小説 | ナノ


▼ 承太郎は口下手がすぎる(JOJO)



ここのところ、わたしには悩みがある。
知り合いに相談することも考えた。まずは花京院。話し始めてすぐ、にっこりと微笑まれ、上手にはぐらかされた。相談するなということらしい。
次は、同じクラスの女友達。そっちの場合は、話そうとしてーーやっぱりやめた。あんた何言ってんの、とブチギレられる未来が見えたからである。だってこの『悩み』というのは、あの有名なーー

「おい、何ぼうっとしてやがる」
「うわっ」
「考えごとか?」
「いや、ちょっと、その……お顔が近いなあって思って」

空条承太郎。ウチの学校でーーいや、この近辺で彼の名前を知らない人はいないだろう。大きな体躯、痺れるようなテノールの美声、切長の瞳は異国の血が流れているおかげで緑色が混ざり、宝石のようだ。そんな彼はーーどうか気が触れたと思わないで欲しいがーーどういうわけか、その、わたしのことが好き。らしいのだ。

「付けねえのか」
「な、なにを、でしょうか……」
「指輪だ。この前やったろう」

大きくて、わたしの頼りないそれなんか簡単にぽきりと折れてしまいそうな手が、左手の指を一本一本撫ぜるように這っていく。それに心臓は嫌な意味で高鳴ったーー何方かと言えば恐怖の意味合いで。びくりと反応した両肩を、なんだか勘違いしたらしい承太郎は、機嫌を良くしたようで、わたしの頬に彼のそれを擦り付けてきた。ぽってりした唇がまるでキスのように肌をかすめる。ひい、口からは情けない悲鳴が僅かな音を伴って漏れた。

「時計にするか」
「ごめん、なにが……?」
「てめーは指輪やらピアスやらは付けねえんだろう」
「そ、そうなんだよね、うーんと……そう、金属アレルギーなんだよね」
「……。それなら金かプラチナか……」

隣の承太郎は勝手に納得したような顔をして小さく頷いた。一体彼の頭の中でどんなふうに話が完結したのだろうか、恐ろしい。

エジプトから帰ってしばらくしてから、彼のプレゼントラッシュは始まった。わたしの誕生日はエジプトへの道中、たしか砂漠を渡っているあたりに過ぎてしまったのである。だから、一番最初にもらったピアスは、てっきりわたしへの誕生日プレゼントだと思ったのだ。わあいありがとう、と、ニコニコで贈り物を受け取った次の日、また違うものが送られてきた。今度はネックレス。あれ、と思ったのも束の間、その3日後も、1週間後も、事あるごとにーーいや、事がなくても、承太郎はわたしに装飾品を贈ってくるようになったのだ。

最初こそ、持つべきものは金持ちの友達だ、と思ったものの、それが何度も続くとさすがに恐ろしくなってきた。返そうと試みても、それを敏感に察知されているのか、こちらが気にしすぎなのか分からないが、そっと話を逸らされる。貴重品なので靴箱に突っ込むわけにもいかないし、ホリィさんに託すには色々問題がありすぎる。せめて、と、ジョースターさんにそれとなく相談してみたら、「やりたいようにやらせてやってくれ」と生暖かいかんじに言われてしまった。

承太郎の横顔をじっと見つめてみる。緑色の目はもう正面を向いていて、テレビの中の相撲中継に釘付けだ。しかしその左腕は背中を通ってわたしの脇腹あたりにかけられている。姿勢を正していないと、背中が彼の肩(というべきか胸というべきか)に当たってしまうので、自ずと大変背筋が伸びて、大変良い姿勢になってしまう。腰のあたりがきりきりしてきたので、そっと彼の手を剥がして距離を取ろうとすると、ノールックでそれを阻止され、更に距離を縮められた。怖い。

旅から帰ってきてから、いつもこんな感じだ。放課後、承太郎に連れられて空条邸に行き、何をするわけでもなくテレビを見たり、ちょっとおしゃべりしたり。そんなことが続くと、わたしも少しくらい、承太郎のことを意識したりするのだった。
彼は、わたしのことを好きかもしれないーーそんな風にいったって、わたしには少なからず疑念の念があった。それは、承太郎が、どうしたってーー


「お姉さん、それ、キープってやつっスよ」
「…………。やっぱり?」

その疑問にいとも簡単に答えてくれたのは、駅で声を掛けてきたチャラチャラしたお兄さんだった。あまりにもしつこく話しかけてくるから、誰にも言えない例のお悩みを相談してみたら、意外と親身に聞いてくれたのである。体はひょろひょろしているのに、意外と中身は図太い人だ。

「も、それしかありえないっス。キョリカンはカップルなのに、告られないって、それ絶対キープっスよ。舐められてんスよ。いま告ったり、告られたりしたら困る何かがあると見たっス。ガチで」
「えっ、困る『何か』って何」
「イヤー、それは色々っスけど……たとえば、本命カノジョと別れそうとかそういうアレじゃないっスか。そいつ、いまカノジョがいるのはガチでスよ、マジで」

語彙力はアレだけど、なかなか核心をついたことをいう。お兄さんの言葉に、わたしは何だか納得してしまった。駅前で突っ立ったまま話し続けて、30分経ちそうになっていた。
仮に本当に、承太郎に本命の子がいて、わたしはその代わりのーー曰くキープ。それって、わたし、

「わたし、めちゃくちゃ都合のいい女じゃん!!」
「そっスよ!なんかオレも頭にきたっス!こんなマブいお姉さん捕まえて順番待ちなんて許せねー!オレがぶちのめしてやりまスよ!」
「あ、それは無理だと思う」
「急になんなんスか!?」

一緒に盛り上がってすぐ、お兄さんの言葉を否定すると、お兄さんは漫画みたいにがくりと倒れた。コミカルな人だ。なんだか熱くなっているのか、お兄さんは声高々に話を続けている。

「オレはそもそも、女のコを雑に扱うヤロウって許せないタチなんスよ!なんつー名前なんスか、その、お姉さんを弄ぶ男ってのは!」
「空条承太郎」
「そー!その空条承太郎…………え?」

「おれがどうかしたか」

ぬ、と、わたしたちふたりをクマみたいに大きな影が覆う。お兄さんの背後に立つそのひとから、わたしは目が離せない。急に動きを止めたわたしを見て異変を察したのか、お兄さんも鈍い動きで後ろを振り向いた。そこには、やっぱりーーいた。

「く、空条、承太郎………」
「何か用かと聞いたんだが」
「なにもないですッ!!失礼させていただきますッ!!!」

お兄さんは半分転びそうになりながら、さっきまでの頭が悪そうな口調をどこかに投げ捨て、人混みの中へ消えていった。その場に残されるは、帽子で表情があまり見えない承太郎と、冷や汗だらだらのわたし。悪口(厳密に言えばそうでもない)を言っているところを本人に見られていたとあっては、さすがに平常心ではいられない。

「あの、承太郎、どこから聞いてたの……」
「てめーがあの男に声を掛けられたところからだぜ」
「一番初めじゃん」

思わず飛び出た本音の言葉にも、承太郎は口元ひとつ動かさない。あ、いや、今、微かに笑った。

「なまえよォ、おまえ、どこかの男に弄ばれているって言うじゃあねえか」
「いや……あの……じ、承太郎が一番心当たりがあるんじゃあないの?」
「ほう」

微笑くらいだった口元がさらにぐいっと引き上げられた。恐ろしい笑顔だ、まるで敵をオラオラするまえのような。そんな、だってわたし、そこまで悪いことしてないんじゃあないの。どうしてこんな怖い思いしなきゃいけないわけ。

「よその、全然知らない人に承太郎のこと話したのは悪いと思うけどね、そ、それ以外は別に悪いなんて思ってないんだからね。全部ほんとのことだもん、承太郎がそれっぽいことして、わたしみたいな女の子を惑わせるからでしょ。わ、わ、悪いのは、承太郎だから!!」
「……言いたいことは、それだけだな」

承太郎は低い声でそう言って、太い腕を何の遠慮もなくわたしの方へ伸ばしてきた。慌てて短い足を動かし逃げようとしたのも束の間、怪獣が市民を捕まえるようなあっけなさで、わたしは承太郎の肩の上に担ぎ上げられてしまった。思わず声にならない悲鳴が漏れる。
ここは駅前だ。周りの人は死ぬほどこっちを見ているが、承太郎の獣にも勝る一睨みでみんなの視線は散り散りに散っていく。ああ、こうやって人攫いは見過ごされるんだ。せめて五体満足で帰ってこられますように、わたしはただそう願って、体からだらりと力を抜いた。

そして結局誰にも咎められることなく、わたしたちは空条邸に着いてしまった。屋敷は静まりかえっている。こんな重要な時に限って、ホリィさんは出かけているようだーーいや、もし仮に在宅していたとして、この状況を止めてくれるかと言ったらちょっと微妙ではあるのだが。
現実逃避しているうち、承太郎は自室の前で足を止める。襖を開けないのか不思議に思うと、彼は踵を返して、いつも客間として使っている和室へと足を踏み入れた。

「何か飲むだろう」
「あ、お、おかまいなく……」

畳の上にそっと降ろされる。承太郎はありがたいことにキッチンへお茶を取りに行ってくれるらしい。落ち着く時間ができたことに少し安心して、近くにあった座布団へ腰を下ろさせていただいた。すると、その様子を見ていた承太郎が、口を開いた。

「そこはやめろ」
「え?何かだめだった?」
「こっちにしたらどうだ。座りやすい」

そう言って、別のところに置いてあった座布団をわたしの方へ寄越す。よく分からなかったが、言われた通りに、自分の尻の下に敷いていた座布団をどかして、彼が渡してくれた方へと座った。こっちの方が綿がたくさん入っているーー新しいやつらしい。
座っているわたしと、飲み物を用意してくると言いながら立ち尽くしたままの承太郎。しばらく見つめあって、そして、先に視線をよそにずらしたのは承太郎だった。壁の時計の音がかちこちと鳴り響いて、空間を支配する。

「確かに、なまえの言う通りだぜ。おれが悪かった」
「あ……えっと、さっきのはわたしも言いすぎちゃったというか。悪いって言うより、」
「……悪いくせだ。てめーの思っていることが、ちゃんと相手に伝わっていると勘違いしちまうんだ」

承太郎はそう言いながらいつもの帽子を外して、近くの机の上に置いた。緩やかな照明が、彼の表情を如実に映し出す。悲しげな、傷ついた顔だった。

「どうやったら同じ思いが返ってくるのか分からなかった。ものを渡して、側に寄って、おまえにはっきりと拒絶されないのをいいことに図に乗った。それで大切なことがなにも伝わってねーんじゃあ、世話がねえぜ」
「承太郎、それって」
「…………だから、これからはちゃんと言葉で表すことにする。行動だけじゃあなくてな」

好きだ。おまえに特別優しくしたい。エジプトへの旅の時からずっと、おまえが好きだから。だから、おれの恋人になって欲しい。

顔色ひとつ変えず、承太郎はそう続けた。わたしはあまりのことに口をぽかんと開けて、言葉のひとつも出てこない。わたしが返事ひとつしないのを不満に思ったのか、彼の眉間にはぐぐと皺が寄った。

「おまえがそうしろと言うから、こうして言葉で言ったんだがーーマジで信じられないっていうようなツラだぜ」
「いや、一瞬考えたんだけど、そんな本気で言われると信じられなくて……」
「伝えていたつもりだったんだがな」

承太郎は小さくため息をついた。少しだけ視線を彷徨わせて、もう一度口を開く。

「……おれは、好きでもない女に物を贈る趣味はねーし、家にあげたりもしない。もっと言うなら、おれは一途だ。ひとりに拘る心しか持ち合わせてねえぜ。分かったな」
「わ、わかりました……」
「ならいい」

そうして言いたいことだけを言い切って、承太郎は今度こそ本当に飲み物を用意するために部屋から出ていった。わたしはなんだか頭がついていかなくて、目の前の机に突っ伏すことしかできない。心臓が大きく高鳴ってうるさかった。

ーー言葉が欲しい、なんて思ったけど。あんなにはっきり言われてしまったら、もう、意識することしかできないじゃあないか。
しかも、待ってよ。こんなことで揉めてしまった手前、わたしの返事も、こんなふうに情熱的に、言葉で伝えないといけないのではないか。そんなの出来っこない。態度で分かってくれないかなーーなんて、こんな自分が言えたものか。

「返事はいつでもいいぜ」

戻ってきた承太郎は、わたしにグラスを手渡してそう言った。その言葉が全てを見抜いているようで、わたしは内心身悶えるのだった。

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