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▼ 押しが強い伏黒くんにもう負けそうB(呪術)


最近、よく眠ることができていなかったなあ、とぼんやり考えた。目を閉じても、なんだか」ふわふわ浮いているような感覚があって、自意識と夢の間にいるような気持ちだった。
だから、目を開けたとき、ああ、頭が軽いなあ。そんなせいせいした思いで、気持ちのいい眠りの余韻に甘えるように、寝返りを打った。――打とうとした。

……あれ。体がなんだか重たくて動きにくい。昨日、任務で無理して動きすぎたせいか。いや、身体の中の話ではない。もっと外的要因、物理的な重さというか――

ようやく頭にかかっていた靄が晴れて、わたしは、鼻あたりまで被っていた布団を跳ねのけた。ふわり、慣れない香りが鼻腔をくすぐる。慣れないわけではないんだけど。嗅いだことはあるにおいなんだけれど――現実としてはあまりにショッキングで、起きたばかりのわたしの弱い頭には信じがたい現実だった。

――隣で、伏黒くんが眠っている。

動きにくいなあ、そう感じたのは、伏黒くんの細いながらもがっしりした腕が、わたしの体に上に乗っかっているからだった。そして極めつけは、彼の脚の片方が、わたしの短いそれの間に遠慮なく割って入っていたのだった。こりゃ動きにくいわけだなあ、思わず現実逃避をした。
そのとき、隣の伏黒くんが、ん、という高い声を漏らした。思わず心臓が跳ね上がってしまう。……なんだか、悪いことをしているみたいだ。どきどきしながら、目の前の伏黒くんの綺麗なお顔がちょっと動くのを眺めていた。まつげが小さく震えて、黒曜石の瞳がのぞく。寝起きだからかその目は潤んでいて、ちょっと色っぽかった。

「……もう起きるの」

口調がゆるい!わたしは思わず自分の口に手を当てた。なんだかカワイイ。そんなのんきなことを考えている場合ではないけれど、くあ、と欠伸をする様子は実家で飼っている猫に似ていた。
 
伏黒くんはぼんやりした顔でわたしを見て、かすれた声でおはようございます、と言った。あ、おはよう、と返して、いや違う違う、と首を振る。
「ね、伏黒くん。これどういう状況?」

 尋ねると、彼はちょっと唇を舐めて、なんか、いいですね、と呟いた。
「今の呼び方、なんか恋人っぽかったです」
「何が!?」
「ね、伏黒くん、の部分……。もう一回言ってください」
「だめだこれ」
 
わたしは色々と諦めて、身体に乗っかったままの伏黒くんの腕をのけて上半身を起こした。やっぱりここは伏黒くんの部屋らしい。備え付けの家具や間取りは同じだが、他人の部屋と思うとやっぱり落ち着かない。ちょっと鼻を鳴らしてみて、変態臭いからやめた。

「で、昨日何があったの」
わたしの問いかけに、伏黒くんもおもむろに起き上がった。そして、あー、と呟いて、こうのたまった。
「覚えてないんですか?」
「えっ」
「残念です」

唇をわなわなさせるわたしと対照的に、伏黒くんはけろりとした顔を崩さない。慌てて自分の格好を確認する。いつも寝間着にしているジャージだった。それに少し安心感を覚えて、改めて伏黒くんを見る。彼は下こそちゃんとしたズボンを履いていたものの、上半身は大きめのタンクトップだった。ざっくり割れたV字の襟元からは、胸元がちらちらと覗いていて、思わず目を逸らした。  
それを不審に思ったのか、伏黒くんはわたしの傍に片手を置いて、わたしの顔を下からのぞき込んできた。わたしとは違って大きな凹凸がないからだが、胸を通って腹まで見えた。ひゃあ、と思わず間抜けな声を上げてしまう。

「なんだそれ。本気で襲っていいですか」
「うわ!待って!ハウス!!」
「だから犬じゃねえって」
「あ。……待って今、『本気で』って言ったでしょ。言ったよね。じゃあ本気じゃないってことじゃん!」
「ちっ」
 
今度はわたしのほうが得意げな顔をする番だった。伏黒くん、破れたり。気分は名探偵だ。

「本当になんでわたしここにいるの?」
「廊下で行き倒れてたんで。……ちゃんと許可は取りましたよ」
「やだ、そんな目で見ないでよ。伏黒くんの『そういうところ』は、信用してるんだから……」
「へえ。でもなまえさん、俺となんかあったんじゃないかって疑ってましたよね」
「いや、それはそういう……わたしがね、なんか不埒なことをお願いしたんじゃないかと」
「例えば?」
「例えば!?」

 この後輩、こういうところがある。俺は安全ですよ、武器なんて持っていませんよ、という顔をしておいて、ふとしたときに牙をむく。きっと本気で嫌がれば、やめてくれるんだろうけど、そういうところには敏感なのがたちが悪い。わたしが、伏黒くんとの関係性とかいろいろ含めて、本気で拒否をすることはないと思っているのだ。合っているのが癪である。

「伏黒くんを……抱き枕にしたい、とか」
「……間違ってもないですね。あながちですけど」
「本気で言ってる!?」
「はい」

動揺するわたしを放置して、伏黒くんはベッドから立ち上がった。スリッパをひっかけて、簡易キッチンの前に立った。緑茶しかないんですけどいいですか、とか何とか言って、お湯を沸かし始めた彼の背中を、わたしはぼんやりと眺める。
 深く息を吐いて、ふたたびベッドに体を沈める。分かっていたけれど、やっぱり伏黒くんのにおいがして、落ち着かない気持ちを掻き立てた。

「……あ」
「思い出しました?」
「うん。ベッドだ」

 白い湯気を立てるマグカップが目の前に差し出された。伏黒くんは呆れた顔をしながら笑っていた。しょうがないなあ、とでも言うように。男の子に言うのも変な話だが、母性を感じさせる表情だった。

「部屋が狭いなあって思って、ロフトベッドに変えたの。そしたら落ちる夢ばっかり見ちゃって、なんだか眠れなくてさ」
「それでその辺うろうろして、廊下で倒れてたんですよね。昨日は寝ぼけて夢の話でもしてんのかと思ってたけど、ホント、なんか…アホですね」
「辛辣……」
  わたしがお礼を言ってマグカップを受け取ると、伏黒くんも横に腰かけた。ベッドのスプリングがぎ、と声を上げる。
「正直、心臓止まるかと思った。だから、既成事実くらいもらっても、バチ当たんないと思うんですけど」
「残念でした」

 でも、助けてくれてありがとうね。そう言うと、伏黒くんは唇をむずむずさせて笑った。それは、
彼が照れた時に出る癖で――わたしも思わず、微笑んだ。
みんなが起きだすまで、まだもう少し時間がある。居心地の悪さに似た、このくすぐったい時間を、もう少し彼と共有してもいいかもな。あったかいお茶が体に染みわたるのを感じて、ほうとぬるい息を吐いた。


 ――そしてなぜかこの一件の一部始終を、五条先生が知っていて、叫びだしたくなるくらいしつこくからかわれるのは別の話である。


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