小説 | ナノ


▼ 三部承太郎は嫉妬深い(JOJO)



唇同士がくっつく。息を漏らすことさえも許されないほどに、強く、唐突に。くっつく、なんて可愛い言葉は似合わないくらい、そのキスは暴力じみていた。
両手首は、男の大きなそれに完全に押さえ込まれてしまっている。押し返すのは無理だ、直感でなんとなく察して、空間を作ろうと掴まれたままに手を下へ勢いよく動かしたーー動かそうとした。察されたのか、タイミングが偶然合ったのか、手首にかける力をさらに強められて、わたしのそれは1ミリだって動かなかった。

「おれをあまり怒らせるんじゃあねえ」

唇をほんの少しだけ離して、唸るように承太郎は呟く。厚くてセクシーな唇は、声を出すたびに微かにわたしのそれに触れるから、あまりのことに感覚が麻痺してしまいそうだ。
承太郎自身のにおいと、ほんの少しの煙草の残滓が入り混じった空気に包まれて、わたしの心臓は必死に主張を続けていた。

「承太郎、どうしたの……」
「どうしたって?」

承太郎が吐き捨てるように言う。緑が混じった瞳はぎらぎらと光っていて、わたしはただ小鹿のようにぷるぷる震えることしかできなかった。

「てめーがおれを、捨てようとするからだ」

彼の言っている意味がよく分からない。彼の激情に火をつける原因になったこともーー心当たりがないわけではないけれど。でもそれが、どうしてこんな状況に繋がるのか、わたしには全く意味がわからなかった。

**

「承太郎について聞きたい?」

花京院は、紫色の瞳をぱちぱちさせて、わたしの言葉を復唱した。ばさばさのまつ毛は女の子顔負けで、なんだか羨ましいなんて感じて、わたしは思わずため息をついた。

「ぼくに聞かなくても、きみのほうがずっと付き合いが長いじゃあないか。幼馴染なんだろう?」
「それはそうなんだけど。そっちじゃあなくて……」

ーー承太郎の、その、女性関係についてなんだけど。
モゴモゴ呟くと、花京院は一瞬びたりと止まって、そして咽せたのか激しく咳き込んだ。大丈夫?と思わず声を上げる、花京院はそれを手で制止して、すうはあ呼吸を繰り返した。

「あるでしょう、承太郎にも、好きな人とかーータイプとか!ねえ、旅の中でそういうの話したりしなかった?」
「修学旅行じゃあないんだよ」
「分かってるよ!……でもそういう話になることってないの?」

脳裏には、つい一ヶ月前の、エジプトへの旅のことが浮かぶ。
生まれつき変な能力を持っていたわたしは、承太郎にも同じものが発現したことで、彼のお母さんを救う旅に同行した。そのなかで、わたしは、ただの幼馴染として見ていた承太郎に、恋をしてしまったと気づいたのである。

きっかけは小さなことだったのかもしれない。気づかないうちに承太郎への気持ちが募っていって、決定打は、スティーリー・ダンと交戦したときだった。
一行の中で唯一の女であるわたしに目をつけたダンは、承太郎の前でわたしにちょっかいを出し続けた。変なところを触られるわ、スカートを切られるわ散々だったけれど、やっぱり最後には承太郎がダンを倒してくれた。
そして、全てが終わってから、気持ち悪さと恐ろしさが込み上げてきたわたしに、承太郎はあのいつも着ている学ランを着させてくれたのだ。特注で、それになにより、彼がとても大切にしているものなのに。
そしてぽかんとするわたしを、あのきりりとした目で見つめて、ひとこと、「よく頑張ったな」と告げた。もうそれが忘れられなくて、特に旅から帰ってからは、承太郎への恋心を募らせる毎日である。

「承太郎、モテるでしょ?だからこのままじゃ誰かに取られちゃうと思って、わたしすごい焦ってるの」
「よく分からないけれど、きみが承太郎にとって、特別な存在なのは確かじゃあないか。一緒に旅を乗り越えてーーだからそんな、焦る必要なんてないと思うけど」
「そんなの分からないよ!?今まで関わりのなかったその女の子が、承太郎と急接近する可能性だってある!」

わたしの勢いある主張に、花京院はちょっとのけぞって、たしかに……?と小さい声でつぶやいた。
承太郎は口と態度は怖いけど、基本的には女性には優しいのだ。だからあそこまで強烈にモテるのだろうし、言い寄ってくる女の子のなかで、彼の好みの子がいないとも限らない。彼の幼馴染として、絶えずそばにいる女の子たちをずっと見てきたけれど、その子たちの存在が、いまこんなにも危機感を持ってわたしに迫ってきていた。

「まあ、そうだね……強いて言うならだけど、"大和撫子"みたいな女の子が好きらしいよ」
「えっ」
「……どうかしたのか?」

有益な情報に、思わず動きを止める。急に動かなくなったわたしに、花京院は怪訝な顔をした。ふたりしかいない屋上にひとつ、肌寒い風が吹く。
大和撫子ーー静かでおしとやかな女の子?いや、だって、そんなの。

「……わたしと真反対じゃん!!」
「自覚はあったんだね」

花京院の厳しい言葉が刺さる。思い起こすのは色々なアピールだーーわたしからの。一方的な。
告白こそしてないものの、わたしはエジプトから帰ってきてから、承太郎にアピールを続けていた。彼はやかましいぜ、とは言いつつも、うるせえだのなんだのとキレたりはしなかったから、実は満更でもないんじゃあないの?とか思っていた。あとは単純に流されているだけだと。

「まあ、なまえの騒が……賑やかなところは、もう周知の事実だしね。今からどうこうできる話でもないんじゃあないか」
「待ってそんなふうに思ってたの」
「どうだろう」

花京院は、含みたっぷりの言葉とともに微笑んだ。彼の余裕綽々な態度と相まって、わたしはある一大決心をする。よし、と頷くわたしに対して、花京院は、なんちゃって、とか言っていたらしいけど、この時のわたしには聞こえていなかった。

「決めたよ。わたし、イメチェンする!大和撫子!!」
「えっ」
「そうと決まれば眼鏡買ってくる!じゃあね
花京院、ありがとう!」

そろそろ昼休みも終わる時間だ。わたしは大きな声で宣言してから立ち上がった。なんだか微妙な顔をしている花京院を引っ張り起こして、教室へ戻るべく屋上を出たのだった。

ーー事の次第は、昼休みの屋上における、花京院とのこんな会話である。
そこからわたしは、承太郎の好みの女の子になろうと励んだ。彼の背中に飛びつきたくなる気持ちをグッと堪え(今までも実行したことこそないが)、一緒に歩くときは半歩後ろをキープした。女の子が集まってきたときはそっとそのそばから離れたりーーいや、それはわたしの精神衛生上的にも都合が良かったこともある。ちなみにメガネは思いのほか値段が高かったので諦めた。

承太郎に話したいこと、伝えたい気持ちーーいろいろあったけれど、それは無理矢理心に仕舞い込んで、努めて静かに、穏やかに振る舞うようにした。当の本人には「風邪でもひいたのか」なんて言われながらーーおよそ2週間。

クラスメイトのひとりに、校舎裏へ呼び出された。渡したいものがあるとかなんとか、わたしはノコノコ着いていって、そこで、人生で初めて告白をされた。
ごちゃごちゃ言ってたけど、まあ、要約すれば、今まで承太郎の近くできゃあきゃあしていたわたしが、最近めっきり静かだから、それが魅力的に映ったようである。

「わたしが静かなのがいいの?」
「えっと……静かっていうか……今まで元気すぎてちょっと関わりにくかったんだけど、前から気になっていて、可愛いなって……」
「そうなんだ……」
「うん。……空条と付き合っているわけじゃあないんだよな?それなら試しにオレと」

「おい、何してる」

やっぱり穏やかな女性って、男の人から見たらいいものなんだーーそう思って、彼の話をどこかしみじみと聞いていたら、ぬうとわたしとクラスメイトを大きな影が覆ったのである。それが突然現れた承太郎で、彼は、がくがく震えるクラスメイトを放置して、わたしを引きずるようにその場から連れ去ったのであった。……そして、まともな抵抗もできないまま空き教室のなか。冒頭に至る。

「捨て、捨てる!?何言って、んん!!」
「うるせえ」
「んむ、う、やだ、っ、本当にやだ!嫌い!」

わたしがどれだけ暴れても、意にも介さないとばかりに口付けは何度も繰り返される。思わずわたしの口から飛び出した拒否の言葉に、承太郎はようやく動きを止めた。
それでも、手首は掴まれたままで、わたしの背後はただ冷たい壁があるだけだ。目の前の承太郎は鋭い目でこちらを睨むように見つめるばかりで、距離を取ろうとする様子はひとつもない。

「変だよ承太郎、どうしたの……」

わたしの言葉に、彼は唇をくっと噛んで押し黙っていた。そしてようやく口を開く。ーー変なのはてめーのほうだぜ、と。

「あんなにずっとくっ付いていたくせに、最近何なんだ。もう隣も歩きたくねーっていうわけか」
「えっ」
「口数も随分少ないじゃあねーか。さっきも随分嬉しそうな顔をしてーーあんまりだと思わねーか、なあ」

承太郎の言っていることが信じられなくて、黙ってしまうのは今度はわたしの番だった。グラウンドから部活に励む人の声が聞こえてくるくらいこの空間は静かで、わたしはただ、さっきの行為のせいで切れてしまったあたたかい息を、はあはあと吐き出すことしかできない。

「……おれのことは、もう嫌になったと、そういうわけだな」
「ち、違うよ!!」

突然大きな声を出したわたしを、承太郎は怪訝なーー何かを諦めたような顔で見ている。さっきは勢いで嫌いだと言ったけれど、それは承太郎のことじゃあなくて、唐突なキスのことでーーいや、それよりも。

「承太郎のこと、嫌いになんてならないよ……」
「さっき言っただろうが」
「いやあれは言葉の綾というか……というか!急にあんなされたら、誰だってびっくりするよ……」
「…………すまなかった」

謝るくせして、やっぱり身体は離してくれない。そっと手首を抜こうと動かしたら、承太郎にぎっと睨まれてしまった。慌てて顔を逸らして、言い訳がましく口にする。

「最近のあれそれも、えっと……承太郎のためにというか、わたしのためというか」
「は?」

鋭い視線を浴びながら、わたしは事の顛末を話した。要約すると、大和撫子、目指してみたんだよね。と。
一連の話を聞いて、承太郎は長いまつげで縁取られた目をぱちぱちさせた。そして深く深くため息をつく。力が抜けたように、わたしの背後の壁、ちょうど顔の横あたりにおでこをごつんとくっ付けた。手首を一方的に掴んでいた手がするりと登ってきて、わたしの手のひらを包む。

「……焦らせるんじゃあねーぜ」
「焦っ……えっ!?焦ったの!?承太郎が!?」
「耳元で騒ぐな」
「はい……」

そんなことを言っても、承太郎の頭はさっきの位置から動かない。ほとんど抱き締められているような状況でーーキスまでしてしまったがーーわたしはただ、包まれた手のひらを握り返した。彼の手がぴくりと一瞬動く。

「好きだ。おまえのことが好きだから、嫌われたんじゃあねーかと気が気じゃなかった。……他の男に取られると思ったら、頭に血が上った」
「そっか……いやあの、承太郎に好きになって欲しくてやってたことだから、ぜんぶ……だから心配する必要ないっていうか、その」
「そうか。でもおれは傷付いたぜ」
「ひえ、ごめんなさ……んむ!?」

承太郎がわたしのことを好き、なんて。夢見心地だった。本当にこれは現実なのかーーそんなポワポワした気持ちで彼の言葉に返していたら、また突然唇を塞がれた。間抜けな声が漏れる。逃げようと顔を逸らすと、承太郎もまたそれを追いかけてきた。やがて、わざとらしいリップ音とともに唇が離される。

「……だから、キスするぜ」
「後からの報告って無しじゃない?」

その言葉に返事はなく、代わりにまたあの口付けが降ってくる。ファーストやセカンドどころじゃない回数キスをしても、柔らかくて暖かくて、ほんの少しかさついたこの感覚に慣れるわけがない。息継ぎの間、わたしは必死に、ごめんなさいと謝罪を繰り返した。

「謝罪は確かに大事だ。でも今はそうじゃあねえ……おれを好きだと言ったらやめてやる」
「う、好き!好きです!んん、っ、ねえっ、承太郎!」

もうなりふり構ってられなかった。わたしに許されたわずかな時間の中で、ただ好意を口にする。好き、承太郎。付き合ってーー必死な懇願を浴びながら、承太郎は、それはそれは愉快そうに微笑んでいた。


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