小説 | ナノ


▼ セキさんに推しとのチェキを発見された(pkmn)

・セキ×ゲーム内主人公♀
・主人公にはオリジナル要素あり(年齢、趣味)
・主人公は元の世界でネズのファン



「やったーーーっ!!」

両手を大きくあげて歓喜の叫びを上げる。あまりの声の大きさに、家の壁やら床やらがびりびり揺れた気がした。ありがとうありがとう、とピンク色の身体にお礼を言うと、みっつある目が得意げにきらりと光る。

「おいおい、どうした?外まで丸聞こえだぜ」
「セキさん!」

そんな折、裏口の引き戸が開いて、青い羽織がゆらりと揺れる。快活な印象の瞳を緩ませて、日頃お世話になっているコンゴウ団のリーダー、セキさんが現れた。この人とは、周りには極力知らせないようにしてはいるが、世に言う男女の関係ーーというやつである。彼がいつも裏口から訪ねてくるのも、そういった事情があった。

「トリトドン?そういや、コトブキムラのあたりでは薄紅色のがいるんだったな」
「そうなんです!さっきカラナクシから進化したので、力を貸してもらおうと思って」
「力あ?」

セキさんが片眉を上げて不思議そうな顔をするーーわたしはついさっきの思いつきのことを説明した。
トリトドンといえば、高い再生能力を誇るポケモンだ。そしてこの前のバトルで、その個体特有の隠された力を発揮するわざ、めざめるパワーを習得したーーそこでわたしが思い出したのは、『こっち』に来て早々にボロボロになってしまった、わたしの宝物のことであった。

「雨に濡れるわ、汚れるわ、極め付けには破れてしまってもう諦めていたんですが……ダメ元で頼んでみてよかったです!こんなに元通りになるなんて……本当にありがとうね、トリトドン!」

わたしの言葉に、トリトドンはぽわあ、と鳴く。わたしの手の中にあるのは、ある一枚の写真ーーというか、チェキであった。それも、あのシンガーソングライター、ネズとの貴重な一枚だ。
恥ずかしながら、わたしは元の世界で、トレーナーとしても、歌手としても、ネズの大大大ファンであった。シンオウ地方に住んでいたため、頻繁に会いに行けるわけではなかったがーーガラルスタートーナメントは血眼でチケットを取ったし、このチェキなんかは、CDを購入すると応募できる抽選で当選し、30秒ほど二人きりで会話することができた思い出の品である。兎にも角にも、この一枚はわたしにとって宝物なのだ。この世界に飛ばされてきて、あまりの心細さに連日持ち歩き、そのために見るも無惨な姿になってしまっていたがーーもう決して傷つけないと約束しよう。フィルムのなかのネズに誓った。

「写真か?小さいのに、細かいもんだな」
「そうですね、へへ……」
「ん?なんで隠すんだよ」
「いやあ、なんとなく」

すぐ隣に寄ってきたセキさんが、わたしの手元を覗き込む。ばれないように角度を変えたつもりが、鋭い指摘が飛んできた。不思議そうな表情をするセキさんに気がつかないふりをして、そっとチェキを懐にしまうことにする。

「そうだ、おまえに土産があるんだよ。ミツハニーのミツを使ったカステラなんだが」
「やったあ!!セキさん、一緒に食べましょう!」
「おうよ。だがその前にこっちな」

あまりにも鮮やかな手口だった。懐から出てきたカステラの包にわたしが目を取られた瞬間、わたしが逃がそうとしていたチェキをごく自然な動きで抜き取られた。わあわあと騒ぐわたしを片手で制して、セキさんはまじまじと写真を凝視する。

「……おい、これ、誰だ」
「誰っていうか、言っても分からないっていうか、ただのファンっていうか」
「俺にも分かる言葉で教えてくれるか?隣の男は誰なんだって聞いてんだぜ」

セキさんの片腕がわたしの肩に回される。ぐいっと顔が近くなったーーまるでチェキの中のわたしとネズのように。にんまりと笑みを浮かべるセキさんの瞳は、誰が見たって不穏だと分かる光が灯っていた。
これを撮影した日のことは忘れたくても忘れられない。順番待ちをする間、ネズに伝える言葉をしっかり考えて、何度も脳内で反復していたのに、ネズが待つステージに上がった途端、あの空みたいな瞳で見つめられた瞬間、練習していたことなんて頭から全て吹き飛んでしまった。
握手をするときだって「はひ……かっこいい……」を小声で言えたか言えないか。見かねたネズが「ポーズはどうしますか」と聞いてくれたのに、「おまかせで」の五文字しか喋れなかった。一緒にタチフサグマの腕クロスポーズをやってもらおうと決めていたのに。
そんな大惨事でも、ネズは優しかった。分かりました、と一言言って、ぐいっと腕をわたしの肩に回してきたのである。回す、というか、気持ち的には「抱き寄せる」の表現の方が近いような距離だった(多分半分くらいは思い出補正だが)。ネズって意外と体温高いんだ……。そんなアホなことばかり印象に残っている場面を切り取ったそれは、文句なしにかっこいいネズと、それに肩を抱かれたわたしが惚けた顔でピースをしている姿を写している。そしてそれをまじまじと見つめるセキさんの顔には、どんどん深い皺が寄っていくのであった。
まずい空気を感じ取ったのか、少し離れたところでわたしたちを見ていたトリトドンが勝手に、わたしの腰に下げていたボールに戻ってくる。危機察知能力が高いようで何よりだった。

「説明が難しいんですけど!セキさんが考えるような関係じゃないです!断じて!」
「ほー。恋人関係でもねえ男と、こんなちけえ距離で写真を撮って、それを後生大事に持ってやがったってわけか」
「なんかところどころ言葉尻が強いんですけど!?」
「わりいな、怒ってるわけじゃねえんだけどよ」

言いながらも、セキさんはチェキから目を離さない。わたしは指先を弄りながら、言い訳を探す子供のように言葉を重ねた。いくら文化が違うとはいえ、別に悪いことをしたつもりはない。

「その方は歌手なんです。すごく上手で、ポケモンの扱いも素晴らしいって言われている人で……。だからなんかその、憧れてるんです」
「…………。すまん、女々しい態度を取ってる自覚はある。別にこの男とどうこうっていうわけじゃねえんだろ、でもよお、なんかこうーーモヤモヤしてくんだよ」
「や、ヤキモチですか、セキさん……」
「おめえ、なんか嬉しそうだな?」
「セキさんがそういうのを言ってくれるのって初めてなので、嬉しいんですよお」

リーダー然とした態度が常日頃身についているからか、セキさんはわたしの恋人になってくれてからも、余裕のある態度を崩したことはなかった。そんな彼が、今はじとりとした目でこちらを見てくる。ちょっと目尻が赤くなっているのに気が付いて、思わずにやつくと、その赤みが頬まで広がった。照れているらしいセキさんはとてもレアだーー見逃すまいとじいっと見つめてしまう。セキさんはおでこに手をやって、ぶちぶち文句を言い始めた。

「……そもそもな、あんたの世界ではこういうのは普通かもしれねえが、ここにいるやつらがこれを見たんなら、こいつらは婚約してんだろうなと当然のように思うんだよ」
「それは確かにそうですね……。分かりました、門外不出にしようと思います」
「それはそれでむかっ腹が……。いやそうじゃねえよ、おめえは元来、こういう細っこい男が好みなのか?」
「確かにネズさんは細いですけど、華奢という感じではなくて……余計な肉がないのと骨っぽい感じがまた男らしくてなんとも素敵なんですよねえ」
「俺は?」
「『俺は』!?ええっと……ほ……そくはないですね……?服の上から見る限りでは?」
「そう思うか?どうだい、見てみるか」

ネズさんのことに触れられたので、少しだけ惚けながら言葉を重ねると、セキさんはまた拗ねたような顔になった。意図がわからない質問に馬鹿正直に答えると、セキさんはその青い羽織をばさりと脱ぎ捨てた。そしてインナーにあたるつなぎの部分にも手を掛けたので、セクハラです、と慌てて止める。

「分かる言葉で言えっつってんだろ」
「え?えっと……スケベ?」
「……ほーーーう?」

あっ、ちょっと怒った。今のは語弊がありました、と慌ててフォローしようとするも、もう遅いようだ。首根っこを掴まれるようにして引き寄せられ、そのまま腰にも腕が回り、思い切り抱きしめられる。突然のセキさんの体温に、心臓が躍った。

「あの……セキさん……」
「なんだよ」
「結構、あの……肉っぽいですね……。なんていうか、筋肉が……」
「はは、いかつくて悪かったな」

今まで恋人として接触がなかったわけではないが、こうして体型の話をした後に密着するのでは話が違う。思わず固まったわたしに、セキさんが小さく笑うのが耳元で響いた。間近で見つめ合うと、セキさんの瞳は、少しの照れと、苛つきと、大きな熱が混じりあっている。待って、今の話の流れから、どうしてこうなった。

「まあ、今くらいはこの女々しい色男を慰めてくれよ」
「め、女々しいなんてそんなそんな……。男らしくて素敵ですよ、セキさんだいすきー、なんちゃって……」
「嬉しいこと言ってくれるじゃねえかよ。俺もあんたのことが大好きだぜ」

顔中にキスが降ってくる。おでこ、鼻、頬、瞼。そのうち、セキさんの動きがぴたりと止まった。そっと目を開けると、伏目がちの琥珀色の瞳が目の前にある。唇と唇がぎりぎり触れ合わない距離で止められたそれは、まさかわたしから動くことを求めているのだろうかーーそう考えたとき、「ほら、」とセキさんが囁いた。もうそれを言葉にした時点で、くちとくちがささやかながら触れ合っているのに。わたしはいろいろ耐えられなくなって、その薄い唇に、あっついキスをお見舞いした。

そこからの一日と言えば、まあ。ご機嫌になったセキさんに後ろからずっとホールドオンされていて、おみやげのミツハニーの蜜カステラを手ずから食べさせてもらったりだとか、寄り添い合いながら昼寝をしたりだとか、まあいろいろ。加えて、わたしたちの立場のことから交際は秘密にしていたはずなのだが、セキさんはわたしの手をがっつり恋人繋ぎにして、写真屋まで悠々と連れていった。周りの人の視線を全身で感じながら、セキさんは今までにないくらいご機嫌になったのであった。

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