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▼ 押しが強い伏黒くんにもう負けそう(呪術)




「そろそろ、答えをくれませんか」

雨上がりの空のような複雑な色の瞳は、きりりと鋭くわたしを見ている。視線がわたしの体を射抜かんとばかりにひしひしと突き刺さって、わたしは思わず足元に視線を落とした。さっきまでわたしを足止めしていた玉犬のうちの一匹は、いつの間にかその姿を消していた。

「あなたが待てと言うなら待ちます。でも、俺は一言だって貰ってないので」

放課後の学校。伏黒くんによって閉められた教室のドア。そしてその言葉こそ、わたしを追い詰めるものだ。でも、その眼から、声音から、彼の纏う空気からーー伏黒くんが思っていることがいやでも伝わってくる。彼は別に怒っているわけではない。これは懇願だ。わたしの言葉がどんなものであれ、それを今か今かと待っている。

「付き合えません、って言ったらどうするの?」
「受け止めます。受け止めたうえで、諦めないです」

眉のひとつさえ動かさず、伏黒くんは即答する。おもわず口から、うわ、と声が漏れた。
前言撤回しよう。彼が待っているのはわたしの言葉ーー拒否以外の言葉に限る。都合の悪い言葉は聞こえない耳をしているらしい。

しがない三級術師であるわたしが、天才・伏黒恵に告白されたのは一週間ほど前に遡る。
わたしは、呪術師の資格さえあるものの、才能はほとんどないと言って等しい。入学してしばらく経つというのに三級のままだし、術式もちょっと頼りない。二級呪霊に出会ったら迷わず逃げろ、これがわたしのモットーである。だからそんなわたしの答えなんて、決まっている。

「伏黒くん。やっぱりごめんね、お付き合いはできないかな」
「どうしてですか?俺が年下だからですか」

ぎらり、鋭い眼光。たしかにわたしの方が年上だけれど、それは半年くらい生まれる月が早かったってだけの話で。それより、こんなドスの効いた顔ができるんだから、特に学年が違うことは関係ない。

「いや、なんていうかね。言いにくいんだけどーー伏黒くんとわたしじゃ、釣り合わないと思って」

口をもごつかせながら、なんとか口にする。伏黒くんが自身の薄い唇を噛んだ。眉間に深く皺を寄せて、彼は唸るように呟いた。ーーどれくらいですか。

「どれくらい、釣り合ってないんですか。具体的に何回、どんな任務をこなせば」
「いや、そんなことしたら死んじゃうって!近いうちに!わたし才能ないんだから!!」
「なんでなまえさんが死ぬんですか。任務に行くのは俺です、だから死なせません」
「はい!?」

古典的な少女漫画のような台詞を真面目な顔で言い放った伏黒くんに、わたしの視界はちかちかした。もしかして、彼は、とんでもない勘違いをしている?

「釣り合ってないのはわたしだよ。明らかに伏黒くんに釣り合ってないでしょ……」
「……」

わたしの主張に、伏黒くんは見るからに不満ですと言いたげに唇を曲げた。それですら様になっているのだから美人は生きやすくて羨ましいと思った。
そう、伏黒くんは美形なのだ。身長も高いし、脚も長い。クールで真面目で、おまけに天才。そんな人が、わたしなんかに心を砕くだなんて、全くもって理解ができない。

一週間も返事を長引かせてしまったのは良くなかった。直接話す勇気がなかったのだ。でも今こうして、わたしが思っていることをちゃんと伏黒くんに伝えることができた。だからこれからは、今まで通り先輩と後輩の関係でいればいい。いや、そうしたい。
そんなことを一通り考えたら、周りを見る余裕が出てきた。

「なまえさんがそう思う理由は、よく分かりませんけどーー"それ"が、俺があなたを諦める理由になるんですか」
「いや、それは」
「俺は、ならないと思うんですけど」

はい、論破。そんなふざけたこと彼は決して言わないが、そんな感じの声が聞こえた。
というか、さっきから伏黒くんの言葉は全部言い切りなのだ。わたしに選択肢って本当にあるのか?と思うほど。わたしが冷や汗をダラダラ流しながら黙っていると、彼からの追撃に襲われた。判断が遅いところ、五条先生が言うみたいにやっぱりわたしの3級たる所以かもしれないなあ。

「俺のことが嫌いなら、はっきりそう言ってください。その方が決意が固まる」
「何の決意!?」
「それは……なまえさんに俺を好きになってもらうための決意、ですけど……」

なぜそこで顔を赤らめる?後輩の照れるタイミングがよく分からない。というかそもそも、嫌いなら嫌いと言ってくれの後ろに続く言葉は、じゃあ諦めます、なんじゃないのか。そのセオリーをぶっ壊した伏黒くんは、わたしと微妙な距離を取ったままちょっと視線をうろうろさせている。

「嫌いとかはないよ。でも、恋愛的に好きかって言われたら」
「……言われたら?」
「…………恐ろしさが勝つ」
「は?」

だからいい加減凄むのをやめてほしい。だって怖いのだ。彼がというわけではなく、周りが。いつだって陰キャは、周りを気にして生きていく生き物なのである。
そのとき、微妙な距離を取っていた伏黒くんが、その長い脚でこちらにずんずんと近づいてきた。驚いて思わず後ずさる。

「わかりました」
「あっ、わかってくれたようで……なにより……」
「はい。要するに、周りが俺たちを認めればいいんですよね」
「ん?」

なんかよく分からない言葉が聞こえたような気がする。まあでも、伏黒くんはなんだか納得したような顔をして「寮まで送ります」と話を切り上げてくれたし、告白の返事は保留でいいらしい。よく分からないけど、満足してくれたならいっか。

**

「あ、先輩。おはよー!」
「虎杖くん、おはよう。……伏黒くんも」

そしてあくる日。寮を出てしばらく歩いたところで、爽やかな笑顔の虎杖悠仁くんとーー件の伏黒くんと遭遇した。虎杖くんのニコニコの挨拶に軽く返すと、伏黒くんは唇をきゅっと結んだままわたしを見ていた。

「伏黒、どした?」

視界のはじっこに、真希ちゃんと野薔薇ちゃんが歩いてくるのが見えた。ぶんぶんと手を振ると、2人とも少しだるそうに手を振り返してくれる。伏黒くんは黙ったままだし、もう行ってもいいだろうかーーそう思って一歩を踏み出した、そのときだった。

「なまえさんッ!!おはようございます!朝から会えて嬉しいです。今日も好きです!!」

ビリビリと朝の空気を震わせるどデカい声。体育祭の応援団ばりの腹の底から出した声に、わたしの口からはヒュッと空気の音が漏れた。嫌な予感をガンガン伝えてくる脳みそを無理矢理動かして、その声の主ーー伏黒くんの方を向く。彼は真っ直ぐにわたしを見ていた。その目は、こう告げている。ーー逃さねえぞ。と。

それから伏黒くんは、あえて周りの人がいるところで、どデカい声で告白してくるようになった。2人きりの時も言ってくるから、厳密には違うか。いや、そんなもん知らん。

それから、伏黒恵とわたしが公認カップルのような扱いになっていき、それを認められないわたしが、物理的にも精神的にも見苦しい抵抗を試みる日々が始まったのである。



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