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▼ セキさんに騙された!(pkmn)

*夢主はゲーム内の主人公の設定ではありますが、ショウちゃんではないです(主に年齢)。



大きな笑い声が響く。隣の席に座る大きな体がぐらりと揺れて、距離が近くなった。わたしの心臓がぎゅうと痺れるのなんて知らない当のセキさんは、またお酒を豪快に煽って、わたしに絡んできた。

「なまえ、一口でいいから飲んでみろって。ここの酒はうまいぜ」
「ちょっと、セキ。なまえさんに無理やり飲ませようとしないでよ、みっともない」
「あん?」
「なによ!」
「おまえ……愉快な顔してんなあ!あっはは!」
「…………なまえさん、酔っぱらいは放っておこう。ほらこれ食べて、美味しいんだよ」

その反対側から小鉢が差し出される。顔がまっかっかのセキさんと相反して、カイちゃんはあまり酔っていないようだ。けろりとした顔で料理を摘んでいる。
今日は、わたしとセキさんとカイちゃんの三人で小料理屋にお世話になっている。ここは現代で言うところの居酒屋のようで、店じゅうにたくさんの楽しそうな声が響いていた。
ちなみにコトブキムラではーーというか、この時代では、お酒を飲むのにあまり年齢は気にされていないらしい。大人の飲み物ではあるが、現代のように19歳以下の飲酒は犯罪です!とはならないようだ。と言いながらも、やはり元いた時代の習慣は抜けず、さきほどからセキさんに積極的に進められるお酒を断り続けているのである。

「もったいねえなあ。あとどれくらいで成人だ?年明けに数えるわけじゃねえって言ってたな」
「あー、えっと……あと半年くらいですね」
「じゃあその日はわたしと飲みに行こうよ!」

カイちゃんの言葉にもちろんと頷く。彼女は嬉しそうに笑って、お酒を口に含んだ。いい飲みっぷりだ。カイちゃんとは勝手に歳が近いと思い込んでいるが、一体幾つなのだろうか。セキさんは年上ーーなんとなく、22や23くらいのように感じる。面倒見の良い兄貴肌ということもあるだろうが。

「あー……」

と、そこで、右隣から低い唸り声が聞こえる。どうしましたか、と声をかけようとしたところで、右半身がずしりと重たくなる。ひゅっ、と、思わず息を呑んだ。
ーーセキさんが凭れかかってきている。黄色だったり緑色だったり、彼の鮮やかな髪の毛が首筋に掠ってこそばゆい。真っ赤な顔で、熱い吐息まで吐くものだから、わたしの心臓は跳ね上がるなんてものではなかった。ひそかにセキさんに憧れている身としては、率直に、うわあ役得だなんて考えてしまう。なんだかいい匂いするし。普段周囲をどんどん引っ張っていくひとが、お酒に弱いなんて、そんなずるいじゃないか。かわいい。

「だ、大丈夫ですか……?」
「…………おー、酔ってねえよ……」

これは中々大変らしい。焦りやら緊張やらで汗が吹き出そうになるのを必死に抑えて、カイちゃんのほうへ向き直る。セキさん酔っちゃったみたいだね、困ったねーーそんなことを言おうとしたが、セキちゃんの目は据わっていて、じっとこっちを見ていた。思わず動きを止める。そして。

「…………なまえさん、いつ、かげぶんしん使えるようになったの?」
(酔っ払ってるの顔に出ないタイプの人か……)

素面のように見えていたのは顔色だけだったらしい。カイさんは可愛いしゃっくりをひとつして、目の前の机にだらりと体を預けていた。夜も遅いのに。両隣に潰れた酔っ払いが配置されたのを認識して、わたしは長いため息をついた。

幸い、現代のわたしの家族もよくこうして潰れていた。なんとなく対処はわかる。とりあえず二人の肩を叩いて、歩けそうか尋ねる。しばらくするとカイちゃんだけはむくりと起き上がって、お開きにしようか、と言った。口調だけがしっかりしているのが逆に不安である。そして「俺が払うから」とふわふわの呂律で主張するセキさんのポケットに手を突っ込んで、勝手にーー否、代わりに支払いを済ませた。
そして店を出ようとしたところで、ふらりと細い身体が揺れる。駆け寄ろうとするも、セキさんの体が重たくて思うようにいかない。全体重かけてるんじゃないかと思うほどの重さを押し退けているうちに、カイちゃんは店を出て帰路についた。心配ではあるが、彼女も一団の長であるし、なによりポケモンがついている。今日はコトブキムラに宿泊すると言っていたし、大丈夫だと信じたいーー問題は、目を閉じたまま動こうともしないこっちの男だ。

「セキさん、支払い終わりましたよ。歩けますか」
「おう、酔ってねえからな……」
「また言ってる」

くすりと笑いが漏れた。心の中で失礼します、と一礼して、彼の脇の下あたりに手を差し込む。ふたりもつれるようにして立ち上がって、よろよろと店の外に出た。
外はすっかり夜の世界だ。ヤミカラスの鳴き声を遠くに聞きながら、セキさんにお泊まりはどちらですか、と訪ねる。答えはなかった。困ったなあ、と思いながらも、彼を連れていく宛もないので、そのままわたしが居を構える場所へと向かうことにした。

「着きましたよお」
「……どこにだ?」
「わたしの家ですけど……ちょっと休まないと帰れないでしょ?」
「いいのかよ」
「わたしは全然。ちょっと散らかってますけど、どうぞ」

引き戸を開けて、口数が少ないセキさんを家へと押し込んだ。そのあたりの壁にもたれ掛かってもらっている間に、そのへんの棚に置いてあるランプに火をつけた。ぼうと手元が明るくなる。それに少し安心した、そのときだった。

ーーとん、と軽い音。真後ろに感じる気配。そっと目線を下げると、わたしを囲うように、大きな手のひらがふたつ。包帯が巻かれた腕を手がかりにしなくたって、いまわたしの後ろにいるのが誰なのか、理解できた。

「いいのかーーってよお、聞いたぜ、俺は」

全身の血の流れが速くなったのを感じる。わたしは火の煌々と灯るランプを抱え、思わず振り返った。思ったよりもずっとずっと近くにあったセキさんの顔は、一瞬びっくりしたような表情になる。あぶねーだろ、そう言ってランプを取り上げるその仕草は、いつもの歳上然としたものだった。この雰囲気に、似つかわしくないくらいに。

「ここまで警戒心がねえと、心配で夜もおちおち寝かせられねえな。おまえの時代の女は、みんなこうなのかよ」
「け、警戒しながら生きてるつもりではあるんですけど」
「へえ、そうかい」

それでも、縮まった距離は開かない。セキさんはすうと目を細めて、唇には笑みを湛えたまま。小さな声で、怖いです、と呟くと、彼は、怖くねえと戒めにならねえだろ、と口の端を吊り上げて笑った。

「こう簡単に騙されてくれちゃあ、周りの奴らも黙ってるばかりじゃねえだろうよ。ただでさえおまえさんはよく目立つんだ。酔ったふりして不貞を働こうとする輩だってざらにいるさ」
「……もしかして最初から、酔ってるふりだったんですか?」
「酒に弱いのは嘘じゃねえし、それに俺は、最初から『酔ってない』って伝えてたぜ」

ああ、確かにーー。この異常事態に、体温は上がりっぱなしなのに、頭の中は冷静だった。セキさんは、大人の男の人だ。本当に立たないほど酔っ払っていたら、わたしなんかの力では、彼を立たせて、支えて、ここまで連れてくることなんてできなかったのに。
セキさんの指が伸びてきて、大きな手のひらにわたしの小さな手が包み込まれる。両手を繋いでしまったあとで、拘束されたことを自覚した。
心臓が口から飛び出しそうだ。ーーどうする?今すぐに冗談だと笑ってほしいのに、変な冗談やめてくださいよと笑い飛ばしたいのにーーわたしは、どうしたいの?

「……セキさんは、」
「ん?なんだよ」
「セキさんは、わたしの嫌がることはーーしません、よね」

ようやく捻り出した言葉は、それだけだった。ずるい言葉。彼が求めるものを分かっているのに、それを受け入れるでも拒否するわけでもないーー言うなれば、時間稼ぎだった。こんなもの、それを何より大切にする彼にとって、時間の無駄だと一蹴されても仕方がない。予想通り、セキさんは深くため息をついた。それがいやに胸に刺さる。

「……んなこと言われちゃあ、手篭めになんてできねえわな」

手のひらの熱が離れていく。あ、と、誰に聞こえるでもない小さな声が漏れた。セキさんの身体が離れていく。立ち尽くしたままのわたしを置いて、セキさんは引き戸に手をかけた。何かを考えた様子で、こちらを振り向く。

「なまえ、俺はーー」

そのとき。彼が突然、う、と小さく唸った。そして頭を抱えるようにしてふらりと体を前に揺らす。いきなりのことに、わたしは慌てて彼のそばへと駆け寄った。ーーそして。

「ーーん、」

強引に、頭の後ろを大きな掌が引き寄せて、捕まえている。もう片方の手は、わたしの腰の辺りを抱いて離さない。大きな口はわたしの唇を覆っていて、まるで食べられているようだった。喰むような感触のあと、微笑んだ吐息がひとつ、わたしの唇を掠めた。

「ほんとうに、心配になるよ」

ーーおまえのために辛抱強くもねえところを耐えてやったんだ。これくらいの駄賃、貰って当然だろ。

ほのかなランプの灯りは、彼の表情をわずかにしか見せてくれない。でもそれが、ありがたいと思った。だってわたしの、こんな真っ赤になった顔なんて、見せたらきっとーー笑われてしまうから。

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