小説 | ナノ


▼ 爆豪くんって私のこと好きだったの(MHA)

その日は、なぜだか体調が悪かった。日頃から貧血気味であったり、ホルモンの量だったり、原因として考えられることは多々あると思うがーーよりにもよって午後のヒーロー基礎学、わたしは、グループでの戦闘訓練中に、一瞬意識を飛ばしてしまったのである。そして。

「なまえちゃんっ!!」
「やべえ、運ぶぞ!飯田、先生呼んできてくれ!」
「待ってください切島さん!すぐに動かしてはいけません、私が担架を出しますから、それで!」

わたしの喉からは悲鳴も出ない。引き攣った呻き声が溢れるだけである。患部ーー顔の右半分を両手で押さえて、わたしはのたうち回っていた。身体中から冷や汗が噴き出るのとは裏腹に、頭の中は冷静だった。バランスを崩して、大きくよろけたのだ。そしてそこに、運悪く、轟くんの炎熱が迫っていた。……そう、運が悪かったのだ。誰も悪くない、強いて言えば自分が悪い。

「轟!氷だせ、すぐに冷やそう!ーー轟!!」
「……、あ……」

瀬呂くんの呼びかけに、轟くんは小さな声を漏らしただけだった。でもそれは少しのことで、すぐに患部に冷たいものが当てられる。きっと、彼の氷だろう。担架に乗せられ、持ち上げられたとき、轟くんの、呆然とした顔が見えた。

**

「肩のあたりは……まあいいかね。問題は顔さね、今夜は痛むよ」
「う……。はい、大丈夫です……」
「大丈夫なもんかね。嘘は言わない!自分に嘘をついて無理をしたから、今日こんなことになったんだよ!」

リカバリーガールのお叱りの声に、わたしは小さく謝った。彼女はため息をついて、わたしの右頬あたりに軟膏を塗る。肩はもう包帯が巻いてあった。
もうそろそろ授業が終わる頃だろうか。こうなることなら、今日は寮で休んでいるんだった。いまから考えても仕方ないことばかりが頭に浮かんでは消えていく。今度はわたしがため息をついた。そんなとき。

「失礼します」
「何入ってんだい!処置中だよ!」
「……すみません」

部屋に入ってきたのは、いつも通りクールな顔の轟くんだった。しかし声のトーンが低い。リカバリーガールの叱責にも、轟くんは謝りこそすれど、保健室から出ていく気配はなかった。わたしは、リカバリーガールに顔を固定された妙な姿勢のまま、視線だけを轟くんに向けた。

「処置が終わるまで、ここで待たせてください」

そう言って動かない轟くんに、リカバリーガールは黙ってわたしに視線を向けた。わたしの意見を聞いているのだろうか、と思って、戸惑いながら頷く。そのまま処置が終わるまで、保健室に会話はなかった。
轟くんは本当にそのまま立って待っていた。わたしがリカバリーガールにお礼を言って部屋を出ようとしたとき、ようやく動いて、保健室の引き戸を開けてくれた。もう放課なのだろう、廊下というか、校舎内は静まりかえっている。

「みょうじ」
「なに?」
「わりい。怪我させちまって……本当にごめん。痛むだろ」
「わ、ちょっと、いいよ!轟くんってば!」

轟くんは足を止めて、腰から90度くらいの角度で頭を下げた。それにわたしはギョッとする。同年代の男の子にこんなに頭を下げられているなんて、しかも相手はあの轟くんだ。ファンクラブ(あるかどうか知らないが)の子たちがこれを見て怒り狂ったりすることだってあるかもしれない。

「今日、すげえ調子が良かった。気分があがっちまってて……注意力散漫だった。俺のせいだ」
「違うよ!実はわたし、今日ちょっとだけ調子悪くて……。でも実践だし、休みたくないと思って。だからわたしの体調管理とか、不注意とか、そういうののせいだよ」
「……みょうじが体調悪かったとしても、俺の『個性』で怪我しちまったっていうのは違わねえだろ。事実だ」

轟くんの淡々とした口調に、わたしは口を閉ざした。彼の言っていることは確かに間違ってないけれど、今回のことは、彼だけに原因があるなんてどうしても思えないのだ。でも、轟くんは、一度こう決めたら曲げないような、頑固なところが少しある。どう伝えれば分かってもらえるだろう、と、わたしが次の言葉を言いあぐねていたとき。

「だから、責任、取らせてくれ」
「え?」
「怪我が治るまで、みょうじの不都合なところは、全部俺がやる」
「え!?いやっ、でも、それは」
「俺にされても、迷惑かもしれねえけど……けじめは付けなくちゃなんねえだろ。頼む」

そう言い切る轟くんの目は、冗談とか社交辞令とか、そういうのは全く感じられなかった。わたしはなんだか頭がくらくらしてきて、でも、その申し出を断る理由も考え付かなかったのだ。

**

そこからの轟くんは、なんていうか、まあ……すごかった。その日はそのまま寮に戻って寝てしまったから特に何もなかったのだけれど、問題はその次の日からだ。
朝は荷物を持つだとか言って連れ立って登校、挙げ句の果てには教室で、席を変えてもいいですかと相澤先生に直談判した。
確かに右腕はまだ引き攣る。でも顔の部分とは違って、リカバリーガールにある程度の処置を施してもらっているのだ。だから行動は鈍くても、ほとんどのことは自分一人でできるのに。

「俺がノートとるから」
「プリント貰ってきた」
「みょうじ、俺が」

ーーこれである。本人が進んでやっているというところがまた厄介だ。彼が罪悪感のもと、嫌々動いているのならば、自分でやるよ大丈夫、この魔法の言葉で全て解決するのに。轟くんはなんだかノリノリなのだ。そして頑固である。轟くんの申し出にわたしが少しでも渋ろうものなら、その綺麗なお顔にぐっと不満そうな皺が寄る。
さすがに、食堂での食事のときにこちらをじいと見て放った、「……一人で食えるか」は食い気味にお断りさせていただいたけれども。後ろでは、三奈ちゃんや透ちゃんが、なんで断るの!やってもらいなよ!とキャイキャイ騒いでいた。人の気も知らないで。明日には轟くんのファンに刺されるかもしれないんだぞ。

「轟ってさ、結構世話焼きなタイプなんだね。意外すぎる~!」
「甲斐甲斐しいよね!イケメンでお世話好きって、少女漫画みたい!」
「ちょっと、やめてよ。轟くんも好きでしてるわけじゃないんだから……」

そんなことがしばらく続いている放課後、みんなと寮に戻ろうと支度をしていたとき。わたしたちも例に漏れずスクールバッグに教科書を詰め込みながら、三奈ちゃんたちと会話を交わしていた。

「いやでもさ、ここにいるみんなヒーロー志望でしょ。人を助けたいって部分では、ウチら轟も一緒だよね」
「うん。おせっかいはヒーローの本質やしね」
「あ、麗日。それ誰の受け売りだ~?」
「げっ」

「なんの話だ?」

そんな乙女達の会話に、轟くんがひょいと顔を出す。気まずい、と思わず顔を引き攣らせたわたしをよそに、透ちゃんが高いテンションのまま言った。

「轟くんってお世話大好きだよねって話!」
「そんなでもねえぞ。小学生の頃、何度か朝顔枯らした」
「ぶっ、ふふふ……みょうじ、朝顔に勝ってるじゃん」
「ちょっと響香ちゃん!?」

ツボってしまったのか肩を震わせて笑う響香ちゃんを左手でしばく。その様子を見ていた轟くんは、ああ、と何か思いついたように呟いた。

「そういうことか。……別に、誰にでもってわけじゃねえ。みょうじだからやってんだ」
「えっ!?!?」
「え!?わー!!」

轟くんの言葉に、女性陣は騒然となる。男たちがなんだなんだとざわめいているのにも構わず、三奈ちゃんは「幸せになれー!」と轟くんの肩をバシバシ叩いた。当の本人はどうして騒がれているのか分からないようで、いつも通りけろりとした顔をしていた。

「もう、本当にやめてよね!私行くから!!」
「お。みょうじ、俺も行く」
「大丈夫!リカバリーガールのとこだから!!」

こんな大騒ぎのなかで、轟くんと二人出ていけるわけがない。わたしは何か言いたげにしている彼と、随分楽しそうな女性陣を振り切って教室を出た。

肩や腕の火傷は、リカバリーガールの力を惜しみなく使っているため、今日にも処置は終わる予定だ。だが問題は顔である。元に戻すには緻密な加減が必要なようで、弱めの処置を施しながら様子を見、ゆっくりと直して行くことになっている。包帯で顔半分を巻かれた痛々しい見た目は、しばらく続きそうだ。

処置を終え、予想通り肩と腕の包帯は取れた。肩をぐるぐると回して、痛みや引き攣りのないことに感動するも、副作用で体はどっと重くなっていた。
リカバリーガールにお礼を言って、保健室から出る。すぐそばの壁には轟くんが待っていた。

「具合はどうだ」
「肩と腕の包帯は取れたよ。だからね、その」
「おお」
「色々手伝ってくれてありがとう。もう自分一人でできるよ、本当にありがとうね」

廊下に沈黙が満ちる。そうか、と、轟くんは頷いてくれると思ったのに、彼は仏頂面で押し黙ったままだった。彼としての道理はもう通し切ったはずなのに、なぜだろう。

「……ちょっと、場所を変えてもいいか」

**

そう言って轟くんに連れてこられたのは、人気のない中庭だった。並んでベンチに座るも、二人の間には微妙な隙間が空いている。しばらく黙り込んで、轟くんがぽつりと口火を切った。

「さっき、怪我したのがみょうじだから、って言っただろ」
「うん」
「お前のため、みたいなことを言ったくせに……ちげえんだ。俺が自分を納得させたくてーーやった」

轟くんは、そっと自身の左目のあたりーー火傷のあるところに手をやった。そうして話してくれたことは、大事な部分ははっきり言ってはくれなかったけれど、轟くんの火傷についてのことだった。
今回のことで轟くんは、自分の炎が他人を傷つけてしまったこと、しかもそれが自身の火傷と同じ目元のあたりであったことにとても動揺していたみたいだ。それに罪の意識を強く覚えて、わたしの手助けをしていたのだという。

「みょうじが困ってんのも分かってた。でもどうにもできなくて……わりい。腕の怪我は治ったって言ってたけど、またちょこちょこ手ぇ出しちまうかもしれねえ」
「手伝ってくれるのは嬉しいんだけど。えっと……なんと言ったらいいのか……」

気にしないで、とか、わたしは大丈夫だよ、なんて言葉は軽すぎると思った。今回の怪我で傷ついたのは、轟くんも一緒だったのだ。しかもリカバリーガールの個性でも、もちろんわたしの言葉でなんて、処置できるはずがない傷。彼自身の中で消化できるまで、その痛みは続くのだろう。

「優しいね、轟くん。ありがとう」
「……優しくはねえだろ。そんなこと言ったら、みょうじのほうがよっぽどーー」

「おい、半分野郎」

そのとき、空気を割くように特徴的なハスキーが降ってきた。反射的に顔をそちらに向ける。
威圧的な赤い目線がわたしたちを見下ろしていた。爆豪くんだ。呼ばれた本人の轟くんも驚いたようで、小さく、お、と呟いてゆっくり腰を上げる。

「呼ばれてんぞ」
「誰にだ?」
「知るか!いいからとっとと寮戻れや!」
「ああ……。じゃあみょうじ、よろしくな」

疑問符を浮かべながらも、轟くんはわたしにそう声をかけてその場から立ち去った。わたしも寮に戻ろうとベンチから立ち上がろうとすると、爆豪くんがわたしの目の前まで近づいてきたことに気が付いた。
爆豪くんは黙ったまま何も言わない。ただその厄介敵も震え上がるような目線でもってわたしを射抜いていた。

「爆豪くん……?寮戻らないの?」
「ア?……自主練」
「あ、そ、そっか……。えらいね、すごい……」
「フン」

会話はそこで切れる。鳥がちゅんちゅん囀る声だけが聞こえる気まずい空気に耐えきれなくて、わたしは「じゃあ私は帰ろうかな」と口にした。急いで立ち上がると、体がぐらりと前に揺れる。処置による副作用のことをすっかり忘れていた。心臓がひゅっと縮んだそのとき。

「……気ィ付けろや」
「わ、ば、爆豪くん、ごめんっ!」

思い切り前に倒れた体を、爆豪くんが軽々と支えてくれた。わたしの腹のあたりにたくましい右手が回っている。突然のことに慌てて動こうとするも、ぱっと元座っていたベンチに腰を戻された。そしてどうしてか、爆豪くんもわたしの隣にどかりと腰を下ろす。
堂々と足を組む彼とわたしの間は少ししか空いていない。すすと距離を取ると、爆豪くんの鋭い目がこちらをぎろりと見た。しかしその視線はすぐに逸れていく。ほ、本当に気まずい。彼はわたしに文句でもあるのだろうか。

「ねえ、わたし、爆豪くんになんかしたりした?」
「心当たりがあんのかよ」
「いや全然ないんだけど……。何か用事があるのかなって思って」
「……ねえっつったら、どうする」

ーーないって言ったら?そんなの、寮に戻るに決まってるじゃないか。この状況、あまりにも居づらいもの。
そんなこと言い出せるはずもなく、わたしは上手く微笑むこともできなくて口のあたりをモニョモニョさせた。すこし間を置いて、爆豪くんが小さく舌打ちをする。

「いい加減なんとかしろよ」
「えっ?」
「半分野郎に決まってんだろ。うぜえんだよ、毎日毎日」

その言葉を聞いて、うわあ、と思った。わたしの元々の隣の席は爆豪くんだったのだ。それを轟くんが相澤先生に申し出て、席を後ろに変えてもらった。爆豪くんに直接の被害はないにしろ、今まであった隣の席が急にぽっかり空くというのはイライラするのかもしれない。それに、やっぱりヒーロー志望としては、人に助けられている姿は情けなく映るものだろう。

「あー、うん……。なんかごめんね。でも腕は治ったから、明日からはきっとそんなことないよ」

わたしの答えがお気に召さなかったのか、爆豪くんはもう一回舌打ちをした。しかもさっきよりも大きい音で。そして、そんなんじゃねえわ、と呟く。思わず彼の方を向くと、爆豪くんは思い切り顔をこちらに向けていて、その赤い目で持ってわたしを見ていた。

「なんであいつなんかに世話焼かれとんだ。もっと嫌がれや」
「え!い、いやあ……。腕が痛かったのは事実だし、それに轟くんも」
「あ?」
「轟くん……も……」

先程聞いた彼の事情を勝手に話してもいいものかと口を閉ざす。その様子を、爆豪くんは怪訝そうに見ていた。わたしはしばらく考えて、だって轟くん、かっこいいからね、と馬鹿みたいな返事をした。
そうすることで、爆豪くんも、なんだこのバカ女、あほらしい、と思ってくれると考えたのだ。だって彼が今わたしに何を言いたいのか、よく分からないし。怒号が飛んでくるのを待っていたわたしは、あれ、と首を傾げる。爆豪くんのいつもの大きい声は全然降ってこない。

ゆらりと彼が動く。腕が伸びてきて、爆豪くんの大きな手のひらが、わたしの座っているそばの手すりに掛けられた。ぱし、と乾いた音がする。ぐんとわたしと爆豪くんの距離が近くなって、わたしの体には彼の影がかかった。視界が暗い。わたしは突然のことにひとつだけ、熱い息を吐いた。ばくごうくん、そう言って声に出したくても、音はひとつも出てこない。心臓がぎゅうと悲鳴をあげる。

「本気で言っとんのかよ」
「……えっ……と、」
「なあ」

彼の吐息とわたしのそれが混ざり合うような距離だ。否が応でも視線がぶつかる。切長の瞳は鋭いけれども恐ろしく整っていて、真顔の爆豪くんをこんな近くで見たのははじめてだ、なんて暢気なことを考えた。

「本気……じゃないけどそうでもないというか、えっと」
「……俺よりもあいつの方がいいのかって聞いてんだろが。はっきりしろや」

彼の言葉に、脳みそが止まる。そんなの、そんなのって、まるで。

「爆豪くん、わたしのこと好きみたい」

わたしの口からぽろりと溢れたバカみたいな言葉を、爆豪くんはそれでも真顔のまま聞いていた。そして不意に、口の端を微かにあげて笑う。

「バーカ」

息が詰まったまま何も言えないわたしのおでこを、爆豪くんはばちりと弾いた。思わず呻き声をあげてしまったのを、彼は声をあげて笑う。さっきまであんなに近かった距離があっという間に離れていって、爆豪くんはベンチから腰を上げた。そのまま去っていこうとする後ろ姿を、わたしは思わず呼び止めた。

「待って、今のどういうこと!?」

返事はない。爆豪くんはただ悠々と歩いて行ってしまった。中庭には、それを追いかける勇気のないわたしがひとり。
冷静に考えれば、轟くんにライバル意識を持っている爆豪くんが、彼に負けたと少しでも思いたくないだけ。でも、こんな雰囲気で、もしかして爆豪くんはわたしのことーーって、期待しない方がおかしいんじゃないか。

そわそわもやもやしながら寮に戻る。共同スペースでは上鳴くんや峰田くんたちが楽しそうにしていて、少し離れたところで轟くんがひとり座っていた。目が合う。

「みょうじ、爆豪どこ行ったか知らねえか」
「え!!あ、えと、自主練って言ってたかな……」
「そうか」

そう言って轟くんは小さく首を傾げる。どうしたの、と問いかけると、彼はいつものけろりとした顔のままこう言った。

「誰かが俺を呼んでるって言ってたよな。みんなに聞いたが、そんなやついなかった」

その言葉を思わず聞き返そうとしたとき、背後でドアが開く音がした。

わたし、一体どんな顔で振り向けばいいの?





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