


**


そんなわたしたちに変化が起きたのは、三年生の冬だった。

年が変わる前に、入学願書を提出する学校を決めなければいけなくて、わたしは、連日両親と揉めていた。ーーデュースは、どうするんだろうか。そういえば最近、彼と会っていない。手入れを怠った髪は、みっともなくプリンみたいな色になっていた。

何の気無しにスマホを開く。マジカメに通知が届いているーーアプリを立ち上げると、メッセージが届いていた。デュースからだ。慌てて目を通す。

ーー明日の夜、海に行かないか。マジカルホイールで家まで行く。

ーーお誘いだ。体がガッと熱くなった。鏡を見て、自分の顔をぺたぺたと触る。最近あんまり寝てなかったからか、クマがすごい。それにこのプリン頭も染め直さなければ。明日の昼に空いている美容院を探し出して、ばっちり予約をして、ふうと溜息をついた。

わたしは卑屈な人間だ。さっきまで、ミドルスクールを卒業することをきっかけに、デュースがわたしから離れていってしまうのではないかと思っていた。最近の彼は少しおかしかったからーー会いたくて自宅を訪ねても、不在にしていることが多かったし。
でも、そんな心配は杞憂だったらしい。明日の髪色はどうしよう、今の色には飽きてきたところだった。

ーーそうだ。どうせ染めるなら、

この時のわたしは、明日が楽しみでしょうがなかった。無知で愚かな、童話の主人公のようだった。


**



美容院が案外遅くなってしまって、デュースには、家じゃなくて公園で待ち合わせをしようとメッセージを送った。
季節は冬、12月の半ばだ。冷たい空気が肌を撫でるが、何だか体の中は温かくて変な感じだと思った。

デュースと待ち合わせをした公園は、小さな通りに面した人気の少ないところだった。子どもの頃はよくここで遊んでいたなあ、とぼんやり思い出す。あんまり可愛くないパンダの遊具、乗ると軋んだ音を立てる古いブランコ。昔は見るだけで胸が躍っていたそれらが、今は恐ろしいもののように見えてしまうのだから、月日の流れはすごいものだ。
小さく息を吐く。それは、白いモヤになって消えてしまった。

「悪い!待たせた!」

ハキハキした声が、冷たい空気を裂く。顔を上げると、暗い中、人影がこちらに駆け寄ってくるのがわかった。

「デュース」
「寒いだろ。行けるか?」

デュースが側まできた。街灯が彼を照らす。そこで、ようやく気付いた。

「……髪の色」
「あ、こ、これか。うん……戻したんだ」

きらきらと輝いていたゴールドの髪は、夜に溶け込む色に変わっていた。ああ、昔のデュースだ、そんな懐かしさと同時に、重たい氷塊が心に落ちてきたような気がする。

「そっか」

光の当たらない、暗いベンチのそばから、彼を照らしている街頭の下に躍り出た。染めたばかりの毛先が、白い光に当たってぱちぱちと視界の端で輝いた。
まっきんきんの髪。趣味じゃなかったけれど、デュースと同じ色なら、自分にも似合うんじゃないかと思った。そう思いたかった。
でも、今の彼は、夜の海のような色を携えている。お揃いの色の瞳を細めて、デュースはわたしを見ていた。悲しそうに。ーー同情するように。

「なまえ」

髪色、変えたのか。ーーまた同じことを聞く。どう答えたって、褒めても、貶してもくれないくせに。その言葉に、曖昧に笑った。

「……ごめん。オレのーー僕、の、せいだった。散々振り回して、……お前は優しいから」

デュースは暗い顔のまま、わたしの方に手を伸ばす。節くれだった指が、わたしの手首を掴んで、彼の方へ引っ張った。街灯が、まるでスポットライトみたいにわたしたちを照らしている。

「もう、いいんだ。やめよう。僕も、まともになるから」

お前が無理する必要なんてない、デュースは苦しそうに呟く。

無理をしている?わたしが?やめよう、……なにを?ーー振り回した?

彼の言葉が、ぐるぐると頭の中を回っている。それは次第に膨らんで大きくなって、わたしの元々大きくもない脳の容量を満杯にした。それはいろんなところを圧迫して、心までもーー気が付けば、デュースの白くて大きな手を、わたしは強く振り払っていた。

「振り回されてなんかない!!」

仕方なくやったみたいなふうに言わないで。わたしは、好きでこうやって生きてるの。わたしが自分で選んでこうしている。
短いスカートのせいで、寒くて変な色になる脚も、他の人の目も、人混みで一層目立つ髪の色も。全部、わたしのためにやったことだから。わたしが、一緒にいたかったから。

ぐちゃぐちゃの思いは、ひとっかけらも言葉になることはない。早くなる心臓の鼓動に合わせて、脳みそがずきずき痛んだ。美容院で付けてもらった甘いオイルの匂いが、さらに痛みを助長させる。
わたしはただ、みっともなく息を荒げて、目の前のデュースを睨みつけていた。

「……大体、急になんなの。その髪の色も。自分のこと、僕なんて言っちゃって」

白い息と共に、堪えきれなかった気持ちが胸から溢れていく。彼はそれを、ただ黙って聞いていた。その落ち着きが、さらに神経を逆撫でする。わたしとデュースは、もう違う場所にいるんだと、まざまざと見せつけられたような気がした。

続けてなにかを喚き立てようとしてーーやめた。いつのまにか、わたしは、わけもわからず泣いていた。冬の夜風に当たって、わたしの頬は、凍りついたように冷たかった。


**


デュースは、かの高名なナイトレイブンカレッジに入学することが決まったらしいーーその噂を聞いたのは、あの夜から数日後のことだった。
彼は悪い意味でこの街では有名だった。だからその噂も、あっという間にわたしの耳に入ってきた。ナイトレイブンカレッジは、全寮制の男子校だったはず。本当にもう、会えなくなるんだなーーそこまで想像して、考えるのをやめた。考えたくなかった。

あの夜、デュースは、さめざめと泣くわたしの側で、黙って立っていた。わたしの汚い主張には、なにも答えずにーーわたしが立ち去るときに、ただ、元気でな、と微笑んだ。その言葉を無視して、わたしは家へ逃げ帰るようにして走った。

学校は、近所のところに適当に出願した。勉強をしなくったって入れるようなところ。冬が終わり、春が来て、夏が過ぎてーーわたしはそこへ入学した。わたしと同じような友達も出来た。その子たちに、なまえは金髪が似合うね、とそう言われたから、あの日から未練がましく、髪色はそのままだった。

学校の帰り、友達と解散してひとりになってから、わたしは特に意味もなく繁華街を歩いていた。少し冷たい風が、ブラウス1枚と短いスカートの制服に吹き付ける。夏はもう、すっかり過ぎ去ってしまったらしい。

「ーーあ、」

そのときだった。
繁華街の人混みの中に、夜空のような綺麗な髪を見た。思わず身体が動いたけれど、ぶかぶかのローファーでは、早くは走れない。近付こうとしても、どんどんその人はーーデュースは離れていく。どうして彼がここに?

必死に追いかけるうち、人が少なくなってきた。そこでようやく気付く。デュースは、まるで鴉のような、真っ黒な制服を見に纏っていた。目元には、彼の名前どおりのスペードのペイント。そして両隣には、同じ制服を着た友達がいた。
赤い髪の男の子が、デュースを小突く。反対側にいた背の低い男の子が笑って、デュースがふたりの頭を軽く叩いた。楽しそうに笑っている。ーーそれを見て、足が止まった。


ーー声なんて、掛けられるものか。かっこいい制服を着て、友達に囲まれて、堂々と歩く彼をーー過去に縋り付くだけのわたしが、貶めていいわけがない。地面に目を落とす。私のやけに細い足は、紫のような白のような、やっぱり変な色だった。

あの夜を思い出す。振り回されてなんかいなかったーーわたしは確かにそう思っていたし、今も、わたしがしたくてしたことだと思っている。でも、そうじゃない。あのとき、わたしが言いたかったことは。


三人の男の子たちの後ろ姿を見つめながら、わたしは長く長く、溜息を吐いた。ブリーチのせいで痛んだ毛先を風に遊ばせて、ちょっとだけ泣いた。



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