小説 | ナノ


▼ 押しが強い伏黒くんにもう負けそうA(呪術)


わたしはどこにでもいる高校二年生。ただちょっと人には分からないグロいものが見えてしまったり、それを倒しに行ったり(※三級までに限ります)、呪いをぶつけ合ったりして過ごしている、ごくごく平凡な女の子なのである。
そんなわたしが、顔良し才能良しの後輩−−伏黒恵くんに呼び出され告白をされたのは、もう一ヶ月ほど前のことであった。
彼がわたしと顔を合わせるたび、クソでかい声で想いの丈を浴びせてくる光景は、友人も最初こそ目をひん剥いていたものの、一週間を過ぎたあたりから完全に日常と化していた。

−−だって伏黒くんってば、何もしないんだから。
でかい声で告白してくるだけ。わたしが今この件について知っている情報は、伏黒くんがわたしのことを好いているらしい、とただそれだけのものだ。一体こんなわたしのどこが好きなのか、それよか好きと伝えるだけで完結していないか。……もしかして、別に付き合いたいわけではなかったり?

そんなことを考えながら、五条先生にこのまえの呪霊についての書類を提出する。はい、ありがとう〜と内容に目さえ通さず受け取る五条先生からは、強いチョコレートの匂いがした。職務中におやつなんて、全く最強様はいご身分である。

便宜上ぺこりと一礼をして、職員室を出ようと踵を返す。そのとき、先生に呼び止められた。ねえ、なまえ。

「気にしてないよ」
「え?」
「恵のこと。だーれも気にしてないって」

黒い目隠しの下で見えない目が、にんまりと弧を描いているのがなんとなく分かる。教師のくせに、下世話なことを言うのが好きなのか。この際、彼との話が漏れていることにはもうこだわっていられない。

「なんか、五条先生の言葉って信憑性ないですね」
「ええ?ひっどいなあ。でもこの話、僕のことだけじゃないからね」
「……と言うと?」
「結論は"特にみんな興味無い"。悠二調べです」

口をあんぐりと開けたわたしに、五条先生は今度こそ声をあげてケラケラ笑った。なんだかもう大変居た堪れなくなって、背中が自然と丸くなるわたしの目の前に、先生は何かを差し出した。

「これあげるから。頑張って」

そこには紙に包まれたタイプの昔ながらのキャラメルがふたつ。もうわたしは何も言い返せずに、素直にお礼を言って、すごすごと職員室から立ち去った。

**

−−みんな興味ない。そりゃそうだろうなあ、だってここにいるみんなは、良くも悪くも変わり者だ。
それに、言ってしまえばわたしだって。周りの目が気になる−−それは、周りのみんながわたしをそういう目で見ないからいいということではない。今のわたしでは、伏黒恵というひとに釣り合わないことは、自分が1番わかっている。だから、第三者から見てもあの2人はお似合いだねと……いや、それは2回くらい人生をやり直さないと無理かもしれないが。
伏黒恵があんな女を好きなんて、物好きだなあ、とか、彼が他の誰かにそういう気持ちを持たれることがないようにしたいとは思う。付き合うかは別として。

そんな感じで、ここ最近は積極的に任務を入れているのであった。わたし1人である程度はなんとかなりそうなやつ。と言っても、いつも死ぬか生きるかギリギリみたいな場面が多くあるのは否めないが。なんだったら今日も死にかけたような気がする。

「なまえさん、お疲れ様です」

そんなことを考えながら寮に戻ろうと高専の廊下を歩いていたとき、向こうから歩いてくる黒い人物がいた。噂の彼、伏黒くんもわたしの存在に気づいたらしく、小走りでこっちに駆け寄ってくる。脚が長い。そしてなんか犬っぽい。

「任務行ってきたんですか?」
「うん。報告書出してきたところ」
「あ、泥ついてます。頬のところ」
「え、ほんと?」

自身の頬をやや雑に手で拭う。伏黒くんは、ちょっと右です、いや左、なんて言ってわたしが顔を撫で回す様をただ見ていた。彼が拭ってくれればいいのに、ふとそう思ったとき、やっと汚れは取れたらしい。伏黒くんは満足そうに目元を緩ませた。

「ちゃんと昼食いました?」
「それが食べてないんだよね。まだ食堂空いてないだろうし、コンビニでも行こうかなあ」
「俺も着いて行ってもいいですか」
「うん、もちろん」

伏黒くんと話す機会が増えて、色々わかったことがある。外見や才能だけじゃなくて、伏黒恵という人間の中身はとても魅力的だということ。不満なときは子どもみたいに唇が動くし、照れたり驚いたり、動揺したときには敬語が抜ける。
あとは、なんだかわたしに許可を求めてくることが多いように思う。廊下で会ったときも、普通に話し続ければいいのに、いま時間ありますかなんて律儀に聞く。さっきも、コンビニくらい流れで着いてくればいいのになあ。真面目なんだろうけど−−うん、やっぱり犬っぽい。

「虎杖が、期間限定の肉まんがうまいって言ってましたよ」
「へえ!何味?」
「とんこつラーメン味です」
「やばいじゃん」

隣を歩く伏黒くんは、わたしに合わせてくれているのかゆったりとした足取りだ。高い位置にある横顔が綺麗で、彼にばれないようにチラ見する。今日も彼は美形だった。

−−そのとき。

「うわ!?」

突然、前に大きくつんのめる。冷たいコンクリートに向かって、顔からダイブしようとしたとき、お腹のあたりを力強く支えられて、体重をかけてしまう。伏黒くんの腕だ。
意味のある声をあげる暇もなく、わたしの脚がずぶずぶと泥の中に埋まっていくような感覚に襲われる。あわてて支えてくれている彼の腕にしがみついた。感覚−−ではない、文字通り、脚が地面にどんどん埋まっていく。伏黒くんがするどい声でわたしの名前を呼んだ。

「伏黒く、」

空間が緩くなった地面から、手のような影が無数に伸びてくる。それはあっという間にわたしの背を追い越して、帳を下ろすように覆い被さってきた。この独特の感じ、さっき戦ってきた−−

視界が真っ暗になる寸前、お腹だけに感じていた体温が、つよく身体全体を抱き込む。思わず息を呑んだ、そのとき、低い声が耳元で響いた。

「俺がいます」

−−あったかい。
気持ちの悪い浮遊感に襲われながら、伏黒くんの体温にわたしは無意識に縋り付いていた。

**

自分が眠っているのか、起きているのかもよく分からない。目を閉じても開けても、ただ白い空間が続くばかりだった。目を閉じているのに暗くないというのは、どうにも気味が悪い感覚だった。
自分が横になっていたのは、これまた真っ白なベッドだった。起き上がると、ぎし、とスプリングが軋む音がする。立ち上がって二、三歩歩くと、視界の端に黒い人影が入ってきた。

「伏黒くん!」
「なまえさん。起きたんですね。よかった」

わたしの声に彼は振り返る。そしてちょいちょいと手招きをした。指示されるがままに彼に近寄る。

「この空間、ずっと続いてるわけじゃなさそうです。ここ」
「……本当だ」

伏黒くんが指さす方へ、ゆっくり手を伸ばす。指先が硬いものにぶつかった。手のひら全体をつける。空間の中に、見えない壁があるようだ。ここは密室らしい。

「ここに吸い込まれるとき、さっき戦ってきた呪霊の匂いがしたの」
「……時間差で発動する呪いか?でも本体が消えているなら、そこまでの効力はないはずです」
「確かに。そう考えてもいいかも」

さっきの任務、先輩の呪術師はサポートタイプで、後方支援が主だった。実際に戦ったのはわたし。そう考えると、先輩にはこの状況は起きていないのだろうか。−−いま考えたって仕方ないか。
伏黒くんの話では、この部屋の中では呪術が使えないらしい。何度も式神を呼び出してみようとしたけれど、うんともすんとも言わないのだそう。たしかに、なんだかさっきから呪力を堰き止められているような感覚がして、なんだか妙な気持ちだ。

「とりあえず、お腹に何か入れよう。これ、さっき五条先生からもらったキャラメル−−あ、」
「なんか落ちましたよ」

制服のポケットを弄って件のキャラメルを取り出す。そのとき、一緒になにかが零れて地面に落ちた。……紙?
わたしが腰をかがめるより先に、伏黒くんが細い指でそれを拾い上げた。正方形の付箋紙のような大きさのそれをひらく。彼の動きがびきりと固まった。

「伏黒くん?」
「…………」

名前を呼んでも、彼はただ黙りこくっている。紙の中を覗き込もうとしたら、ぱっと手を高い位置に上げられた。手を伸ばしても、さっさっと取れない位置に動かしてくる。−−子どもか!

「ちょっと、ねえ。何が書いてあるの」
「……一応。一応聞きますけど、この紙、なまえさんの私物じゃないですよね」
「え?うん。違うと思うけど」
「…………………くそったれ…………」
「ん!?」

伏黒くんの綺麗な顔が急に梅干しを30個口に詰め込まれたような表情に変わる。無理矢理彼の腕を下ろして、おおきな手のひらをこじ開けた。例の紙は、彼の握力でぐっしゃぐしゃだ。なぜか抵抗しなくなった伏黒くんをチャンスとばかりに、その紙を開く。そこにあったのは、

「……お互いに歯形をつけないと出られない部屋?」

しん、白くてただっぴろい空間にわたしの声だけが響いた。こんな血迷ったこと、言いたくて言っているわけではない。ただそうやって、紙に書いてあったのだ。
伏黒くんは眉間に深い深い皺を寄せて、ぐっと唇を引き結んでいる。わたしはもう一度、手の中の紙と彼の顔を見比べた。……なに、この状況。

お互いに歯形をつける。それは肌に、ということだろうか。そっと腕を白い空間に向けて伸ばした。そこにはやっぱり見えない壁が聳え立っている。ぺたぺたとそれに触れて、わたしは伏黒くんに向き直った。

「……伏黒くん」
「…………なんですか。俺、いま頭回ってないですよ」
「考えなくていいよ。……というか、あんまり深く考えないで欲しい」

学ランのボタンを適当に外す。除いたワイシャツのボタンに手をかけるのを、さっきまで目を逸らしていた伏黒くんはぎょっとした顔で見た。上から三つくらい外して、前を寛げる。少し厚手のキャミソールを着ていてよかった。限りなくアウトに近いけど。

「なまえさん、あの」
「ごめん。いろいろ本当にごめん」

髪を後ろに流して、首筋を差し出した。声も、唇も震えているのがわかる。指先が震えているのは伝わっているだろうか。もう遅いかもしれないけど、手を自分の背中に回した。

伏黒くんは、わたしが巻き込んだ。才能がなくとも、わたしだって呪術師の端くれだ。この部屋が呪いによるものだって、解錠の手段が今この紙の中にあることのみだって何となく分かる。そしてそれは、伏黒くんも同じなはずだ。
それなら、うだうだしているわけにはいかない。彼に嫌われてでも、自分が恥をかいてでも、できることをすぐにやらなければ、わたしはただの役立たずだ。

彼はただ黙っている。わたしにはそれが、数秒なのか、数分なのか分からなかった。ただ重たい沈黙が、わたしの体に乗っかってくる。

−−伏黒くんが動いた。わたしに手を伸ばして、ぐ、と抱き寄せられる。あ、これ、さっきの感覚だ。そう思ったのも束の間、首筋に生暖かい−−濡れた感触と、鈍い痛みが走った。思わずうめきそうになったのを、寸前のところで堪える。小さく息が漏れた。

彼の歯がわたしの肌から離れる。しかし、彼の唇は、わたしの首筋に触れるか触れないかのところで止まっていた。わたしを抱き寄せる腕には力が篭り、わたしはただあの温もりに包まれている。

「伏黒くん?」
「…………謝りませんよ、俺」
「いいよ、そんな−−わたしがやらせたことだし」
「そうじゃなくて、……ああ、もう」

わたしの耳元でぼそぼそと呟く伏黒くんの声が、背筋をむず痒くさせる。なんだか心臓の音が早くなってきたような気がした。こんな、なんだろう。身体中に熱が回るような、妙な心地がする。

「……俺、なまえさんのそういうところ、嫌いです」
「えっ」
「なんでだよ、俺はあんたのことが好きなんだから、こんな時ぐらい利用すればいいだろ。自分が悪いって、ひとりで解決するのが当たり前みたいなこと言って。動揺しちまってる俺が、バカみたいだ」

低く掠れた声が、わたしのそばに降りてきて、脳内をぐるぐる揺さぶった。

「……でも、全部そういうの引っくるめて、」

−−あなたが好きです。

この一ヶ月、何回も浴びてきたその言葉が、なんだか現実味を帯びて降りかかってきた。心臓がばくばくと音を立てて暴れ出したから、それが彼に伝わるんじゃないかと思って小さく身を捩る。まだダメです、と伏黒くんが呟いて、わたしを抱きしめる力を強くした。口から悲鳴とも言われぬ妙な声が漏れる。彼が喉の奥で笑ったのがわかった。

「なまえさんの、現実を正面から受け止めて、自分にできる最大限をやる姿が好きです。折れない心が好きです。丸い目が好きです。声が好きです。日に当たると明るくなる髪も」
「ちょ、ちょっと、伏黒くん」
「俺が知ってるなまえさんの全部が好きです。他にも知りたい、教えてください」

俺が知らない"あなた"を知りたい、そう言って伏黒くんはわたしの頬に自身のそれを擦り寄せてくる。もうダメだった。わたしの足からは今にも力が抜けそうだし、脳みそは沸騰しそうだし、心臓は口から飛び出しそうだ。

伏黒くんが犬っぽいなんて、いったい誰が言ったことだろうか。いや、こうやってじゃれついてくるところとか、"待て"が終わった後の勢いとかはやっぱり犬なのかもしれない。ちょっと愛情表現が大きすぎて、わたしの脳みそとか身体とか心とか、ちょっと着いていけそうにないけれど。



あのあと、わたしが伏黒くんに歯形をつけるところがもう大変だった。彼は細身なくせ、その中身にはギッチリ筋肉が詰まっていて、物理的に全然歯が立たなかったのだ。もうギブアップだと根を上げたとき、伏黒くんといえば、「そもそもなんで首筋なんですか」なんてのたまった。冷静に考えれば、確かにそうだ。結局彼の人差し指を噛むことで事なきを得た−−のだが、なんだかわたしは不必要に恥ずかしいことをしたような気がしてならなかった。

分かってたなら先に言ってくれればいいのに、そう不満たらたらで零したわたしに、彼が言った言葉は、「先輩がそうして欲しいんじゃなかったんですか」。わたしは大声で何かを叫んで、我先にと崩壊し始めた白い空間から逃げ出したのであった。


・・


「なー、伏黒」
「なんだよ」
「なんか先輩、おまえのこと避けてない?さっきも顔見るなり走ってっちゃったし」
「まずいことはしてないはずだけどな……」
「ふーん。なんか奢ってやろっか」
「憐れむな。でも別に、あれもあれで悪くないだろ」
「なにそれ」
「俺にビビってる顔も、結構好きだ」
「うわ……」



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