小説 | ナノ


▼ 狗巻くんと青春の1ページA(呪術)


棘にとって、その日は何事もなく過ぎていった。朝のうちにパンダと真希と、あんな話をしていたものだから、彼の心は浮き足立って、放課後、東京の街のほうーー具体的に言うと、渋谷まで足を伸ばすことにした。
どうして渋谷かといえば、まあ。彼女に会えるかも、と思ったことがまず第一にあった。それに、棘には年頃の女の子が喜ぶものなんて分からなかったから、とりあえず賑やかな街の煌びやかなショッピングセンターに入ってみようと思ったのである。

パンダが名前を挙げていた、ヨンドビーなるアクセサリーショップもちょっと覗いてみて、さすがに自分が彼女に渡すには敷居が高いとーー値段の話ではなくーー感じて、すごすごと退散した。まだ出会って二週間、ちょっと毎日おしゃべりするだけの、連絡先さえ知らない仲だということを忘れてはいけない。

(……あ、)

そうして見ていた店で、棘はあるものを手に取った。しおりーーブックマークである。金色の薄いボディの丸くなった先に、きらきらと輝く石が付いていた。よく見れば本体のところも、蔦のような花のような装飾が彫ってある。
そして、先についている石は、光の当たる角度で色を変えるようだった。ポップを見ると、それは石ではなくてガラスらしい。棘はグラスに刺して展示してある見本を、そっと指先で揺らしてみた。色とりどりに違う輝きを見せるガラスは、ころころと表情を変えるあの子のようだ。
値段も、栞にしては可愛くないが、高校生同士のプレゼントとしては妥当な金額だろう。棘は迷わずそれをレジに持っていき、満足げな表情でふたたび渋谷の街に出た。

人が大勢行き来する交差点を渡りながら、棘は考えた。ーーパンダはまだしも、真希は特に好きでもないだろうに自分のこんな話に乗ってきてくれた。1年生も、3人揃っての任務だというから、きっと疲れて帰ってくるだろう。同級生にはお礼、後輩には労いで、何かお土産を買って帰ろう。

交差点を渡りきって、さっきまで見ていた向こう岸へ降り立った。人が思い思いの場所へと向かっていく。ざわめきが少し落ち着いたそのときーー職業柄、凡人よりも優秀な棘の耳が、ある声を拾った。否、声とも言い難い、微かな日常のひび割れ。
自然と脚がそちらへ向く。先ほどまで利用していたショッピングモールが立ち並ぶ通りから一本奥へ入ると、がらりと街の雰囲気が変わるようだ。棘が男性にしては小さめな体躯の、それでもその大部分を占めている長い脚を大きく動かしていると、ちいさな歪みは男女が揉めている声だと分かった。

(……、もしかして)

脚の動きは次第に速くなる。争う声が聞こえる小さな路地裏に飛び込んだ。そこには、棘の脳裏を掠めていたあの少女のーーガラス玉のようだ、と彼が称したばかりの、あの子がいた。

「嫌だ!やめて!嫌!!」

朝日に照らされて微笑む"あの子"が、今は大柄な男に細い手首を握られ、金切声に近い悲鳴をあげている。男も男で、ここまで騒がれてしまっては、後には引けないといった様子だった。男としては、軽い気持ちといたずら心で少し強引に誘いをかけただけだったのだがーー少女の怯え方は、男の目から見ても異常であった。

ーーいや。たすけて。やめて。少女の痛々しい、悲痛な叫びが路地裏に響き渡る。棘は思わず止めてしまった脚を再度動かして、男と少女の間に割り込んだ。急に飛び出してきた棘に驚いた男の、力が僅かに緩んだ手を棘は無理矢理引き剥がす。ーーこんなに乱暴に掴んでは、彼女の白い腕は、すぐに折れてしまうじゃないか。
棘は突き飛ばすように男の手を離し、少女の方を振り向いた。彼女の視線がかち合ってーー

「……あ、あ……棘、くん」

少女は、からだ全体をぶるぶると震わせた。そして数歩後ろに下がりーー脱兎のごとく駆け出した。
不意をつかれた棘は思わず口を開いて、そしてすぐに閉じる。……だめだ。彼女だけには、"それ"を使うわけにはいかない。

ふらふらと揺れながら路地裏を飛び出していった彼女を追いかけて、棘は走り出した。今日ほど、自分の足が早くて良かったと思う日はなかった。おかげで、すぐに彼女に追いつく。逃げるあの子の肩に手をかけることができたのは、人気の少ない有料駐車場でのことだった。

……声を、掛けられればいいのに。どうしたの、とか、もう怖がらなくていいよ、とか。そんな言葉をこの口で謂うことができれば、目の前で顔を青くするこの子の心に寄り添うことができたのかもしれない。言葉とは、その他大勢の人々にとっては壁を壊し、自分にとっては壁を造るものなのだと棘は思った。

「……棘くん。棘くん、お願い、」

やっとこっちに向き直ったと思った彼女が、がたがたと震える両腕で、その青い顔を隠す。ーーやっぱり、この怖がり方は異常だ。

「……わたしを、見ないで。お願い……」

ーー朝から、変なものが見えるの。見たことなんてない、恐ろしくてたまらないもの。どこにでもいるの。

少女が細い糸のような声で言葉を吐き出すと、空気がぞわりと冷たいものに徐々に変化していく気がした。まさか、と思考を巡らせた棘のそばを、ーーぶうん。羽虫の羽ばたく音に似たそれが聞こえた。

「聞こえないの。ずっと、耳元で変な音が鳴って、何も聞こえないの。とげくん、ねえ、わたし」

ーーいま、どうなってるの?

少女の問いに、目がにたりと笑った。それは彼女の肩周りをぐるりと取り囲むようにして鎮座する、呪霊の姿であった。
複数の目が焦点を合わせるように四方八方の方向に動いている。背中と思われる部分には、大きな昆虫の羽がついていて、それが忙しなく羽ばたいている。ぶん。ぶん。ぶーーーん。

棘は口元のチャックを勢いよく引き下げた。蛇の目。牙。

「……、離れろ」

棘の低い声が、悍ましい呪霊を拘束する。羽にびきりと力が加わって、呪霊はぼろぼろ涙を流す少女から一瞬のうちに分断された。
彼女の視界に、今の今まで自分の肩周りを這いずっていた呪いの姿が映る。ただでさえ丸い目が、恐怖に大きく見開かれるのを見ていられなくて、棘は強くーー呟いた。

「死ね」

びたり、と呪霊は動きを止めて、文字通り死んでいく。呪いは跡形もなく消え、しんと静まり返った駐車場には、荒い息のまま座り込んでしまった少女と、その場に立ち尽くす棘だけが残った。喉が僅かに痛む。弱い呪霊とはいえ、強い言葉を使い過ぎたのだろう。

地べたにお尻をつけたまま動かない彼女に、棘は恐る恐る、一歩だけ近づいた。
ーー呪いを祓うところを、自分が"呪う"ところを、この子に見せてしまった。

外見の特徴から言って、いまの呪霊があの電車に出ると言われていたそれに間違い無いだろう。電車から、彼女自身に着いていってしまったのだ。だから、脅威は去った。もう彼女を脅かすものはいないのだ。喜ぶべきだ、だけど。

いやに働く思考を巡らせる棘の前で、少女はいまだに立ち上がらない。棘が不審に思ったとき、彼はようやく気づいた。ーー息が荒い。過呼吸のような症状で、彼女は立たないのではなく、立てないのだ。その目にはいまだに、恐怖がーー"呪い"が巣食っている。

「っ、」

名前を呼べない。紙に書いて差し出す余裕もなければ、彼女にもそれを見る余裕なんてないだろう。自分の全てが忌々しく、卑小に感じる。
慌てて駆け寄って、彼女の小さい背中を摩っても、喉から漏れる空気が引き攣る音は止まることはなかった。
棘は急いで自分の鞄を漁る。昼に買ったペットボトルの水を、彼女の口元に持っていった。ーーやっぱりだめだ。少し水を飲めれば、落ち着くかと思ったのに、そんなことができる様子ではない。

棘は小さく、言葉にもならないような声を漏らした。
……落ち着け、と。眠れと、この口で一言放てば、名前なんて呼ばなくても、意味もなく背中を摩らなくても、彼女は楽になる。
でも、それじゃーーそれじゃあ、だめだ。自分に、この子を"呪う"ことはできない。したくない。絶対に。でも、彼女は苦しそうだ。手も震えている。いつもピンク色の唇も、血の気がすっかり引いている。迷ってる時間なんてない。棘の思考はぐるぐると廻って、廻って。

ーーごめんね。

口の中で呟いて、その手でもって彼女の白い頬を挟み、無理矢理顔をこちらに向けさせた。
そして、ひゅうひゅうと大きく酸素を取り込む唇に、己のそれをくっ付けた。深く、深く。自分の吐く息が、彼女の呼吸を落ち着かせることを祈って、棘は隙間もないくらいに唇同士を密着させた。少女の呼吸が穏やかになって、朝から続いていた緊張が緩んだことから意識を飛ばしてしまうまで。

棘は、ただ少女を抱きしめていた。誰もいない駐車場で。補助監督たちがここに到着するまでの、ほんのちょっとの間のことだった。


**


ーーなまぬるい水の中を泳いでいるような感覚がする。明るいほうへ引き寄せられる。わたしはそれに抗わずに、そっと目を開けて、……そして。

「目が覚めた?」

白い天井をぼうっと見つめて数秒。突然声を掛けられて、あまり回ってない頭を物理的に動かした。よく職員室で先生が使っているような、重たい音を立てて回転する椅子に女の人が座っていた。その人がゆっくりと足を組むと、予想通り、ぎしり、と音が鳴る。

気怠げな雰囲気の人だった。でも、とても美人だ。なんだか色っぽい。わたしが何も答えないでいると、その人はゆったりとした仕草で立ち上がって、わたしの寝ているベッドのそばに寄ってきた。

「大丈夫?」
「……はい、大丈夫です……」
「良かった。もしまだ頭がハッキリしないんだったら、ちゃんとした病院に入ってもらおうと思ってたからね」
「ここ、病院じゃないんですか?」
「うん。ああ、でも私は医者だよ。家入硝子。よろしく」

家入さんは微笑む。彼女は医者で、でもここは病院じゃない。見かけは見るからに病室という感じだけれどーーいや、どちらかというと、保健室?

「意外と元気そうだからいま聞くけど、……昨日のことはどこまで覚えてる?」
「昨日?」
「うん。変なもの見たでしょ」

そこから、穏やかな語り口の、家入さんの話を聞いた。
わたしが見ていたものは、呪霊というーー人の強い思いが形になって、意志を持ったものらしい。分かりやすい言葉で言えば、呪いが実体化したものだということ。
そして、今わたしがいる場所は"呪術高専"。表向きは宗教系の学校ということで通しているが、内情は、呪いと戦う呪術師を育てる場所。呪霊による被害は、慢性的に発生しているのだそうだ。

「呪術師……棘くんも、そうなんですか?」
「2年生の狗巻棘だね。今回のも彼が祓ってくれたんだ、覚えてる?」
「はい……」

いろんなことがありすぎて、混濁した頭のなかで、棘くんはその領域を保っていた。

ーー学校を飛び出して、電車に飛び乗ろうとしたら、駅を通る人にはみんな虫を象ったような化け物を付けていて。その"呪い"から逃げたくて、渋谷の街をひたすら走っていたような気がする。その時にはもう、耳元で聞こえていた羽の音は化け物のそれだと気付いていて、頭がおかしくなりそうだった。

走って、走って。ぐらぐら揺れる視界と、頭がおかしくなりそうな羽音と、息苦しさと。もういっそのこと死んでしまいたい、そう思ったとき、強い力で体の向きを反転されられた。

棘くん。
わたしを映すその瞳は、優しさと暖かさをはらんでいてーー心の底から、その目でわたしを見ないでほしいと願った。

でも、家入さんの話では、彼にとってそれは日常茶飯事だという。恐ろしくて悍ましくてたまらないそれと共存する世界で、彼はずっと生きてきた。そんなの、わたしには絶対耐えられなくてーー棘くんは、本当にすごい人なんだ。普通に生きてたら、平々凡々なわたしなんて、絶対関わり合いになれないような人だった。

一通り話し切ると、家入さんは他の人と話をしてくると言って部屋を出て行った。誰もいなくなったことに息を吐いて、体の関節を伸ばす。ばきばき音がした。昨日気を失ったのは夕方の5時で、今は次の日の朝の10時らしい。15時間以上眠っていたのだ、身体が硬いのも無理はない。

医務室の白い壁が光を反射して、なんだかわたしの気分も明るくしてくれるようだ。裸足のままベッドから降りて、これまた白い床のタイルに足をつけた。つめた、と思わず呟いて、ぺたぺたと音をたてながら部屋を歩き回ってみた。あ、スカートのまま寝ていたのに、あんまり皺がついていない。ラッキー。  

いろんなところに興味が湧いて、とりあえず光の差してくる窓へと近寄った。レースのカーテンを分けると、予想外の景色が視界に入ってきた。
学校というだけあって、大きいグラウンドが目の前に広がっている。しかし驚くべきはそこではなく、校舎があるべき場所には、ここは古都かというような和風な外観の建物が広がっていたことだ。寺なのか神社なのか、そのあたりの話には詳しくないから分からないけれど。

誰もいないグラウンドを、上からぼうっと眺めていたら、そのとき、男の人がそこを横切った。窓ガラス越しに目が合うーーいや、その人はサングラスをしていたから、目があったかどうかはわからない。上の階から見下ろしているから、確実かは分からないけれど、背が高い気がする。その人はじっとわたしを見て、そしてサングラスを外した。

「うわ」

思わず声が漏れて、誰も聞いていないけれど慌てて口を押さえる。すごい。目が青色だ。青といってもいいのか、とにかく、宝石のようなぴかぴかした瞳。髪の毛だって白いし、なんだか人形のように綺麗な人だ。
その人はわたしの仕草が見えたのか、口を開けて笑って、こちらに手を振って視界から消えた。多分この建物に用があるらしい。……なんだか、縁起がいい白い蛇みたいだ。起きがけに良いものを見た。

ふたたび、グラウンドには誰もいなくなってしまった。ふう、と息を吐いたとき、背後のドアからノックの音がした。振り向くと同時に扉が開くーーばさり、と、物が落ちる音がした。

「……、あ、」

床に散らばったカバンと、その中身。それを軽い動作で飛び越えて、その人はーー棘くんは、わたしに駆け寄ってきた。思わず漏れた声は、わたしのものであったのか、棘くんのそれなのか。長い脚であっというまに距離を詰めて、棘くんはわたしの肩に両手を置いた。窓から入った光が、棘くんの顔を明るく照らす。やっぱり、綺麗だ。綺麗な目だ。夜明けの空をおとしたような瞳。

とげくん、小さく名前を呼んだ。棘くんは、肩に置いていた手で、わたしの両手を握る。大きな手。わたしのそれなんて包み込めてしまうような、骨ばって、硬くて、あたたかい手だった。
棘くんのまあるい頭がかくんと落ちる。両膝が地面について、柔らかく包み込んだわたしの手を自分の額に当てる。それはまるで、懇願するようなしぐさでーー胸の奥に、あたたかい気持ちが燃えるようでたまらない。

「……棘くん。守ってくれて、ありがとう」

それは囁き声だった。小さな声でも聞こえると思った、それは言い訳だろうか。
ここには同じ空気が流れている。あの電車の中と同じにおいのする空気だ。なまあたたかくて、ちょっぴり気恥ずかしい、ふたりだけの空間。

顔を上げる。わたしより少しだけ高いところに頭を置き直して、棘くんは、ゆっくりと口元のチャックを下ろした。

もう一度、こんどはわたしの右手だけを手に取る。目線が合う。大丈夫か、と確認しているように感じて、わたしは小さく頷いた。
彼はわたしの手のひらにそっと指をなぞらせた。こそばゆくて思わず身体を動かすと、彼はぱっとわたしの手を離した。ーー違うよ、大丈夫。続けて。そう伝えたくて、中途半端な位置にあったままの彼の手を軽く握って、そして離す。

ふたたび彼の指がわたしの手のひらに触れる。なぞる。文字を象る。4文字。

そして、薄い唇をゆっくりと上げて微笑んだ。

ーーうれしい。

ゆっくりと瞬きをする瞳は、水気を含んでいて、ぴかぴかに磨かれたガラス玉のようだった。ーーわたしが助かって、うれしい?
それだけの言葉が、矢のように、されどゆるやかに、わたしの心に刺さってじんわりと色を染み込ませる。だめだった。競り上がってきた涙を止めることなんてできなくて、わたしは、声をあげて泣いた。

怖かった。死んでしまうかと思った。もうダメだと思った。

そんな泣き言と、意味もなく棘くんの名前を何度も呼んでーーそんなわたしを、棘くんは、ただ背中をさすって側にいてくれた。


**

19時になった。パソコンの電源を落とす。カードに、今日の日付と時刻を書いた。今日は、外で"仕事"がある人が多くて、今日は鍵閉め当番もわたしだ。鍵を閉めようと窓に近づく。街灯で照らされているグラウンドは、角度こそ違えど、あの日見た景色と寸分違わない。ーーカーテンを閉めた。

こんこん、とドアがノックされる。どうぞお、と間延びした返事をすると、すぐにドアが開いた。彼が立っている。顔の高さにコンビニの袋をあげて見せて、もう片方の手でお茶目にピースなんかして。

「今ちょうど上がったんだ」

鍵を片手に部屋を出る。電気を消すのを忘れるところだった。ぱちり。

暗い廊下はしんと静まりかえっている。だけど怖くはない。
隣をゆっくりと歩く彼が、コンビニの袋をがさがさ漁って、中から何か取り出した。お礼を言って受け取る。肉まんだ。思わず頬が緩む。

わたしはあのことがあってから、呪霊が見える体質になってしまった。でも呪力はないから、こちらから呪いに干渉することはできない。だから、いや、それでもと言った方がいいか、呪いと戦うーー手伝いをするために、"窓"として動きながら、呪術高専の事務作業を手伝うアルバイトをすることに決めたのだ。

仕事にはずいぶん慣れた。視界に映り込んでくる醜悪な呪いにも。でもやっぱり、彼が隣にいてくれることには、慣れそうにない。

「棘くん。いつもありがとうね」

彼は肉まんを口いっぱいに頬張ったまま、空いている方の手でオッケーサインを作ってみせた。思わず笑う。

あの電車のなかの、ふたりだけの時間。あれがわたしたちを結んだもので、毎日毎日楽しみでしょうがないものだった。でももう、わたしと棘くんはあのなまあたたかい空間を共有することはないだろう。向かい側に座って、朝日が差し込んで、少し冷たい空気が空調で暖まって。がたんごとん、少し運転の荒い電車が走る音だけが聞こえる。あのうつくしい時間。

でも、それだっていいのだ。彼がわたしの隣にいてくれれば、ふたりの時間も、空間も、気持ちも一緒になる。溶け合って、混ざり合って、ひとつだ。

明日の朝の電車が楽しみだ。ひとりきりだって、大好きな人に向かって走り出すんだから。いつか、この大好きっていう気持ちも、ふたりぶんを混ぜ合わせて一緒になれたらいいのに。

歩幅をちょっとだけ擦りよせた。ばれないといいなあ。いや、ううん。やっぱりちょっとくらい、気づいて欲しいかも。




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