小説 | ナノ


▼ いいかげんにしてよジョセフくん(JOJO)

くちゅ。微かな水音と、それに続くリップ音。耳に響くのはそれだけで、視界に入るものもまた、ジョセフの碧の瞳だけだった。
唇同士が優しく擦り合わされて、そっと呼吸をしたときに鼻腔をくすぐる彼の匂いに頭が破裂しそうになる。止まってしまいそうな思考回路をむりやり動かして、分厚い胸板を両手で突っぱねた。ようやく唇が離れる。

「何だよ。ギブアップ?」
「ジョセフ、ちょっと、待って……」
「やだねーん」

彼の胸に置いていた手を握り込まれて、さらに距離が近くなる。最後の抵抗とばかりに顔をそっぽに向けると、ジョセフは愉快そうに笑って、掬い上げるように再び唇を重ねてきた。
ーーいつもこうだ。誰が来るとも限らない廊下のど真ん中、中庭の隅、ときにはわたしが仕事をしているキッチンに入り込んできて、ジョセフは、周りなんて気にもかけず、唐突に熱いキスをしてくる。
そりゃあ、ジョセフのことは好きだ。彼のキスも好き。ぽってりとしてセクシーな唇はどうにも柔らかくて、わたしはいつも骨抜きにされてしまう。
しかし、いつも敗北しているわたしでも、今日ばかりは言ってやらないといけないことがある。ぼやける視界と頭のなかに逆らいながら、わたしは、靴の踵を彼の足の上に思いっきり振り下ろした。

「〜〜ッ、いってえ!!」
「や!め!て!!」

思わず唇を離したジョセフを、渾身の力でもって引き剥がす。勢いをつけて体を押したのに、彼がよろけもしないことは置いておいて。何が起きたかわからないような顔をしているジョセフを、わたしはキッと睨みつけた。

「何してんの!?今めちゃくちゃ"そういう"雰囲気だっただろーがよォ!」
「こんなッ、いつ人が通るのかわかんないような場所でキスするのやめてって、いつも言ってるでしょ!?」

お腹から大声を出してそう訴えれば、ジョセフの動きがぴたりと止まる。分かってくれたのかな?言葉をつづけようとすると、彼は神妙な顔でこう呟いた。

「ははーん。シーザーちゃんになんか言われたんだろ、昨日」
「うっ」
「一昨日のあれかァ?あいつそういうのスルーするタイプだと思ったんだけどな、意外と気にしいなのねン」
「…………ちょっと待って」
「ん?」

たしかに、いつも雰囲気に流されてしまうわたしがこんなことを言い始めたのは、彼の指摘した通りである。このまえ、キッチンに水を取りに来たシーザーが、わたしとジョセフがイチャコラしていたせいで、キッチンに入ることができなかったと。彼は紳士なので、実際はもっと優しく遠回しに話してくれていたがーーそれはそれ。とにかく、秘匿するべきシーンを友人に見られてしまったというショックーーいつかこうなるとは思っていたが、こうなってしまった以上、わたしの気持ちを強く示しておくべきだと思ったのである。

「シーザーが見てたの知ってたの?知ってたのにやめなかったの!?」
「あー……いやーン………ね?」
「〜〜意味わかんないッ!むり!このスカタン!」
「そう言うお前もノリノリなトコあったでしょーよ!……もっととかなんとか言っちゃって」
「言ってない!!」
……たぶん。記憶の中では。

わたしたちがそうやって言い争いをしているあいだも、側を師範代たちがニタニタしながら通り過ぎて行った。おしまいには、スージーQが廊下の向こうから満面の笑みで手を振っている。ごゆっくり〜!なんて言って。

「と……とにかく。もうやめて。そう、禁止!禁止だから、今日から!」
「一応聞いとくけど、何を?」
「キス!!禁止!!です!!」
「あのなァ、おまえ、すごい間抜けなこと言ってんの自分で気づいてるか?」

呆れた顔でそう言うジョセフに、うるさい、と噛みつく。はいはい、しょうがないね、なんて風にジョセフはしぶしぶ了承した。

それでも彼は、なかなか誠実な男だった。誠実すぎて、なんだかちょっとだけーー

「な〜に〜、なまえ。おれになんか言いたいことでもォ?」
「……べつに?何も?」
「へー」

ーーちょっとだけ、物足りない!!

今まで与えられていたものが急になくなったせいなのか。なんだかジョセフと一緒にいると、ソワソワしてしまう。この男はあの日から一週間ずっと、外ではキスをしてこない。お互いの部屋で2人きりになったときにはいつもどおりキスをするので、特に不満ということはないと思うのだが。でもなんだろう、やっぱり、物足りないと思ってしまうのだ。

そしてそれを、ジョセフ本人に見透かされていそうというのが、何とも気に食わない。今だって、中庭の長椅子に並んで腰掛けながら、彼はこちらを見てにたりと笑った。

「ま、おれは言いたいことあるけどねン」
「なに?どんなこと?」
「ンー」

気のない返事をして、彼は、わたしの右手を勝手に持ち上げて弄んだ。指を一本一本なぞってみたり、手の甲を撫でてみたり。手と手をしっかり密着させて恋人繋ぎをしてみたりーーそれはどんどんエスカレートして、彼の反対側の手は、わたしの左頬に添えられた。
自然に視線同士が触れ合う。頬に感じる、少し乾燥していて熱い感触に思わず擦りそりそうになった。この体温に、安心してしまう。

「……なあ、なまえ」

名前を呼ばれた。青のような緑のような、砂浜にかかる海に似た瞳が、明確な熱を持ってわたしを見ていた。あ、わたし。もうこれはーー
心臓が大きく高鳴って、自然と目を閉じた。鼻をくすぐるのは草と熱気と風の匂い。そろそろ夏だなあなんて思ってーーそして、いつまでも降ってこない感触に、思わず目を開けた。

「……ざーんねーん。これ以上はダメなんだったよな、ウッカリしてたぜ」
「えっ」
「さ、シーザーちゃんにちょっかいかけに行こっかなァ」

そう言ってジョセフは立ち上がって、今までの空気なんて気にせずにその場を立ち去ろうとする。え?ほんとに行っちゃうの。このままで?

「ーー待って!」

思ったより大きかったわたしの声は、中庭に不必要に響いた。彼の大きな背中はぴたりと止まり、ゆっくりと振り返る。彼はにんまりとあくどい笑みを浮かべていてーー気付いた。
"見透かされていそう"ではない。見透かされていたのだ。はじめから。

「……どうした?」

いつもおしゃべりなその口は、意地悪そうに両端を吊りあげている。わたしが思わず言葉に詰まるのを、ジョセフは愉しそうに眺めていた。
口にするのは癪で、上手く声も出なくてーーわたしは徐に立ち上がった。喋るよりも、行動で示した方が早いと思ったのだ。彼のそばに行って、正面に立つ。熱い胸板に手を置いて、背伸びをした。

ーーと、届かない。

「……う、ちょっと、ジョセフ」
「だーかーら、なあにって聞いてんだろーが」
「ちょ、ねえ、……もう!分かるでしょ!」

半分彼の胸に縋り付くようにして背伸びをする。それでも彼の唇には届かない。必死で間抜けなわたしを、ジョセフはやっぱりニマニマして見ているだけだった。頑張っていた爪先も崩れて、彼の体へ突っ込む形になる。急なことのはずなのに、よろけもしない彼の胸の中で、わたしは半分ヤケクソになって言ったーー言おうとした。

「ーーキ、……んむ、」
「…………、おまえは次に、"キスしたいの"と言う。ってな」
「…………キス、したいの」

唇を離して、一呼吸。
してやったりと言いたげな、得意な顔で笑ってから、ジョセフはわたしにもう一度キスをした。それを甘んじて受け入れながら、ぼんやりと考える。

わたしのことお見通し、なんて言うけどね。こっちだって、ジョセフの考えてることくらい分かるんだから。例えばね、今だってーーわたしから言うの、我慢できなくなっちゃったから、お得意のセリフで誤魔化したんでしょ。分かるんだよ。

でも今回は、綺麗に彼の策略に嵌ってあげようかな。開こうとした口をもう一度閉じて、彼の柔らかな唇を迎える準備をした。






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